私たちの教科書『自宅にて』の話をしよう

 あなたは『自宅にて』という本を知っているだろうか。

 ポルノグラフィティのギタリスト・新藤さんが音楽雑誌「PATi PATi」にて連載していた同名のエッセイ(全51回+ブータン旅行記)をまとめた本だ。「PATi PATi」2001年2月号 - 2005年4月号に渡って連載されていたもので、ざっくりいうとアルバム『foo?』からシングル「ネオメロドラマティック/ROLL」までの期間、新藤さんが26歳から30歳までの期間である。

 新藤さんがそのとき思っていたことや考えていたことがぎゅっと詰まったこの一冊は、特に思春期に読むと多大な影響を受けてしまう。その後の人生を左右するレベルでの影響さえ与えうる本だ。あまりの影響力の強さゆえに絶版になってしまったのではないかとすら思えてくる。かくいう私も思春期に『自宅にて』を読み新藤さんの考え方を己の中に知らず知らずのうちに取り入れてしまった、あるいは自分の考えを言語化したら概ね新藤さんの考え方と一致していた、そんなまどろっこしいこと言わずともとにかく新藤晴一というひとに影響を受け憧れまくっていた「晴一チルドレン」のひとりである。そんな私たちの教科書、『自宅にて』の話です。教科書ってそこに書いてあることが正解って意味じゃなくて、読んであれこれ考えたり思ったりするためのものだと私は思っているので、そういう意味での「教科書」です。

 胸に響くテーマが胸に響く言葉で語られていて(でも決して難しい言葉ではなくて、言葉としてはわかりやすくて、だけど意味を探っていくと難しかったりもして)、あるいはたまにどうでもいい話のときもあって、でもそれもなんとなく心に残る言葉で綴られていて、ふとしたときに頭の中に浮かんでくる。そんな新藤さんの言葉を抜粋して紹介したいと思う。といいつつほぼ自分の話ですが。

 

 

 

 

 

第1回:夢の話

 

夢の中にいるはずなのに現実的……?それはまだ僕自身、上があることをわかってるからだろう。夢が叶ってまた新たな夢ができたからだろう。

 

 第一回から「夢」について語るあたり、新藤晴一新藤晴一度が高すぎる。それでこそみたいなところ、あると思う。それに何より、2001年の新藤さんがここで語っていることは、少なくとも2017年の台湾ライブのインタビューの時点では変わっていない。もしかしたら原点とかそういう部分なのかなぁ、と勝手に想像している。そして昨年出たシングルのカップリング「一雫」でもやっぱりそういうことを書いていて、変わっていないんだなぁと改めて思った。「冷めた頭じゃここにいれない」ってね。

 学生時代のバンド活動から始まり、大阪へと進出し、そして東京へ。音楽を奏でる彼らは彼らはデビューを夢見ていた。そして1999年、彼らはデビューを果たした。つまりこの時点で一度夢は叶っている。でもその先にまた新しい夢が生まれる。現状に満足することなく、次から次へと夢を思い描き、前へ進んでいく。ポルノグラフィティが「殿堂入り」せずいまでも現役で活躍し続けているのは、今もまだ夢の途中だからだ。

 彼らがポルノグラフィティをやりきる日がいつか来るとして、その日その瞬間までずっと夢を見ていてほしい。一緒に夢を見させてほしい。最高の夢の終わりまで見せてほしい。

 このブログでも何回もこの「夢を見ている」って話をしているけど私のサビだから仕方ないと思ってください。多分ボケたらこの話ばっかりするんだろうな。なにせ人生のサビなので。

 

 

第9回:人は“完全”にわかり合えることはない

 

 この“完全”はよく「絶対という言葉はない」の“絶対”に近い精錬さかな?

僕も「人はわかり合える」とは思うよ。むしろ人とわかり合えないと、生きていくことはとても苦しいものになるかもしれない。けれど繰り返すことになるが「“完全”にはわかり合えない」と思う。理由は結構あっけないもの。他人は自分じゃないから。 

 あまりにも私の中に普段からある考え方と一致していて、正直これ読んで感銘を受けたからそう思うようになったのかそれ以前からこういうふうに考えていたのかわからなくなっていることのひとつ。もしこのブログを何度か見たことがある人だったら、こいついつもこの話してんなって思うんじゃないかと心配になるくらいこの話をよくしている。特に2017年の秋~冬はずっとしてた。そのくらい私に根付いている考え方のひとつだ。

 この本が出たのは2006年元日あたりだったと記憶しているけれど、その頃の私は中学生から高校生になる境目の時期で割と病んでいた。相談相手が欲しかったけれど、親ともわかり合えなくてどうしていいかわからなかった。わかり合えるはずはないと思いながらも、わかってほしい気持ちが強くてどうしようもなかった。そんなときに新藤さんのこの言葉を思い出すと、ちょっとだけ気持ちが和らいだのを思い出す。私はひとりしかいなくて、他の誰も私ではない。私と近しい存在だったとしても、そのひとは「私と近しい存在」であって「私」ではないのだ。だからどんな人とも“完全”にわかり合えることはないんだから仕方ないよなぁと思えるようになった。「私」の本質的な孤独は、「私」が「私」であるために大切なものなのだと気づけた。わかり合うことの大切さと、“完全”にはわかり合えないことを理解することの大切さを知った。

 

 一番危なかった時期に『自宅にて』があってよかったし、いまだに手元に置いて繰り返し読みたくなるのはこの回があるからかもしれない。

 

 ちなみにこのめちゃくちゃ好きな回について、新藤さんがnoteにて新たに考えたことを書いているので是非そちらもチェックしてほしいです。「たとえ喜怒哀楽の喜でさえ、剥き出しの感情は悪臭を放つことがある」というのが、わかる~~~~~すぎてそりゃあこの人の文章が好きなわけだ……と改めて思いました。

note.com

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第10回:負の力

 

誰からも認められている状況で、誰かに認められたいという力は生まれてこないし、金持ちな人は金持ちになりたいとは思わないだろう。負け犬には負け犬のパワー。Tamaの言うことを要約すればこういうことになると思う。詳しくは本人に聞いて。

 私が初めて「PATiPATi」および「自宅にて」の存在を知り、初めて読んでみたのがこの回だった。それまでは音楽雑誌があるなんて知らなかったな。

 はじめてがこの回だってしっかり覚えている。だって好きな歌詞を書くギタリストがエッセイ連載やってるって知って初めて読んだ回が「負の力」ってインパクト強くて忘れられないでしょ。「負け犬には負け犬のパワー」って。自分とは圧倒的に離れたところにいるミュージシャンがそんなこと言うんだって思ったの、覚えている。

 新藤さんいわく、この「負の力」というのはTamaさんが言っていたものだそう。Tamaさんの言っていたことについて書いているというのも記憶に残った一因かな。Tamaさんて(フロントマンである岡野さんと作詞を多く担当する新藤さんに比べれば)ファンに対して発する言葉って少ないように感じていたから、余計に記憶に残ったんだと思う。

 確かにそういう力ってあるよなぁと改めて読み返して思った。テンションが落ちているときだから書ける文章っていうのも絶対にあるだろうし、それが名文になることだってあるだろう。アイドルのほうの自担(加藤シゲアキさん)についてあーだこーだ書いている文章は大多数がそうだし。テンションが落ちていて、自分を見つめ直す機会が訪れて、そのときに考えたことが再びテンションをあげるきっかけになったりもする。私の場合は「私と新藤さん」とか「私と加藤さん」について考えることで自分自身について考えることになって、自分の悪いところだけじゃなくいいところも見えてきたりして、少し立ち直れたりする。そういうのもきっと「負の力」だね。

 

 

第20回:言葉の重さ

 心ない言葉を言うことを、口先で語るというなら、これらは口じゃなく人生やその軌跡で語ってるから、そこに言霊があり感動がある。

 この言霊ってやつは、何も心霊現象じゃない。これを感じることは超能力じゃない。誰にでも感じられる。誰でも他人の言葉に一度くらい感動したことがあるでしょ。携帯の液晶画面に表示されたメールの言葉にだって、それが心や感情を基に書かれたものであれば、ちゃんと言霊として一緒に送信されてくる。歴史的な名言じゃなくても、文学的じゃなくても。 

 胸を動かす言葉が沢山詰まっているから、私はこの本が、そして新藤さんのことが好きなんだろうな。新藤さんが誰かの言葉に感動した経験があるように、私は新藤さんの言葉に感動している。心を突き動かされている。

 一方で、引用した部分に示されているような身近な例で心を動かされたこともある。これは初めて読んだ当時はまだ経験していなかったんだけど、のちのち読み返して「これだったんだ」と思ったこと。本命の大学受験の前日に、友達とメールをしていて「為したんだから成る」と返ってきた。私が必死に勉強していたことを知っている彼女だから言えたことだ。その言葉が本当に嬉しくて、そんなふうに言ってくれる友達に感謝しつつちょっと泣いた。なお、無事合格できたのでやっぱり彼女の応援が効いたんだなと思う。メールにのって伝わってくる言霊って、きっとそういうことだよね。大学受験なんてもう10年以上前のことだけど、ずっと忘れられない。きっといつまでたっても思い出すだろう。

 私も、スマホやPCの画面越しに誰かの力になるような言葉を発せているんでしょうか。できてるといいんだけど。

 

 

第43回:嘘でも前に

 

ポルノグラフィティを仕事として僕が生きていけてるのは、まだ夢を見られているからだとも思う。ときどきは目が覚めそうなときもあるけどね。そういうときはぎゅっと頑なに目をつぶって、見ていた夢をたどり直すんだ。 

「嘘でも前に」だよ。

 この回が雑誌連載されているときにリアルタイムで読んでいた頃の私は死にかけていた。大好きなバンド・ポルノグラフィティからメンバーが脱退したからだ。唯一の心のよりどころだったのに。あの人の音楽が、そしてあの人のいるポルノグラフィティの音楽が大好きだったのに。まだネットで人とつながることを覚える前で、学校にもポルノを好きな友達はいなくて、誰ともそのことについての話ができないままでいた。担任の先生に一方的に思いをぶちまけるばかりだった。いろいろなところでああでもないこうでもないと囁かれる他人の勝手な意見に腹を立てたり悲しくなったりしながら、世界に置いてきぼりをくらっていた。前に進みたいけど、足を踏み出すことができずにいた。多分それは私だけではなくて、私以外にも沢山の人が同じ状況だったのではないだろうか。

 そういう人たちにとって、ひとつの救いとなった言葉がこの「嘘でも前に」だと思う。少なくとも私はこの言葉に救われた。嘘でもいいんだ、と思ったらずっと緊張していた心が少し緩んだように思えた。「嘘でも前に」進み続けていたら、岡野さんとTamaさんが一緒に飲んでる写真がTwitterにアップされたりもするしTamaさんがTwitter始めたりもするんだよ。ポルノの20周年ライブにだって、東京ドームに3人がいたって事実を後で知れたりするんだよ。「嘘でも前に」進むことを選んでくれてありがとう、あの日の私。

 私は座右の銘を訊かれたらこの「嘘でも前に」を答えるようにしている。たとえこの先、また「嘘でも前に」進まなければいけないときがきたとして、でもそのときもちゃんと進めると思う。嘘でもいいんだから。

 

 

第50回:名前以上に自分を表すもの

まぁひととおりの趣味や特技、学歴や住所なんかを履歴書みたいに並べれば確率的にあなたとわたしは区別できるんだろうけど、さらに話を突き詰めるとロックのシャウトで言う「履歴書で俺の何がわかるんだよ」って話だ。それって生息地と羽の特徴で分類される蝶みたいなもんだよね。さらにさらに言うと、他人は履歴書でとりあえずの区別ができたとしよう。じゃあ、自分はどうだ。自分が自分を見失ったときに“わたし”をわたしに尋ねたとき、どう答える?まさか自分のことをわかるために住所は使わないだろうね。

 最終回というていで書かれたもの。実は最終回ではなかったんだけどね。ポルノの歌詞だと「Go Steady Go!」なんかに出てくるテーマでもある。

 私が『自宅にて』を読み返したくなるのは、自分についてよくわからなくなったときかもしれない。自分というものが(私が「自分」と思っていたものが)揺らいでしまったとき、自然とこの本に手が伸びる。頁をめくり、書いてあることについて、確かにそう思うとかいやそうは思わないとか私はこう思うとか考えているうちに「私」のかたちがはっきりしてくる。そうだった「私」はこういうかたちなんだった、と思うこともあれば、私が思っていたのとちょっと違ったかたちになっていることもある。でも、それが「私」のかたちであることはわかる。そうやって「私」のかたちを確かめるために『自宅にて』を読みたくなる。自問自答というよりは一問一答に近いようなイメージ。ただ、私が何者かということを探る質問をわざわざしてくれる人はいないので、それを『自宅にて』にやってもらっているという感じかな。

 新藤さんのことも、新藤さんの言葉も、すごく好きだけれど、だからといって彼の感じ方や考え方に100%同意できるわけではない。育ってきた環境、年代、性別、職業、いろんなものが違うし、そもそも違う人間だし。自分とは違うもののことを考え、そこから自分のことについて考えると、じわじわと自分の輪郭が見えてくるような気がする。勿論、その輪郭だっていつでも同じわけじゃなくて、今の私と『自宅にて』をリアルタイムで読んでいた頃の私とは全然違うし、また10年後くらいの私ともきっと全然違うんだろうな。そのときもまた、この本を読んで自分というものを確かめたい。

 私にとっての『自宅にて』はそういう本です。

 

 

第51回:ものづくり

 

 50回の区切りで終わるはずだったのに、「ポルノが表紙の号で始めたから表紙の号で終わろう」とアンコールが実現。「じゃ、今度こそさよなら。」という最後の一文も含めて忘れられない文章だ。

 この回のぶんだけ引用はしない。というのも、引用するところを選べないから。全部引用しなきゃ伝わらないんじゃないかなって感じがして、抜き出せなかった。以前書いた(つくった)ものを超えられるかどうかという次元での戦いの話でした。

 ちなみに「クリエイトすること」という回もあって、そっちでは「頭の中にしかないものはないのと一緒」というような話をしている。これはいい意味でも悪い意味でもめちゃくちゃ影響を受けた回。リアルタイムで読んでいた中高生の頃、多くの中高生が憧れるように創作を生業としたいと私も思っていて、だけど頭の中にしかなかったんだよな。できるだけ発表していこうとしてネットでいろんなことをしていたこともあって、結果としてはやっといてよかったなと思うけど、結構追い詰められた感じになってた時期もあった。今思えば懐かしいし青くさいな。

 そんなふうに「クリエイトすること」を語る人が、以前書いたものを超えるために過去の自分と戦っているっていうのがなんだか新鮮に思えたことを覚えている。文章からどことなく弱気な雰囲気が漂っているのも驚いた。でも、誰かと争っているようじゃダメで、自分自身と戦うレベルになってからこそ、みたいなところがあるんだろうなって、想像するしかないけどそう思った。私はそこにはいけそうにないし、ものづくりで食っているわけじゃないからなぁ。とはいえ、ブログの文章にしろ短歌にしろ、更にいいものをと思う気持ちはあるけれど。

 今の新藤さんはどう思っているんだろう?

 

 

 

おわりに

 「おわりに」と題された文章がまた素晴らしい。

 

 たまたま道ばたに咲いている小さな花を見つけたとして、そこにいた人たちは、それぞれ“奇麗”だとか“健気”だとか、なんらかの感動を覚えました。

 ある人は身近な人にその感動を話し、ある人は絵に描き、またある人は写真を撮りました。そうやって表現された小さな花は、いくつもの姿でまた他の誰かを感動させることができます。その花がそのうち枯れてしまっても、そうやって咲き続けることができるのです。

 僕ならメロディーにして歌詞をつけます。文章を書きます。

 小さな花の“奇麗”は音符ではなく、“健気”さは文字ではなく、僕がどう表現しようが、実際にその小さな花を生み出すことなんてできないことは知っていても、たとえ歪な花になったとしても、それでも表現をしようとします。

 それは確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うからです。そこに意味なんていらないと思います。

 そもそも小さい花が咲いていることに、それ以上の意味なんてないからです。 

 ちょっと引用部分が長くなってしまったけど、このなかから部分的に取り出しても言いたいことが伝わらないので諦めてぐわっと書きました。本当に好きな文章。墓買ったら刻みたいなって思ってる。

 「確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから」、きっと私はなんらかの文章を書き続けて生きているんだろうなと思う。だってお金になるわけじゃないのに。時間と脳のリソースを割いて、誰が読んでいるかもわからないようなものを、こうして書き続けている。このブログだけでももうすぐ丸5年になる。5年間ものあいだ、私は私の動いた心を文章のかたちにして刻み続けている。

 ライブに行ったら「楽しかった!最高!」だけで十分かもしれない。新曲を聴いたら「やばい!」だけで十分かもしれない。でもそれだけの言葉じゃ足りなくて、これこれこういう理由で私は感動したんですよ、って書き残したい。たとえライブそのものは過ぎ去っていくとしても、新曲はいずれ新曲じゃなくなるとしても、文章として残しておけばそのときの感動を何度でも蘇らせることができるから。

 この言葉を読む前からライブの感想は書き残していた(中学生の時に書いた文章なんて読めたもんじゃないが)。誰かに強制されて書いていたわけじゃないし、そのときもきっと「確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから」みたいな気持ちで書いていたんだと思う。初めてのライブは心が死んでいた時期だったから、余計に書き残したかったんだろうな。改めてこの「おわりに」を読んで、そうだこういうことだったんだ、って思ったのを覚えている。新藤さんの思考を私が取り入れたというよりは、私が思っていたことが言語化されたら新藤さんの言葉と概ね一致したという例。そういう、自分にとってすごく重要な部分で一致することが多いから、新藤さんの言葉に惹かれるんだろうな。作品が好きでも人間性が好きじゃないアーティストやクリエイター(音楽だけでなく芸術全般を含む)もいて、それも全然いいと思っているんだけど、新藤さんの言葉だけじゃなく新藤さんという人間に憧れて好きだと思ってしまうのって多分そういう重要な部分が一致しているからなんだろう。

 未だに私は自分の心が動いたことをなかったことにしたくない衝動でいろんなことを書いている。勿論言葉も内容も選んで、きれいに整えたかたちにしているけれど、だからといって嘘は書かない。嘘なんか書いても意味ないし。

 多分これから先も、こうやっていろいろ書いていくんだろうな。よろしくお願いしますね。

 

 

 

 

 

 改めて読み返してみると、自分の考えがいかに新藤さんに影響を受けているかを目の当たりにしてなんだか恥ずかしくなってくる。でも思春期にこんな言葉たちに触れながら育ったらそりゃあ影響も受けるよね。

 読んでいると、心が浮かぶこともあるし沈むこともある。でもどちらにしろ、最終的には自分の糧になる。

 いつのまにか私も30になって、あぁこれで自宅にての最後のほうとも同い年になって、あとは越えていくだけなんだなぁとなんだか感慨深くなる。昔読んでいたときはもっとずっと遠い存在に思えていたけど、いろんなことに悩んだり考えたりしている新藤さんの文章を読んでいると、本当はもっと近くにいるのかもしれないと思うようになった。

 この前、新藤さんがラジオで「10代の頃に見ていた30代って親のような存在」みたいな話をしていて、私にとっての新藤さんはまさにそれだなと思う。「10代だった人たちが大人になって、同じ大人というステージで見たときにどう見えるか」という話もしていたんだけど、私としてはさっき書いたように近い存在に思えるようになったな、と思う。失礼なことかもしれないけど、神様みたいな存在ではなく人間なんだとちゃんと認識できるようになったというか。相変わらず憧れであることに代わりはないけど。今の新藤さんも恰好いい大人だなって思うし。

 

 多分、新藤さんは新藤さんが思っているより沢山の人に沢山の影響を与えているんじゃないかな。と思ったので、この記事のタイトルはあえて「私たち」にしました。普段は主語を大きくすることって好きじゃないんだけど、これはあえてそうしています。

 そうやって影響を受けて今ここにいる「私たち」が、また誰かに何かの影響を与えられたとしたら、それって「BUTTERFLY EFFECT」だし、受け継がれていく「UNFADED」なものだよね。なんでその2タイトルを挙げたかっていうとこの記事はもともと「BUTTERFLY EFFECT」の時期に書き始めたものだからです。めっちゃ寝かせたせいで「UNFADED」すらとっくに終わってる!書いてるあいだにも自分がいろいろ揺らいだりして、なかなか完成まで時間がかかってしまったな。

 

 『自宅にて』第50回(最終回のはずだった回)の最後には、こんなふうに書いてある。 

以上、『自宅にて』でした。50回もあれば本気で書いたのから、酔っぱらって書いたのまでいろいろで、中には今回のような自分の漠然とした思いを投げかけたものもあって、そのほとんどが投げっぱなしで答えにたどり着けていないことに気づく。自分で投げたボールはいつか自分がとりに行かなくちゃと思う最終回でした。

 きっと新藤さんが投げたボールは私たちが拾ったり、拾ってまて違うところに投げたりしていたものもあるんじゃないかなって思ったりする。そうやって、私たちは成長してきました。

 落としどころがわからなくなっちゃったけど、これからもいろんなボールを投げてほしいなと思います。勝手に拾って、自分のものにしたりまたどこかに投げたり、誰かとキャッチボールをしたり、そうして広げていくので。

 

 

自宅にて

自宅にて

  • 作者:新藤 晴一
  • 発売日: 2005/12/24
  • メディア: 単行本