私の好きな本の話 『ぶらんこ乗り』

 私と私の好きな本の話です。

 

 

 

 何度も何度も読み返して、内容もほとんど覚えてしまっているのに、読むたびに印象が変わる本がある。きっと私の心の状態をうつす鏡のような本なのだと思う。何冊かあるそういった本のひとつが『ぶらんこ乗り』だ。

 

 この本を初めて知ったきっかけは、ポルノグラフィティの新藤さんが紹介していたこと。2006年あたりのことだったと思う。高校生になってお小遣いが増えて自分で本を買えるようになっていて、月に12冊なら文庫本を買ってもよいと決めていた頃の話。

 すごく大雑把なあらすじをまとめるならば、高校生の女の子が今はここにいないとてもいとしい弟のことを思い出す話。当時高校生で、しかも弟のいる私にはなんだか他人事と思えなくてすごく響いた。うちの弟は天才でもなんでもないし今も超腹立つけど、それでもなんだか弟にちょっと優しくなってしまうような、そんな話だ。

 私のために書かれた話だとは思わない。そういうタイプの受け取り方はしなかった。でも、この本に出てくる「わたし」や「弟」、彼らの両親におばあちゃん、そして「指の音」、みんな私の友達みたいな存在だった。仲良しっていうわけではなくて、一緒に居るとちょっとそわそわするし落ち着くような感じがした。特に彼らのお母さんはふしぎな人(一般的にいう世間ずれした人)で、私もそれに近いところがあるのですごく親しみを感じていたし、そんなお母さんが家族にとても愛されていることが嬉しかったのかもしれない。おばあちゃんはちょっと怖かった。でも本のなかのあの家族のことが大好きだった。

 なんの根拠もないけれど、この家族は私のことを受け入れてくれるような気がしていた。私は頭の中でおはなしを想像し続けているいきものだが、漫画やアニメや小説のなかに自分が登場するならと考えるときはその世界に合った理想の私のアバターのようなものを作り上げる。私のいいところだけを抽出し、私のもっていないものをもたせた、理想の私。だけど、そんなことをしなくてもこの家族はそのままの私を受け入れてくれそうな気がした。よく来たわねって歓迎してくれるお母さんとその隣で優しく笑っているお父さん、警戒している弟と年上の女の子に興味津々な「わたし」、そして客人にも厳しいおばあちゃん。『ぶらんこ乗り』の世界に合う私を想像しなくても私がそこにいられる気がした。そんなふうに思える物語に、私は今も昔もまだ出会えていない。この『ぶらんこ乗り』を除いては。

 初めて読んで以来、何度も読み返している。ページ数的には割と薄いので、心がしんどいなぁと思ったときに手に取りやすいというのもある。それに何より、とても単純に、私はこの物語が好きだったから。特別な一冊だから。

 

 けれど、社会人になってからは読み返すことがなかった。本を読む習慣が失われたというのもあるし、正直なところ怖かった。かつての私が大好きだったこの本が、今の私には響かなかったらどうしよう。そう思うと怖かった。去年からは本を読む習慣を取り戻したし、家にある本を読み返すこともあったけれど、この本にはなかなか手を伸ばせなかった。

 ひとは変わる。私だって変わったと思う。自分の嫌いな自分にならないようにと心がけているつもりだけど、変わらないところがないはずがない。変わった私は、あの頃と同じようにこの本に愛されているだろうか。あの家族は、よく来たわねって私を迎え入れてくれるだろうか。

 怖くて読めなかった本を久しぶりに読もうと思ったのは、ポルノグラフィティの東京ドームライブ1日目で「グラヴィティ」を聴けたからだ。この曲は新藤さんの作詞作曲で、歌詞は『ぶらんこ乗り』からインスパイアされて書かれたもの。2012年のファンクラブ向けライブ以来の演奏だった。もうライブで聴けることはないのかなぁと思っていたこの曲を再び聴くことができて、今ならあの本も読めるかな、と思ったのだ。

 読んでみると、物語はすぐに私を迎え入れてくれた。懐かしい人たちと再会することができた。社会に出て、あの頃とはまた別の種類のポンコツさを発揮している私さえ、この物語は受け入れてくれる。何度も読んで、どういう展開かもほぼほぼ覚えてしまっているのに、何度でも新鮮に胸を打つ。きっとこの本が、私の内面をうつす本だからだ。読むたびに自分の知らない自分や忘れていた自分と出会える。

 今読んでみると、きっと今の私は「わたし」や弟よりも二人の両親のほうに年齢が近くなっているせいか、夫婦の関係性に胸をつかまれた。まず画家と額縁作家という組み合わせが素敵なのに、さらに二人が素敵なのだ。お父さんがプレゼントしてくれた指輪よりもその箱(額縁作家であるお父さんの手作り)をより喜ぶお母さん。おじいちゃんの故郷を尋ねて、創作意欲を掻き立てられるお母さん。わくわくしている様子がとてもかわいい。二人の言葉の端々から、互いを思いあっていることが伝わってくるのもいいなと思う。私と夫もそんな夫婦であれたらいいな。そして両親が子どもたちにあてた手紙のように、自分の愛をちゃんと伝えたいなと思う。

 

 「わたし」の後悔と家族への愛しさがあふれた言葉で紡がれる物語。いいなと思う場面はいくつもあるけど、私が特に好きなのは「わたし」が弟を理解してやれていなかったと気づいたときの素直な後悔。ひととひとがわかり合うのはとても難しいことだ。けれど、「わたし」は自分が思い込みで弟のことを決めつけていたと気づいて素直に後悔する。弟が「わたし」のことを大好きだったことも、「わたし」が弟のことを大好きだったことも、どちらも伝わってくる、とても好きな場面だ。

 私がこの物語を好きなのは、ひととひとがわかり合えないことが描かれていて、それでもわかり合おうとする努力や認め合おうとする優しさやわかり合えないとしても排斥せずにいようとする世界だからかもしれない。この世界にいたら私は傷つかないということではない。多分、現実の世界と同じように傷つくこともあるだろう。だけど、揺れる空中ぶらんこの上で互いが近づいたときに手をつなぎあうように、手をつないだり離したりしながら私を受け入れてくれるという、そんな安心感がある。受け入れてくれると信じられるから、安心して手を離せるし、安心して手を伸ばせる。私と『ぶらんこ乗り』は、そういう関係なんじゃないかな。

 この物語を愛しいと思える自分のことが好きだなと思った。できればこの先もずっと、この物語に心を動かされる自分でありたい。この物語に愛される自分でありたい。

 

 

 

 この本が私のいるこの世界にあることは、愛おしい奇跡だ。

 

 

 

ぶらんこ乗り (新潮文庫)

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グラヴィティ

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