さよならなんて大嫌い ー私と宇多田ヒカル楽曲ー

 

 そんなに深く知っているわけじゃないし、全部の楽曲を追っているわけでもないし、パーソナリティにすごく興味があるかといったらそういうわけでもなくて、でも好きだなとは思う。彼女の楽曲も、彼女も。そういうすごく好きな曲についての個人的な思い入れとかの話です。

 

 

 

 

 

Passion

 宇多田ヒカル*1の歌詞には、時々「あれ?」と思うような表現が含まれる。

 

私たちに出来なかったことを

とても懐かしく思うよ

 

 「出来なかったこと」を「懐かしく思う」ってどういうことなんだろう、とこの歌詞を初めて聴いたときに思った。過去にあった出来事を懐かしく思うのはわかるけど、「出来なかったこと」は懐かしみようがないんじゃないかという気がした。余談だけど「出来事」という言葉とこの「出来なかったこと」は対になるものなのかもって今気づいて宇多田ヒカルの言語センスに白目剥きそう。

 「私たちに出来なかったこと」という歌詞の前に出てくるのは「ずっと前に好きだった人 冬に子供が生まれるそうだ」という歌詞なので、素直に読めば「私たちに出来なかったこと」とは付き合うこととか恋愛関係を継続し結婚に至ることとか、あるいは互いに分かり合ってそばにいることとか、そういうことなのかなぁと思う。そんなに単純なことじゃないかもしれないけど。

 「出来なかったことがあったこと」を「懐かしく思う」ならわかるけど、「出来なかったこと」そのものを「懐かしく思う」って不思議な表現だなと思う。でもなんとなく気持ちとしてはわかる……あれができなかった・これができなかったと思い出すんじゃなくて、「出来なかったこと」あるいは「出来事(=起こったこと)」の対としての「出来なかったこと(=起こらなかったこと)」、そういった架空の事象について、もっとあったかく切ない気持ちで「懐かしく思う」感じ……わかる……自分にも覚えがあるかと言われたらないけど、ないけどわかっちゃう……

 

 キングダムハーツシリーズは概ねプレイしていて、なかでも「358/2 Days」が好きな私としてはこの曲がゲームの主題歌として使われていたことが思い出深い。本来は「キングダムハーツ2」の主題歌だけど、雰囲気としては「358/2 Days」のほうが合っているような気がする。

 スタンダードな難易度で1回クリアすれば大抵満足するのに、「358/2 Days」はだいぶ遊んだ。終わるのが嫌すぎたし、最終決戦は泣きながら戦っていた。めちゃくちゃ思い入れの深いゲームのひとつだ。

 「キングダムハーツ」シリーズは、そこにいたはずなのに思い出せない人・知らないはずなのに懐かしい人みたいな存在と出会う場面が何度かある。個人的にその山場となるのが「キングダムハーツ2」の冒頭と「358/2 Days」だなと思っているので、「出来なかったこと」を「懐かしく思う」この曲が主題歌として使われているのが超合ってるなぁと感じる。多分主題歌Verでは使われてなかった歌詞だった気がするけど。

 


宇多田ヒカル - Passion ~single version~

 

 

 

あなた

 映画「DISTINY 鎌倉ものがたり」の主題歌で、映画館で初めて聴いて胸がいっぱいになったのを覚えている。結婚式の一か月前に夫と二人で観に行ったので映画で描かれる「夫婦」というテーマが心に残ったということもあるが、主題歌のフレーズの威力がすさまじかった。

 

あなた以外帰る場所は

天上天下 どこにもない

 

 私の帰る場所は夫以外どこにもないって常日頃思っているんだけど、それを「天上天下 どこにもない」って言葉で表現されたら最高すぎてひえ~~~って思った。聴くたびに夫のことが愛おしくなる。

 彼氏いない歴=年齢で中高大と生き延び両親および親戚一同諦めてくれて、23歳のときにぼんやりとお墓のことを考えていた頃に夫と付き合うことになった。他者から好意をよせられることの大変さ・自分と生育環境が全く異なる人間と親密になることの大変さは想像以上のものだったけど、夫はものすごく根気強かった。好かれることに自信のない私に、何度も好きと伝えてくれた。

 私の人生のうち、最も私と向き合おうとしてくれた人は夫だと思う。私が私であるというだけで、なんの注釈もなしに愛してくれる。

 先日、夫に「結婚してからメンタルが落ち着いたね」と言われたんだけど、夫が私にくれる安心感がそうさせてくれたのだと思う。そのときにも、この曲のことを思い出した。

 

あなたと歩む世界は

息を飲むほど美しいんだ

 

 私は夫とふたりで過ごすようになって、たくさんの美しい景色を見てきた。きっとこれからもそうだろう。

 


宇多田ヒカル 『あなた』(Short Version)

 

 

 

日曜の朝

 友達が「綴さんっぽい」って教えてくれた曲で、聴いてみてすぐ「私か?」って思った。正確に言うと対自担の私。加藤さんに対するときの私の理想形みたいなものが描かれていてびっくりした。

 

彼氏だとか彼女だとか

呼び合わない方が僕は好きだ

 

 加藤さんと恋愛関係になれるとは思ってないしなりたいと思ったこともないけれど、そういう関係じゃないからこそ「好き」って言える「好き」もあると思う。友達同士でもないし、信仰しているわけでもないし、守ってあげたいとかって欲でもないし、この人に対する私の「好き」ってなんなんだろうと思うこともあるというか、日々思う。

 嫌いなところも沢山ある。絶対にわかりあえないなって思う部分もある。だけどそういう部分もひっくるめて「好き」だと思う。

 でも、そもそも知りもしない他者に好きとか嫌いとか言われるのってどうなんだろうねって思ってもいる。相手は私のことを評価できないのに、一方的に評価するって、ずるい気がしてしまう。ずるいって思いながらも、それをせざるをえない。いやな人間だなぁと思う。こんな人間のことを彼が好きになる(※ここでいう「好き」は人間的な「好き」であり恋愛感情とは異なる)とは思えないから、出会わなくてよかったって、またずるいことを思う。

 誠実であろうと思うのであれば、彼に対する感情は無であるべきだと、私の頭の中で声がする。でも、無になることはできなくて、日増しに感情は大きくなっていく。既に名のある関係性に落とし込んだり、新たに名前をつけたりすることができない感情ばかりが膨れ上がる。

 

 ささやくようなコーラス部分も水の泡みたいですごく奇麗。水族館の大きな水槽みたいなイメージ。サメとかエイとか泳いでいるやつ。私は魚が怖いからあんまりちゃんと見たことはないけど、遠くから薄目で見る感じではとても奇麗だと思う。

 今日も出会わないでくれてありがとう。もしも来世で出会うことがあるとしたら、平日午後の水族館で待ってるね。

 

彼氏だとか彼女だとか

呼び合わないけれど君が好きだ

宇多田ヒカル 日曜の朝 歌詞 - 歌ネット

 

 

 

Good Night

 映画「ペンギン・ハイウェイ」の主題歌。歌詞はとても言葉が少ない。絞り込んで絞り込んでこれだけになったのかなぁと勝手に想像している。これだけの言葉で、映画のその先を想像させるような歌詞になっているのがすごい。

 どことなく心が躍るような、スキップするようなイントロやAメロと「Goodbye」「Good Night」しか歌詞がない切なげなサビの対比もいい。多分、映画の後のアオヤマ少年にとってのお姉さんって、普段は嬉しい気持ちで思い出せるものなんだろうけど時折胸を締め付けるような気持ちにもさせる、そんな存在なんだろうなって思う。

 

Hello 僕は思い出じゃない

さよならなんて大嫌い

 

 宇多田ヒカルが映画の後のアオヤマ少年の心を想像したときに出てきた言葉が「僕は思い出じゃない」という叫びにも似た言葉だったとしたら、あんまりにも最高すぎる。最高すぎて映画館ではただでさえ泣いているところに追い打ちがかかった。

 私は基本的には自分の言語センスがめちゃくちゃ好きだから他者の言語センスをうらやましく思うことはそんなにないんだけど、さすがにこれは羨ましい。羨んだところで、という話ではあるけど。でも羨ましい。

 「さよならなんて大嫌い」って歌うのに「Goodbye」なんだよな。しかも何度も繰り返される。誰かに向けて言うというよりは自分に言い聞かせるような「Goodbye」なのかな。最後に付け足される「Good Night」も切ない。そしてそれがタイトルなのも切ない。

 

この頃の僕を語らせておくれよ

この頃の僕を、この頃の僕を

 

 最後にこの歌詞で終わるのもずるい。良すぎてずるい。アオヤマ少年が少年じゃなくて大人になって、そしてお姉さんに語りたいことが「この頃の僕」なんだとしたらもう本当に尋常じゃなく胸がいっぱいでしんどい。

 映画のしんどい部分を凝縮しまくった歌詞で、だけどちょっと明るい気持ちで映画館を出られるめちゃくちゃにいい曲だと思う。この曲を聴くと映画との相乗効果で私の中にいる「小さい頃に仲が良かったお姉さんに会いたい気持ち」がふわっと浮かび上がるけど、私は少年でもないし仲が良かったお姉さんもいないんだよな。でもそういうファンタジーな気持ちをリアルに思い起こさせる。すごい。

 

 


『ペンギン・ハイウェイ』 スペシャルトレーラー

 

 

 

誓い

 歌詞がエッジ効きすぎてやばい。

 

今日という日は嘘偽りのない

永遠の誓い日和だよ

 

 「永遠の誓い日和」。そんな日和あるなんてこの曲聴くまで思わなかった。でも言葉の持つ説得力がすごくて、「永遠の誓い日和」以外のなんでもないんだろうなとしか思えなくなる。

 まだ深くまで考えられるほど聴いていないけれど、「私」「僕」のふたりがそれぞれ言葉を紡ぐ歌詞なのかな。どこが私の言葉でどこが僕の言葉なのかまだよくわかってないけれど、それがわからないところも絶妙に不安定でいいなって思う。「本当にこんな私でもいいの」「嘘つきだった僕には戻れない」などなど、重たくて不安定な言葉が散りばめられているように感じる。「誓い」も、永遠を誓うわけだけれど結婚式というわけではないし、お揃いの指輪をしようねって話だし、なんだかすごくそわそわする。「永遠」って言うのになんだかとても刹那的に感じられる。このふたりが歩んだ先に何が待っているのか知りたい。すごく不穏な感じがして、気になって仕方がない。楽曲のリズムもなんだか不思議で絶妙に不安定になるし、それなのにタイトルは「誓い」っていうのも全部がいい。すごくいい。

 

日の昇る音を肩を並べて聞こうよ

共に生きることを誓おうよ

 

 「日の昇る音」。日が昇るのは視覚(あるいは暖かさなら触覚)で感じるものなのに、音という聴覚を持ち出すセンスがやばい。この曲の絶妙な不安定さともマッチしている感じがする。そのあとにくる「共に生きることを誓おうよ」がなんだか重たく響く。

 さっきも書いたけれど、私は自分の言葉のセンスには満足しているから他の人に対して「すごい」とは思っても「羨ましい」とはなかなか思わない。だけど宇多田ヒカル新藤晴一だけは羨ましいなって……羨ましいな……こんなに羨ましく思ったの久しぶりで、なんだか気分がいいです。

 


宇多田ヒカル 『誓い』(Live Ver.)

 

 

 

 以上、私とキングダムハーツ、私と夫、私と加藤さん、私とペンギン・ハイウェイ、私と言語センス、そして私と宇多田ヒカル楽曲の話でした。

 まだまだ聴いたことのない曲も沢山あるのでオススメがあったら是非教えてください。

*1:基本的にこのブログではアーティストも「さん」付けで呼びたいと思っているんだけど、宇多田ヒカルってあまりにも宇多田ヒカルすぎて宇多田ヒカル以外に呼びようがなくて困った。尊敬の念を込めて「宇多田ヒカル」と呼びたい