溶ける氷と凍りゆく関係 ―「氷温」感想メモ―

 コンサート演出の話はないです。音源を聴いての感想です。
 今更ですが、改めてちゃんと聴いたので、感想メモを残しておこうと思います。いつもと変わらず主観100%、行間にこめられた物語に想像あるいは妄想を膨らませながらの感想です。

 


・身勝手な男

 加藤さんのことではない。この曲の主人公のことだ。
 ホテルでひとり酒を飲んでいて、氷をテーブルに落としてしまったところから生まれたという「氷温」。そこから人と人との関係性のひとつである恋愛、さらには失恋といったテーマへとつながる。大前提として、「ホテルの部屋で別れ話をしている」というイメージを浮かべておこうと思う(クラウドでもそんなイメージだという話があったし、実際に聴いていてもそう思うので)。
 「失恋」「別れ話」という言葉を頭に入れていたが、ちゃんと歌詞を見ずに聴いたときはおや、と思った。加藤さんのソロ曲で失恋ときいて、どんな振られ方をするのだろうと思っていたけれど、この曲の主人公は振られたわけではなさそうだ。別れ話を切り出す側のようだ。

グラスのライム香りが鼻で弾けて
ほんの少し正気になって落ち込む

 という表現が、ホテルの一室で酒を飲みながら別れ話をしようとしている(あるいはしている最中)にライムの目が覚めるようなさわやかな香りを感じて、今自分がしていることに対するどこか後ろめたい気持ち(あるいは気が進まないというか、そういう気分)が思い出されたのではと考えたからだ。別れ話をされる側なら正気にならずとも落ち込むだろう。正気になって落ち込むのなら、きっと別れ話を切り出す側だ。
 では、なぜ彼は別れ話を切り出すに至ったのか。それはこの曲には明確には書かれていない。けれど、何度か繰り返されるサビのフレーズを見てみると、なんとなくわかる気がしてくる。

Don't believe in me
君を 愛して 嘘重ねて

 彼が「君」を愛していたことは、きっと確かなことなのだろう。けれど、いつからか嘘を重ねるようになってしまった。他に好きな相手ができたのかもしれないが、彼女のことを愛しているはずなのにうっとうしいとか、愛しているにも関わらず面倒だとか、そういう気持ちが芽生えてしまったのではないかと、個人的には考えている。その「うっとうしい」だとか「面倒」という気持ちをごまかしてきたのが、彼の重ねた嘘なのではないだろうか。愛していないわけではない、でも……という雰囲気が、曲全体の気だるさからも感じられる。彼女に非があるとか、他に好きな相手ができたとかではなく、ただただ彼の気持ちが変わってしまった、というのが別れ話の理由なのではないかと思う。
 だとしたらこの曲の主人公はだいぶ身勝手だ。自分で別れ話を切り出しておきながら、彼女に未練があるような素振りも見せるのだから。

テーブルに落ちてしまった氷が溶けてく
時が止まればと心で願ってる

 心で願ってもそれを言葉にすることはない。結局のところ、別れを切り出した彼の決意は揺らがないのだ。別れ話をするのは自分だが、できればしたくはない。けれど、しないという選択肢はない。彼の中では、彼女と別れることはもう決まってしまっていることなのだろう。
 実際につきあっている相手がこんな感じだったら絶対に嫌だけれど、フィクションにおけるこういう男性が好きすぎて困る。もうめちゃくちゃに好きなのだ。こういう身勝手な男が。
 ポルノグラフィティの曲に「別れ話をしよう」という曲があるが、バーで別れ話を切り出す男の歌で、この曲にも「この氷溶けるまでコイビトでいようよ」という歌詞がある。言わずもがな、新藤さんの作詞である。更に言えば別れ話を切り出したうえにまだ見ぬ彼女の新しい彼氏に嫉妬したりもする。私の好きな人たち、氷をタイムリミットにして身勝手な別れ話をしがち。

別れ話をしよう - ポルノグラフィティ - 歌詞 : 歌ネット

 


・氷は溶ける、二人の関係は凍りゆく

 テーブルに落ちてしまい溶けていく氷は、二人が恋人としていられる時間を比喩的に示している。氷はタイムリミットで、じわじわと溶けていく。溶けてしまえば二人の関係は終わる。
 一方、「氷温」という言葉は「摂氏0度からものが凍り始めるまでの温度帯」を指すものだ。テーブルの上の氷は溶けていくのに、一体何が凍っていくというのだろう。最初は全然わからなかったけれど、あれこれと考えてみて、凍っていくのは二人の関係なのではないかと思い至った。
 普通の恋愛の関係、たとえばくだらない話も気軽にできるような関係だったら、きっとそれは0度以上はあるのだろう。ある恋人たちは春の陽気かもしれないし、ある恋人たちは猛暑日かもしれない。しかし、「僕」と「君」の関係はいつのまにか熱を失いつつあった。もしかしたら、「僕」の気持ちが変わったのは「君」にも変化があったからかもしれない。「僕」に一方的な変化があったというよりは、双方が変わっていったと、なんとなくそんなふうに思う。そして、二人の恋は0度を下回ってしまう。彼が別れ話を切り出したことによりあとは凍りつくだけになった。この曲の歌詞には「君」の表情も行動も言葉も描かれないが(そんなところも「僕」の身勝手な感じがしてやばい)、彼女も別れ話に納得したのだろう。

ドアの音 せめて聴かせて
僕のもとまで 届かせてくれよ

 なんとなくだけれど、彼女は「別れたくない」というようなことは言わずに、彼の話に納得して部屋を出ていったのだろう、という気がする。どちらかというと、あっさりと。だから彼は、別れ話をしたのは自分のくせに、彼女にまだ未練があるみたいに「せめて聴かせて」なんて表現をする。まるで自分が置いていかれたみたいな、そんな雰囲気を漂わせる。でも出ていく彼女を追うことはない。閉まるドアの音を聴かせてほしいと願うだけだ。そうしてふたりの関係は、完全に凍ってしまって、終わりを迎える。
 二人の関係の終わりまでの時間のことを、このホテルの一室に漂う時間のことを、「氷温」という単語で表現しているのではないだろうか。二人の関係は凍りゆくのに、テーブルに落ちた氷りは無情にも溶けていく。この……この比喩と対比の上手さよ……これが加藤シゲアキなんですよ……!

 


・鈍い熱と月明かり 

 先程の溶ける氷と凍りゆく関係の対比もだし、この曲にはもうひとつ対比的な描写がある、「君の熱の鈍さ」と「月明かり」だ。

君の熱の鈍さが
へばりついて落ちないままで
もしも二度と会えないのなら
月明かりで抱きしめて

 なんとなくだけどホテルで一夜明かしたあとなんじゃないかとか勘繰りたくなる。それで別れ話するとかどれだけ身勝手なんだよ……好き……と思うけれど、それはおいといて。
 「熱の鈍さ」と表現されるとあまりいいイメージはないし、さらに「へばりついて落ちない」と続いたらイメージはもっとよくない。「へばりついて落ちない」と言いたくなるということは、落としたいけれど落ちないもの、なのだろう。別れ話をしたのは自分なのだからさっぱりしたのかと思いきや、彼はまだ「熱の鈍さ」を落とせないでいる。
 その「熱」と対比的に出てくるのが「月明かり」だ。「月明かり」というと、静かで冷たいイメージが重なる。冷たく静かな月明かりに抱きしめられ、「君の熱の鈍さ」を落としてしまいたいのだろう。君のことを忘れてしまいたい、ということを比喩的に、どことなく悲劇の主人公のように表現しているようにもとれる。何度も言うけど別れ話を切り出したのは男のほうだ(と私は思ってる)。ほんと……ほんと身勝手……好き……


 という身勝手な男の歌なのだと私は読み取った。リアルにこういう男性がいたら絶対におつきあいはしたくないのだけれど、フィクションにおけるこういう男は「お前なぁ……」と思いながらもめちゃくちゃ好き。

 

 「あやめ」や「星の王子さま」のように自分と照らし合わせてあれこれ思うことがある歌詞も好きだけれど、思い入れや個人的な感情ではなくて、ただただ作品としてこんなにも興奮するタイプの、あれこれ読み解いてわくわくするタイプのソロ曲であることがめちゃくちゃ楽しい。楽しんでいいのかわからないけれど、楽しいのだ。目の前におやつを出された子どもみたいに、我慢できなくて飛びついてしまう。考えるのって楽しい。たとえ正解がなくても、むしろ正解がないからこそ楽しい。
 それと、この曲を聴いて、何が嬉しかったって、加藤さんがフィクションにおける私の大好きなタイプの男性を歌ってくれたからだ。しかも作詞作曲も加藤さん。かつて加藤さんにポルノの「別れ話をしよう」を歌ってほしいと思っていたことがあったけれど(

加藤シゲアキに歌って欲しい新藤晴一作詞曲 10選 - 来世はペンギンになりたい)*1、それは加藤さんにこういうタイプの男性像が似合うと思ったからだ。加藤さん自身がそういうタイプというわけではなくて、「似合う」。もう絶対似合うじゃん、こんなの。何年もずっと思い続けてきたのに、まさかこんな、思いもよらないレベルで叶うとは。この世は最高!神様ありがとう!

 

 

EPCOTIA(通常盤)

EPCOTIA(通常盤)

 

 

*1:改めて読み返してみたらまさしく「氷温」みたいな曲を歌って欲しいって言っててちょっと笑った。夢って叶うんですね