「モンスター」「サブマリーン」感想

 要約:新藤晴一、すごい

 2月、新藤さんが歌詞を提供した楽曲が2曲もリリースされた。昨年末の関ジャニ∞「応答セヨ」もあるし、ここ最近は新藤さんの歌詞提供ラッシュである(個人的にはこの先も続いてほしい)。
 「応答セヨ」については散々書いたので、「モンスター」「サブマリーン」の2曲についても思ったことを書き留めておこうかと。ていうか書かないでいられるかよって思うくらいの楽曲なので。こんなもの読んでいる暇はないという方は是非楽曲を聴いてください。
 いつも通り主観100%です。

 

 

May'n「モンスター」

 名前を伏せてもわかってしまうくらいに新藤晴一のハンコが押してある歌詞。May'nさんがツイートで男性版「サウダージ」という話をしていたのでなんとなくの系統は掴めていたが、実際に聴いてみたところ「サウダージ」「ジョバイロ」「ミステーロ」「LiAR」あたりが近い系統の歌詞かなと思う。このあたりの曲が好きな人は是非聴いてください。

モンスター May'n 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

 

テクニックに彩られた歌詞

 新藤さんのテクニックが詰まっている歌詞で、そこかしこが美しく彩られていてあまりにも最高。歌い出しの歌詞「まだ僕の左胸に爪を立てたままで 低い嘆きを聞かせ続けるのか」という部分が既にやばい。聴き手としては歌詞の物語が何も展開していないところで「まだ」という言葉が出てくる。聴き手が楽曲を聴いてから物語が展開していくのではなく、既にそこに世界がある感じがする。しかも「低い嘆きを聞かせ続ける」という状況で、重く苦しい雰囲気であることは十分にわかる。聴き手はこれからこの重たい物語にそっと触れることになるのだ。たった2行でそれを予感させる歌詞。やばい。
 1番Bメロに出てくる「よくある手法さ 光が強いほど 影は輪郭を濃くする」は新藤さん自身もよく使う手法で、それがそのまま言葉として表れている。たとえば「アゲハ蝶」のサビも当てはまるだろう。でもその「よくある手法」を「よくある手法」と言ってしまうことにこの曲の「僕」の哀愁が感じられる。「僕」を覆う影は、なにか特別なものではなく、「よくある手法」によって輪郭を濃くしたものだという哀愁が。
 そして続くサビが更にやばい。「金の鎖で縛って 銀の檻に入れて 鉄の箱で囲い 鍵をかけた」やばい。「LiAR」の歌詞が「金」「赤」などの豪華絢爛な色と「白い仮面」の対比がやばいって話は以前書いたけれど、今度は「金」→「銀」→「鉄」なの、やばい。やばいしか言えなくなる。別に鎖で縛って檻に入れて箱で囲って鍵をかけただけでも言葉としては通じるし、全部金色だったとしてそれはそれで構わないはずだけれど、でもこの歌詞には「金」→「銀」→「鉄」というグラデーションが必要だと思う。だってそのほうが美しいから。単純に美しいから。そこにどんな意味がとかそれ以前の問題として美しい。しかも、最も内側が「金」であり、外側が「鉄」であるところもいい。無骨な鉄の箱の中には美しい銀の檻が、そしてその中には美しい金の鎖で縛られた怪物がいるのだ。もうこの情景描写が美しすぎる。無理。好き。これだから新藤さんの歌詞は信用できる。
 2番でもこのやばさは続く。2番Aメロは「悲しいメロディを纏った詩」と「あなたの笑顔を纏った言葉」の対比だ。「悲しいメロディ」と「あなたの笑顔」は本来ならば反対(前者はマイナスのイメージ、後者はプラスのイメージ)として登場するものだが、「悲しいメロディを纏った詩」は「響く」ものだと示され、「あなたの笑顔を纏った言葉」は「耳を塞いでも聞こえる」と続く。つまり「あなたの笑顔を纏った言葉」もまた「僕」にとっては響くものであり、「悲しいメロディを纏った詩」=「あなたの笑顔を纏った言葉」という構図になっている。厳密にイコールかといったら違うのだろうけれど、概ねイコールだし、むしろ後者のほうがより強く響くものかもしれない。「あなたの笑顔を纏った言葉」を直接「悲しい」などの言葉で就職するよりも悲しい感じがする。
 もうやめてくれよってくらいに最高のオンパレードな歌詞はまだ終わらない。2番サビの「時計の形を円に決めたのは誰だろう 端と端は決して繋がってない」やばい。時計の針は円の中を回っても、時間は回らない。時間の端と端は繋がらず、歪に進み続ける。こういう、当たり前に受け止めすぎて疑問にも思わない事柄に目をつけて新たな価値観を提示するというテクニックって、そういうテクニックがあると知っているからといって使えるものではない。新藤さんのセンスの良さが光る。
 大サビの歌詞もやばい。「もしもシナリオの全部を知っていたなら 僕はこんな役を/引き受けなかっただろうかと あなたに惹かれずいれたかと」。「もしも」と言いながら答えは決まっている、反語のような表現。きっと「僕」は「あなた」に惹かれずにいることはできなかっただろう。それを反語的に表現することでより強い思いが描かれている。やばい。
 ここまできて、「僕」と「あなた」のあいだに何があったのかは一切語られない。ここまできてというか最初から最後まで語られることはない。それなのに「あなた」への想いは切実なほどに語られている。ポルノの歌詞がよく「汎用性の高いイメソン」と言われたりするのは、具体的な状況ではなく心の動きを描写した歌詞だからということもあるだろう。
 次に続くサビが個人的にはこの歌詞で一番やばいところなのだけれど、「あなたが残した傷は あなたでしか癒せない」がやばい。この歌詞の、助詞の選択が完璧すぎる。もしこれが「あなた」に追いすがるような物語であれば、歌詞は「あなたにしか癒せない」となるのではないかと思う。でもそうはならない。この物語はもうすでに「あなた」が退場してしまった物語だからだ。「あなた」はこの物語にはもういない。それをこの「で」という助詞が知らせている。やばい。たったひとつの助詞で。「あなたにしか癒せない」となるならば、「癒す」主体が「あなた」となるが、「あなたでしか癒せない」だと「癒す」手段が「あなた」ということになる。この物語に「あなた」がいない、何よりの証拠のように思える。この物語は「あなた」の物語でも、「あなた」と「僕」の物語でもなく、まぎれもない「僕」の物語なのだ。
 そして最後のサビ。これは歌い出しの2行と完全に同じだ。でも最初に聴いたときとは印象が異なる。聴き手が「僕」の物語を知ったからだ。「僕」が「まだ」という意味も今ならわかる。そうやって「僕」の悲しみがまるで私の胸にも響いてくるような気がしてしまう。

 

 新藤さんのテクニックがいたるところに組み込まれた、あまりにも美しい歌詞。なんていうか、職人が手作りでつくっている精巧な飾りが施された懐中時計みたいな。細かいのに華やかで、豪華なのに脆さも感じるような。そんな雰囲気のある歌詞。正直カップリング曲ではもったいなさすぎるので表題曲にしてほしかったという意味では悔しさすら感じる。
 好きすぎてほぼ全部語ってしまった。May'nさんの歌い方が力強くて言葉がはっきりしているということもあって、岡野さんの歌声でも聴いてみたくなる。 

モンスター

モンスター

 

 

 

中島愛「サブマリーン」

 アルバム『Curiousity』のリード曲となる「サブマリーン」。聴いていると確かに新藤さんだなと思うのだけれど、「モンスター」ほどゴリゴリに新藤さん感を出しているわけではない。爽やかな曲調と少し薄暗い歌詞のコントラスト、そして中島愛さんの優しくてかわいい歌声が合わさって「少女」とか「おんなのこ」というイメージを作りあげている。

サブマリーン 中島愛 歌詞情報 - 歌ネットモバイル

 

「少女」の物語

 私は、この「サブマリーン」という楽曲から、少女が大人になる物語というか大人が心に秘めた少女性の物語というか、そういったものを感じた。桜庭一樹さんの『青年のための読書クラブ』や『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』、あるいは漫画家のふみふみこさんが描く世界を見ていると、出てくる女の子たちは無垢なところと残酷なところを持ち合わせていて、だからこそ「かわいい」のだと感じる。「サブマリーン」の主人公「私」はおそらく年齢的には少女と呼ぶには大人だけれど、心のなかはいつまでも少女でいるような、そんな感じがする。
 「潜望鏡」というのは潜水艦が水の中に潜ったまま地上の様子を見ることができる、潜水艦から上に向かって伸びてるやつ(雑な説明でごめん)のこと。水面に顔を出す勇気がない「私」は、潜水艦からそっと外の世界を覗き見ている。1番Bメロ「行きかう人 恋する人 夢みる人の目が眩しすぎて」という歌詞を見ると、この主人公「私」は恋したり夢みたり、ということを気楽にできるタイプではないのだということが読み取れる。もしかしたら自分のおかれた現実に満足できていないのかもしれないし、日々を退屈に思っているのかもしれないし、何かつらいことがあって恋とか夢とか言ってられない状況なのかもしれない。1番AメロBメロからはそんな人物像が想像できる。1番サビではそれでも浮上しなければならないということを「私」も理解している。だからこそ「どんなときも私の船の舵はこの手でぎゅっと 握っていよう」が強い意志のようにも思われる。
 2番では少し現実的な風景が見えてくる。「私」が潜水艦の中から外を覗き見るような生き方をしているのは、きっと「友達たち」のような人たちがいる世界になじむことができないからなのだろう、と想像させる。そんな世界を指して、2番サビでは「そこは猟奇の森」と表現する。「いつまでもここにはいられはしない」と続くので、「私」はまだ潜水艦から出て行っていない。でも出て行かなければならないことをわかっている。2番サビに出てくる「あなた」はもう出会っている誰かなのかもしれないし、まだ出会っていない誰かなのかもしれない。個人的には後者だとよりロマンチックでかわいいなと思っている。
 大サビでは星に「今夜は 歌っていてね」とある。潜水艦から出ていく「私」を送るような、彼女を守るような、そんな雰囲気。
 1番からのサビの歌詞を見ると「静かな海」「猟奇の森」「リアルの街」と場面が移り変わっている。海→森→街のグラデーションが鮮やかだ。最後のサビの「リアルの街」では、「地面を踏んで」とある。それまで潜水艦から覗いていた「私」が現実に目を向けた描写だ。ここで「大人の顔に微笑みを 絶やさないの」とあるからやっぱり主人公はある程度大人なんだろうなとわかる。大人だけれど、外の世界のいろんなことに鈍感にはなれなかった、あるいはならなかった。ちゃんと地面を踏んでリアルの街を行くけれど、そんな「私」の心にはやはり潜水艦=「サブマリーン」があって、彼女のよりどころになっているのだろう。
 心のなかの大切な部分を潜水艦=「サブマリーン」にたとえているところが、結びつかないふたつのものを上手く結びつけることができるのがとても新藤さんらしいなと思う。目のつけどころが新藤晴一。確かに、潜水艦は海の深いところにあって頑丈で、というイメージがあって、それが「私」を守る殻のようにも思える。言われてみればつながるけれど、一瞬「ん?」と思ってしまうような、それでいてよく見ると納得してしまう、こういうたとえってほんと新藤さんのセンスの良さだなと思う。

 

 中島愛さんのかわいくて明るい歌声が「私」の輪郭を更に際立たせる。聴けば聴くほど「やりやがったな新藤晴一」と思ってしまうような楽曲だ。あまりにもかわいい女の子の歌声に合う楽曲すぎて、他の楽曲だと新藤さんが歌詞を書いたら岡野さんの歌声が想像できるものが多いけれど、これに関しては全然思い浮かばない。
 たとえば「ギフト」を聴いて自分のことのように思う人は少なくなかったのではないかと思うけれど、この曲もそういったタイプの楽曲だと思う。ていうか私が「サブマリーン」を自分のことのように思って胸が痛くなってるタイプの人です。「ギフト」にしろ「サブマリーン」にしろ、「私かもしれない」と思うくらい刺さるのに具体的な状況の歌詞はほとんどない。「サブマリーン」で最も具体的なのは「友達たち」のところだけれど、それだって「悪口」の内容は記されない。だからこそ、いろいろな人が自分を重ねられるというところがあるのだろう。こういうふうな刺さり方をする楽曲も新藤さんのもつ武器のひとつだと思う。

 

サブマリーン

サブマリーン

 

 

 

 すごくざっくり言うなら、「モンスター」は美しさを鑑賞する歌詞で「サブマリーン」は自分と重ね合わせて聴く歌詞という感じがする。前者が「ミステーロ」などの楽曲で後者が「ギフト」などの楽曲。前者に自分を重ねちゃいけないわけじゃないし後者の美しさを鑑賞しちゃいけないわけじゃないから、ものすごく乱暴な言い方ではあるけれど、私の受け取り方としてはそんな感じ。
 方向性は違うけれど、どちらも新藤さんらしい楽曲だと思う。ていうかこれだけ方向性が違うのに「らしさ」が出せるところが恐ろしい。なんなの、新藤晴一。こわい。全然種類の違う武器をそれぞれに使って、ものすごくいいものを作り出している。なんなのこの人、どれだけすごいの。新藤さんの歌詞が好きな人はどちらの曲も是非聴いてみてください。すごいから。


 この先も新藤さんの歌詞の提供があるならそれもまた楽しみだし、3/21発売のポルノグラフィティの新曲「カメレオン・レンズ」(新藤さん作詞)も楽しみです!!!

 

カメレオン・レンズ(初回生産限定盤)(DVD付)

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