誘発分娩出産レポ

 出産のときの流れを記録しておこうかと。いわゆる出産レポというやつです。

 

 前回の記事でも書きましたが、8月半ば(37週)から産むまで入院していました。赤ちゃんの成長が見られない「胎児発育不全」という診断名だったと思います。3週間ほど赤ちゃんが大きくなっていない可能性があり、管理入院をすることになりました。その後、予定日頃には誘発分娩(自然に陣痛が起きる前に、陣痛促進剤を使って陣痛を起こす)をすることに。何かあったらすぐ帝王切開に切り替える態勢で。

 

 

9/2(予定日前日)

 16時頃、子宮口(赤ちゃんの出口)を開く処置を実施。いろいろなやりかたがあるようですが、私はラミナリアという器具(水分で膨らむ綿棒みたいなもの)を11本挿入しました。入れるのがめちゃくちゃ痛かったし、入れてから膨らみきるまでも数時間めちゃくちゃ痛かった。入れてから出血があって、聞いてないよ〜って思った。言ってくれたらちゃんとナプキン用意したのに……!

 分娩室に移動し、ラミナリアを入れてから赤ちゃんの心拍をチェックするモニターをしばらくつける。ここでまた強めのお腹の張りがあり、赤ちゃんの心拍が下がってしまって、いつ帝王切開になってもいいよう急遽手術着に着替えたり点滴の針を刺されたりする。しばらく様子を見て落ち着いたようなので20時ごろ夕飯を食べ、22時には消灯するため一旦病室に戻る。分娩室(寝る用のベッドではないので硬い)で寝なければならないかと思っていたので普通のベッドで寝られて本当によかった。とはいえ緊張してそこまで眠れませんでしたが……

 

9/3(予定日当日)

 引き続き帝王切開の可能性があるため、昨日の夜を最後に絶飲絶食。昨日眠すぎて手術着のまま寝てたが今日も引き続き手術着のまま。分娩室へ。

 9時ごろ、昨日入れたラミナリアを抜く処置。抜くのも痛い。でもこれで子宮口も開いただろと思っていたら「昨日まで1cmだったけど2cmになってるね」とのこと。あんなに痛くて1cmしか開かないんだ……となかなかの絶望に襲われる。あんなに痛かったのに……

 10時ごろ、陣痛促進剤の投与を開始。ここから30分に1段階ずつ上がってMAXは10段階。赤ちゃんの心拍チェックは常にしている状態。水分の点滴もしているのでトイレにはたまに行きたくなり、数時間に一度くらいは行く。それ以外は分娩室のベッドで過ごす。最初は少しお腹が張るかな?くらいであまり痛みはない。

 13時半ごろから痛みが強くなってくる。担当の助産師さんが一人ついていてくれたので、痛みが強くなると腰をさすってもらったりしながら耐える。

 なかなか時間が経たないもんだな……と思っていたらいつのまにか16時になり、今日の促進剤投与は終了して明日に持ち越すことに。明日もこれやんのかよ〜という絶望感とこの時間に終わるなら1時間もすれば痛みも引いて売店が開いてる時間にギリ間に合うからアイス食えるな……と考えていた。

 17時を過ぎても痛みが弱まらない。間隔は開いているものの痛みの強さはむしろ強まっているのではないか?と感じ始める。18時になって売店が閉まり、アイスへの道が絶たれる。この痛みは何?これはなんの時間?と思いながら痛みに耐える。

 19時ごろ、あまりに痛みがおさまらないため助産師さんが内診。子宮口が3.5cm開いているとのこと。え?陣痛きてるじゃん!!!!!!促進剤を止めてからの痛みは陣痛であったことが判明。

 それからはだんだんと痛みが増していく。痛みと痛みの間隔は開いたり狭まったり。声を出さないと呼吸ができず、呻き声を上げながら息をする。夜勤の時間帯なので助産師さんがつきっきりでいてくれるわけではないので痛くなるとナースコールで呼ぶシステムになった。他にも陣痛に耐える妊婦さんがいるので、死ぬ!!!!!!!って痛みのときに誰も来てくれないとめちゃくちゃ心細くてちょっと泣いてた。あまりに泣けてくるので助産師さんが来てくれたタイミングで荷物からハンカチを出してくれるよう頼んだら、鞄の中にいたピングーも出してくれて気遣いの鬼かよ……と思った。ハンカチとピングーを握りしめて陣痛に耐えた。

 22時ごろからは眠気と空腹で意識が朦朧としだす。痛みと痛みの合間に寝るんだけど、ペーパーマリオの世界と現実世界が混ざったり星野源の幻覚を見たりする。マジでヤベェやつじゃん……と思いつつも眠気に勝てなかった。

 

9/4(予定日翌日)

 夜中も引き続き陣痛に耐える。1時か2時を過ぎたあたりで子宮口が7cmと言われる。陣痛が弱いので促進剤を再度使ってもいいかと聞かれ、嘘だろこれで弱いのかよもう死にそうなんですけど……と絶望しながらも使ってくれと頷く。

 促進剤投与開始。最初の方はなんともないが、量が増えるにつれて痛みが強くなり間隔も狭くなる。既に枯れた喉で叫びながら息をする。たまに赤ちゃんの心拍が低下してしまうので「向き変えられる!?」と言われながら半ば無理やり体の向きを変える。痛いのに無理やり動かなきゃいけないのがなかなかつらかった。娘さんは出てくる直前まで胎動が激しく、お腹の中で動くたびに痛みが増してそれも苦しかった。私が苦しみだすと助産師さんがお腹の張りはなさそう……って言うけど娘さんが暴れてるだけだってわかってても言葉にできなくてなかなかしんどい。でも元気ならいいや……という気持ちで耐える。

 いつのまにか子宮口が全開になっており、痛みとともに「なんか出そう」みたいな感覚もやってくる。これが「いきみたい」というやつか……と頭の中の冷静な部分が思ったりした。もうめちゃくちゃに痛いのだが、産むための助産師さんたちの準備があるので痛みの波を数回自分で逃してくれと言われる。マジかよ〜〜〜ここで一旦放置はきつい!!!と思って無理ですと意思表示するも、もう産まれるからここは耐えて!と言われる。マジかよ〜〜〜!!!泣きながら耐える。

 耐えているあいだに赤ちゃんを取り上げるための準備が進められる。いろんな道具が用意されたり、私が寝ているベッドがトランスフォームして産むモードになったり。もうすぐこの痛いのも終わるんだな……とうっすら思う。思っているあいだに産科の先生もスタンバイしてた。

 「陣痛の波が来たらいきんで!」と言われるもいきむってなんだよ!!!と思って最初の数回はうまくいかず。とりあえず何か出す感じで力を込めないといけないんだ、ということがわかり始め(不眠不休絶飲絶食がマジできつくて思考がままならなかった)、どうにかいきむ。赤ちゃんがだいぶ下にいるので心拍モニターも下の方に当てられてるんだけど、ズレないように押さえられていてこれがまた痛い。

 ちなみにここまで破水せず、人工的に破水させる処置を行う。どばーっとあったかい何かがびしゃびしゃと出ていく感覚だった。

 なかなか出てこないので会陰切開のための麻酔。2箇所くらい切られたか?という感じはあったが実際どうなのかはわからん。お股切られるなんて怖くて詳細を聞く気にはなれなかった。会陰切開後は割とすんなり「どぅるん」という感覚があり、そこからはもういきまずに穏やかに息をしろと言われたので従っていると、さらに「どぅるん」と何かが出てきて足の付け根を蹴られ、産声が聞こえてくる。

 4時5分、娘さん誕生。

 へその緒が首に巻きついていると聞いていたけれど、すぐに泣き声を上げてくれて本当によかった。下から産めるかどうかわからないところだったので、助産師さんも先生も喜んでくれたのが嬉しかった。赤ちゃんの体重も2600gを超えていて、入院していた甲斐があったんだな〜とここまでのしんどい日々を思ったりした。

 胎盤を出す処置をして、赤ちゃんに栄養がいきづらかったのはおそらくへその緒が細いためだと判明。胎盤を出す途中でへその緒が切れてしまうほど細かったらしい。切れてお腹の中に残ったへその緒を探されるのがまた痛かった。

 お股を縫われつつ夫(面会禁止のため自宅待機)に電話。随時連絡はしていて朝までには産まれそうだと伝えていたものの、陣痛がやばくなってからは無理だったのでずっとそわそわしながら待っていたらしい。お疲れ様です。

 陣痛が始まってからは11時間ちょい、初産の平均よりは短い時間で終わったので安産の範囲なんだろうけど、安産だろうがなんだろうが痛いものは痛い。陣痛マジで痛いのでもし次があるなら無痛分娩も考えます。でも都内で無痛分娩やるとアホみたいに高いんだよな……

 産まれてすぐ娘さんを抱っこできたし、身長体重の計測などが終わってからもまた抱っこできて、こんなかわいいのを産んだのかよ〜!!!という気持ちでいっぱいになった。今もマジでかわいい。産まれて1時間程度で授乳(まだ出ないけど)もできて、娘さんは飲み方が上手いと褒められ私はおっぱいのかたちが飲みやすくていいと褒められました。

 一通り終わって水が飲めてウィダーインゼリーが食べられて、まる24時間以上の絶飲絶食マジつら!!!!!!と思いました。お疲れ様でした!

 

 娘さん、今現在はすやすやだけどなかなか寝なかったり謎に泣いたりの日々ですが、娘さんがかわいいのと実家で家事一切せずごろごろして昼間に寝つつ生きてるのとでなんとかやれてます。退院後、めまいで倒れたりもしたので産後のお母さんたちはマジで無理しないでね!!!!!!一緒に無理せずがんばろ!!!!!

ダイアリー 20/09/04

 2020年9月4日、娘を出産しました。世界一かわいい女の子です。

 

 妊娠がわかったのは今年の1月、仕事初めの日でした。年末年始にかけてくるであろう生理に備え、ナプキン持参で義実家に帰省していたのに来ず。年が明けてからも気分が良くないことが多くてだるだるしながら過ごしていました。でもいつも生理前はそんな感じだから、きっと今回もそうなのだろうと思っていた。けれど、仕事中に頭痛がひどくなり、薬を飲もうと思ったものの妊娠の可能性が一瞬よぎりました。なくはないな……と思ったので、念のため薬を飲まずに持ち堪えて検査薬を買って帰宅。そこではっきりとした青い二本の線を見たわけです。夫に報告するとめちゃくちゃ喜び、その日から家事を代わってくれるようになりました。

 子供は欲しいね、でもいなければいないで二人で楽しく過ごしたらいいよね。そんな感じの日々でした。不妊治療は金銭的な問題で難しいと思いながらも、PMS&頭痛生理痛腰痛激重体質かつ永遠に安定しない生理周期かつ生理前に腫れがちな卵巣を抱えていたので、自然妊娠も望み薄かなぁと個人的にはなんとなく思っていました。ちなみに生理関係に悩んで婦人科に何度かかれど病気ではないと診断されるのでそういう体質なんだと思います。そんな感じだったので、婦人科でエコーを診てもらい赤ちゃんが入る袋(この時点ではただの点にしか見えない)を見たとき、そしてその4週後に心拍を確認できたとき、私もめちゃくちゃ嬉しかったです。

 1月半ばから3月まではつわりに苦しみました。まず米のにおいがダメ。自分でもなにが食えるのかわからず、いろいろ食べては吐く日々。セブンの冷凍たこやきとラーメンサラダが救世主でした。その頃はまだ在宅勤務ではなく通勤していたので、家で吐いてから出るか駅で吐くか会社ついて吐くかの三択でした。ぶっちゃけこの頃のことはしんどすぎてほとんど記憶にありません。日々を過ごすことで精一杯だったんだろうな。

 3月後半になると、今度は新型コロナウイルスに怯える日々となりました。妊婦は安易に薬を飲めないので、消毒やマスクで身を守るものの、やはり不安でたまりませんでした。会社では周囲の人たちと不安の度合いが全く異なってそれが非常にストレスでした。3月末にはメンタルにきてしまい、出勤できなくなっているうちに在宅勤務でいいよという話になりました。ここから7月の産休前の片付けまで出勤はしませんでした。

 在宅勤務になってからはガーゼなどの赤ちゃん用品の不足に怯えたりもしましたが、大きな問題もなく日々を過ごしていました。つわりもおさまり体調が悪くなることも減り、割と真面目に仕事もしていたと思います。6月に入ってからは胎動も感じられるようになって、お腹のなかに赤子がいるということを実感できるようになって、より一層愛おしい存在だと感じられるようになりました。性別がわかってからはもう名前も決めて、その名前で呼ぶたびに愛着がわいてとまらない!という感じ。「名付ける」という行為の重さが身に染みました。

 7月はいろんな休みをくっつけて少し早めに産休に入りました。お腹が目立つ前に在宅勤務になったので、いきなり産休に入った人みたいになったけど致し方ない。

 そして8月、臨月に入りました。8月半ば、37週の検診で、ここ3週間ほど赤ちゃんの体がほとんど成長していないと言われます。突然のことで頭が真っ白になりました。赤ちゃんの心拍を測る器具をつけ、問題なければ帰って大丈夫だと言われましたが、心拍の低下が見られ、そのまま入院となりました。ここまで問題なく育っていたのにどうして……と不安でたまりませんでした。

 もしかしたら私の食べる量が足りなかったのかも……と思い、病院の食事は極力食べきるようにしました。普段の食事は15分もあれば終わるのに、量も多いし好きではないものや食べ慣れないものもあって30分以上かけて食べることもざらにありました。いっぱい食べれば大きくなるかも!なるはず!と考えるしかできることがなく、とにかくいっぱい食べました。新型コロナウイルスの影響で面会禁止なので夫とも会えず、不安な日々でした。

 翌週、オキシトシンチャレンジテストという、陣痛促進剤によって陣痛(の弱いやつ)を人工的に起こして赤ちゃんがそれに耐えられるかどうかのテストを実施しました。テスト自体は問題なかったので帰れる!と話を進めていると、急に強い張りがきて赤ちゃんの心拍が低下。帰れなくなりました。その後は私のメンタルを心配してくれたのか、病院のスタッフさん(看護師兼助産師さん)たちがめちゃくちゃ優しくしてくれました。ただでさえ優しいのにさらに優しくしてくれて、とてもありがたかったです。もうこのまま産むまで入院だね、ということになりました。そのほうが安心で安全なんだ、と自分に言い聞かせましたがつらかったです。この前後の診察で、赤ちゃんの首にへその緒が巻いていると言われてそれも不安でした。1回巻いているくらいならよくあるし普通に産まれてくることが多いんだよと説明されましたが、「よくある」「ことのほうが多い」ではない可能性を考えてしまい泣いてばかりいました。

 心拍の低下がこわくて、もう帝王切開でいいから今すぐお腹から出してくれよだって今なら胎動元気だし絶対生きてるってわかるのに、と思って泣く日々でした。予定日近くになったら促進剤を使って陣痛を起こして出産しようという計画になったので、予定日まで無事でいてほしいと日々願うばかりでした。

 予定日間近の診察で、入院当初よりも赤ちゃんが育っていると判断されました。2500g以上はあるだろうということで、予定日前日から子宮口を開く処置をして予定日に促進剤を使ってみようという流れに。いよいよ予定日前日の夕方になり、ラミナリアという水を吸って膨らむ棒を11本挿入。これがめっちゃ痛い。入れるときも入れてるあいだも痛い。子宮口が開くことを願いながら赤ちゃんの心拍を計測されていたところ、夜にまたしても低下が見られて慌てて手術着に着替えさせられ点滴を刺され、いつ緊急の帝王切開になってもいいようにその日の夕飯以降は絶飲絶食となりました。

 予定日当日、昨日入れたラミナリアを取り出す。これも激痛。なのに子宮口は2cmしか開いていない。もともと1cmは開いていたので、これだけ痛くて1cmしか進まないのかよ……と絶望しました。そんななかでも着々と準備は進んで促進剤の投与が始まりました。午前中は余裕でしたが、午後からは結構しんどくなってくる。めちゃくちゃ痛いんだけどこれは陣痛ではない……と落ち込みながら耐える。とにかく耐える。夕方には、陣痛にならなかったね〜また明日やろうねということで促進剤の投与が終了。これをまた明日もやるのかよ……とりあえず今日はあとは痛みがおさまるのを待つだけ……だったんですが。

 1時間、2時間、そして4時間経っても痛みの波は繰り返し続ける。というかだんだん強くなっている。なんだこれは!?なんの時間!?と思っているうちに助産師さんが内診してくれて子宮口が開き始めているとのこと。陣痛じゃん!

 詳しくは別途書きたいと思いますが、17時ごろから陣痛がきて翌朝の4時過ぎに通常の経膣分娩で産まれました。初産で12時間かからなかったし出血の量も平均程度だったので、所要時間もろもろを考えると安産ということになるかなと。間違えちゃいけないのは、安産だろうが難産だろうが陣痛はクソ痛いということです。痛すぎて何回か私死んだかなって思った。叫びすぎて声枯れた。

 赤ちゃんが小さめの原因は、「へその緒が細めだったこと」にありそうということでした。切り立てのへその緒を見たら確かに直径1cmなさそうなくらいだったので細めだったんだろうなと思いました。首に1周巻きついていましたが、出てきてすぐに産声を上げてくれたし出てきた瞬間に私のお尻を蹴っていたので元気なんだなってわかりました。結構きつめに巻いていたけど元気で本当によかったと助産師さんもあとあと言ってました。産まれてみたら2600g以上あって、ちゃんと大きくなっていて本当に良かったです。

 現在は退院して、ちょっと私が不調になりつつも今はもう元気です。私自身、小さい頃は寝ない赤子だったし成長した今も「寝付く」という行為がめちゃくちゃ苦手なんですが、睡眠が大切なんだってマジでよくわかったからなるべく頑張って寝ようと思います。

 

 高校生のとき、将来のプランを発表する授業がありました。みんなが「こういう職業につくためにこういう日々を送っていきたい」と将来の夢とそこまでの道筋を語るなか、私は悩みに悩んで「子供から愛され尊敬されるお母さんになる」と書きました。当時は交際経験もなかったし今後もないだろうと思いながら、半ば絶望しつつ、それでも少しの希望を抱いて書いたのを覚えています。私にとっては結婚や出産というのは「当たり前に経験するはずのもの」では決してありませんでした。

 妊娠がわかって、夢への一歩を踏み出す足を動かせるところに来たんだと思いました。そして実際に産んで、ようやく一歩が踏み出すことができた。

 娘さんへ。産まれてきてくれてありがとう。私の夢を現実に近づけてくれてありがとう。でも、あなたはあなたで私は私。私は自分の母のことが大好きだけど、忘れられないくらいつらい思いもした。だから、自分の思ったことや感じたことは忘れずに、あなたという命を守って育てていきたいと思います。まだまだ未熟な母ですが、どうかよろしくお願いします。

 

 今後、このブログか別にブログを立ち上げるかまだ決めていませんが、妊娠発覚からずっと書いてきた下書きを公開していこうと思っています。私も妊娠中はいろんな人のブログを読んだので、いつかの誰かのためになればと思います。

 

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ポルノグラフィティの好きな歌詞10選・恋愛編

 

 ポルノの歌詞について語ってほしいというおたよりが届きましたので、よっしゃー!という気持ちで書いています。まずは恋愛編から。そのうち別のテーマでも書こうと思っています。

 

 

 

01:ROLL

  

めぐりめぐる君を辿る 僕の探す すべてになった

剥がれ落ちる心が知ってた 愛してる

この空の下でふたり ゆらりゆらり

また風に吹かれ身を寄せ合ってゆく

 岡野さんの書くラブソングのストレートな魅力がすごく出ている歌詞だなと思います。ここで「愛してる」って言葉が出てくるの、すごく強い。

 具体的な場面の表現はひとつもないのって、自分の感情を重ねやすくもあり遠ざかってしまう可能性もあり、諸刃の剣な気がするけど、この曲の歌詞ってもうそういう次元を超えちゃっている感じがする。そういう説得力をもった歌詞を書けるのは岡野さんがボーカリストだからなんだろうなって。

 

 

02:サウダージ

  

あなたのそばでは 永遠を確かに感じたから

夜空を焦がして 私は生きたわ恋心と

 「ROLL」が岡野さんの良さが出ている歌詞だったら「サウダージ」は新藤さんの良さが出ている歌詞だなぁと思います。「アゲハ蝶」もそうだけど、ペルシャ絨毯とか宝石とか、そういう類の美しさがある歌詞って感じがする。

 もう既に「私」と「あなた」の関係は終わっている状態の歌詞なんだけど、それでも「あなたのそばでは 永遠を確かに感じたから」って言えちゃうのがすごい。でもそういうことってあると思う。「グラヴィティ」とかもそうだけど、過ごした時間の濃密さは長さにとってかわることができるというか。多分「あなた」は「私」との時間に永遠を感じていなかったのだろうけれど、「私」が感じたのだからそれは確かな永遠なんだろうと思う。たとえ今、もうその永遠が手元になくたって、確かにそれは「あった」のだ。

 

 

03:パレット

  

今 永遠の恋などと表現して

新しい恋に出会ったとしたら

君は さぁどうしよう 

 「サウダージ」との対比がまた効きますね。でも「サウダージ」のように永遠を感じることも正しいし、その後また新しい恋に出会ったとしても、それもまた正しいのだと思う。「正しい」という言葉が正しいのかどうかわからないけど、正解というか、ねぇ。どちらも間違ってはいないと思う。いいんだよ、永遠を感じた恋のあとにまた新しい恋に出会ったってさ。そのときに感じたことはそれでもう完結しているんだから、そのあとで矛盾したって別にいい。

 生きていくっていうのは多分そういうことなんだと思う。

 

 

04:夕陽と星空と僕

  

君の形 僕の形 重ねてはみ出したものを

わかり合う事をきっと愛とか恋と呼ぶはずなのに

 もうね……傑作ですよね……これがこの世の真理ってやつか……って思っちゃう。少なくとも愛や恋についてはこれが真理のひとつであると断言できる。そりゃあファン人気も高いよねって納得する。

 重ねたときに重なった部分に目を向けがちじゃないですか。婚活のCMとかでも好きなものが一致したときにこの人だ!みたいな演出になるし。でも多分それだけじゃなくて、重ねたときに重ならなかった部分を互いにどう思うかが大切なんじゃないかなぁと、年々感じるようになってきました。そのときにこの曲を思い出しては真理だなぁと実感します。私にはないあの人のここが好きだなと思ったり、ギャップを感じながらも受け入れたり、そういうことが大切なんじゃないかなぁ。「君」と「僕」はそれができなかったんだろうね。その切なさも含めてすごくいい歌詞。

 

 

05:この胸を、愛を射よ

  

本当は君のために出来ることなどなくても

他の誰より強く思っているのは本当

ほんの少し勇気が必要な時には

いつだって君のほんの少しになろう

 この曲の歌詞、ありえないほど大それたこと言うんですよ。「雷がまさに君を貫こうと唸ってるなら 切り立ったビルに僕が登って その的になろう」「狼の群れが君の眠りを狙ってるなら この身を差し出しても 安らかな夢を君に」とか。ねぇ。決して言葉数が多くない歌詞の大半を大それたことに割いてるんですよ。

 んで、最後に出てくるのが引用した部分。散々大それたこと言っておいて「本当は君のために出来ることなどなくても」って。でも実際そうだよね。雷も狼も別に「君」のこと狙ったりしないというか、そもそも現れない。そういう「物語」みたいなものは、私たちの「日常」にはそうそう出てこない。やけにドラマチックな歌詞だなって思うかもしれないけど、それが最後の最後に「日常」の視点がくることでめちゃくちゃ活きてくる。「ほんの少し勇気が必要な時には いつだって君のほんの少しになろう」っていう言葉が響く。ドラマチックな「物語」の歌詞と「日常」の視点の対比が良すぎてずっと好きな歌詞です。

 

 

06:空が青すぎて

  

悲しみにもなれない名もない感情は

涙でも流れずに降り積もる

なぜこんな淋しい場所にいるんだろう

一人では空が青すぎるのさ

 この歌詞、何があったのかは少しも語られないんですよ。君と僕がいてなんらかの理由で離れることになったんだろうということしかわからない。だからこそ普遍的で感情を重ねやすいのかも。新藤さんの歌詞の技術のすごいところだな……って聴くたびに思います。

 そのうえ、引用した部分の「悲しみにもなれない名もない感情」っていうのすごくないですか?恋をしていた相手と離れて、たぶん悲しみという感情もあっただろうけど「悲しみにもなれない名もない感情」に焦点を当てるんですよ。「悲しみ」じゃないけど、その他どの感情でもない、名づけようのない感情。誰かとの別れだけじゃなくていろんな場面で出会うその感情を聴き手は重ねてしまうわけじゃないですか……本当にすごいなって思う。「涙でも流れずに降り積もる」んですよ。私にも覚えがあります。この「わかる」って思わせる力がすごい。そして更に「一人では空が青すぎるのさ」ですよ。抜けるような青い空ってさびしいんですよ。技術・観点・共感性、なにもかもが素晴らしい歌詞です。

 

 

07:We Love Us

  

It's gonna give you all you need.

いくつかの困難を越えて

We Love me, and so we love you.

手にした素晴らしい平凡 

 恋愛ってドラマチックなほうがいいような気がしちゃうじゃないですか。そっちのほうが「物語」になるというか。人間は「物語」が好きないきものなので、そこに何かを見出したくなってしまう。本当はそんなことばかりじゃないのに、テレビを見たり映画を見たり音楽を聴いたりしているとそこには「物語」があふれていて、「物語」のない自分の人生が、つまらないもののように思えてきてしまう。

 でも、私たちは「日常」を生きている。「日常」ってそんなに波乱万丈じゃやってられないでしょう。それは「非日常」になってしまう。何も起きなくて、その代わりにしっかりと地に足をつけて進んでいく、そんな「素晴らしい平凡」。ポルノの歌詞って「日常を生きる人々」に対して肯定的なものが結構あると思うんですが*1、これもその一つだと思います。

 不思議だよね、ポルノって誰でも名前を知っているようなバンドなのに、「日常を生きる人々」に寄り添う姿勢を決して失わない。すごい人たちなのに、そのすごさをあんまりにじませないというか。親近感があるままで居続けているというか。これからもそうあってほしいなと思います。

 

 

08:ラビュー・ラビュー

  

僕がからかってキスするの嫌がったら

事の重大さに打ちひしがれていた

僕は本当いっしょうけんめい愛されてるね

 ポルノの歌詞に出てくる女の子のなかで、一番「こういう女の子に見えていたらいいな」と思った女の子が「ラビュー・ラビュー」の子です。めちゃくちゃかわいくないですか?等身大で生きている感じがしてすごく好きです。ちょっとウザそうなところも込みですごくかわいい。何より新藤さんがこういう女の子の出てくる歌詞を書いているのがさ……恋なんだよな……

 実際自分がこういう女の子かどうかはわからないですけど……近からず遠からずってところなのかな。まぁ、夫しか知らない秘密にしておきます。

 

 

09:夜間飛行

  

美しい横顔 そっと見つめる

その唇の端にシガレット

紫に煙る 君の気持ちが

Oh, carry on, carry over

愛であるように 私は耳を澄ましている  

 どこか一部分を引用しても意味ないけどあえて挙げるならここかな……一番サビでは「君」の様子を「シガレット」「紫に煙る」=視覚で表現しているのに私の行動は「私は耳を澄ましている」=聴覚なんですよ。この違和感がめちゃくちゃよくないですか?煙を吐くときってなんらかの言葉(あるいは吐息)を伴うんじゃないかと思うんだけど、だから「耳を澄ましている」なのかなぁって読ませるこの行間。違和感が違和感でなくなる。ね……めちゃくちゃいいでしょう……

 2番サビは「外さないままの腕時計」「音もなく時を刻んでいるの」ときて「私は耳を塞いでいる」。音がしないのに。「私」が拒んでいるのは時の流れだけではないのかなぁとかいろいろ想像してしまう。聴き手に想像の余地を残しまくりながらも物語の大筋はしっかり形作られている。すごすぎるでしょ……

 「私」と「君」というのも、同い年か「君」のほうが年下なのかなとかね。浮気とか不倫か、それか体だけの関係なのかなとか、本当に想像の余地がすごい。体験として自分を重ねる歌詞もあるけど、こういう歌詞はフィクションとしてめちゃくちゃ好き。

 

 

10:ロマンチスト・エゴイスト

  

臆病な猫を つれて帰ろうかな

あたたかいベッドで寝かしつけようかな

僕の前じゃムリして笑わなくていい 

 これは体験も込みでめちゃくちゃ好きな歌詞。新藤さんの結婚が発表された日、私は高校生で朝から授業中も通してずっと泣いてたんですよ。高校生で初恋の人が結婚したら泣くじゃないですか。「A New Day」「約束の朝」は奥様の影響もあって書かれた歌詞なのかなぁとか思ったりして。マジで一日中号泣してた。そしたら友達から見舞金が出て、みんな忙しいからカラオケ付き合えないけど行ってきなよって。まぁ見舞金握りしめて歌いに行くわけですよ。新藤さん作詞の恋愛の曲(それも失恋の曲)ばかり入れて。いくらか気持ちも落ち着いて、最後の一曲として入れたのがこれ。「僕の前じゃムリして笑わなくていい」ってあんたのせいで泣いてんだわ!!!!!!!ってまた号泣。人間ってこんな泣けるんだなって思いました。聴くたびにあのときの気持ちを思い出しては、そんなこともあったなぁと思う曲です。

 

 

 

 Spotifyでプレイリストも作ってみました。よかったら聴いてみてください。

open.spotify.com

 

 

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 どうしても新藤さんの歌詞が好きなので偏ってしまった……岡野さんの歌詞も好きですよ!でも恋愛の歌詞だと新藤さんのほうが好きになる確率が高いのかもしれない。私は技術的な歌詞にくらくらしがちなので、そういうのも込みでのセレクトになりました。泣く泣く選外にしたものもあります。あなたの10選も教えてほしいな〜!

*1:「幸せについて本気出して考えてみた」を筆頭に結構あると思う

加藤シゲアキさんと友達だったらオススメしたいSFたち

 

 加藤さん、33歳のお誕生日おめでとうございます。

 こんな辺境のブログを加藤さんが覗くことなどないと思いたいのですが万が一エゴサに引っかかったりしたとき、できるだけ加藤さんにとって有益であろう情報を詰め込もうと思い、私からのささやかなお誕生日プレゼントとして、加藤さんと友達だったらオススメしたい(というかとっくにしているはずの)SFを挙げました。

 『夏への扉』や『華氏451度』等の海外名作SFを紹介したり『虐殺器官』のレビューを書いたり、最近では『三体』を読んでいたりと結構SFと親和性が高い人(SFに抵抗のない人)だと思うので。世の中には沢山面白いSFがあるんでね。読んでくれ。おおいに読んでくれ。

 

 

 

 

 

ベーシックインカム』井上真偽 集英社

 SF×ミステリの短編集。遺伝子操作やVRなどが出てくるタイプのSFで、実際にありそうな未来という設定を上手く活かしたミステリになっている。読者がもっている「世界の常識」が騙されるというか。最初から明確に示す情報と、隠しつつもよく読めば気づきそうな情報の配分もすごくいい。どの短編もばっちり騙しにきてくれるので、読者としては非常に気持ちがいい。

 まるで「読書」というアトラクションを楽しんでいるような気持ちになれる。私はミステリに対してはそういうギミックの楽しさも求めてしまうタイプなので、こういう作品は大好きです。

 『チュベローズで待ってる』はミステリ風味も味わえる作品だったけど、その系統をもっと深めて書くなら是非こういうミステリのギミックを楽しめる作品を沢山読んでほしいなって。あと単純に加藤さんが好きそうだな~って思った。

 それぞれの作品で余韻は残るものの、しめっとしそうな場面でも文章というか書き口がドライなので後を引かずに次の話を読めるのもいい。書き口はあくまでドライなのに最後に収録されている短編「ベーシックインカム」はエモの濁流だった。でもこのエモは数々のギミックによってつくられたものであって……というギミックのすごさを再認識する一冊。

 井上さんの作品は『探偵が早すぎる』も読んだけど、頭のいい人が書く文章というか無駄がない文章というか、そういう感じが特徴的だなと感じた。ミステリというのは状況の描写が重要になるものだと私は思っているんだけど、それがすごくいい感じなの。ギミックも楽しめるし、文章そのものも楽しめる、とてもいい作品です。 

ベーシックインカム

ベーシックインカム

  • 作者:井上 真偽
  • 発売日: 2019/10/04
  • メディア: 単行本
 

 

 

『ゲームの王国』小川哲 早川書房

 友達じゃなくても薦めちゃうかもしれないくらい良いので今すぐに読んでほしい。加藤さん以外の人にもめっちゃ勧めたい。私のイチオシなので。

 上巻の舞台はポル・ポト政権下のカンボジア。っていうとこの時点で「わからん……」って思ってしまう人もいると思うが、気にしなくていい。私はポル・ポトの名前くらいしか知らなかった。なんかすごくひどい状況、ということだけわかばいい。気になるワードがあったら検索してみるとより読みやすいかもしれない。SFではあるが、まるで歴史小説のような書き出しに驚くかもしれないが、これは紛れもなくSFなので安心してほしい。

 それなりに史実をなぞっているのか?という雰囲気のなか読み進めると、ロベーブレソンという村の話が出てくる。潔癖症で異常に頭のいいムイタックをはじめとして、輪ゴムの教えを聞く少年だとか泥と会話できる男だとかが出てくる。急に現実から浮いたように感じられて混乱するかもしれないが、そのギャップがまた面白いのだ。歴史的な背景を物語に取り込みつつも、これはエンタメ小説なんだと思う。異能の人たちは出てくるけど、異能バトルなわけではなく、日常のなかに非日常な能力をもった人間がいる、という話。あんまり「○○に似てる」と言うのはどうかなとは思うけど、伊坂幸太郎さんの『魔王』『モダンタイムス』あたりと近い部分はあるように感じられる。政治と異能という意味で。

 下巻では近未来のカンボジアが舞台となる。上巻の主要登場人物であったソリヤとムイタックもおばさんとおじさん。そこに新たな登場人物も増え、SF的ガジェットである脳波を使用したゲーム「チャンドゥク」も出てくる。物語は一体どこに向かうのか?あ~~~~~~思い出しただけでもう面白い。そんでラストね……最高なんだよね……これだけ壮大な物語がどこへ向かうのか?辿り着きたかったのは「そこ」でしかないよなって思っちゃうんだもん……

 上巻ではすぐに人が死ぬので、読んでいてしんどくなることもあるだろう。私も初めて読んだときはやりきれない気持ちでいっぱいだったし、これを読んだ先に何があってもしんどいな……と思っていた。でも全然違う!!!これを読んだ先にあるんだよ!!!!!!!この苦しさが必要なものだとわかったときの感動がすごく大きかった。これ言ったらネタバレになるから言えないんだけど……すごいんだよね……いいから読め……

ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

 
ゲームの王国 下 (ハヤカワ文庫JA)

ゲームの王国 下 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

『ゆるやかな世界と、その敵』伴名練 早川書房

 加藤さん、『三体』読んでるって言ってたけど『三体』読んだならこっちも読んでよって言いたい国内SFが山ほどあるよ……そのうちの一冊がこちらです。

 さまざまな種類の話を含んだ短編集で、どれもいい。めちゃくちゃいい。個人的には「美亜羽へ贈る拳銃」がめちゃくちゃよかった。「美亜羽」=「ミァハ」という名前で気づくかもしれないが、伊藤計劃『ハーモニー』のトリビュート作品である。脳へのインプラント施術により、愛する人へ向ける愛情を固定できるようになった時代の話。愛情を固定しているから気持ちがうつろうこともない。そんな世界で出会う、北条美亜羽と神冴実継というふたりの物語。「人が誰かを愛す」ということはどういうことなのか。それは単なる「気持ち」なのか、もっと物理的に解明できるものなのか。結末も含めて完璧と言いたくなるほど美しい話だ。タイトルが梶尾真治(こちらもSF作家)の『美亜へ贈る真珠』のオマージュになっているところも、いかに伴名練がSF好きかが伝わってくる。

 『ゼロ年代の臨界点』は1900年代(=ゼロ年代)にどのようにSFが書かれたか、という「偽史」である。偽の歴史。ありえないのに、もしかしたらそうなのかもしれないと思わせる文章で、決して長くはない話なのに読みごたえがすごい。淡々とした語り口でありながら、渦中にいる人物たちが強い感情を互いに抱いていたことが伝わってくる。

 最後に収録されている書下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」もすごくよかった。修学旅行生を乗せた新幹線とその内部だけが「低速化」する現象が発生する話で、主人公は修学旅行を休んだ男の子。どういう理屈で低速化するのか、どうすれば元に戻るのか。あるいは戻らないのか。これもまた、人が人に向ける強い感情がバチバチなのがいい。

 伴名練という作家は今現在単著のものは2冊しか出版されておらず、どういう作家なのか掴み切れない部分はあるが、描写の美しさとある人物が別の人物へ向けるとても強い感情を描くのが特徴的な気がする。なにも「恋」や「愛」とは限らない。複雑に絡まった、なんとも名付けようのない強い感情を描いていて、加藤さんそういうの好きだな……って思ったからオススメしたい次第です。単純にめちゃくちゃ面白いし。

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 

 

『おもいでエマノン梶尾真治 徳間書店

 ふと「加藤さんってエマノン読んでないんだっけ?」と思った。あまりにも加藤さんが好きそうというか、加藤さんが読んでいそうな内容だったので。逆に読んでないんだっけ?くらいの気持ちでいる。

 『おもいでエマノン』に始まるエマノンシリーズ。最初の刊行は1980年代で、2017年にも新刊が出ている。エマノンというのは本作に登場する女の子の名前。名前というか記号というか。「NO NAME」の逆さ綴りで「EMANON」。そばかすがあって、やたら煙草を吸う女の子。彼女は「地球上に生命が誕生してから今までの記憶を全て引き継いでいる」と言う。エマノンというひとりの人間がそれだけ長生きしているということではなく、相手を見つけて子どもを産むとその子に記憶が引き継がれていく、というシステム。

 物語は大抵、エマノンに出会った人たちが彼女を語るという形式がとられる。私はそのなかでもエマノンに惹かれる男の子の話が好きでね……『おもいでエマノン』でいうと最初に収録されている話がそれです。

 イラストが鶴田謙二さんというのもいい。鶴田さんの描く女の子のかっこよくてかわいいところがすごくエマノンって感じがする。加藤さん、たぶんエマノンみたいな女の子好きだと思うよ。どう?エマノンシリーズにはエマノンに惚れる男がたびたび登場するんだけど、加藤さんもその一人なんじゃないか?って思うよ個人的には。

おもいでエマノン (徳間文庫)

おもいでエマノン (徳間文庫)

 

 

 

『人間たちの話』柞刈湯葉 早川書房

 これもすごく面白かった本。『横浜駅SF』の方の短編集です。いろんな世界観の話が詰まっていて、思わず笑っちゃうような描写も結構ある。いろんな世界で、いろんな生き方で、いろいろに生きている、まさに「人間たちの話」。

 最初の短編「冬の時代」は、ほぼほぼ滅んでしまった世界を旅する人間たちの話。近いテーマの物語だと「少女終末旅行」みたいな。ところで加藤さん、「少女終末旅行」はアニメ見ました?見てなかったら早く見てください。

 「たのしい超監視社会」はジョージ・オーウェルの『一九八四年』のような監視社会と現代のハイブリッドって感じの話。『一九八四年』を読んでいるとあの監視社会がどれだけ怖いかはわかると思うんだけど、そのうえで現代のあれこれを散りばめていてユーモラス(あるいはアイロニック)な作品でもある。

 あとはいきなり部屋の中に岩がある話とか、消化器官のあるやつは全員客!な宇宙ラーメン屋さんの話とか、透明人間の話とか。透明人間の話はこの短編のラストを飾っているだけあって考えるための種が仕込まれた話でもある。

 世界観のギミックだけでも十分面白い話が多くて、加藤さんにもこういう濃いめの世界観のSF書いてほしいなぁという気持ちが募る。特に私は「世界が終わる話」=終末ものとか「世界が終わったあとの話」=ポストアポカリプスとかがめちゃくちゃ好きなので……加藤さんが終わらせる世界、見たくないですか?私は見たいです。何卒、宜しくお願いします。

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

『天冥の標』小川一水 早川書房

 お寿司苦手な人がいたら、大抵の日本人は「人生損してる」って思うじゃないですか。私はお寿司食べられないんですけど。損なんかしてないわって思うんだけど、もしお寿司が食べられないことで人生損してるんだったら『天冥の標』読んでない奴も人生損してますよ。

 全10タイトル17冊なのでそれなりの量になってしまうので忙しいとなかなか読めないかもしれないんですが、序盤のほうは時系列もバラバラでさほど繋がってないので全部一気に読まなきゃ!という感じではないです。

 人間も、人間じゃないヒトも、宇宙大戦も星間移動も農業もパンデミックもセックスも終末もポストアポカリプスも、およそSFでやれそうなことはとにかく何もかもてんこもり。

 1巻はカドム(オーソドックスな人間で医者)とアクリラ(身体改造を施した種族で顔がいい)のバディが得体のしれないいきものに出会う話、2巻は1巻よりずっと前の時代に未知にして致死率も凄まじい感染症パンデミックに立ち向かった医者の話、3巻は宇宙海賊、4巻は性に従事する機械たちの話、5巻は宇宙で農業する話と人間を超越した存在の話……といった感じ。6巻~10巻は割と連続した部分があるので一気に読んだほうが面白いかな。

 作中ではめちゃくちゃ長い時間が経過するんだけど、その間ずっと「人間」は生き続けていて。勿論個体としては死んでいく者たちもいる。でも、ある個体がもっていた意志をその子孫である個体が(そうとは知らずに)受け継いでいたりして、「人間」といういきものの果てしない営みに思いを馳せたりする。このシリーズのなかでも「性」をテーマにした4巻と「農業=食」をテーマにした5巻はちょっと異質なんだけど、どちらも人間が生き延びていくなかで絶対に必要なものなんですよね。食わなきゃ個体として生きていけないし、生殖しなきゃ種として生きていけない。そういう部分にも触れているのが、このシリーズの面白さのひとつでもある。

 世界が想像以上の秘密をもっていて、読んでいるうちに少しずつヴェールを剥がされていくような感じ。あのときのあれが、このときのこれが、全部全部結びついていく。この読書体験は10巻17冊という圧倒的な量だからこそ体験できるものだし、その10巻17冊という量だけでなくそれぞれの質が凄まじいからまたすごい。加藤さんがこれを読んだとしても私と同じような読書体験をするかどうかはわからないけど、まぁ絶対面白いんで。 

 

 

『グラン・ヴァカンス 廃園の天使』飛浩隆 早川書房

 これもだいぶ前からずっと言ってるオススメ本のひとつです。

 緻密に計算されすぎたあまりにも美しい文章は、それだけでももう価値があるので、文章を書いている人には是非読んでほしいって勝手ながら思っちゃう。手編みのアンティークレースって見たことありますか?あれ、緻密で細かくて美しすぎて人間が手で編んだとは到底思えないようなものもあるんですけど、そういう美しさを文章でも表現できるんだ、って感じの美しさです。作者の飛さんってあまり多くの作品を書いているタイプの作家さんじゃないんだけど、こんな文章を書いてたらそりゃあ時間もかかるよなって納得できるような文章です。飛さんの作品、どれもめちゃくちゃ美しいんだけど、そのなかでもこれは群を抜いている。次点を選ぶなら短編の「海の指」かなぁ。

 人間が訪れなくなったVR世界に取り残されたNPC(ノン・プレイヤー・キャラクターの略。人間が操作するキャラクターではなくあらかじめ世界に組み込まれているキャラクター。RPGでいう「村人」みたいな存在)たちの話で、もうまずこの時点で面白いじゃないですか。で、このNPCたち、読んでいくと何やら「抱えている」らしいことにだんだんと気が付いていく。そうして、彼らの「世界」がそこを訪れる人間たちにとってどんなものだったのかが明らかになる。

 残酷さが美しさと同義になることってあるんですよ。NPCたちの世界は、残酷で美しくて、どことなく清い。めちゃくちゃ残酷だけど汚くないんですよね……いやもう本当に……残酷というか残虐なんですけど……清らかな一面も持ち合わせているから、そこから美しさが芽吹いている。物語と文章、双方の残虐さと美しさで読み手の感性をハックするような、そんな小説です。こんなヤバイ本が世の中にあるのに読まない人がいることが正直信じられないけど感性がハックされちゃうからな……ハックされてもいい人は是非読んでほしいです。

 ちなみに続編『ラギッド・ガール』を読むと『グラン・ヴァカンス』の世界がなんだったのかが明らかになります。 

 

 

 

 

 あと加藤さんはいつになったら「輪るピングドラム」観てくれるんですか?いい加減に観てください。観たよって言ってくれたら「運命の果実を一緒に食べよう」ってうちわ持つので。

 

 こんな記事でお誕生日を祝うのもどうなのよと思うのですが、冒頭にも書いたけれど、ささやかなお誕生日プレゼントのつもりです。本当だったらここに挙げた本一通り買ってプレゼントボックスに放り込みたいけど箱ないからさ。

 

 33歳のあなたが沢山の幸せを掴めますように。

NEWSに楽曲提供してほしいアーティストについて考えた

 

 考えてたら楽しくなっちゃった。楽しくなってたらブログに書いて!って言ってもらえたので書きました。5選って書きたかったけどどうしてもあと1組決まらなかったので4選となりました。

 

 

 

 

 

・作詞作曲:大石昌良

 アニメ「けものフレンズ」の「ようこそジャパリパークへ」をつくった人。最近はアニメ関連の楽曲提供や主題歌などで大活躍。元々はSound Scheduleというバンドのボーカルで、サウスケの「さらばピニャコラーダ」がめちゃくちゃ好きなのでとりあえず一回聴いて。

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 んで是非「楽園都市」も聴いて。こちらはソロ(オーイシマサヨシ)名義の曲。最後の転調が気持ち良すぎるので最後まで聴いてください。最後だけ転調してちょっと上がるパターンめちゃくちゃ好き……

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 ポップかつロックな曲調で、一度聴いたらなかなか耳から離れない。疾走感もあるけど荒々しすぎず、騒々しくもないところがいい。そんでもって華々しさや勢いがしっかりある。こういう曲がNEWSのシングルとしてどーんと出たらめちゃくちゃ強くないですか?是非とも大石さんに作ってもらいたいな~って思います。リズム感のいい曲も多いので、否が応でも気持ちがノってしまうというか。そういう曲、NEWSに沢山欲しいです。

 

 

 

・作詞作曲:川谷絵音

 ゲスの極み乙女。ほかで活躍中の川谷さん。楽曲提供も結構していて、坂本真綾さんの「ユーランゴブレット」や私立恵比寿中学の「あなたのダンスで騒がしい」とかが個人的にはお気に入りです。どっちもすごくいいから是非聴いてみてください。リズム的には「あなたのダンス~」がNEWSに似合いそうだけど、歌詞は「ユーランゴブレット」のほうが似合いそう。

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 薄暗くもポップなところが最高。世の中を俯瞰したうえで斜めから見た感じの歌詞と、その歌詞が乗るにふさわしすぎるメロディ。流れの向きでいうと横揺れ(右)って感じのメロディで、もっとゆっくりだったら「たゆたう」って言葉が似合いそうなのにそこそこ速いから「飲み込まれる」みたいな印象がある。言葉数が多いのにキラーフレーズでキメてくるところがすごいなって毎度思う。なんとなく記憶に残る曲が多くて、そういうのもすごくいい。

 NEWSにダークな曲を歌ってほしいってわけではないんだけど、言われ放題言われているみたいな部分もあるしそういう人らを横目に見て鼻で笑い飛ばすような曲は歌ってくれてもアリだよなって思ってる。

 いろんな騒動があった後に「影ソング」という曲で「本当に品がないな君たちは」って書いてしまえるの、脳天ぶち抜かれるほど嫌いで好きだなって思いました。そこまでの毒はいらないけど、NEWSがきれいでまっすぐな言葉を紡ぐぶん、そうじゃない言葉を歌詞に乗せてくれてもいいよなって。そして川谷絵音であればそれが許される。

 

 

 

・作詞作曲:水野良樹/編曲:本間昭光

 編曲まで指定させてほしい。この二人がいい。

 ポップでキャッチーな曲だったらこの二人がトップクラスだと思っているので、是非ともNEWSの名刺になるような曲を作ってほしい……。水野さんはいきものがかりのメンバーでメインのソングライターでもあり楽曲を多数作っているし、本間さんはポルノグラフィティの「サウダージ」「アゲハ蝶」などの作曲をした方です。記憶に残る曲やアレンジがとにかく上手い人たちなので、そういう曲をNEWSにも是非!!!という気持ちにて選出。

 話題になった曲だとアニメ「かぐや様は告らせたい」主題歌とか。1期も2期もこのペアが担当しています。ラブソングの帝王・鈴木雅之さんが歌っていて、オシャレ・ポップ・インパクトの三拍子が揃っているうえに一度聴いたら耳に残るキャッチーさが最高。1回聴いたら絶対忘れない曲を是非NEWSに!!!

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・作詞:新藤晴一/作曲:岡野昭仁

 ポルノがNEWSに楽曲提供するなら、詞曲の組み合わせはこれがベストだと思っています。ラテンな楽曲「オー!リバル」、超絶恰好いいロック「Zombies are standing out」等がこの組み合わせです。アルバム曲ですが超絶キャッチーでアガる夏ポップソング「Ohhh!!!HANABI」等も。

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 美しくてロマンあふれる新藤さんの歌詞と、どこかクセがあるのにすっと入ってくる岡野さんのメロディ、最強なんですよ。NEWSの声ってすごくストレートで力強いので、たとえ普段の会話では使われないような言葉を歌ってもきっと耳に入ってくると思うんだよなぁ。というか「夜よ踊れ」の時点でもうそれ証明されてるし。

 地に足のついた言葉ばかりではなくて、「世の果てでは空と海が交じる」「黒いヴェール 巡礼の列」「銀の髪飾り」「ボイルした時計の皮むき」みたいな言葉が出てくる曲も聴きたいな。「数えきれない人の涙で夜明け前の海は曲も蒼い」って歌ってほしいじゃん……。新藤さんの書く、日常とはあまり地続きじゃない言葉が使われた歌詞をNEWSの声で聴きたい。愛とか恋とか言ってたほうがラブソングとしてわかりやすいし、わかりやすさってすごく大事なんだけど、愛とか恋とか言わなくたってラブソングになりうる。

 頼むから……一度だけでもいいからNEWSの楽曲クレジットにこの並びが来る日をずっと夢見てんだ……新藤さんは最近けっこう楽曲(歌詞)提供の機会が多いので、ワンチャン作詞だけでも……いやでも曲も欲しいんだ……せめて作曲が本間さんであればそれもそれで最高なので何卒……

 

 

 

 

 

 NEWSの(主に楽曲面での)未来、今の時点で(少なくともファン側には)決定事項は何も見えてきてないので、可能性と希望しかないな~って思ってます。真っ白な地図にはなんだって書き込めるよ。

 今までのように楽曲制作陣がほぼ固定なのも安定感があるなぁと思うし、アルバム『STORY』では向井太一さん等あらたな風を吹き込んでくださるアーティストからの提供曲もあったことだし、「3人」という新体制を“チャンス”と捉えて今までと全然違う方向の曲が来たって全然楽しいと思う。楽しいことしか待ってないよ。どう転んだって楽しい。全方位楽しいよ。

 私は「今」のことを考えるので精一杯な性格だけど、NEWSの「未来」を考えるのはすごく楽しい。一緒に楽しい明日に向かえますように。

君と僕の境界線:読むタイプの地獄「ダブル」

 漫画「ダブル」を激推しする記事です。こんな記事読んでる暇があったら「ダブル」読んでくれ。2週間限定で全話無料です。あと7日なんで!読んで!

 私にとって創作に対する「地獄」は誉め言葉です。特にこの漫画に関しては。

 

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あらすじ

無名の天才役者・宝田多家良と、その才能に焦がれ彼を支える役者仲間の鴨島友仁。ふたりでひとつの俳優が「世界一の役者」を目指す!『潜熱』の野田彩子が描く、異色の演劇漫画、開幕!!

 とある劇団に所属する2人の男、友仁と多家良をを中心とした物語。上に漫画掲載ページのあらすじを引用したんだけど、こんなあらすじじゃ地獄が伝わってこねえよ!!!という気持ちでいっぱい。そんな……ふたりでひとつの俳優が「世界一の役者」を目指すって……そんな少年漫画みたいに夢や希望を膨らます話じゃないんだ……目から摂取する読むタイプの地獄です。

 

 

 

・ふたりでひとつが崩れていく

 「ふたりでひとつ」は崩れます。最初のほうで彼らがいかに「ふたりでひとつ」かを見せつけておきながら、途中からどんどん距離が開いていく。多家良の役作りには友仁が必要だし、生活そのものにだって必要で、べたべたすぎて切り離せないように見えるのに、崩れていきます。

 そもそも「ふたりでひとつ」なんて全然健全じゃないんですよ。足りないところを補い合ってるわけですらない。「多家良の才能を知っていてそれをより伸ばして彼を羽ばたかせようとする友仁」という、最初からめちゃくちゃにしんどい構図です。「ふたりでひとつ」って言ったら対等なように聴こえるけど全然そうじゃない。

 だってどちらも役者なんですよ。天才役者を目の前にして、自分も役者で、そこに嫉妬が生まれないなんてことがありますか。少なくとも、友仁のなかには嫉妬と呼べる感情がある。あまり表に見せないけど、ある。しかも多家良の役作りには友仁が絶対的に必要なので、多家良の演技のなかには確実に友仁がいる、そこに対する一種の優越感みたいなものも多分ある。でも自分じゃどう足掻いても届かない世界に多家良なら届くって誰よりもわかっている。わ〜〜〜!地獄だ!感情の地獄だ!これだけ複雑な感情を多家良に抱いているのに、多家良相手には見せない(気づかせない)ところが……友仁も役者なんだよなって思う……

 もしも友仁が役者じゃなくて裏方とか脚本とか演出とか、そういう部類だったらこんな地獄にはならなかった。役者じゃなければきっと、嫉妬もない。でも多家良が役者になろうと思ったきっかけ(というか最初に手を伸ばした相手)すら友仁という、えっ何重に苦を重ねたら気が済むの……?という具合になっています。

 そして多家良は芸能事務所に所属することになり、ドラマに出たり映画に出たりと活躍の場を広げていきます。そして「ふたりでひとつ」か崩れていく。この崩れ方が!まぁ〜しんどい!早く読んで!

 

 

 

・ぶつかり合えない

 演劇の世界にて繰り広げられる、巨大な感情の「馴れ合い」とでも言おうか。感情の「ぶつかり合い」ではない。ぶつかり合ってなんかない。友仁も多家良も、うまいこと本音を隠している。本音なんて隠してませんよあなたに見せるこれが本音ですよって顔して、本音を隠している。えぐい!さっき友仁は複雑な感情を抱いていても多家良にそれを見せない(気づかせない)って書いたけど、多家良だって気づいている部分はあって隠しているのかもしれない。そういう本音の隠し合いをしている。

 というのも、彼らはもう30を過ぎているわけで。もしこれが20代前半くらいだったら、お互いの気持ちをぶつけ合えたかもしれない。ぶつかり合えるような幼さを、彼らはもう持ち合わせていない。ぶつかり合ったところでわだかまりを残して決別するかもしれないけど、それはいつしか再会したときにある種の救いに化ける可能性もある*1。でも本音を隠して拗らせ続ける友仁と多家良、今のところマジでどこにも救いがないんだわ……

 ぶつかり合えないから、二人ともちゃんと「大人の顔」をするんですよね。変にわがまま言ったりしない。わがままを言っても通用しないってわかってるから。無垢と表現される多家良だって、ちょっとはわがまま言うけどそれが通じないってだんだん気付く。そして、わかりましたって顔をして「ふたりでひとつ」を崩していった結果、ウワー!最新話が!しんどい!!!早く読んで!!!

 

 

 

・相手にも自分にも暗示をかける

 「あいつには俺が必要」「俺にはあいつが必要」という暗示を自分にも相手にもかけている二人。そんな呪いみたいな関係性です。頼る/頼られるというロールプレイ。本当はお互いがいなくたって生きていけるのに、自分たちで自分たちを地獄に縛り付けている。

 なんとなく、中高生くらいの女の子みたいだなってイメージ。「あんたが付き合う男は私が判断するから絶対紹介して」みたいな友達、たまにいるじゃないですか。私は異性とは無縁のティーンだったのでそういうのはなかったけど、5個下の後輩の話を聞いていると実際にそういう台詞を言われたことがあるって聞いた。なんていうか、互いの絆を深め確かめ合うロールプレイの一種って感じ。それを30歳の成人男性のあいだで繰り広げる、このアンバランスな感じが「ダブル」の魅力のひとつだと思います。

 そして、友仁と多家良の目指すところって多分その地獄を抜けた先にある。女子中高生の関係性なら目指すところなんてないけど、友仁と多家良は役者という仕事をしている。地獄の先に行くには地獄を壊さないといけないんだけど、壊せるんですよ。だって自分たちで作ったんだから。DIYした地獄なので自分らで壊そうと思ったら壊せる。多家良が役者として売れ始めたあたりから、二人ともそれに気付きはじめる。でも気付いちゃったところでそれもまた新たな地獄なんだよな……

 あんまりネタバレしたくないから詳しいことは言えないんだけど、互いの暗示が崩れつつある最新話(17幕)で描かれる友仁と多家良の対比がすげ〜〜〜〜〜良くて……お前のほうが重症なのかよ…………というショックがすごい。早く読んで!!!!!!!!!!!

 

 

 私は演劇に携わったことがないし、俳優さんを売れはじめの頃からめちゃくちゃ推したりしたこともあまりないので、この漫画が描く演劇的な部分は理解しきれていないことが多いと思う。演劇に携わった人とでは見方も全然違うかもしれない。なので、友仁と多家良の関係性を重視してオススメポイントを書きました。でも最新話の「砂糖」のくだりはきっと演劇界隈では「ある」話なんだろうな〜って想像できた。そういうディテールも凝っている作品だなと思います。

 最新話では多家良のマネージャーである冷田さんの過去の話も出てきて、それもめちゃくちゃに重たくて良かったです。友仁と多家良がすごく魅力的なんだけど、周囲のキャラクターもみんな魅力的だから困る……困らないけど……

 

 

 2週間限定で全話無料公開しているので、大慌てではありますが「ダブル」をオススメしたいと思い書きました。みんな!読んで!!!!!

 

ダブル(1) (ヒーローズコミックス)

ダブル(1) (ヒーローズコミックス)

  • 作者:野田彩子
  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: コミック
 
ダブル (2) (ヒーローズコミックス)

ダブル (2) (ヒーローズコミックス)

  • 作者:野田彩子
  • 発売日: 2020/03/14
  • メディア: コミック
 

 


*1:個人的には「ぶつかり合った結果わだかまりを残して決別し、再会することである種の救いを得た」話というのが加藤シゲアキさんの『ピンクとグレー』だと思ってます

私たちの教科書『自宅にて』の話をしよう

 あなたは『自宅にて』という本を知っているだろうか。

 ポルノグラフィティのギタリスト・新藤さんが音楽雑誌「PATi PATi」にて連載していた同名のエッセイ(全51回+ブータン旅行記)をまとめた本だ。「PATi PATi」2001年2月号 - 2005年4月号に渡って連載されていたもので、ざっくりいうとアルバム『foo?』からシングル「ネオメロドラマティック/ROLL」までの期間、新藤さんが26歳から30歳までの期間である。

 新藤さんがそのとき思っていたことや考えていたことがぎゅっと詰まったこの一冊は、特に思春期に読むと多大な影響を受けてしまう。その後の人生を左右するレベルでの影響さえ与えうる本だ。あまりの影響力の強さゆえに絶版になってしまったのではないかとすら思えてくる。かくいう私も思春期に『自宅にて』を読み新藤さんの考え方を己の中に知らず知らずのうちに取り入れてしまった、あるいは自分の考えを言語化したら概ね新藤さんの考え方と一致していた、そんなまどろっこしいこと言わずともとにかく新藤晴一というひとに影響を受け憧れまくっていた「晴一チルドレン」のひとりである。そんな私たちの教科書、『自宅にて』の話です。教科書ってそこに書いてあることが正解って意味じゃなくて、読んであれこれ考えたり思ったりするためのものだと私は思っているので、そういう意味での「教科書」です。

 胸に響くテーマが胸に響く言葉で語られていて(でも決して難しい言葉ではなくて、言葉としてはわかりやすくて、だけど意味を探っていくと難しかったりもして)、あるいはたまにどうでもいい話のときもあって、でもそれもなんとなく心に残る言葉で綴られていて、ふとしたときに頭の中に浮かんでくる。そんな新藤さんの言葉を抜粋して紹介したいと思う。といいつつほぼ自分の話ですが。

 

 

 

 

 

第1回:夢の話

 

夢の中にいるはずなのに現実的……?それはまだ僕自身、上があることをわかってるからだろう。夢が叶ってまた新たな夢ができたからだろう。

 

 第一回から「夢」について語るあたり、新藤晴一新藤晴一度が高すぎる。それでこそみたいなところ、あると思う。それに何より、2001年の新藤さんがここで語っていることは、少なくとも2017年の台湾ライブのインタビューの時点では変わっていない。もしかしたら原点とかそういう部分なのかなぁ、と勝手に想像している。そして昨年出たシングルのカップリング「一雫」でもやっぱりそういうことを書いていて、変わっていないんだなぁと改めて思った。「冷めた頭じゃここにいれない」ってね。

 学生時代のバンド活動から始まり、大阪へと進出し、そして東京へ。音楽を奏でる彼らは彼らはデビューを夢見ていた。そして1999年、彼らはデビューを果たした。つまりこの時点で一度夢は叶っている。でもその先にまた新しい夢が生まれる。現状に満足することなく、次から次へと夢を思い描き、前へ進んでいく。ポルノグラフィティが「殿堂入り」せずいまでも現役で活躍し続けているのは、今もまだ夢の途中だからだ。

 彼らがポルノグラフィティをやりきる日がいつか来るとして、その日その瞬間までずっと夢を見ていてほしい。一緒に夢を見させてほしい。最高の夢の終わりまで見せてほしい。

 このブログでも何回もこの「夢を見ている」って話をしているけど私のサビだから仕方ないと思ってください。多分ボケたらこの話ばっかりするんだろうな。なにせ人生のサビなので。

 

 

第9回:人は“完全”にわかり合えることはない

 

 この“完全”はよく「絶対という言葉はない」の“絶対”に近い精錬さかな?

僕も「人はわかり合える」とは思うよ。むしろ人とわかり合えないと、生きていくことはとても苦しいものになるかもしれない。けれど繰り返すことになるが「“完全”にはわかり合えない」と思う。理由は結構あっけないもの。他人は自分じゃないから。 

 あまりにも私の中に普段からある考え方と一致していて、正直これ読んで感銘を受けたからそう思うようになったのかそれ以前からこういうふうに考えていたのかわからなくなっていることのひとつ。もしこのブログを何度か見たことがある人だったら、こいついつもこの話してんなって思うんじゃないかと心配になるくらいこの話をよくしている。特に2017年の秋~冬はずっとしてた。そのくらい私に根付いている考え方のひとつだ。

 この本が出たのは2006年元日あたりだったと記憶しているけれど、その頃の私は中学生から高校生になる境目の時期で割と病んでいた。相談相手が欲しかったけれど、親ともわかり合えなくてどうしていいかわからなかった。わかり合えるはずはないと思いながらも、わかってほしい気持ちが強くてどうしようもなかった。そんなときに新藤さんのこの言葉を思い出すと、ちょっとだけ気持ちが和らいだのを思い出す。私はひとりしかいなくて、他の誰も私ではない。私と近しい存在だったとしても、そのひとは「私と近しい存在」であって「私」ではないのだ。だからどんな人とも“完全”にわかり合えることはないんだから仕方ないよなぁと思えるようになった。「私」の本質的な孤独は、「私」が「私」であるために大切なものなのだと気づけた。わかり合うことの大切さと、“完全”にはわかり合えないことを理解することの大切さを知った。

 

 一番危なかった時期に『自宅にて』があってよかったし、いまだに手元に置いて繰り返し読みたくなるのはこの回があるからかもしれない。

 

 ちなみにこのめちゃくちゃ好きな回について、新藤さんがnoteにて新たに考えたことを書いているので是非そちらもチェックしてほしいです。「たとえ喜怒哀楽の喜でさえ、剥き出しの感情は悪臭を放つことがある」というのが、わかる~~~~~すぎてそりゃあこの人の文章が好きなわけだ……と改めて思いました。

note.com

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第10回:負の力

 

誰からも認められている状況で、誰かに認められたいという力は生まれてこないし、金持ちな人は金持ちになりたいとは思わないだろう。負け犬には負け犬のパワー。Tamaの言うことを要約すればこういうことになると思う。詳しくは本人に聞いて。

 私が初めて「PATiPATi」および「自宅にて」の存在を知り、初めて読んでみたのがこの回だった。それまでは音楽雑誌があるなんて知らなかったな。

 はじめてがこの回だってしっかり覚えている。だって好きな歌詞を書くギタリストがエッセイ連載やってるって知って初めて読んだ回が「負の力」ってインパクト強くて忘れられないでしょ。「負け犬には負け犬のパワー」って。自分とは圧倒的に離れたところにいるミュージシャンがそんなこと言うんだって思ったの、覚えている。

 新藤さんいわく、この「負の力」というのはTamaさんが言っていたものだそう。Tamaさんの言っていたことについて書いているというのも記憶に残った一因かな。Tamaさんて(フロントマンである岡野さんと作詞を多く担当する新藤さんに比べれば)ファンに対して発する言葉って少ないように感じていたから、余計に記憶に残ったんだと思う。

 確かにそういう力ってあるよなぁと改めて読み返して思った。テンションが落ちているときだから書ける文章っていうのも絶対にあるだろうし、それが名文になることだってあるだろう。アイドルのほうの自担(加藤シゲアキさん)についてあーだこーだ書いている文章は大多数がそうだし。テンションが落ちていて、自分を見つめ直す機会が訪れて、そのときに考えたことが再びテンションをあげるきっかけになったりもする。私の場合は「私と新藤さん」とか「私と加藤さん」について考えることで自分自身について考えることになって、自分の悪いところだけじゃなくいいところも見えてきたりして、少し立ち直れたりする。そういうのもきっと「負の力」だね。

 

 

第20回:言葉の重さ

 心ない言葉を言うことを、口先で語るというなら、これらは口じゃなく人生やその軌跡で語ってるから、そこに言霊があり感動がある。

 この言霊ってやつは、何も心霊現象じゃない。これを感じることは超能力じゃない。誰にでも感じられる。誰でも他人の言葉に一度くらい感動したことがあるでしょ。携帯の液晶画面に表示されたメールの言葉にだって、それが心や感情を基に書かれたものであれば、ちゃんと言霊として一緒に送信されてくる。歴史的な名言じゃなくても、文学的じゃなくても。 

 胸を動かす言葉が沢山詰まっているから、私はこの本が、そして新藤さんのことが好きなんだろうな。新藤さんが誰かの言葉に感動した経験があるように、私は新藤さんの言葉に感動している。心を突き動かされている。

 一方で、引用した部分に示されているような身近な例で心を動かされたこともある。これは初めて読んだ当時はまだ経験していなかったんだけど、のちのち読み返して「これだったんだ」と思ったこと。本命の大学受験の前日に、友達とメールをしていて「為したんだから成る」と返ってきた。私が必死に勉強していたことを知っている彼女だから言えたことだ。その言葉が本当に嬉しくて、そんなふうに言ってくれる友達に感謝しつつちょっと泣いた。なお、無事合格できたのでやっぱり彼女の応援が効いたんだなと思う。メールにのって伝わってくる言霊って、きっとそういうことだよね。大学受験なんてもう10年以上前のことだけど、ずっと忘れられない。きっといつまでたっても思い出すだろう。

 私も、スマホやPCの画面越しに誰かの力になるような言葉を発せているんでしょうか。できてるといいんだけど。

 

 

第43回:嘘でも前に

 

ポルノグラフィティを仕事として僕が生きていけてるのは、まだ夢を見られているからだとも思う。ときどきは目が覚めそうなときもあるけどね。そういうときはぎゅっと頑なに目をつぶって、見ていた夢をたどり直すんだ。 

「嘘でも前に」だよ。

 この回が雑誌連載されているときにリアルタイムで読んでいた頃の私は死にかけていた。大好きなバンド・ポルノグラフィティからメンバーが脱退したからだ。唯一の心のよりどころだったのに。あの人の音楽が、そしてあの人のいるポルノグラフィティの音楽が大好きだったのに。まだネットで人とつながることを覚える前で、学校にもポルノを好きな友達はいなくて、誰ともそのことについての話ができないままでいた。担任の先生に一方的に思いをぶちまけるばかりだった。いろいろなところでああでもないこうでもないと囁かれる他人の勝手な意見に腹を立てたり悲しくなったりしながら、世界に置いてきぼりをくらっていた。前に進みたいけど、足を踏み出すことができずにいた。多分それは私だけではなくて、私以外にも沢山の人が同じ状況だったのではないだろうか。

 そういう人たちにとって、ひとつの救いとなった言葉がこの「嘘でも前に」だと思う。少なくとも私はこの言葉に救われた。嘘でもいいんだ、と思ったらずっと緊張していた心が少し緩んだように思えた。「嘘でも前に」進み続けていたら、岡野さんとTamaさんが一緒に飲んでる写真がTwitterにアップされたりもするしTamaさんがTwitter始めたりもするんだよ。ポルノの20周年ライブにだって、東京ドームに3人がいたって事実を後で知れたりするんだよ。「嘘でも前に」進むことを選んでくれてありがとう、あの日の私。

 私は座右の銘を訊かれたらこの「嘘でも前に」を答えるようにしている。たとえこの先、また「嘘でも前に」進まなければいけないときがきたとして、でもそのときもちゃんと進めると思う。嘘でもいいんだから。

 

 

第50回:名前以上に自分を表すもの

まぁひととおりの趣味や特技、学歴や住所なんかを履歴書みたいに並べれば確率的にあなたとわたしは区別できるんだろうけど、さらに話を突き詰めるとロックのシャウトで言う「履歴書で俺の何がわかるんだよ」って話だ。それって生息地と羽の特徴で分類される蝶みたいなもんだよね。さらにさらに言うと、他人は履歴書でとりあえずの区別ができたとしよう。じゃあ、自分はどうだ。自分が自分を見失ったときに“わたし”をわたしに尋ねたとき、どう答える?まさか自分のことをわかるために住所は使わないだろうね。

 最終回というていで書かれたもの。実は最終回ではなかったんだけどね。ポルノの歌詞だと「Go Steady Go!」なんかに出てくるテーマでもある。

 私が『自宅にて』を読み返したくなるのは、自分についてよくわからなくなったときかもしれない。自分というものが(私が「自分」と思っていたものが)揺らいでしまったとき、自然とこの本に手が伸びる。頁をめくり、書いてあることについて、確かにそう思うとかいやそうは思わないとか私はこう思うとか考えているうちに「私」のかたちがはっきりしてくる。そうだった「私」はこういうかたちなんだった、と思うこともあれば、私が思っていたのとちょっと違ったかたちになっていることもある。でも、それが「私」のかたちであることはわかる。そうやって「私」のかたちを確かめるために『自宅にて』を読みたくなる。自問自答というよりは一問一答に近いようなイメージ。ただ、私が何者かということを探る質問をわざわざしてくれる人はいないので、それを『自宅にて』にやってもらっているという感じかな。

 新藤さんのことも、新藤さんの言葉も、すごく好きだけれど、だからといって彼の感じ方や考え方に100%同意できるわけではない。育ってきた環境、年代、性別、職業、いろんなものが違うし、そもそも違う人間だし。自分とは違うもののことを考え、そこから自分のことについて考えると、じわじわと自分の輪郭が見えてくるような気がする。勿論、その輪郭だっていつでも同じわけじゃなくて、今の私と『自宅にて』をリアルタイムで読んでいた頃の私とは全然違うし、また10年後くらいの私ともきっと全然違うんだろうな。そのときもまた、この本を読んで自分というものを確かめたい。

 私にとっての『自宅にて』はそういう本です。

 

 

第51回:ものづくり

 

 50回の区切りで終わるはずだったのに、「ポルノが表紙の号で始めたから表紙の号で終わろう」とアンコールが実現。「じゃ、今度こそさよなら。」という最後の一文も含めて忘れられない文章だ。

 この回のぶんだけ引用はしない。というのも、引用するところを選べないから。全部引用しなきゃ伝わらないんじゃないかなって感じがして、抜き出せなかった。以前書いた(つくった)ものを超えられるかどうかという次元での戦いの話でした。

 ちなみに「クリエイトすること」という回もあって、そっちでは「頭の中にしかないものはないのと一緒」というような話をしている。これはいい意味でも悪い意味でもめちゃくちゃ影響を受けた回。リアルタイムで読んでいた中高生の頃、多くの中高生が憧れるように創作を生業としたいと私も思っていて、だけど頭の中にしかなかったんだよな。できるだけ発表していこうとしてネットでいろんなことをしていたこともあって、結果としてはやっといてよかったなと思うけど、結構追い詰められた感じになってた時期もあった。今思えば懐かしいし青くさいな。

 そんなふうに「クリエイトすること」を語る人が、以前書いたものを超えるために過去の自分と戦っているっていうのがなんだか新鮮に思えたことを覚えている。文章からどことなく弱気な雰囲気が漂っているのも驚いた。でも、誰かと争っているようじゃダメで、自分自身と戦うレベルになってからこそ、みたいなところがあるんだろうなって、想像するしかないけどそう思った。私はそこにはいけそうにないし、ものづくりで食っているわけじゃないからなぁ。とはいえ、ブログの文章にしろ短歌にしろ、更にいいものをと思う気持ちはあるけれど。

 今の新藤さんはどう思っているんだろう?

 

 

 

おわりに

 「おわりに」と題された文章がまた素晴らしい。

 

 たまたま道ばたに咲いている小さな花を見つけたとして、そこにいた人たちは、それぞれ“奇麗”だとか“健気”だとか、なんらかの感動を覚えました。

 ある人は身近な人にその感動を話し、ある人は絵に描き、またある人は写真を撮りました。そうやって表現された小さな花は、いくつもの姿でまた他の誰かを感動させることができます。その花がそのうち枯れてしまっても、そうやって咲き続けることができるのです。

 僕ならメロディーにして歌詞をつけます。文章を書きます。

 小さな花の“奇麗”は音符ではなく、“健気”さは文字ではなく、僕がどう表現しようが、実際にその小さな花を生み出すことなんてできないことは知っていても、たとえ歪な花になったとしても、それでも表現をしようとします。

 それは確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うからです。そこに意味なんていらないと思います。

 そもそも小さい花が咲いていることに、それ以上の意味なんてないからです。 

 ちょっと引用部分が長くなってしまったけど、このなかから部分的に取り出しても言いたいことが伝わらないので諦めてぐわっと書きました。本当に好きな文章。墓買ったら刻みたいなって思ってる。

 「確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから」、きっと私はなんらかの文章を書き続けて生きているんだろうなと思う。だってお金になるわけじゃないのに。時間と脳のリソースを割いて、誰が読んでいるかもわからないようなものを、こうして書き続けている。このブログだけでももうすぐ丸5年になる。5年間ものあいだ、私は私の動いた心を文章のかたちにして刻み続けている。

 ライブに行ったら「楽しかった!最高!」だけで十分かもしれない。新曲を聴いたら「やばい!」だけで十分かもしれない。でもそれだけの言葉じゃ足りなくて、これこれこういう理由で私は感動したんですよ、って書き残したい。たとえライブそのものは過ぎ去っていくとしても、新曲はいずれ新曲じゃなくなるとしても、文章として残しておけばそのときの感動を何度でも蘇らせることができるから。

 この言葉を読む前からライブの感想は書き残していた(中学生の時に書いた文章なんて読めたもんじゃないが)。誰かに強制されて書いていたわけじゃないし、そのときもきっと「確かに動いた心をなかったことにしてしまうのが、自分の心に失礼だと思うから」みたいな気持ちで書いていたんだと思う。初めてのライブは心が死んでいた時期だったから、余計に書き残したかったんだろうな。改めてこの「おわりに」を読んで、そうだこういうことだったんだ、って思ったのを覚えている。新藤さんの思考を私が取り入れたというよりは、私が思っていたことが言語化されたら新藤さんの言葉と概ね一致したという例。そういう、自分にとってすごく重要な部分で一致することが多いから、新藤さんの言葉に惹かれるんだろうな。作品が好きでも人間性が好きじゃないアーティストやクリエイター(音楽だけでなく芸術全般を含む)もいて、それも全然いいと思っているんだけど、新藤さんの言葉だけじゃなく新藤さんという人間に憧れて好きだと思ってしまうのって多分そういう重要な部分が一致しているからなんだろう。

 未だに私は自分の心が動いたことをなかったことにしたくない衝動でいろんなことを書いている。勿論言葉も内容も選んで、きれいに整えたかたちにしているけれど、だからといって嘘は書かない。嘘なんか書いても意味ないし。

 多分これから先も、こうやっていろいろ書いていくんだろうな。よろしくお願いしますね。

 

 

 

 

 

 改めて読み返してみると、自分の考えがいかに新藤さんに影響を受けているかを目の当たりにしてなんだか恥ずかしくなってくる。でも思春期にこんな言葉たちに触れながら育ったらそりゃあ影響も受けるよね。

 読んでいると、心が浮かぶこともあるし沈むこともある。でもどちらにしろ、最終的には自分の糧になる。

 いつのまにか私も30になって、あぁこれで自宅にての最後のほうとも同い年になって、あとは越えていくだけなんだなぁとなんだか感慨深くなる。昔読んでいたときはもっとずっと遠い存在に思えていたけど、いろんなことに悩んだり考えたりしている新藤さんの文章を読んでいると、本当はもっと近くにいるのかもしれないと思うようになった。

 この前、新藤さんがラジオで「10代の頃に見ていた30代って親のような存在」みたいな話をしていて、私にとっての新藤さんはまさにそれだなと思う。「10代だった人たちが大人になって、同じ大人というステージで見たときにどう見えるか」という話もしていたんだけど、私としてはさっき書いたように近い存在に思えるようになったな、と思う。失礼なことかもしれないけど、神様みたいな存在ではなく人間なんだとちゃんと認識できるようになったというか。相変わらず憧れであることに代わりはないけど。今の新藤さんも恰好いい大人だなって思うし。

 

 多分、新藤さんは新藤さんが思っているより沢山の人に沢山の影響を与えているんじゃないかな。と思ったので、この記事のタイトルはあえて「私たち」にしました。普段は主語を大きくすることって好きじゃないんだけど、これはあえてそうしています。

 そうやって影響を受けて今ここにいる「私たち」が、また誰かに何かの影響を与えられたとしたら、それって「BUTTERFLY EFFECT」だし、受け継がれていく「UNFADED」なものだよね。なんでその2タイトルを挙げたかっていうとこの記事はもともと「BUTTERFLY EFFECT」の時期に書き始めたものだからです。めっちゃ寝かせたせいで「UNFADED」すらとっくに終わってる!書いてるあいだにも自分がいろいろ揺らいだりして、なかなか完成まで時間がかかってしまったな。

 

 『自宅にて』第50回(最終回のはずだった回)の最後には、こんなふうに書いてある。 

以上、『自宅にて』でした。50回もあれば本気で書いたのから、酔っぱらって書いたのまでいろいろで、中には今回のような自分の漠然とした思いを投げかけたものもあって、そのほとんどが投げっぱなしで答えにたどり着けていないことに気づく。自分で投げたボールはいつか自分がとりに行かなくちゃと思う最終回でした。

 きっと新藤さんが投げたボールは私たちが拾ったり、拾ってまて違うところに投げたりしていたものもあるんじゃないかなって思ったりする。そうやって、私たちは成長してきました。

 落としどころがわからなくなっちゃったけど、これからもいろんなボールを投げてほしいなと思います。勝手に拾って、自分のものにしたりまたどこかに投げたり、誰かとキャッチボールをしたり、そうして広げていくので。

 

 

自宅にて

自宅にて

  • 作者:新藤 晴一
  • 発売日: 2005/12/24
  • メディア: 単行本