あなたはどこに?私はどこにも。 ―『行きたくない』感想―

 読みました。めちゃくちゃ面白かった~!以下、感想です。内容に触れていますので、ネタバレは嫌という方はご遠慮ください。

 

 

 

 

行きたくない (角川文庫)

行きたくない (角川文庫)

 

 

 

 

「ポケット」加藤シゲアキ

 鬱屈とした男の子が主人公。快活な女の子と、一か月の不登校期間を経て学校へ戻ってきたクラスメイト。

 主人公は「どこにも行きたくない」だけでなく「ここにもいたくない」ように思えた。そういう気持ちって、中高生の頃には誰しもがもつ可能性のあるものなのではないかと思う。少なくとも私はそう思っていた。私はその気持ちを「どこかに行きたい」だと思っていたけど、じゃあどこに行きたい?って言ったら結局「どこにも行きたくない」なんだよな。でもここにもいたくない。そういう所在ない気持ちとか居心地の悪さみたいなものが思春期なのかもしれない。女の子の面倒な用事にも付き合いたくない、バイトにも部活にも行きたくない。理由なんて後からついてくる、とにかく行きたくない。そういう気持ちが思春期なのかも。

 私としては、主人公を取り巻く登場人物たちは物語の進行のためのキャラクターとしてそこにいるだけでなく、物語を外側から見たときに意味を持つんじゃないかと思う。「染色」(『傘をもたない蟻たちは』収録)で美優が理想や夢を象徴し、杏奈が現実を示すように読めるのと同じように。こういうタイプの小説は結構好き。

 どこにも行きたくないし、何がしたいのかも自分ではわからない男の子。自分より前にいる/自分より進んでいる同級生たちの姿を目の当たりにする。幼馴染の女の子は好きとか付き合うとか主人公が経験したことのない世界を知っているし、クラスメイトの男の子は人知れず音楽をつくって称賛を得た。そんな彼らと比べたら、主人公は「行きたくない」と駄々をこねているようなものだ。おそらく自分でもそれがわかっているから、彼の憂いは一層深くなる。加藤さんはこの思春期特有ともいえる焦りを描くのが相変わらず上手い。

 そんな「行きたくない」彼が、最後に「行きたい」と思える場所に出会ったような描写で物語が終わる。まだ「行きたい」かどうかもわからないけれど、その出会いの瞬間がそもそも大切なのではないかと思えるような描写だった。もしかしたら次の瞬間には「そんなの現実的じゃない」って思ってしまうかもしれないけど、彼の心が大きく動いたということは確かな事実だ。

 小さな映画館でしか上映されない短編フィルムのようだなと思った。主人公の見ている世界が鮮やかに展開していく。ラストに至るまでの色彩が控えめなので、余計にラストの明るさが活きる。

 ちなみに加藤さんの作品を読んだときの脳内物質は無色透明。無色なのに「ない」わけではないから不思議だなぁと思う。無色の感覚が満ちる。私自身にはあまり覚えのある感情ではないので掴みきれない部分があるのかも。掴めてきたら色がつくのかな。

 (ちょっと追記)タイトルの話。短い物語のなかで「ポケット」は言葉としては3回出てくる。1度目は望杉が「Archivist」の名刺のようなものを出す場面、2度目はアンがスマホのカメラを自分(の別れ話)が映るように調節している場面、3度目は条介が望杉にもらったカードを取り出す場面。ポケットから出てくるのは、望杉やアンが条介のいるところより一歩か二歩か前に進んでいることを示すもののように思える。彼らは条介の知らない世界を知っている。そして実はポケットはもう一度出てくる。「Archivist」で望杉の音楽を聴き、マーカスに再び出会う場面。「すると彼はスマホを取り出してその街の写真を見せてくれた。」とある。どこからスマホを取り出したのか。きっと、ポケットだ。ポケットから出てきたスマホのなかの異国の写真は、条介を一歩先に進めるためのアイテムなのだろう。私にはこの場面では意図的に「ポケット」を省略しているように思える。今までは誰かのためのアイテムが出てくるポケットだったけれど、今度は違う。条介の視点はポケットよりもそこから出てきたアイテムに焦点が当たっている。それを示すために最後は「ポケット」という単語は出てこなくて、タイトルは「ポケット」なんじゃないかな〜と思って読みました。全然見当違いかもしれないけど!(追記終わり)

 

 

 

「あなたの好きな/わたしの嫌いなセカイ」阿川せんり

 のっけから阿川節が効きまくりで気持ちいい。アドレナリンとかそういう脳内物質がドバドバ出ている感覚。明らかになんか出る。色でいうと赤が近いかな。特徴的なですます口調で書かれる文章が、余計に脳内麻薬巻を増すのだと思う。でも決して読みにくくないし、嫌な感じもしない。絶妙なバランス。

 主人公は保健室の先生で、保健室にやってくる生徒たちの話を聞いたりもする。過去の自分の経験と重ね、生徒の話を聞くけれど……というあらすじだけ見ると、過去に同じようなつらい経験をした主人公が生徒の救いとなるんでしょう?と言いたくなるがそんな簡単じゃないし包み込むようにも寄り添うようにも優しくないのが阿川せんりという作家だと、過去に読んだ作品から知っている。決してきれいごとだけでは終わらない。「悔しさ・悲しさに寄り添う」にとどまらないところが最高。そんな優しさは求めてないんだ。ぶちのめしていけ!

 私とあなたは「同じ」にはなれない。そんな簡単なことを、私たちは簡単に見失ってしまえる。私が愛おしいと思うものが誰かの忌々しいものだったりもするだろうし、私がどうしても興味をもてないものが誰かの愛してやまないものだったりもするだろう。だけど、相手に自分と同じになってほしいと願ってしまう気持ちには覚えがある。ないとは言えない。意識的に「同じ」を願わないよう気を付けている部分もある。

 主人公も御子柴さんも、みんな違ってみんな鈍感。きっと私も何かに鈍感で、私が気づいていないことが沢山あるだろうし、その逆もありうるのだろう。だけどそんな世界のことが愛しく思えてきてしまう。阿川さんの他の作品を読んだときもそうだけど、世界なんてクソみたいだなって思うのにその気持ちと同じくらい愛しさも増す。

 助けてくれる人がいるとは限らない。私は私で、あなたはあなたで、それ以外の誰でもない。何者にもなれなくても、私は私のままで生きていかなければならない。

 「行きたくない」というテーマはあくまでも物語の入り口という印象だけれど、そこからの話の広がり方がすごく好き。まるでジェットコースターみたいだ。普段見ないふりをしている感情を暴かれるのって、ジェットコースターで時速何キロのスピードで落下しているときみたい。話の雰囲気も、主人公が御子柴さんに感情を隠しているところはジェットコースターの「上り」のように不穏だし、御子柴さんの感情が爆発するあたりからは「下り」に入る。主人公(や読者)の手には負えない何かが爆発しているような感じ。そして平らなところに戻ってきて少しだけ放心しているときの心地よさがラストに通じている。この気持ちよさがたまらない。

 

 

 

「ピンポンツリースポンジ」渡辺優

 個人用のロボットが一人に一台あるような世界の話。個人的にはこれが一番好き。好きすぎてこれもなんらかの脳内物質が出る。色でいうなら青が近いかな。

 「行きたくない」というテーマの扱い方も、SF的な設定も、話の落としどころもすべてが好み。短編という限られたページ数でありながら、読後の満足感がこれ一編だけでもかなり高い。『自由なサメと人間たちの夢』を読んだときにも心の中が青色に満たされたような気持ちになったが、今回もそうだった。目が冴えるというか、自分が今まで見ていた当たり前の風景が実はとても美しいものだったと気づくというか。アハ体験みたいな。

 ピンポンツリースポンジ(という深海生物……?海の生き物がとにかく苦手なので怖くて検索できない)型のロボットを使う男性の話。この世界では人間はロボットを連れて生活している様子(スマホスマートスピーカーでできることをロボットがやっているっぽい)。ある日、ロボを連れて出社しようとすると、ロボットが[行きたくありません]と言い出す。いやもうこのあらすじだけで最高。どこに行きたくないのかじゃなく、誰が行きたくないのかに焦点が当たっている。しかもそこから「なぜロボはそんなことを言い出したのか?」を予想しはじめ、実はこうなんじゃないかと思考を巡らせた挙句に辿り着いた結論が!!!もう本当に最高。世界は美しい。Hello,world!って気分。詳しく語ってしまうとつまらないので是非自分で読んでほしい。

 ロボットの設定をがちがちに固めない(短編なのでそこに文字数を割くと話がまとまらないから割かないのだろう)からこそ、「行きたくない」という感情が芽生えたとしてもふわっとした感じで済ませられるところもいいなと思った。短編ならではの利点も活かしていてすごく好き。もっと文字数の多い作品だったらロボットの背景とかが気になってしまうけど、これは短編なので描かれない部分は勝手に想像するしかないところがいい。あー楽しい!

 

 

 

「シャイセ」小嶋陽太郎

 阿川さんの作品を読んだときと近い脳内物質がドバドバ。阿川さんの作品よりもとげとげしていて痛いんだけど飲み込むと美味しい的なイメージ。色でいうと生肉みたいな色かな。

 ヒモだった彼氏が帰ってこなくなり人間的な生活を失った女の子と、彼女が近所のコンビニで出会った店員の女の子の話。本名も互いに知らない、勝手につけたあだ名で呼び合う関係。女の子が女の子に「出会う」、まさしくガールミーツガール。

 人間的な生活を失う前の女の子は、夢を持つ彼氏を養うことで自分を保っていた。彼がいなくなると、今まで保てていたものがぼろぼろと崩れ出す。どちらがより人間らしいのだろう。人間的な生活ができていた頃の彼女と、本当は嫌なことだらけの会社に行きたくないことに気づいてしまった彼女と。これほどの経験があるわけではないが、このしんどさには覚えがある。

 そんな彼女は、「シャイセ」と勝手にあだ名をつけたコンビニ店員のことがなんだか気になっている。この二人のあいだに、一体何が芽生えるのか、何も芽生えないのか。物語は急展開を見せ、彼女たちは「出会う」。

 すれ違うふたりの女の子が出会っても、ただただ出会っただけで、問題は何ひとつ解決していない。シャイセの彼氏はこの先も変わらないままかもしれないし、シャイセはろくにものが食べられないままかもしれないし、主人公の彼氏はもう帰ってこないままかもしれないし、主人公は会社に行くのがつらいままかもしれない。でも、階上/階下に友達が暮らしているということは、彼女たちを勇気づけるかもしれない。不穏も希望もひっくるめた「予感」を秘めた物語だった。

 

 

 

「終末のアクアリウム奥田亜希子

 自分も今のところ子どものいない夫婦なので読んでてしんどかった。『五つ星をつけてよ』のときも思ったけど、そんなに書かなくても……って思うくらい抉られる。好きです。6つの短編のなかで一番自分に近いかなって思った。しんどいです。私もこういうふうに感情が爆発しちゃうことあるから……マジで怖い……感情って怖いんだなって思った……

 平日日中引きこもりの主婦とその夫。妻側の視点からしか語られないので、夫が本当は何を考えているのかはわからない。わからないのでめちゃくちゃ怖いな……と思ってしまった。私の夫は私に「人間であれ」と願っているので主人公のような生活を送ることはないけれど、夫がどう考えているかが深くは描かれないのが本当に……どんな夫婦(夫婦じゃなくても起こりうるけど、夫婦という「他人がそれなりの意思をもって同じ空間で生活する」という関係性は特殊だと思う)のあいだでもこういう恐怖ってあるんだろうなって思った。物語の本筋とはずれているかもしれないけれど。

 閉じた世界であることを望む気持ちもすごくよくわかる。子どもが欲しいとか欲しくないとかそういう問題ではなく、「このまま」が一生続けばいいなぁって思うことは私にもあるし。でも、そんなの実現できるわけがない。なんでありえないんだろうって思うけど、不思議でもなんでもない。ただ、そういうものなのだ。

 共通テーマである「行きたくない」が、あまり直接的なかたちでは描かれない(日中引きこもりなのは「外に行きたくない」の表れではあるけれど)。どちらかといえば、妻と夫というふたりだけの世界から外に「行きたくない」、あるいは夫婦のその先に「行きたくない」ように思える。今の「このまま」が崩れていくこと、その恐怖を相手と分かち合えないこと。めちゃくちゃにしんどいな……って思った。好きです。

 

 

 

「コンピレーション」住野よる

 ファンタジー風味。だからといって現実の世界と全く違うわけではなく、寓話的な要素をもつ。それを説教くさくなく描けるのが住野よるさんだな……と思った。最後を飾るにふさわしい読後感の作品。

 家に帰ると毎日知らない「友達」がいる。知らないけれど、「友達」であるということはわかる。「友達」と話をして、ときには悩みの相談にのったりもする。そんな桃の日常。今までは同じ「友達」が二度現れることはなかったのに、突然均衡が崩れる。

 これも短編ならではというか、詳しい説明がこれ以上なされていないのがいい。外の世界とはなんなのか。主人公・桃が置かれている環境は一体なんなのか。桃をこの世界から外へ連れ出そうとする彼女はどういう存在なのか。全然わからない。でも、わからなくていい。主人公・桃は知りたいと思わなかった。外の世界に「行きたい」と思わなかった。外の世界に「行きたくない」から、今まで通りの世界を選んだ。まさかこのテーマでこんな話が出てくるとは思わなかった。

 本当の人生かどうかなんて、本人にしかわからない。それは他者が決めることではない。阿川さんの短編もそうだけど、自分と他者は違う存在であるということを、人間は往々にして忘れてしまう。意識していたいな、と改めて思った。

 

 

 

 

 どれもちょっとひねくれた「行きたくない」が描かれていて、そうそうこれだよこれがいいんだよこの作家陣でストレートで優しい話なんて求めてないんだよ~って気持ちになった。

 全体的に「相手の気持ちをはかること」への疲れとかすれ違いみたいなものが描かれた作品が多くて、「行きたくない」という気持ちには行った先で誰かと会うことを重たく感じる要素が強いのかなと思った。

 私は正直どこにも行きたくないし、この「どこにも行きたくない」は「どこかに行きたい」でもあるんだよな~って思って頭を抱えています。どこかに行きたいからすぐふらふらと外を歩いてしまう。休みの日は家にいられないタイプ。

 

 私だったら収録順は阿川さん→小嶋さん→渡辺さん→奥田さん→加藤さん→住野さんにしたいなって思った。この順だと私の中の印象がグラデーションになって気持ちいいんじゃないかなと思う。あくまで私としては。読後感というか読んでいるときに出る脳内物質的なものを色にすると赤→生肉色→青→暗い青→無色透明→クリーム色って感じです。伝わるかな。伝わらないかな……

 

 このアンソロジーをきっかけとしてお気に入りと呼べる作家さんにも出会えたので、ただの一冊という以上に有益な一冊でした。

 

 ちなみに執筆陣の他の作品の感想はこちら。

penguinkawaii.hatenablog.com