届けっ、愛の言葉 ―NEWS15周年によせて―


 NEWS、15周年おめでとう!
 大好きなNEWSの大好きなところを並べて、15周年のお祝いとしたいと思います。

 

 

・4+FAN

 ファンタスティック(fantastic)という言葉には2通りの意味がある。「素晴らしい」という意味と、「fantasy」の形容詞形=日本語でいう「ファンタジック」という意味だ。NEWSはどちらの意味も兼ね備えている。
 「White」以降のNEWSのコンサートはコンセプトを絞り、それに沿った物語を展開させている。「QUARTETTO」の劇場のようなセットにも圧倒されたし、「NEVERLAND」は昔読んだ児童文学のような世界観でわくわくした。「EPCOTIA」は宇宙がテーマになっていて、アルバムのパッケージもデジチケのレシートも凝っていて、コンサートが始まる前から大好きなSFの世界が広がっていた。コンサート会場が、まるで夢の空間になる。何かの物語に迷い込んだかのような気分になる。コンセプトを強く打ち出したコンサートでなくたって、このあいだのStrawberryも、そこはやっぱり夢の空間だった。お城のセットなんて、非日常にもほどがある。日常から抜け出して向かう非日常。
 私は割と日常がしんどい人間なので、たまに逃げたくなる。実際には逃げる先なんてどこにもないから、会社を休んで一日中寝てみたりする。しかしそれでもチャージしきれない。体だけでなく心も疲れていて、心の疲れは睡眠だけでは回復しないらしい。
 そういうときに支えになるのは、NEWSのコンサートだ。日常を抜け出して、非日常へ連れて行ってくれる。会場が東京ドームだろうとさいたまスーパーアリーナだろうと味の素スタジアムだろうと、私が向かうのはそういった「場所」ではなくて、「非日常」へと向かうのだ。非日常への入り口がたまたま東京ドームとかさいたまスーパーアリーナだとか味の素スタジアムにあるだけの話。
 いろんなものがのしかかってぺちゃんこになった心に空気を入れるように、非日常を摂取して心が生き返る。どれだけ体が疲れても、心が元気になる。また日常を生き抜いていこうという力をくれる。本当は、そうやって頼るのはあまりよくないことなのかもしれない。ちょっと贅沢な楽しみ、くらいに思っていたほうが健全なのかもしれない。でも私は、この非日常を糧に日常を生きている。日常が愛おしくないわけではない。愛すべきところも沢山ある。でも、どうしようもないことも沢山ある。どうしようもなくて、どうしようもない。またうまくいかなかったなぁ、どうすればよかったんだろうなぁと、悩んでばかりいる。でも、コンサートで沢山の夢を浴びて、非日常に浸って、そんな景色をNEWSと共有することで、悩んでいることも「ちゃんと悩もう」と思える。ちゃんと悩んだら、答えが出るかもしれない。答えは出なくても、打開策が見つかるかもしれない。そういう一歩を踏み出させてくれる。そのためのエネルギー、非日常。
 そんな素晴らしい非日常を、NEWSは見せてくれるし、一方的にじゃなくて、一緒に見てくれている、と感じる。ありがとう。

やっぱ 僕らファンタスティック!

 


・EPCOTIA

 NEWSのすごいところは「絵空事なんかじゃない 僕らは此処にいる」と「やっぱ 僕らファンタスティック!」が両立するところ、と日々言っている。だって両立するんだもん。というか、一方がもう一方を際立たせるといった感じ。
 コンサートという非日常の空間だからこそ、NEWSがそこにいるリアルが際立つ。「絵空事なんかじゃない 僕らは此処にいる」と歌う曲でコンサートが幕を開ける。
 アイドルだって人間で、笑ったり泣いたりする。ごはんも食べるしトイレにも行く。嫌なことがあった日はへこむだろうし、嬉しいことがあった日はるんるんしているかもしれない。アイドルはファンを楽しませたり喜ばせたりするためにいるのかもしれないけれど、アイドルにも人間としての生活がある。人生がある。命がある。だからこそ、コンサートで、ファンの目の前で、ステージの上に立って歌ったり踊ったり笑ったり泣いたりする。
 彼らがリアルタイムでそこにいること、そこで生きていること。それってすごく奇跡的なことだ。人類の誕生が(諸説あるが)700万年前だとして、人間が生きていられる時間は多く見積もっても100年くらいで、その100年のうちのいくらかが重なっているから同時にこの世界に存在しているわけで、しかもアイドルになってくれなければ出会えなかったわけで、そう思うと途方もない気持ちになる。それこそ、夢なんじゃないかなって思ってしまう。でも、NEWSは歌う。「絵空事なんかじゃない 僕らは此処にいる」と。

絵空事なんかじゃない 僕らは此処にいる

 

 

・LVE

 私が見てきたのはNEWSの15年の一部でしかないけれど、少なくとも私が見てきたあいだ、特に今、NEWSはNEWSのことが大好きなんだなって思う。
 NEWSを繋ぎ止めようとして小説を書いた加藤さん。当時の彼の思いは間に合わなかったけれど、4人になってからも「NEWSを知るきっかけになれたらいい」と書き続けてきた。小説が評価され、どんどん自信をもった顔つきになっていったこと、忘れられない。きっと、小説が評価されたことだけじゃなくて、NEWSに貢献できたことも自信につながったんだろうなって思う。
 NEWSを「NEWS」として続けるために奔走した小山さん。何度だって思うんだけれど、これからも続けていきたいという話をしに行ったときに「もうやめろ」って言われたときってどれほどの絶望なんだろう。それでも、4人の意思をまとめて、再スタートを切った。それに、4人になってからしばらくは、小山さんは他の3人の居心地のいい場所になるように動いていたように見える。今だって随所にそういうところが見られる。どれもこれも、NEWSに対する愛がなければできないことだったと思う。
 明るくて強気なエース・手越さん。最近は、コンサートでもたまに彼の涙を見ることがある。子供みたいな顔をして泣いているところを見ると、どれだけのものが彼の肩に乗っかっているのかなと思ってしまう。グループの中でも目立つ存在であることは、必ずしもいいことだけではない。なんていうか、彼はNEWSの盾なのかなと思う部分もある。でも人間なんだし傷つくことだって沢山あるだろう。NEWSのことが好きだからその役割を担えるんじゃないかなと思う。
 ひとつのツアーにつき1着ずつ、メンバーカラーの衣装を作っていた増田さん。そんなの、なんかもう、愛だよ。まだ15周年のお祝いのコンサートがあるかどうかなんてわからなかった頃から、それぞれの色の衣装を作っていたなんて。しかも、その人に一番似合う衣装に見えた。そもそも衣装を作ることだって、自分勝手に好きに作るんじゃなくてメンバーの意見も取り入れて作っていて、それって愛だなって思う。
 4人とも、NEWSのことを愛していて、揺るぎない希望をもって、NEWSの未来を見ている。すごく頼もしい。これからどんなことが待っているんだろうってわくわくする。
 私の好きな人たちが自分たちのことを好きでいてくれるのってすごく嬉しいことなんだね。

愛がなければ生きていけない
希望がなければ前へ進めない

 


・madoromi

 コンサートで「madoromi」を聴いたとき、NEWSは私のこと好きでいてくれてる、と思った。あまり大きな単位で語りたくないから「私」と言っているけれど、「私」という個についてではなく、この曲を聴いているファンのことを、遠くでNEWSを思っているファンのことも、好きでいてくれてると思う。でも実際コンサートにいると「私」が愛されていると感じるのも本当だから、言葉にするのはちょっと難しい。
 「愛してる」って思うことは私が「愛してる」って思えばそれで成立するから珍しいことではないと思うのだけれど、「愛されてる」って思うことは相手がこちらを愛していると伝わる言動や態度がないと実感できない。たとえば恋人や配偶者だったらすぐ近くにいることが多いので、言葉で「大好き」って伝え合うことができるけれど、アイドルやアーティストではそうはいかない。でも、私はNEWSに愛されているって思える。年に何度会えるかって感じなのに、愛されていると実感している。NEWSの歌う「君を好きなこと/また会えるまで 忘れないで」という歌詞は、そのままNEWSの気持ちとして私に届いている。
 でも、この歌詞はNEWSから私への気持ちというだけではなくて、私からNEWSへの気持ちでもあると思う。少なくとも私はそうだ。あなたのこと大好きだよ。会える機会は頻繁にはないけれど、それでもあなたのこと大好きだよ。会えないときもどうか忘れないでほしい。あなたが笑ったり、おいしいごはんを食べたり、友達と楽しく喋れたり、ゆっくり眠れたり、気持ちよく起きられたり、嬉しい出来事があったりしたらいいなぁと思っている人がいることを。あなたが幸せでいてくれるだけで嬉しいと感じる人がいることを。

君を好きなこと
また会えるまで 忘れないで

 


・U R not alone

 コンサートは、NEWSと一緒に見ている夢だから、こんなにきらきらしているんだと思う。NEWSのコンサートはすごく双方向というか、「届いた」って思える瞬間が何度もある。うちわなんか見てもらえない距離でも、天井にほど近い席でも、「届いた」って思える。
 たとえば、「U R not alone」。部分的にファンに「歌って!」って言う曲は他にもあるけれど、「一緒に歌う」というスタイルが確立したのはこの曲からだと認識している。「一緒に歌う」って、一人では絶対にできない。録音して重ねることはできるかもしれないけれど、それは誰かと一緒に歌っているわけではない。だから「一緒に歌う」という行為自体が「U R not alone」を表しているともいえる(こういう、意味に意味を重ねるようなメタなところもNEWSの好きなところのひとつだ)。
 私は、ファンが歌うパートがあるというのは信頼されているのと概ね同じことだと思っている。信頼のかたちにはいろいろあるけれど、そのひとつだと思う。というのもファンが歌ってくれると思えなかったら「歌って」とは言えないと思うからだ。私はその信頼に全力で応えたくて、NEWSが「歌って」って言ったら全力で歌う。
 歌うことというのは、「今ここにいること」を表す手段でもある。歌った声は、同じ場所にいる人たちに届く。ステージの上のNEWSにも届く。私がコンサートで「今ここにいる」と思える瞬間が大好きで、だから「歌って」と言われることが嬉しい。

 歌うことは、気持ちを伝える手段でもある。NEWSがそういう想いで歌っているから、NEVERLANDオーラスの「U R not alone」の合唱が起きたのだと思う。そこに乗っている気持ちにはいろんなものがあったと思う。私はNEWSが好きだよって気持ちを伝えたくて歌った。多分だけど、伝わったんじゃないかなぁと思っている。

例えばこの声が届くならば誰でもいい
聞こえますか 胸張ってさあ叫ぶんだ
全部詰め込んだこの宣誓を

 


・愛言葉

 NEWSのコンサートに行っているとき、あぁ私ここにいて良かったって心の底から思える。いろんなつらいことがあって、死にたかったことだって一度や二度じゃなくて、ろくに記憶がないくらいつらい時期もあって、でもそういったものを乗り越えて今ここにいて良かったって思う。毎回思う。
 なんていうか、「君が来てくれて良かった」って思われている気がする。ここでいう「君」は私個人ではなくて「ファン」に対するものだ。ファンという不特定多数だけど、でも1対1みたいな距離感で「君が来てくれて良かった」「君がここにいれくれて嬉しい」って感じが伝わってくる。NEWSが全力で歌うことや、ファンが歌うパートが沢山あること、そういったことから伝わってくる。
 初めてNEWSのコンサートに行ったときからずっと、愛されているなぁと感じている。天井にほど近い席のときも、アリーナのときも変わらない。NEWSから直接愛が届いて、そして愛を届けられる、そんな空間だと思う。沢山愛を届けてくれて、そして受け取ってくれて、ありがとう。

 勿論、そんなふうに思わない人だっている。みんながみんな同じように受け取るわけではないから、別にいいと思う。だけど、私がこう思っていることも否定されたくはない。私がこう思っているということは、私にとっては動かしようのない事実だから。届かない人がいるなら別にそれはそれでいい。私だって、他のアーティストがどれだけ思いをもって歌った曲やどれだけ伝えようとして言った言葉が届かないことだってあるから。でも少なくとも、私には、NEWSの言葉が届いている。

どんな時も たくさん伝えるよ 届けっ、愛の言葉

 

 

・HAPPY BIRTHDAY

 頭と心が死んでいたとき、私を救ってくれたのはNEWSだった。出会ったのはもっと前だったし、好きになったのももっと前だったけれど、私を生き返らせてくれたあのときのことは忘れられない。感謝しかない。ありがとうってたくさん伝えたい。
 小山さんが、加藤さんが、増田さんが、手越さんが、それぞれアイドルになってくれたこととアイドルでいてくれることにもありがとう。アイドルはアイドルとして生まれたわけではなく、沢山ある職業のうちのひとつでしかない。だから、辞めようと思ったら辞められる。辞められないわけじゃない。それでも、辞めないでいてくれてありがとう。いつかもし辞めるときがくるまで、沢山の大好きとありがとうを伝えたい。多分、辞める選択をしたと知ったとき、大好きもありがとうも伝えきれていないと思ってしまうのだろうけれど、それでも伝えたいって思う。
 NEWSのおかげで、ブログを始めた。いろんな人と知り合うことができた。めちゃくちゃ悩んでいるときに、その悩みを相談できる人もいる。NEWSが繋いでくれた出会いが沢山ある。それらについても、感謝の気持ちだらけだ。

 もしかしたら、何かのタイミングが違ったら、あのとき私を救ったのはNEWSではなくて他のグループだったかもしれないし、他のアーティストだったかもしれないし、音楽やアイドルじゃなかったかもしれない。でも、私にとってはNEWSだった。私が好きになったのはNEWSだった。
 誰かが誰かの大好きなものを大好きでいるように、私はNEWSのことを大好きでいる。「好き」なんてそこらじゅうにありふれていて、でもそのひとつひとつすべてが特別なものだ。
 誰かがくだらないと捨てたものは、別の誰かの宝物かもしれない。誰かが愛おしいと抱きしめたものは、別の誰かから見たらおぞましい何かかもしれない。誰の見方も正しくて、誰の見方も正しくない。「ありのままの真実」なんて、誰にも見えない。
 だから、誰かが大好きだと、大切だと思っているものがあるのなら、それは他者が勝手に蹂躙していいものではないし、できるものではないし、できないって思いたい。どれもすべて、ひとつのこらず、特別なものなのだから。
 これからも、このありふれた特別を大切にしていきたい。

 

 NEWS、15周年おめでとう!大好きだよ。
 これからも一緒に、たくさんの夢を見ようね。

 

生まれた事 出逢えた事
今 傍にいれる事 「ありがとう」