いとおしいひとたちの物語 ―『チュベローズで待ってる』感想―

※『チュベローズで待ってる』ネタバレ記事です。

 『チュベローズで待ってる』、読了しました。加藤さんが書いた小説の中で、もしかしたら一番好きかもしれないと思うほどに面白い小説だった。今までで一番エンタメの度合いは高いのに、だからといって考えることが何もないわけではない。読んだ人の心にいろいろな思いを残すような作品だった。
 ああでもないこうでもないと考えてしまうことを自分の中だけに押しとどめておくことができないので、感想なのか考察なのかよくわからないメモを残しておくことにします。相変わらず主観以外のなんでもない文章かつネタバレ満載ですので、未読の方は自己責任で先へ進んでください。

 

 

 

 

 

美津子の人物像

 物語に登場する男たちを狂わせた存在、美津子の描き方がすごく良かった。
 まず、全体としては美津子の人物像は掴みづらいものとして描かれている。最初に光太の前に現れたときには地味で大人しいイメージだが、八千草の語る美津子は仕事ができてはきはきとしている印象だし、ユースケの思う美津子は母よりも親しみのある存在であることがわかる。そして最後に美津子自身が周囲に流されるままに生きてきたと語っている。これらのイメージを一人の人物像として集約するのは少し難しいような気がしてしまう。今までの加藤さんの作品に出てくる女性たちの多くが持つイメージ(恵はそれに近い。どことなく空虚な感じがする)ともなんとなく異なる。中身がないのではなく、ありすぎるのだ。
 けれど、物語の中では美津子の強みとして「相手に合わせて如才なく振る舞う対応力」が挙げられている。つまりこの一見バラバラにも見える美津子のイメージはその対応力の現れなのではないかということが考えられる。美津子という人物がそこまで魅力的なのかどうか懐疑的な気持ちで読んでいたが、相手に合わせて振る舞う対応力のある美津子だからこそ相手の欲しい言葉や行動を的確に把握することができて男たちを狂わせたのだろうし、美津子本人としては相手に合わせることができてしまうがために流されるままに生きてきたという評価になるのだろう。
 それに、この物語の語り部である光太が美津子のことを掴みきれていないから彼女の姿がはっきりと見えてこないこともなんとなく納得できる。美津子という人物の描き方がめちゃくちゃに上手くて、というか彼女について何もかもに都合がついていることが凄くて、私もまた男たちと同じように彼女に翻弄されてしまっているのだなぁと思った。

 

様々な要素の多重構造

 『チュベローズで待ってる』は(主に『~age32』で)謎が次々と展開する構造をもっているが、他にも注目すべき箇所がいくつもある。伏線と呼ぶべきものか否か迷うところだが、ここではとりあえず多重構造と呼ぶ。物語を解決へ導くヒントというほどではないものの、物語に深みを与えるためには不可欠なものだ。関係性が多重になっているものもあれば、状況や行動の動機が重ねられているものもある。

・父と子
 全編にわたって「父と子」という構造も多重で用いられている。実の親子と疑似親子としての関係が幾重にも重ねられているのだ。
 まず『~age22』ではチュベローズの「パパ」である水谷と雫の疑似親子関係があり、そこに水谷と亜夢という実の親子の関係も絡んでくる。『~age32』では光太と亡くなった父の関係が明らかになり、光太と八千草が一瞬疑似親子になりかける場面も出てくる。美津子が左遷されるきっかけも、加賀宮明と父である加賀宮智寛との関係が絡んでいるし、そして更に美津子のお腹にいた子が八千草(兄)の子供であるということも物語の重要な要素のひとつだ。父と子という関係が幾重にも重なり合い、絡み合い、物語に更なる深みを生み出している。
 
・復讐
 『チュベローズで待ってる』で繰り広げられる謎には「復讐」というキーワードが重要なものとなってくる。まずは『~age32』で起こる、ゴーストタウンが抗議されているという事件。紐解いていくと最終的に榊夕実による復讐に辿り着く。そしてそのキーワードは八千草(兄)と美津子の関係にも響いてくる。彼は、美津子の行為は自分への復讐だという。そして実際に美津子は復讐を目的として光太に近づいたのだと語る。伏線というほど大きなものではないと思うが、わざわざ復讐という動機が重ねられているということを無視することはできない。というかしたくない。というか嫌でも目についてしまう。
 復讐というエゴイスティックな行為は、自分勝手な人間を描いたこの物語にとても似合うと思う。

・人生の/幸せの絶頂
 この多重構造でマジ勘弁してくれよと思ったのは八千草(兄)と美津子の部分だ。もうほんと勘弁してくれ。私はどんな伏線よりもこの二人に重なる部分があるように描かれていることが一番ぐさぐさと刺さってしまった。物語の構造としてあまりに上手い。
 八千草(兄)は八千草の頭脳として二人でひとつの存在であるように生きていたが、美津子と出会ったことで自分の肉体の実感を取り戻し、美津子に子供ができたことで弟とひとつの存在ではなく個人としての生を取り戻す。八千草(兄)は「まさに人生の絶頂だった。」という言葉で表現している。
 美津子は八千草(兄)への復讐を意図して光太と出会ったが、次第に光太に惹かれていく。そして「もっと生きてしまいそうだった」と語る。しかし彼女は「幸せの絶頂」で死ぬことを決めていた。
 八千草(兄)は「人生の絶頂」を味わうも、それを弟に奪われる。しかし彼は美津子よりも弟を選び、個人としての生よりも弟とひとつの存在として生きることを選んだ。不幸を味わった美津子は誰かに「幸せの絶頂」を奪われる前に自ら死ぬことを選んだ。八千草(兄)と同じ手法で彼に復讐しようとする美津子を八千草(兄)と重ねることはたやすいが、そこにこんな対比をぶち込んでくるの、本当勘弁してくれ。あまりにも良すぎる。

 

『ピンクとグレー』との相似点、相違点

 ダ・ヴィンチのインタビューで加藤さんが語っていたように、『チュベローズで待ってる』は『ピンクとグレー』を思わせる部分がある。その相似点と相違点に注目して読んでみたい。

 二作品に共通する最も大きな部分は主人公が「死」と対峙するという点だろう。
 『チュベローズで待ってる』は『~age22』の最後で美津子が自殺する。後編である『~age32』では様々な謎が展開するが、最も大きな謎として作品の核となっているのは「なぜ美津子は自殺したのか」だ。光太は美津子の死の謎を追うこととなる。一方、『ピンクとグレー』ではごっちが自殺(美津子もごっちも首吊りによる自殺)する。主人公であるりばちゃんはごっちについての本を書き映画の中でごっちを演じ、ごっちの人生をトレースすることで「なぜごっちは自殺したのか」という謎に迫っていく。『ピンクとグレー』はミステリ仕立てではないが、りばちゃんの中にごっちの死の真相を知りたい(というよりはごっちをわかりたい)という思いがあることは読みとれる。
 また、それぞれの死の理由として「限界」という共通点も見えてくる。『チュベローズで待ってる』の美津子は幸せの絶頂で死にたいと思っていたと語っている。幸せの絶頂、それは言い換えれば幸せの「限界」ともいえよう。『ピンクとグレー』のごっちは表現者としての「限界」を見てしまったために、表現者としての自分=白木蓮吾を完成させるために死を選んだ(と私は思っている)。
 構造としては非常に似ているが、決定的な違いがある。それは、死んだ相手から回答を得られたかどうかだ。『チュベローズで待ってる』の光太には美津子から動画メッセージが遺されており、本人の口から「なぜ美津子は自殺したのか」の答えが語られる。ダミーの答え(会社の金の横領など)で様々に翻弄された結果、真実は本人の言葉で語られることとなる。「あなたに会えたことが嬉しかったから 私は死にます」という、明確な答えが。一方、『ピンクとグレー』のりばちゃんにはごっちから明確な回答は与えられない。ごっちの死の真相かどうかもわからないけれど、ごっちの死に姉が影響しているということはごっちが姉が死ぬつもりでダンスに挑んだ=姉は自分の限界を知っていてやれる限りのことをしたと知っていたと明かすビデオからわかるが、それはごっちの意思でりばちゃんに渡されたものではない。つまり、ごっち本人から死の真相が語られることはない。しかし、ごっちからの手紙には「りばちゃんのせいで死んだんじゃないよ」ということだけは書かれている。美津子とごっちの死は非常に似た性質を持ちながら、主人公がその「死」に与えた影響は大きく異なる。一方は幸せの絶頂で死にたい=主人公に会えたことが嬉しかったから死を選んだ、ということが語られる。もう一方は死の真相については語らず、しかし主人公のせいではないということは本人から名言されている(それがごっちの本心かどうかはわからないが、少なくともそう書かれている)。
 また、死と対峙する主人公たちがそれぞれ死に囚われていることも似た構造となっている。『チュベローズで待ってる』の光太は美津子が思った通りの行動をしてゴーストタウンやタウンメーカーを作り上げたし、『ピンクとグレー』のりばちゃんはごっちについての本を書き、映画の中でごっちを演じる。
 しかし、光太とりばちゃんにも決定的な違いがある。相手への理解のかたちだ。光太は美津子のことを美津子が語った以上には理解しようとしていない。「自分勝手」という言葉を用いることによって、自分が美津子のことをそれ以上わかることができないということ、自分と美津子のあいだには大きな溝があることをわかっている。しかし、りばちゃんはごっちのことを自分が最もわかっていたはずだと思い、最終的にはごっちになろうとする(ごっちを演じることでごっちと一体化しようとする)。
 二作を比較すると、死について「あなたのせいだ」と言われることと「あなたのせいではない」と言われること、他者について「わからない」という線を引くことと「わかったつもりになる」ことの対比が見える。一体どちらが幸せなのだろう。あるいはどちらも幸せではないのかな。

 

人と人とのわかりあえなさ

 この物語に出てくる人々の間には、わかりあえない溝がある。たとえば光太と恵。二人が芽々についての話をしている場面を見ていると、もっと話し合えばわかりあえる部分もあるかもしれないと思えてくる。それぞれに、独りよがりで勝手な思い込みで物事を進めているように見える。『~age32』では芽々が行方不明になるが、それの原因も突き詰めて考えれば光太と芽々の対話が足りず、互いに思いがすれ違ってしまった結果ともいえる。美津子と妹・悦子だってそうかもしれないし、悦子と息子・ユースケだってそうかもしれない。そんなふうにわかりあえない人々が、沢山出てくる。
 人々はなぜわかりあえないのか。そこにいる二人が同一人物ではないからだ。それぞれが自分の行動や考えていることが正しいと思い込んで、相手をわかろうとする努力を、対話を怠っている。八千草兄弟でさえわかりあえない部分があった。彼らもまた、同一人物ではなく他者同士だからだ。
 人と人との間にあるわかりあえなさは、それぞれがそれぞれにとって他者であること、ひいては自分が自分であること、そういうエゴから生まれ来る部分でもある。というわけで次の項へ。

 

人間のエゴ

 『チュベローズで待ってる』には、自分勝手な人たちが沢山登場する。
 美津子は光太に出会えたことが嬉しかったから死を選んだ。本人が「わがまま」とわかっているように、とても自分勝手な行為だ。光太も美津子のことを「自分勝手」と表現する。美津子の死は、美津子が光太を愛していたことの証明である。証明して見せる相手は他でもなく美津子自身だ。美津子は自分自身に自分の愛を証明したのだ。美津子が光太に向ける愛は美津子の中で完結しているともいえるだろう。それはとてもわがままで自分勝手な行為だと思う。
 しかし、そんな自分勝手な部分を持っているのは美津子だけではない。物語に登場するすべての人々が、あるいは物語を書いた彼も、そして物語を読んでいる私もそうだ。
 今までの加藤さんの作品にも、人間のエゴは描かれていた。人々のなまぐささというか、人間の生きているにおいがする作品が多い。生きるということは、そこに「自分」がいるということである。生きることととエゴとは切り離すことができない。そんなエゴの部分が明確に描かれているのが『チュベローズで待ってる』だ。
 すべての真実を知った光太は、「死にたい」と思うほどの経験をしたけれど死を選んではいない。「死にたい」と思いながらも死ねない。生きている。それはこの物語を読んでいる人にも当てはまる部分があるのではないだろうか。加藤さんの作品にはそういった人々への救いになるようなところがあるような気がする。少なくとも、私は救われている部分がある。

 

 『チュベローズで待ってる』は人間のエゴであったり、人と人のわかりあえなさが明確に描かれている。今までの作品と比較してもわかりやすく、明確なことばで描かれているように見える。ちょうど自分が最近まで悩んでいたことがそういうことに関する部分だったから、とてもタイムリーだった。
 
 私はシゲ担だから、いくら『チュベローズで待ってる』が面白いという話をしても、贔屓目で見ている部分があるのではないかと思われてしまうだろうし、全くないと言い切ることは難しい。悔しい。加藤さんのことを既に好きな私が『チュベローズで待ってる』のことをどれだけ面白いって言ったって、全然届かないんじゃないかと思ってしまう。加藤さんのことを少しも知らない状態で読める人が羨ましいと思うくらいだ。なんとなく気になってこの本を手にとって、面白さにボコボコにされて、そして加藤さんのことを調べて知って更にボコボコにされたかった。『チュベローズで待ってる』出のシゲ担になりたかった!!!
 謎に対して答えが提示されたかと思いきや、その答えはダミーでまた謎が深まったりする。そしてすべての謎の根元にあるのは人間のエゴなのだ。複雑に絡み合う謎を複雑にしているのは人間のエゴ。こんなに、こんなに愛おしい物語を読むことができるなんて。加藤さんの小説は、読んだ後に人間が愛おしくなる。自分のことすら愛おしくなる。

 加藤さんのことは全然わからないけれど、加藤さんの書いた本のことはわかる。あーーーこんなに面白い本を書く人のこと好きで良かった!幸せ!

 

 

 

チュベローズで待ってる AGE22

チュベローズで待ってる AGE22

 
チュベローズで待ってる AGE32

チュベローズで待ってる AGE32