君と一緒に夢を見る ―NEWS14周年によせて―

 NEWS、14周年おめでとう。また今年もこの日を祝えて嬉しいです。
 今日のために何かを書いたとしてそれがなんだと思うのだけれど、それでもやっぱり何か書きたくて、NEWSの好きなところを(今までも何度も書いてきたけど)また改めて並べたい、と思います。

 

 手越さんの笑顔が好きだ。
 友達と集まったときに「ザ少年倶楽部プレミアムKinKi Kids光一さんゲスト回のプレミアムショーをメンバーそれぞれに焦点を合わせて見る、というのをやってみた。いつも音楽番組を見ているときはどうしても加藤さんに目がいってしまうので、それ以外のメンバーにずっと注目して見るというのは新鮮な体験だった。
 手越さんはずっと笑っていた。その歌詞にはその笑顔じゃないよ、なんて思わず笑ってしまうくらい、手越さんはずっと笑顔を絶やさなかった。歌いながら踊りながらずっと笑顔でいるなんて、簡単にできることではない。しかも、歌いなれていないであろう先輩の曲でもその笑顔を崩さない。今更ながら、手越さんが「アイドル」であるということを思い知らされた。
 それに、手越さんの笑顔には、とても強い力があるように感じられた。笑顔で歌う手越さんを見ていると、どんなに暗い歌詞を歌っていても手越さんが救ってくれそうな気がしてくる。圧倒的な光属性というか、圧倒的RPG主人公オーラというか、世界を救うのはこういう人なんだろうなと思ってしまうような力がある。手越さんならどんな相手にも「誰かを助けるのに理由がいるかい?」って手を差し伸べるんだろう。
 手越さんがコンサート等でファンに向ける優しい笑顔も好きだ。コンサート映像を見ると、手越さんが「あ!見つけた!」という顔で手を振っている場面がある。ファンはコンサートの日を楽しみに待っているけれど、手越さんもまたファンに会えるコンサートの日を楽しみにしているんだ、とわかる。ファンのことが大好きすぎてデレデレになってしまう笑顔も好き。
 メンバーと話して、口を大きく開けて笑っているのも好き。アイドルの笑顔と違って、等身大の男子感があって、世界も救えちゃいそうな主人公の手越さんもひとりの人間なんだと実感するし、何よりかわいい。
 15周年に向けて、手越さんが笑顔になれることが沢山起きますように。


 増田さんのクリエイティブに貪欲なところが好きだ。
 貪欲というかストイックというか、自分の思い描くものを実現するために努力も時間も惜しまないところがすごいと思う。他のジャニーズのコンサートに行ったりジャニーズ以外のコンサートにも行ったり、自分のインスピレーションになるものは何でも取り入れようとしていくし、言わないだけできっといろいろなものをインプットしていて、きっと増田さんの中には膨大な情報が詰め込まれているのだと思う。想像を絶するほどに。
 私はNEWSのコンサート衣装がすごく好きだ。メンバーである増田さんが手掛けているから、作りたいコンサートの一部として衣装が機能しているように見える。コンサートから衣装だけが浮くことはないのに、ひとつひとつの衣装のインパクトもある。奇抜なのに馴染むって、すごいことだと思う。そして何より「4人揃ったときが一番きれいに見える」というかたちなのがNEWSらしくて好き。NEVERLANDの衣装も、4人が一緒に踊ったり歩いたりしているときが一番美しく見えるように思えた。私には視覚的な美のセンスが壊滅的にないので衣装の善し悪しは今ひとつわからないのだけれど、NEWSのことをよく考えて作られているということはなんとなくわかる。
 きっと何度も打合せや試行錯誤を重ねて辿りついたものなのだろう。コンサートの準備時期になると、メンバーから「まっすーから衣装についての連絡が来る」とか「衣装の打ち合わせがあるからまっすーだけ打ち合わせの時間が長い」というような話が出てくる。いいものを作るための努力も時間も惜しまないところ、そしてそれを自分からはあまり表に出さないところ、とても恰好いいなと思う。
 それに増田さんは衣装を作って終わりなのではなく、更に改良を進めていくところもすごい。小山さんの「EMMA」の衣装、最初は襟の刺繍?がなかったけれどいつのまにか増えていた。コンサートの衣装も少しずつ変わっていくというし、より良くカスタムしていくことにも手を抜かない増田さんの貪欲さが見える。
 15周年に向けて、増田さんのつくるクリエイティブな世界を沢山見られますように。


 加藤さんの人間らしさが好きだ。
 加藤さんってすごく生身の人間で、この人を切ったら赤い血が出るんだと信じて疑わせない何かがある。「アイドル」という偶像でありながら生身であり続けることって簡単なことではないと思う。
 お正月をどうやって過ごしたとか、夏フェスのタイムテーブルとか、そんなことまで教えてくれる。加藤さんのラジオを聴いていると、まるで居酒屋で友達の話を聴いているみたいな感覚になることもある。「あのバンドがよくて」とか「この映画が面白くて」なんて話をこっちが拾いきれないくらいしてくれるのに、彼は友達ではなくアイドルなのだ。不思議。
 加藤さんの人間らしさはそれだけではない。「変化」という人間らしさもある。私が初めて好きになったときの加藤さんと、今の加藤さんは全然違う。別人、とまではいかないけれど明らかに違う。その変化は「成長」ともいう。
 20代前半から、加藤さんのことを見てきた。加藤さんはどんどん成長していって、それを見ている私は自分なりに努力をしても全然追いつけなくて取り残されたような気持ちになる。そもそも追いつこうだなんて思っていたのが間違いだと気付いたのはここ最近のことだ。私の道と加藤さんの道は違うのだから、違う道を歩いているのに追いつくも何もない。
 私は加藤さんのことが大好きで、でも大嫌いと思う部分もある。相反する感情を、彼に対して全力で抱いている。多分、大好きと思う気持ちが大きくなればなるほど大嫌いと思う気持ちも大きくなるのだろう。振り子ほどの安定感はなくて、空中ブランコみたいにいつもちょっと不安定に揺れ続けている。我ながら面倒だなと思うけれど、自然とこういうかたちになったのだから意識的に変えられるものではないので仕方がない。
 でもきっと、大好きと大嫌いがこんなにも私の胸に湧きおこるのは、加藤さんがあまりに人間らしいひとだからだと思う。私は加藤さんの人間らしさの一端は自分の感情に素直であることというのも含まれると思っていて、だから私も己の感情に誠実でありたい。
 15周年に向けて、加藤さんの人間らしさが沢山見られますように。


 小山さんの自然な気遣いが好きだ。
 私はきっとこういう大人になりたかったんだろうなと小山さんの気遣いを見るたびに思う。こんなふうにできたら、きっと私は自分のことをなんの衒いもなく「大人」と呼べたのだろう。そういう意味でも、私は小山さんに憧れている。台本にスタッフへの感謝の気持ちを書いて楽屋に置いておくとか、そういうひと手間を手間と思わないでやれる小山さんって本当にすごい。「気遣い」って、なくても問題ないものだと思う。なくても問題はないけれど、あったら嬉しい。そういう小さなプラスを積み重ねていく努力もすごいなと思う。
 常に周囲に気を配っているから、今自分が求められる役割はなんなのかを瞬時に察知できる。特に「NEWSな2人」ではそれが顕著だと思う。場がとがった空気になってきたらバラエティっぽさを出してやわらかくできるし、誰かの意見を一方的に悪者にしないように寄り添うこともできる。小山さんの優しさの成せる技だ。小山さんの優しさはお仕着せがましくなくて、「自分がやりたいからやっている」という感じがする。そんなの受け取り方次第だろうといわれたらそうなのだけれど、私にとっては私がそう感じたということが大切なので別に問題はない。
 小山さんの気遣いは、自分と誰かを繋ぎとめる手段のように、私には見える。というか私が「気遣い」というものをそういうふうに捉えている。芸能界という場所で生きていくうえでは、自分と誰かを繋ぎとめる能力ってすごく重要なのではないかと思う。普通に会社員をやっていても必要な能力だと痛感するのだから、個人に対して仕事のオファーがあるような世界では余計にそうだろう。
 常に誰かに気を遣っているように見えるから、そんなふうにしていて疲れないのかなと心配になるときもある。見ていて憧れるけれど、自分が全然できない分野だから余計にそう思ってしまう。けれど小山さんが2017年お正月の夜会で「メンバーに興味がなくなった」と言っていて、そう思えるようになったんなら少し安心だな、と思った。繋ぎとめようとしなくてもいなくならないって思えるようになったんだって、勝手に嬉しくなった。勿論これは私の勝手な思い込みであって、正解か不正解かはわからない。でも、小山さんが必死に繋ぎとめた「NEWS」というものが、もう崩れることはないと安心できたのなら、少なくとも私がそう思えたことが、嬉しい。そんなふうに思いながらも、小山さんの自然でさりげない気遣いは私の憧れなので、それもずっと見ていたいなぁと思ってしまう部分もある。わがままでごめんねと思うけれど、それだって小山さんは笑顔で許してくれそうな気がする。
 15周年に向けて、小山さんの気遣いが沢山の人を繋ぎ沢山の仕事に結びつきますように。


 NEWSの好きなところは沢山あるけれど、今一番話したいことをひとつだけ挙げるなら、一緒に夢を見てくれるところだ。
 一緒に夢を見てくれる、という言葉に、私は複数の意味を込めている。ひとつは「NEWS」という夢を一緒に見ていると実感できるということ。彼らが「NEWS」であることは当たり前のことではなかった。もしかしたら彼らが「NEWS」ではなくなる未来もあったかもしれない。しかし、彼らは「NEWS」であることを夢見て、選んで、掴み取った。だからこそ、私が「NEWS」に夢を見るのと同じようにNEWSも「NEWS」に夢を見ている気がする。それがすごく嬉しい。
 もうひとつは、NEWSとファンが共通の文脈を用いて「夢」と呼ぶ以外にない空間を共有して楽しんでいるということ。言葉を選ばずに言い換えるなら「茶番」とか「子どもだまし」とも言えるかもしれない。たとえば、NEVERLANDのコンサートの「NEWSが眠りの魔法にかかってしまいました」というくだり。眠りの魔法にかかったNEWSはファンのダンスで目覚め、「僕たちからのお返しです!」と言ってペンライトの明かりを一斉に灯す。私の頭の中の冷静な部分は、NEWSは眠ってなんかないしファンが踊ろうが踊るまいが起きてるしお返しって言っても制御のペンライトがついただけ、という。でも、その「NEWSは眠ってなんかないしファンが踊ろうが踊るまいが起きてるしお返しって言っても制御のペンライトがついただけ」を、NEVERLANDの文脈に沿って眠りの魔法だとかそれを解くダンスだとかペンライトの光を愛だとか呼んでNEWSも私も楽しんでいる。制御されたペンライトが一気についたらそれだけできっと奇麗なんだろうけれど、そこに「僕たちからの愛のお返し」という付加価値を乗せる。一緒に夢を見ているのだ。ひとつの夢を、一緒に作り上げている。
 日常なんてつまらない。コンサートという非日常にいるのに、制御されたペンライトの光がついたことを日常の延長線上みたいに「制御されたペンライトの光がついた」と捉えたら、それはひどくつまらない。だってせっかく非日常に、夢の中にいるんだから。子どもみたいに突拍子もない夢を見て楽しみたい。NEWSのコンサートにはそういう夢が沢山詰まっている。それをファンと一緒に楽しもうとするNEWSのことが、大好き。
 15周年に向けて、その先に向けて、また一緒に夢を見られますように。

 

 こうやって何かを書き残そうと思ったのはNEWSのおかげだ。NEWSが考える楽しさを、感じる心に正直であれということを思い出させてくれた。感じたこと・考えたことを文章にするようになって、少しは成長できているんじゃないかな、という気がする。NEWSがどんどん成長していくんだから、私ばかり置いてきぼりをくらうわけにはいかない。次にNEWSに会うときに、今よりちょっとでも自信をもてる自分になっていられたら。一方、NEWSはコンサートに対しても「次はもっとすごいものをファンに見せたい」という意識を忘れずに、毎回最高記録を更新していく。きっと私たちすごくいい関係なんじゃないかと、手前味噌だけども思う。

 

 今日現在、私はNEWSを好きなままでいる。小山さんを、加藤さんを、増田さんを、手越さんを、好きなままでいる。明日のことはわからないしその先のことはもっとわからない。このまま好きな気持ちが持続するかもしれないし、更に膨れ上がるかもしれないし、憎んだり恨んだりするくらい嫌いになるかもしれないし、どうでもよくなってしまうかもしれない。未来を約束できるほど、私は自分を信じていない。でも今この瞬間の私は紛れもなくNEWSのことを愛してる。それだけは自信を持って言い切れるよ。
 14周年おめでとう。アイドルになってくれて、NEWSでいてくれて、本当にありがとう。