自担の本棚を読む2


 飽きずにまだ続けています。最近の加藤さんは忙しくてあまり読む時間もないだろうし、読んだ本が追加される前になるべく読みたい。といいつつ新しいオススメも知りたい。
 作品について考察をするのは好きだけれど、感想を書くという行為にはいまひとつ苦手意識が強い。基本的にいいところを褒めたいタイプの人間なので批評をしたいわけではないし、どこか偉そうな文章になってしまっていないかと不安になる。それが嫌でずっと避けてきた。でも作品に対して偉そうにならない感想だって場合によっては書けるのではないかと今までブログを書くなかで気付いたので、こうしてそれぞれの本に感想を書くことで少しは苦手意識を払拭できればなぁと。

 

『水やりはいつも深夜だけど』窪美澄 (角川文庫)

 紹介された媒体:「小説 野性時代」 2014年12月号(対談はこちらにも掲載:対談【加藤シゲアキ×窪 美澄】 | カドブン)、2015年6月放送「王様のブランチ」で映った本棚の中の一冊

あらすじ(Amazonより引用)
 セレブママとしてブログを更新しながら、周囲の評価に怯える主婦。仕事が忙しく子育てに参加できず、妻や義理の両親からうとまれる夫。自分の娘の発達障害を疑い、自己嫌悪に陥る主婦。出産を経て変貌した妻に違和感を覚え、若い女に傾いてしまう男。父の再婚により突然やってきた義母に戸惑う、高一女子。同じ幼稚園に子どもを通わせる家々の、もがきながらも前を向いて生きる姿を描いた、魂ゆさぶる5つの物語。

 

 窪美澄作品は初めてだったけれど、短編集だったのでさくさく読めた。短編だし一話ずつゆっくり読んでいけばいいやと思っていたのに面白くて次の話が気になって一気に読んでしまった。たくさんの「わかってほしい」という思いと、それにどう折り合いをつけていくかという話が様々な角度から描かれていて、自分に重なる部分も多々あった。
 短編はどれも、どこにでもある拗れた「家族」についての物語。この程度の拗れなんてどこにでもあるけれど、どこにでもあるからといって放っておいていいものではない。それぞれにつらい思いをしている。小さな棘が刺さったまま抜けないような、そんな痛みが描かれている。だけどそれらの痛みは決して治せないものではないということも書いてある、痛いけれど優しい物語だ。加藤さんとの対談が企画されたのも、この「痛いけれど優しい」という部分が共通しているからなのかなと思った。
 私は母に対してそこそこのあれやそれやを抱いているので、こういうふうに小説にしたら少しは救われるのかなぁと思ったりもした。ていうかこういう小説に書かれそうな生き方をしているなぁ、と少し反省した。笑
 もっと若いときに読んでいたらまた感じ方が違ったのだろうと思う。「家族」についての話を、結婚して夫と「家族」を築いていく今の私が読むのと、それ以前の私が読むのでは、全然違うものに思えただろうな、と感じた。本の内容なんて受け取る側次第なんだなぁと改めて思ったので、こんなところで他者の感想を読むよりも自分で本を読んでみてください。
 巻末に加藤さんと窪さんの対談(上のリンクのもの)が掲載されている。その中で加藤さんが「サボテンの咆哮」にグッときた、という話をしているのだけれど、その理由も非常に加藤シゲアキって感じがして最高。

水やりはいつも深夜だけど (角川文庫)

水やりはいつも深夜だけど (角川文庫)

 

 


煙か土か食い物舞城王太郎 (講談社文庫)

 紹介された媒体:タイプライターズ初回

あらすじ(Amazonより引用)
 腕利きの救命外科医・奈津川四郎に凶報が届く。連続主婦殴打生き埋め事件の被害者におふくろが?ヘイヘイヘイ、復讐は俺に任せろマザファッカー!故郷に戻った四郎を待つ血と暴力に彩られた凄絶なドラマ。破格の物語世界とスピード感あふれる文体で著者が衝撃デビューを飾った第19回メフィスト賞受賞作。

 

 メフィスト賞受賞作を読みあさっていた中学生のときに一度読んで、そのときはわけがわからないしなんだか怖いけれどページをめくる手が止まらなかった。読んでいるうちに息切れしてしまうような、そんな感覚に陥ったことはよく覚えている。本を読んでそんな気持ちになったのは初めてだったからだ。舞城作品を読み終えるといつも「42.195kmを全力疾走した感じ」と思っていた。
 あれから十数年経って改めて読み返してみると、もっと落ち着いた気持ちで読めた。逆を言えば、42.195kmを全力疾走することはできなかった。もうできなくなってしまった。十数年前と比べて、体力がなくなってしまったのかもしれない。でも読み終わったときの異様な興奮はなくなってはいなかった。
 事件が起きて、物語が進むにつれ解決には向かっていくけれど、本当のところ主人公は事件そのものに興味があるわけではない。というかこの物語が語りたいのは事件そのものではない。ミステリ要素はあるけれどそれを求めて読むとちょっと違うかも。でも、だからこそあっさりとたたみかけるような、いっそ爽やかと呼びたくなるようなラストが待っている。暴力描写がそこそこあるし文体が独特なので苦手な人は苦手なのだろうと思うけれど、好きな人はがっつりハマるのではないかと思う。
 『さらば雑司ヶ谷』や『煙か土か食い物』が好きということだから、ストーリーが突拍子もない(もはやファンタジーな)作品とか暴力描写が激しめな作品がお好みという一面もあるのかもしれない。『さらば雑司ヶ谷』を読んだのも発売された当初だったはずなのでもう一度読み返してみたい。
 それにしてもお気に入りの1冊が選べなくて持ってきた10冊の中に『煙か土か食い物』が入っている加藤さん、好き。文庫化されてないけど続編の『暗闇の中で子供』を読んだかどうかが気になる。

煙か土か食い物 (講談社文庫)

煙か土か食い物 (講談社文庫)

 

 


『イキルキス』舞城王太郎 (講談社文庫)

 紹介された媒体:2015年6月放送「王様のブランチ」で映った本棚の中の一冊

あらすじ(Amazonより引用)
 無軌道な生、理不尽な奇跡。支離滅裂な死、不可解な愛と暴力。みんなカナグリ生きている。吹きすさぶ言葉たちが紙の上に降り積もり小説となる。生をもたらすキスと、死を招くキスって何―?表題作「イキルキス」の他、文庫書き下ろし短編「アンフーアンフー」「無駄口を数える。」を含めた5編の中短編小説集。

 

 加藤さんの本棚にあったのは単行本のほうだったけれど、収録作品数も多いし文庫版を購入。
 表題作「イキルキス」は生と死と性と中学生の話。舞城作品は初期のほうが好きで『好き好き大好き超愛してる。』以降読まなくなってしまっていたけれど、改めて読んでみるとやっぱり面白いなぁと思った。
 5編の中で一番好きなのは「パッキャラ魔道」。私は舞城作品における「家族」(特に新潮社『スクールアタック・シンドローム』の表題作)がすごく好きなので、家族を描いたこの話が一番気に入っている。家族の話といったって全然ハートフルじゃないし、だからといって憎み合うばかりでもなくて、憎み合ったり殴り合ったりするけれどそこには愛と呼ぶしかない愛がある。愛があったからどうこうというわけではないけれど、ないよりはあったほうがいい。
 舞城作品は最後まで読んでも全然なにも解決していないように見えたり何がどう解決したのかよくわからなかったりするけれど、物語の中では確かに何かが解決していて、主人公はそれに納得していて、私は置いてきぼりにされたままで物語が終わる。あんまりにも置いてきぼりにされるので、いっそそれが気持ちいいような気がしてくる。もしも読者を置いてきぼりにしないように細かく説明がなされていたらきっとこんなに面白くないだろう。置いてきぼりにされてしまうからいいのだ。人間の感情って、説明してわかるものではないし、本人が納得していればそれがすべて、みたいなところがあるものだと思う。その「納得」に至る過程を垣間見ることができるから、舞城作品が好きなのかもしれない。
 また、文庫書き下ろしの「無駄口を数える。」がめちゃくちゃいい。たぶんこの作品の登場人物たちは全然優しくなくて、それぞれに自分のことしか考えていなくて、だからこそ人間らしさがあって、好きだなぁと単純に思う。八つ当たりみたいな理由で害を為す人も、見たくないものを無理に見せようとする人も、いる。だけどそんなの無視して生きたらいいや、と思える良作なので心当たりのある人は読んでみてください。

イキルキス (講談社文庫)

イキルキス (講談社文庫)

 

 

 


痴人の愛谷崎潤一郎 (新潮文庫)

 紹介された媒体:「ELLE JAPON」2017年2月号

あらすじ(Amazonより引用)
 生真面目なサラリーマンの河合譲治は、カフェで見初めた美少女ナオミを自分好みの女性に育て上げ妻にする。成熟するにつれて妖艶さを増すナオミの回りにはいつしか男友達が群がり、やがて譲治も魅惑的なナオミの肉体に翻弄され、身を滅ぼしていく。大正末期の性的に解放された風潮を背景に描く傑作。

 

 写真の良さもさることながら、特集の書評も加藤さんが書いているところが推せる「ELLE JAPON」2017年2月号。「書く男」が愛する”小説の中の女”、という内容で4冊選んでいる。『痴人の愛』はそのなかの1冊。
 谷崎潤一郎の『春琴抄』はすごく好きだけれど、それ以外は読んだことがなかった。どこかもったいぶった感のある文体はくどいと思ってしまうときもあるけれど、でもそれが物語と合っているし、先が気になって読んでしまう。直接的な性的描写はほぼないのに、書かれている内容以上に文章の表現の仕方が湿っぽくて、言外に言いたいことがあるのを匂わせてくるような印象を受けた。書かれている言葉よりも言外にある言葉のほうが饒舌、というような感じ。
 最初は大人しくて幼い可愛さのあったナオミはどんどん傲慢になっていく。それでもやっぱり可愛いところはあって、読んでいて「多分主人公はこういうところに惹かれてしまうんだろうな」と感じる部分もある。でも度が過ぎるふるまいが増えてきて、主人公はなんでこんなの許しちゃうんだよ駄目だよと思うのだけれど許してしまうからどうしようもない。この二人はどちらが駄目とかじゃなくてどちらも駄目なんだよなぁ、という諦念をもって行く末を見守るしかない。最後の一文を読んだとき、二人のこれからを想像してどうしようもない気持ちになった。
 私は新潮文庫推しなので新潮文庫で読んだけれど、普段から本を読み慣れている人にはそこまで必要ないんじゃないかと思うほど丁寧な注がついている。あまりにも丁寧すぎてネタバレをくらったので、新潮文庫で読む方はお気をつけください。笑

痴人の愛 (新潮文庫)

痴人の愛 (新潮文庫)

 

 


『かにみそ』倉狩聡 (角川ホラー文庫)

 紹介された媒体:「SORASHIGE BOOK」2014年9月7日放送、2015年6月放送「王様のブランチ」で映った本棚の中の一冊

あらすじ(Amazonより引用)
 全てに無気力な20代無職の「私」は、ある日海岸で小さな蟹を拾う。それはなんと人の言葉を話し、体の割に何でも食べる。奇妙で楽しい暮らしの中、私は彼の食事代のため働き始めることに。しかし私は、職場でできた彼女を衝動的に殺してしまう。そしてふと思いついた。「蟹…食べるかな、これ」。すると蟹は言った。「じゃ、遠慮なく…」。捕食者と「餌」が逆転する時、生まれた恐怖と奇妙な友情とは。話題をさらった「泣けるホラー」。第20回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。

 

 「かにみそ」「百合の火葬」の2本の中編が収録されている。シゲ部で紹介される前から「読みたい!」と思っていたのに気付いたら3年も経ってしまった。ものすごく好みの話だったので、これを読まないまま人生終わらなくてよかった、と思っている。
 表題作「かにみそ」は主人公が拾った蟹が人を食べるようになって……という話なのだけれど、蟹が人を食べる描写がとにかくエロい。蟹の食事風景が主人公「私」の一人称で語られているのだが、すごく上品で美しいものを見ているみたいに緻密に表現されている。状況を想像したらグロテスクなのだけれど、主人公の語り口からは上品さとか美しさが感じられてしまう。食事というのは「生」と「死」の命のやりとりであり、「性」にも通ずる(話すと長くなるので詳細は割愛するけどなんとなく伝わってほしい)。なので蟹の食事風景がエロティックに描かれているのも、蟹の食事風景に主人公が惹かれてしまうのもすごくわかる。『傘をもたない蟻たちは』収録の「イガヌの雨」で主人公がイガヌの味の魅力に抗えない様子も他の短編に出てくる性描写よりエロティックだなと思ったけど、やっぱり食事風景とか食欲という欲求ってそういうものなのかなと思った。多分こういうのが好きな人は一定数いるから、心当たりがあったら是非とも読んでほしい。
 また、蟹と主人公の関係性もとても魅力的だ。友達同士のようで、恋人同士のようで、一言で片づけることはできない。蟹が「ともだち」と形容した関係、一人と一匹は間違いなく、何らかの「情」で結ばれていた。友情なのか愛情なのか同情なのかなんなのかはわからないけれど、何らかの「情」が確かにある。一人と一匹は、強固な執着によって繋がっていた。
 この物語の主題は「食べること」だろう。食べるものと食べられるもの、生きるために食べること、食べるために殺すこと、食べなければ死ぬこと。「食べる」という行為が孕むおぞましさと不可避性が、温度の低い文章で、しかし確かな質量をもって綴られている。「食べる」という行為について疑問に思ったことのある人や宮沢賢治の「なめとこ山の熊」や「よだかの星」が響く人には何かしらの響くものがあるのではないかと思う。
 もう一本の「百合の火葬」は不思議な生き物=百合に翻弄される大学生の話。こちらも「生」や「死」が大きな軸になっている。怖さとしては「百合の火葬」のほうが上かも。しかしホラー的な怖さというか、得体の知れないものと相対する怖さといった感じ。
 ホラー文庫から出ているものの、そこまでホラーではなくて、エンタメと純文学のあいだのよう。どちらも読み終わった後に切なさが残るような作品だった。

かにみそ (角川ホラー文庫)

かにみそ (角川ホラー文庫)

 

 


 今回は海外作品への苦手意識が垣間見えるラインナップになってしまった。次はもうちょっと海外作品にも挑戦したい所存。

 中学生の頃から、タイトル/著者名/出版社名/読書開始日~読書終了日をルーズリーフに記録していた。多少の断絶はあったけれど、本を読まなくなる大学3年生のときまで続けていた。並んだ本のタイトルが私の糧になっていると思うと私の生きる価値がちょっと増したように思えて、その記録を大切に保管していた。さすがにもう捨ててしまったけど。
 私はいま20代後半で、あと数年で30歳になる。あと数年といったって、このペースだとすぐにきてしまう。それまでに本を沢山読み沢山考えて今の私より少しはましな人間になっていられたらな、と思ったので、もうしばらくは加藤さんの読んだ本を追ってみようと思っている。