自担が文学賞とってくれたら死ぬ

 ほしい。圧倒的にほしい。加藤シゲアキという小説家に、賞がほしい。

 

 角川文庫今月の新刊として『Burn.-バーン-』が刊行された。加筆修正は勿論のこと、あとがきに解説にトークショー文字起こしに、特典もりだくさんな一冊となっている。表紙もイラストになっていて、話のポップさと重さが合わさった素敵なデザインで、手に取りやすくなっている。作者名もろくに見ないで表紙の印象で買った高校生や大学生が読み終わって「加藤ってジャニーズの奴かよ、面白いの書くじゃん」って思ってしまうようなデザインだ。最高。

 

Burn.-バーン- (角川文庫)

Burn.-バーン- (角川文庫)

 

 

 一般的に小説家としてデビューするには新人賞を受賞するパターンが多く、小説家を志す者はなんらかの賞を取ってデビューすることを目指す。「タイプライターズ」に出演していた中村文則さんは「銃」で第34回新潮新人賞を、羽田圭介さんは「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞してデビューしている。全ての小説家が新人賞を経てデビューしているわけではないが*1、執筆活動を続ける中でなんらかの賞を受賞している小説家は多い。
 しかし、既にネームバリューのある人物であれば賞を取らずとも小説を出版することはある。芸人、歌手、そしてアイドル。
 私が「小説家」ということばを使ったとき、そこには二種類の意味がある。ひとつは「小説を書いている人」という広義の意味。二つ目は「商業的な小説を書き続けられる人」という狭義の意味。ひとによってことばが意味することころは異なると思うが、私はこの二種類の意味をもって「小説家」ということばを使っている。なぜそこにこだわりを持つかといったら、私が本を読むのが好きでいつか自分も小説家になれると思っていたからだ(といったって具体的な目標ではなく、あくまで「夢」だった)。世の中の小説家になりたい人たちが自分の理想の「小説家」についてあれこれと考えるように、私も考えてきた。
 だから『ピンクとグレー』が出版されたときも、加藤さんが小説を出した、とは思ったけれど狭義の意味で小説家になったとは思わなかった。少なくとも、『ピンクとグレー』を書いていたのは小説家ではない。加藤成亮というひとりの青年だ。彼はまず、第一作目となる『ピンクとグレー』を書いたことで広義の「小説家」となった。狭義の「小説家」になるのはこれからだ、と思った。そして、本人がもっと書く意欲があるのならば是非とも小説家になってほしいとも思った。
 小説家でもないやつが偉そうに言いやがってと思われるかもしれないが、分身のような物語であればその人にしか書けないものを誰でも書くことができる。たとえば私は私をモデルにして物語を書くことができるし、これを読んでいるあなたにだってできる。自分の身に起こった出来事を思い出しながら書いていくだけでそれは物語となる。技術的な点や商業的に採算がとれるものかどうかは別として。
 『ピンクとグレー』は、加藤さんの分身的要素が大きい物語だった。だからこそ次からが勝負になると感じていた。勿論、『ピンクとグレー』が簡単に書けたと思っているわけではない。あれは加藤さんにしか書けないし、加藤さんだから書けたものだ。あのときの加藤さんの中に渦巻いていたどうしようもない熱が、人を惹きつける力となって具現化したものだ。
 そして二作目『閃光スクランブル』。加藤成亮ではなく、加藤シゲアキが書いた初めての作品。エンタメとして成立していて、明るい終わり方でもあって、文章も明らかに前作より上手くなっていて、でもまだどこか分身のにおいがした。それは亜希子の「アイドル」という職業のせいだったかもしれないし、加藤さん自身まだ4人でのコンサートの前にこの作品を書いていたからかもしれない。加藤さんの軸であるはずのアイドル=NEWSの活動が軌道に乗る前のことだったからかもしれない。
 三作目『Burn.-バーン-』。読み終わって、加藤さんは小説家になった、と思った。加藤さんが経験したことは物語やキャラクターの中に生きているように思えたけれど、それは決して分身ではなかった。小説家の書いた小説だった。小説家・加藤シゲアキが誕生したのだと悟った。小説家になりたかった私が思い描く「こんなふうに書けたら」が詰まっていてあんまりにも悔しくて読み返せないくらい、そのくせどの場面も覚えていて読み返す必要もないくらい記憶に鮮明に残る、あれは間違いなく小説家の書いた小説だった。もうとっくに殺したはずの「夢を追う私」が悲鳴をあげるような作品だった。
 文庫版の『Burn.-バーン-』のあとがきを読むと、この作品を書くにあたって生みの苦しみがあったことが書かれている。分身の物語ではないものを書くときには、そんな苦しみがあるものなのだろう、と思う。私はその苦しみに打ち勝つことができなかった人間だから、自分にはできなかったことを成し遂げた人として加藤さんのことをとても尊敬している。
 そして四作目『傘をもたない蟻たちは』は、なんの疑いもなく小説家の書いた小説で、悔しいという気持ちすら湧かなかった。小説家ではなかった誰かが小説家になった節目の作品だったら悔しさも沸くけれど、もう小説家である誰かが書いたものなら悔しさもない。とても素直な気持ちで作品を楽しむことができた。

 加藤さんが小説家になるまでは特に賞はいらないと思っていた。というか、取ったところで読んだこともない人たちに好き勝手言われることが目に見えていたから、そういった声を黙らせる力をつけてから取ってほしかった。加藤さんはもうそれだけの力を持っているのだから、彼だけが手にする「小説家」という武器をより強くするためにも賞を取ってほしい。できたら知名度の高い賞がいい。帯に○○賞受賞作とか○○賞受賞後最新作とかそういう文字が躍ってほしい。きっと遠くない未来に実現するんだろうなぁと確信している。
 とりあえず、加藤さんの小説がすごく面白いんだってことを叫ぶくらいしか私にできることはない。過去にも加藤さんの文章について書いてるから興味があったら是非どうぞ!!!

 

penguinkawaii.hatenablog.com

 

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 もし加藤さんのことを「アイドルが片手間に小説を書いている」と思っているならそれは間違いだ。彼はアイドルであり、そして小説家でもある。

 

 あ~~~加藤さんが文学賞取ってくれたら死ぬ!嘘!受賞後の次回作が楽しみすぎて寿命延びる!!!!!

 

 

*1:たとえば西加奈子さんは出版社への持ち込みでデビューしている