ポルノグラフィティのこの歌詞がすごい・昭仁編

 以前、晴一編を書いたので、だったら昭仁編も書かないわけにいかないだろう、と。
 今回も正解とか不正解とかではなく、100%主観でお送り致します。

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1.音のない森

僕たちはまだ森の中
抜け出そう 陽のあたる場所へ

 岡野さん作詞ではじめてシングルになった曲。抽象的かつ内向的で、リリース当時に「これをシングルに!?」と驚いたのを覚えている。
 岡野さんの歌詞は、解決しないまま終わることが多い。きっと岡野さんの書く歌詞は「ひとの人生」ととても密接に関わっていて、人生とはそう簡単に解決しないものだから岡野さんの書く歌詞も解決しないままで終わるものが多いのだろう、と勝手に思っている。フィクションの物語を展開させる新藤さんの歌詞とは真逆といえるような部分がある。勿論、岡野さんの歌詞にも物語が展開する歌詞もあるけれど、傾向としては抽象的・内向的な歌詞が多い気がする。
 この「音のない森」も、物語が展開するというよりは自己を内省したような歌詞になっているが、最後に「僕たちはまだ森の中」と歌われている。森の中でもがき苦しみ、結局抜けられないまま終わる。しかも最後はオケの音も消えて岡野さんの声だけが残る。初めて聴いたときはぞっとした。「抜け出そう 陽のあたる場所へ」と歌っているということは、まだ「僕」は陽のあたらない場所にいるのだ。
 人が目を向けたがらない部分を、岡野さんの歌詞は暴いて晒して見せつける。「苦しくて叫ぶ声 届かない 何を待つ?」と問いかけてくる。自ら動くのではなく何かを待っているだけだということを、目の前に突きつける。私には心当たりのあることばかりで、一時期は岡野さんの歌詞を見るのが苦しかったこともある。
 しかしこの薄暗さと底知れない怖さは、岡野さんの書く歌詞の魅力のひとつだ。怖いと思う気持ちも苦しくなる気持ちも拭えないくせに、その魅力に抗えないのはきっと私だけではない。

音のない森

音のない森

 


2.ROLL

独りよがりの愛情は君に届かずに彷徨った

 岡野さんの歌詞はループする。まわる、めぐる。それが最も顕著に表れているのが「ROLL」だ。だってタイトルがもう「ROLL」だもの。多分だけど岡野さん、「回る」というモチーフが好きなのではないかなと思う。「メリーゴーラウンド」という曲もあるし「なにはなくとも」にも「廻る廻るMerry-Go-Round」が出てくるし「電光石火」の「グルグルと回って元通り」という歌詞もそうだ。ぱっと思いつくだけでこのくらいなので、ちゃんと探せばもっとあるかもしれない。wataridoriも渡り鳥=めぐるものがテーマだし、歌詞には輪廻のような表現も見られる。この「回る」とか「めぐる」の関連として「輪廻」もまた岡野さんの歌詞によく見られるテーマのひとつなのかもしれない。岡野さんの歌詞がいかに「回る」もので出来ているか、そのうち調べたい。
 で、ROLLの話だけれど、歌詞には直接「ROLL」という単語は出てこないものの、「めぐりめぐる」という言葉や「僕」の葛藤・逡巡といった感情がまさしく「ROLL」というタイトルで表現されていて、本当に天才的なタイトルだなと思う。
 私は岡野さんの歌詞の中では「ROLL」がめちゃくちゃ好きで、というのも散りばめられている言葉がいちいち美しいからだ。「剥がれ落ちる心が知ってた 愛してる」というフレーズがまず美しいし、「独りよがりの愛情は君に届かずに彷徨った」という一行に込められたやるせなさや切なさが凄い。多分、この言葉以外に「独りよがりの愛情は君に届かずに彷徨った」ということを表現できる言葉はない。それ以上の言葉で表しようがないし、それ以下の言葉では足りない。過不足のない、シンプルで美しい表現だと思う。「締めつける空の色」という言葉も奇麗で、開放的なはずの空の色を「締めつける空の色」と表現する岡野さんのセンス凄まじいな、と何度聴いても新鮮に驚く。この人の目に見えている世界はどんな色をしているのだろうか。
 また、ポルノの歌詞は(割と二人とも共通して)あまり具体的な背景をもたない、という点が特徴だと思う。「ROLL」も、描かれているのは逡巡する「僕」の感情で、具体的に何があったのかはわからない。「僕」の後悔すらも抽象的にしか描かれない。語られない物語があるからこそ想像の幅が広がるし、誰もが想いを重ねやすいのかもしれない。

ROLL

ROLL

 

 

3.Swing

君と僕でかわした言葉達はいったい何処へ行ってしまったんだろう?
迷子になっているのならば帰ってこなくていいよ

 岡野さん作詞のものでは一番好き。シンプルだし言葉数が多いわけではないけれど、どうしようもないほどにどうしようもない物語が展開している。
 まず「君はあの日何も言わずに飛び出して行った」とあるから既に過去の出来事を主人公が回想しているのだろうという予想ができる。主人公である「僕」はいつまでも「あの日」にひっかかり続けているようだ、ということが歌詞を見ていくとわかる。雨と「僕」の心情が重なり、物語が展開していく。
 言葉は基本的にシンプルに綴られているけれど、上に引用した部分はちょっと遠回りな言い方のように思える。他がシンプルだからこそ、ここの歌詞の良さが際立つ。きっと二人は他の恋人たちと同じように愛したり愛されたりする関係性だったのだろう、様々な愛の言葉も交わしただろう。でも、その言葉たちはもう二度と二人の間で交わされることはない。「何処へ行ってしまったんだろう?」と言いたくなるほどの感情は、なんとなくわかる。それに対して「迷子になっているのならば帰ってこなくていいよ」という言葉。口調は優しいけれどとても冷たくて好きだなと思った。冷たく当たりたくもなってしまうくらいの恋だったのだろうか。きっとたくさんの言葉を交わしたはずなのに、「君はあの日何も言わずに飛び出して行った」というのも心にずしんとくる。
 「ふたりはきっと確かな時間重ねたはずさ」と歌うのに、「結局ふたりは空っぽだったね 何にも満たされることはなく」とも歌われている。確かな時間を重ねたのに空っぽなふたり。そういうこともあっさりと描いてしまうのが岡野さんの歌詞の特徴のひとつかもしれない。
 そして最後に「相も変わらず煙草吹かしゆっくり僕のままでいるんだ」と「君を忘れてしまおう」という歌詞。この二人に何があったのかは語られないけれど、「僕」は僕のままでいることを選択し、「君」を忘れることを選んだ。もしかしたら「僕」のそういうところに嫌気がさしてしまったのかもしれないし、そうではないかもしれない。想像の余地を残した美しい終わり方だなと思った。また、この部分の歌詞はなんとなく「私は私と、はぐれるわけにはいかないから」「あなたをひっそりと思い出させて」と歌う新藤さん作詞のサウダージと対になるようにも思える。二人が歌詞を書けることで多様な価値観を描くことができるのはポルノの強みだ。
 ROLLのときにも思ったけれど、岡野さんの歌詞は岡野さんの曲によく合う。本人が作っているのだから当然かもしれないけれど、曲の雰囲気や音のイメージと言葉がぴったりとハマる。この「Swing」もそういう一面がある曲だと思う。岡野さんが歌ううえで無駄な部分も足りない部分も何もなくて、ボーカルが書く歌詞だからだろうか、とぼんやり思った。

Swing

Swing

 


4.n.t.

なんだ つまんねぇ こんな 生き方
はやく 自分を塗り替えてしまえ

 タイトルは「佞言(ねいげん)断つべし」という言葉を意味している。三国志(三国志を元にした漫画『蒼天航路』)に出てくる言葉らしい。
 この曲を初めて聴いたときは怖いと思ったし、今聴いてもちょっと怖い。かつては刺さらない部分がないくらいにこの歌詞のすべてが刺さっていた。胸ぐらを掴んで揺さぶられているような気持ちになっていた。今は多少落ち着いたのでそこまで怖いとは思わないけれど。でもやっぱり怖い。
 中学生のときにこの曲をよく聴いていたのだけれど、「なんだ つまんねぇ こんな 生き方」という一文がものすごく刺さった。私はそんなつまんねぇ生き方なんかするものか、と強く思っていた。実際そういう生き方はしていない(というかできなかった)し、ポルノグラフィティが私に与えた影響は大きいと改めて思うし、そうやって沢山の人に影響を与えているのだろう。
 この曲の「はやく 自分を塗り替えてしまえ」とか「PRIME」の「変わればいいんじゃない?」「こんな僕はいらない」とか、その手の歌詞が中学生の頃の私にはとにかく怖かった。変わればいいことはわかっているけれど簡単に変われたらこんなに苦労してない、と叫びたかった。もしかしたら岡野さんにも何か「変わりたい」と思う部分があったのかもしれない。それを真っ直ぐに叫ぶことができる岡野さんは凄い人だなぁと、今になってみれば思う。真正面からぶつかってくるから、こちらも目を逸らせない。魂と魂がぶつかるような、命のやりとりにも似ているような、そんな剥き出しの感情。私が塗り固めた壁はあっけなく壊されてしまう。だから私は岡野さんのこういう歌詞を怖いと思ってしまうのだろう。
 また、最後の怒濤の問いかけの部分は何度聴いても圧倒される。まだ20代の岡野さんの、出口の無い迷路を延々と彷徨っているような歌声がとても怖い。耳を塞ぎたくなる。でも岡野さんの声と言葉はそれを許さず、私が隠していた・見ないふりをしていた私を引きずり出してくる。私が直視することとなった私はとても醜く、痛々しく、でも愛おしい。だいぶ荒療治ではあるのかもしれないが、私は岡野さんのそういう言葉に救われた面もある。

n.t.

n.t.

 


5.夕陽と星空と僕

君の形 僕の形 重ねてはみ出したものを
わかり合う事をきっと愛とか恋と呼ぶはずなのに

 2004年の「FANCLUB UNDERWORLD2」のときに行われたファン投票、そして2013年~2014年のライブツアー「ラヴ・E・メール・フロム・1999」のときに行われたシングル以外の曲のファン投票で1位だった曲。メロディやアレンジ(特にキラキラした鉄琴みたいな音が散りばめられている感じが星空っぽくて好き)も勿論のこと、歌詞も素晴らしい。
 まず情景の描写から始まるのだけれど、具体的で思い浮かべやすいのにとてもロマンチックな光景が広がる。リリースされた当時は「五車線道路に掛かる歩道橋」をひたすら探したことを思い出すし、今も「五車線道路に掛かる歩道橋」を見るとこの曲が頭の中で再生される。
 私が特に好きなのは上に引用した部分の歌詞。間違いなくこれが愛とか恋というもののひとつの真実なのだろう、と思うくらいにはっとさせられた。リリースされた当時は愛とか恋なんてどうでもいい中学生だったのでただ「いい曲だなぁ」と思っただけだったけれど、今聴くと「これはまったく正しい」と思わざるを得ない。自分が持っていないけれど相手が持っている部分を互いに「わかり合う」ということが愛とか恋なのだ。少なくとも愛とか恋のもつ側面のひとつだ。それに「はずなのに」と続いているから、きっと「君」と「僕」は上手くいかなかったんだろう。どう上手くいかなかったのかはわからないけれど、それが名言されていないところがまたいい。
 最後の「君の形 僕の形 いつかはその形を変えて どこかで出会えるはずさ この世界はとても広く 素晴らしい愛があるはずだから」という歌詞は、来世も含めて「いつか」と言っているのかなとなんとなく思った。「ROLL」でも述べたけれど、岡野さんの歌詞は「めぐりめぐる」ことが多いから、そういうふうに捉えてもいいんじゃないかな、と勝手に思っている。

夕陽と星空と僕

夕陽と星空と僕

 


6.アニマロッサ

君とここに居ることを僕はそれを愛と呼んでいいのかい?
この肉体(からだ) この心 君をずっと守りたい

 私は未だにこの歌詞が意味するところを掴み切れていないのだけれど、このあいだポルノファンの友人と遊んだときにこの曲の話になって「この曲は『君』の屍を越えていく歌だよね」と言っていてなるほどと思った。
 「ここ」とか「この肉体(からだ)」「この心」という指示語が多用されているのは、その指し示すところが「僕」自身だからなのだろう。「君」という存在を「僕」自身の心と身体に連れているようなイメージ。だからこそ「そばにいる 終わりまで 離さない」という歌詞で締めくくられる。「終わり」とは「僕」の心と身体の終わりのことか。
 私は「この肉体(と)この心(で)君をずっと守りたい」なのかと思っていたけれど、「この肉体(と)この心(に宿る)君をずっと守りたい」という解釈も全然成り立つしそのほうが自然にも思えるので、岡野さんの歌詞の深さを思い知らされる。そのうえで「君とここに居ることを僕はそれを愛と呼んでいいのかい?」「君の為に僕は居るから」というフレーズを見ると、ぐっと重さを増したように思える。どっしりとした強い意志を感じる歌詞だ。「君」の屍を越えて、「君」の想いも「君」への想いも抱えて前へ進んでいく強い意志。
 一方で新藤さんの歌詞では「君」がそこにいるうえで「最後まで付きあおう 僕が果てるまで」(ネオメロドラマティック)と歌うのだから似ているようで対照的だ。

アニマロッサ

アニマロッサ

 


7.ワンモアタイム

One more time 僕らの中にある あまねく無限の力を感じて 
Be with you 大切な人の 手を離さず駆け抜けて行くだけ

 東日本大震災後、最初にリリースされたシングル。岡野さんの「今、この時代を生きている/生きていくこと」が反映された歌詞になっている。
 一方、新藤さんの「今、この時代を生きている/生きていくこと」が強く反映されているのが「2012Sperk」。ポルノの歌詞にはこんなふうに「同じものをそれぞれが描いた」とでもいうような歌詞がいくつかあるように思える。これもそのうちまとめられたらいいなぁと思う。
 岡野さんの描く「今、この時代を生きている/生きていくこと」は、とても力強い。岡野さんはライブの最後でいつも「君たち、最高!だから、自信持っていけ!胸張っていけ!」と言うのだけれど、それと同じようなことが書かれているのがこの歌詞だと思う。「あなたを守れなければ終わり ならばどうする?」と問いかけ、「One more time 僕らの中にある あまねく無限の力を感じて Be with you 大切な人の 手を離さず駆け抜けて行くだけ」という答えを提示する。「僕らの中」には「あまねく無限の力」があるというのだ。なぜそんな力があるのか、本当にそんな力があるのか、疑問に思う必要はない。岡野さんがあるというのだからある。だからその力を信じていけばいい、そんな気持ちにさせてくれる。
 岡野さんのメッセージソングの歌詞はあーだこーだと凝り固まった思考をシンプルにさせてくれる。「ただ~するだけ」とか「~すればいい」というような歌詞が多い印象があるからかもしれない。ちゃんと調べたわけではないけれど、ワンモアタイムの「大切な人の 手を離さす駆け抜けて行くだけ」とか、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」の「ただその身を輝かせていればいい」とか、「Light and Shadow」の「古くなってても また磨けばいい」とか、そういう感じの歌詞が結構ある気がする。なぜそうするかとか、そんな理由はどうでもいい。「前置きはいらないからとにかく信じろ」みたいな雰囲気があって、そこまで力強く言われるとなんだか信じてみたくなる。
 ポルノは二人ともロックかつポップな曲を作るのが上手くて、何がポップかと言われても私はそれに対する答えを持っていないのだけれど、でもこの曲の大サビの盛り上がりはとてもポップな気がする。そのポップな盛り上がりをみせるメロディに前へ向く意思を持った歌詞が乗っかっていて、つまりそれは沢山の人の心に響くということだと思う。それがよく表れているのがこの「ワンモアタイム」だ。

ワンモアタイム

ワンモアタイム

 

 

8.LIVE ON LIVE

声にならなくて 失速する僕を
切り裂く興奮で 呼び戻す君よ

 岡野さんの歌詞を語るのならこの曲の歌詞は外せないというか外したくない。「ライブ」という空間やそれに懸ける思いが詰まった歌詞になっていて、ポルノグラフィティのライブを表すのにふさわしい歌詞だと心底思う。
 この曲や「Let's go to the answer」(こちらも岡野さん作詞)など、ちょっと特別な立ち位置の(ポルノグラフィティを反映するような)歌詞において、「」と「」という歌詞が使われているのが嬉しい。「僕」と「君」がいるからこの空間が成り立つ。「今ここにいる 全部がここにある」という歌詞が続くところも好きだ。岡野さんがライブでよく「ハネウマライダー」の歌詞を「他の誰かと、いや、ここにいる君と!」と歌うことがあるけれど、それもきっとこの歌詞と通じている。「今ここにいる」ということは、多分岡野さんにとってそしてポルノにとってとても大事なことなのだろう。だって、「君」と「僕」が「今ここにいる」ことは当たり前でもなんでもなくて、そのひとつひとつがすべて奇跡みたいなものだ。3万人が入るライブだとしたら、そこでは3万もの奇跡が起こっている。
 「憂鬱な日々 迷う日々の喧騒にまかれて 一時でも忘れさせてくれたらいい」という歌詞も、ライブという非日常な空間を明日への活力を蓄える場として捉えているポルノらしい歌詞だ。
 この曲はアルバム『WORLDILLIA』に収録される予定だったので(アルバム収録はされずライブDVDである「"BITTER SWEET MUSIC BIZ" LIVE IN BUDOKAN 2002」に収録された)、制作時期は少なくとも『WORLDILLIA』発売の2003年2月より前ということになる。この歌詞が今もポルノのライブを反映しているということは、その頃から今まで変わらない気持ちでライブをやっているということだ。ポルノグラフィティの変わらない信念のようなものを感じる。
 また、この歌詞の何がすごいって、ステージに立つ側の気持ちとしても受け取れるしステージを見る側の気持ちとしても受け取れるところだ(実際どちら側の気持ちで書かれているのかといったらおそらくステージに立つ側だと思うけれど、でも私はこれを自分の気持ちのようにも受け取れてしまう)。同じような感覚で「ライブ」という空間にいられることを、とても幸せに思う。

LIVE ON LIVE

LIVE ON LIVE

 


9.カゲボウシ

泣きたくなったら ここへおいで 僕が全てを受け止めるから

 新藤さんの愛が寄り添う愛なら、岡野さんの愛は大きく包み込む愛だ。そのひとつの極致がこの「カゲボウシ」だと思う。
 頑張る誰かにそっと寄り添うような曲で、「駆け抜けて 心のままに どこまでも寄り添うから」というようなあたたかくて優しい言葉が綴られている。
 ライブの最後に岡野さんが言う「胸張っていけ!自信持っていけ!」もそうだけれど、岡野さんの言葉はなんだかとても懐が広いというか、そんなに何もかも受け止めてくれなくてもいいよと思いながらも受け止めて欲しいと思ってしまう自分がいる。そんな気持ちすら、この曲の歌詞は受け止めてくれるような気がしてしまう。たとえば、「駆け抜けて」や「自信を持って」という歌詞があるけれど、本当に駆け抜けていいのか、自信を持っていいのか、不安になることもある。だって根拠がどこにもないから。本当にいいのだろうか、と不安になる。けれど、岡野さんの言葉はその不安も受け止めてくれるような気がする。他者に自分のよりどころを求めるようで、きっと本当はいけないんだろうなと思う。確固たる自分をつくらなければならないのだろうと思う。でも、私はそこまで強い人間ではない。伸ばしてくれる手を振り払っても立ち上がれるほど強くない。差し伸べられた手を、申し訳ないと思いながらも掴んでしまう。そんな気持ちすらも「それでもいいよ」と受け止めてくれるような曲が、「カゲボウシ」だ。
 ライブで歌われる「泣きたくなったら ここへおいで 僕が全てを受け止めるから」「ありがとう ここは僕らの 世界で一つだけの場所」という歌詞がずるい。何度でもライブへ行きたくなってしまう。早くライブに行きたい!!!!!

 

 

 岡野さんと新藤さんは歌詞の色が違っていて、それぞれに違う良さがある。どちらもタイプは違えど、それぞれのやり方で心を揺さぶってくる。
 どちらかというと新藤さんの歌詞の良さのほうが言葉にしやすい。きっと新藤さんが言葉に人一倍の拘りをもっている人だからだと思う。一方で岡野さんの歌詞は心の奥底にあるものを引きずりだすような感じがする。心に直接くらった衝撃を言葉にするのはとても難しい。初めて「PRIME」や「n.t.」を聴いたときの衝撃は忘れないし、「カゲボウシ」の優しさも忘れられない。忘れられないから、少しでも言葉にしたいと思って、長々と書きました。他にも書きたいことは沢山あったけれど、なんとか9曲に絞りました。
 彼らの書く歌詞はこんなに素敵なんだよということが少しでも伝われば幸いです。