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来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

さよなら私の亡霊

 勢いだけで書いたはいいけれど、どこかに置き場が欲しかったのでここに置いておきます。あとで消すかもしれない。

 

 

 ポルノグラフィティの歴史を紐解いていくと、Xというバンドの名前が出てくる。高校生の頃、彼らがコピーしたバンド。文化祭でやった「紅」という曲の話。友達がスモークの代わりにドライアイスをたいてくれたとか、父ちゃんの釣りベストを裏返して着ていたとか。
 そんな彼らがニコ生のYOSHIKI CHANNELに出演することになった。これは見なければいけない、と私の中から声がした。今まで一度もニコ生の有料放送は見たことがなかったし、そもそもニコ生すらほとんど見たことがなかったけれど、とりあえず864円を払えばいいということだけ把握したのでチャンネルに入会し、始まるのを待った。


 正直なところ、YOSHIKIさんについては「X(X JAPAN)というすごいバンドのすごい人」という認識で、「すごい人」というのはわかっていたしテレビで演奏を見てすごいなと思ったけれど、リアルタイムで楽曲を聞いていたわけではないので深くは知らなかった。「ポルノの、特に新藤さんの憧れのバンドの人」という認識だった。
 始まってすぐ席を外さなければならなくて、戻ってきたのは12時50分くらいだったと思う(前半の話もとてもよかったと聞いたので早くタイムシフトが見たい)。慌ててPCの前に駆け寄ると、ちょうどセッションが始まる直前だった。
 岡野さんも新藤さんも、緊張しているのがすぐにわかった。途中から見始めたけれどリハなしであることもすぐにわかった。YOSHIKIさんがピアノの前に座り、何かを弾き始める。何度も何度も、私の人生の半分以上聴き続けたメロディだった。サウダージ
 岡野さんが歌い出して、新藤さんもギターを弾き始める。聴き慣れた曲が新たな色合いを帯びている。しかしだんだん合わせるのが難しくなり、岡野さんの歌が途切れる。困った岡野さんが新藤さんを見ると、ギターの音がメロディを先導して岡野さんの歌声とYOSHIKIさんのピアノを繋ぎ止めた。曲が終わり、YOSHIKIさんがサウダージを好きだと言ってくれた。私の憧れの人の憧れの人が、私の憧れの人を認めている。すごい瞬間を目にしている、ということだけはわかった。歴史が刻まれた瞬間を目撃してしまった、と思った。
 そしてもう一曲、今度は「ENDLESS RAIN」。岡野さんは歌い出しから歌が上手くて、歌が上手い以外の言葉が出てこないくらい歌が上手かった。原曲はテレビで聴いたことがある程度だったけれど、ニコ生のコメントを見る限りキーを下げてあったようだった。そのせいか、YOSHIKIさんは少し弾きづらい部分もあったのかもしれないけれど、とても楽しそうな顔で演奏しているように見えた。新藤さんが弾いたギターソロはとても優しい響きだった。どこか誇らしげにギターを弾く新藤さんの姿。コメントを見ると、「完コピだ」という言葉がいくつも見えた。かつてギター少年だった頃の新藤さんの姿が、一度も見たことがないはずなのに見えた気がした。憧れと共に、憧れを演奏しているから、あんなにも誇らしげだったのだ。ギターが始まる前のところから完コピしてたんです、と話す新藤さんはとても楽しそうだった。
 セッションが終わり、YOSHIKIさんはポルノの二人にツアーがあるのかどうか尋ねた。あったら行きたいということも言っていた。新藤さんは「昔の自分と邂逅できた、誇らしい気持ちだった」というような内容を話していた。私の見たものは間違いじゃなかったんだ、と思った。記念撮影のときは、二人ともまるで少年のような、とてもいい表情をしていた。


 ポルノが出ている第一部が終わった。なんだかとても、晴れやかな気持ちだった。
 なぜこんなにも晴れやかなのだろうと思ったけれど、それは多分私の中にいた亡霊が成仏したからだと思う。
 私もかつて音楽ですごくなりたいと思ったことがあったし、文章を書くことですごくなりたいと思ったこともあった。すべて、ポルノグラフィティという私の憧れに届きたかったからだ。ポルノグラフィティと共に音楽を奏でられたらと思っていたし、新藤さんの書く文章に憧れていた。中学生の頃の私は、手が届く気がしていた。手が届くといっても、追いつくという意味ではない。憧れと対峙することができるとか、認めてもらえるとか、そういう意味だ。いつかあの憧れに手が届いて、認めてもらえる日が来るに違いないと思っていた。高校生の頃、進路を決めるときまでは思っていた気がする。いつからか、憧れは届かないから憧れなのだと思うようになった。私にはそれだけの実力が備わっていなかったし、それ以上はどう努力すればいいのかわからなかった。
 でも、私の憧れの人は、憧れの人に出会い、ちゃんと届いた。音楽が届いて「この曲が好き」と言われたり、「ツアーに行きたい」と言われたりしていた。とても楽しそうな顔で演奏をしていた。私はそれが嬉しくてたまらなかった。
 私の憧れの人が憧れの人に届いたことで、憧れに届きたかった私の亡霊は静かに成仏していった。だって私は自分でその道を断ったのだ。これ以上は努力してもどうにもならないだろうと諦めた。多分やろうと思えばいくらでも努力する方法はあった。だけど私はそれを選ばなかった。その決断をしたのは間違いなく私だ。そうやって、私は憧れに届きたい私を殺した。
 間違った選択だったとは思っていない。後悔もしていない。だけど、行く宛てのない気持ちは亡霊となって残ってしまっていた。私もあんなふうに音楽をやりたかったし、あんなふうに言葉を紡ぎたかったし、できると思っていた。そうだったね、そんなふうに思っていた日々もあったね。
 この生放送を見なくちゃいけないといった声は、私の亡霊のものだったのかもしれない。憧れの人が憧れの人に届くのを見届けて、とても優しくてあたたかな気持ちで満たされて、私の中を彷徨っていた亡霊は今夜消えた。だからこんなにも晴れやかな気持ちで夜中の3時を迎えているのだ。だからこうやって時折目元を拭いながらこの文章をしたためているのだ。

 

 さよなら、私の亡霊。
 なんだか今年はいろんなものとさよならをした気がする。ちょっとずついろんなことを過去にしていく。振り返ってみたら、こんな私でももうそこそこの年数を生きてきたらしく、相応にいろんな出来事があった。少しは大人になれただろうか。どうだろうな。まだわからない。
 そろそろ寝なくちゃ。

 

 いてもたってもいられずiTunesで「ENDLESS RAIN」を購入した。新藤さんが誇らしげに弾いていたギターソロを思い出して、つい口元が綻んで、またちょっとだけ涙が出た。