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来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

シンメトリーの妙なる技 ―「LiAR/真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」―

 ポルノグラフィティ新曲「LiAR/真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」が発売された。どちらもポルノらしさの強い楽曲となっている。ポルノグラフィティ44枚目となるシングルで、真っ赤なジャケットが目印。初回盤には台湾で行われたフェスの映像を収録したDVD付き。ちなみに楽曲は各音楽配信サイトでDL購入することもできる。

 

 ジャニオタでありポルノファンでもある身としては、この二曲が内包する「シンメ性」がほんとマジで冗談じゃなくやばい。ポルノのお二人がもつシンメ性についてはだいぶ前々から、それこそジャニオタになる前から感じ取っていたけれど、いよいよ楽曲までシンメになった。やばい。無理。あまりにも語彙がやばいので言葉にすることはちょっとアレなのだが、この「シンメ性」のうち対比という側面についてだけでも、まともな言葉を用いて一度まとめておかねばならない。
 既に発売から一週間経っているけれどダイレクトにマーケティングする記事を書いておきたい。良いと思ったものは推して推して推す。

 

 

「LiAR」と「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」の対比

 今回は両A面シングルとなっている。今までに両A面として発売されたのは「ネオメロドラマティック/ROLL」と「ジョバイロ/DON'T CALL ME CRAZY」があったが、今回は今までとはちょっと違う。というのも、「LiAR」は作詞作曲新藤晴一、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は作詞作曲岡野昭仁となっている。二人がそれぞれ作詞作曲した楽曲が両A面として肩を並べるのはポルノグラフィティ18年目の歴史で初めてのことである。やばい。胸が熱い。つまりこの両A面シングルはポルノグラフィティのお二人が並んで立っているようなもので、二人が並んでいるこのジャケット写真がそのまま二曲を表しているとも言える。やばい。
 また、この二曲は共にPVが制作されているが、全く同じ構図、カットで作られた「シンクロPV」になっている。それぞれ「LiAR」が炎、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」が光をモチーフにしていて、ダンサーも男性と女性で対比になっている。非常にシンプルな構成ながら、同時に再生させることでやばさが増す(公式でシンクロPVのフルバージョンが11月20日までの限定で配信されているよ!)。ちなみに終盤ではどちらも炎と光を使っていて、二曲の世界が混ざり合うような雰囲気となっている。
 

www.youtube.com

 

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(こちらの動画はどちらもショートバージョン)


 余談だし意図的なのかどうかもわからないけれど、歌詞にも対比的にとれる部分がある。多分意図的じゃないけど勝手に考察という名のこじつけをするのが趣味なので話半分に聞いてほしい。
 どちらの曲にも「鍵」が出てくるが、「LiAR」では

人は心にダンジョンを持ってて
いくつもの部屋に感情を隠してる
僕が見つけた鍵じゃどれも
合わないままに泣いた

というふうに使われていて、合わない「鍵」に主人公は泣いている。一方、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は

開かない扉の鍵を持ったその旅人
世界を切り開け 塗り替えていくんだ 心のままに 生き抜いていくために

こちらの「鍵」も「開かない扉の鍵」ではあるものの、その「鍵」に泣くのではなく、「世界を切り開け」と続いている。確かにその「鍵」で扉は開かないけれど、「鍵」で扉が開くか開かないかは問題ではない。
 二曲の歌詞の方向性の違いや、新藤さんと岡野さんの世界観の違いがわかって面白い。「メリッサ」でも「君の手で鍵をかけて」という歌詞が出てきたりもするし、一度「鍵」に焦点を絞ってポルノの歌詞を見てみるのも面白そうだ*1
 また、「LiAR」には「星のささやき」、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」には「太陽が囁いた歌」という歌詞が出てくるのもなんだか対比的。

 
「LiAR」と「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」と過去曲の対比

 しかし今回の二曲はただただ対比されるだけではない。どちらも「ポルノらしさ」をもった楽曲となっている。
 「LiAR」は、ポルノといえば、とも言うべきラテンの要素を取り入れた楽曲だ。ポルノらしいラテンというと、映画「名探偵コナン 業火の向日葵」の主題歌だった「オー!リバル」が記憶に新しい。重要なのは「LiAR」と「オー!リバル」の作詞はどちらも新藤さんだが、作曲はそれぞれ新藤さんと岡野さんだという点だ。ポルノグラフィティは二人ともポルノらしいラテンのメロディを作れる。最初にポルノらしいラテンを提示したのは「アゲハ蝶」などを作曲した当時のプロデューサー、ak.hommaさんだが、彼がポルノに与えたものを二人とも吸収して進化させている。かっこいい。
 一方「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」はギターが前面に押し出されていて疾走感のある楽曲で、これもまたポルノに多いパターンだ。最近だとアニメ「僕のヒーローアカデミア」の主題歌だった「THE DAY」もこれに近い。大体言いたいことは分かると思うが、「THE DAY」の作曲は新藤さんであり、つまりポルノはラテンだけでなく疾走感という持ち味もまた、二人のどちらも作曲することができるということになる。「ポルノらしさ」がどちらか一方に依存せず、両者で表現できていることはポルノの強みのひとつだろう。
 作曲のパターンが最近の同系統の楽曲と異なることで、「ポルノらしさ」を出しつつも新鮮さのある楽曲となっているのではないだろうか。

  

 

 いろいろと書いたけれど、とにかく今回の新曲「LiAR/真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」もとてもすごい楽曲だということが言いたいだけだ。「LiAR/真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」が様々な曲と対比して楽しめる楽曲であり、その対比から「ポルノらしさ」をより強く感じられることが少しでも伝わっていれば嬉しい。

 


 
 ポルノグラフィティが「ポルノらしさ」を武器にした。怖いものなど何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」と「THE DAY」の対比

 ※完全なるこじつけ解釈

 今回のシングル曲である「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」と前回のシングル「THE DAY」は歌詞の方向性が似ている。もしかしたら、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は「僕のヒーローアカデミア」の主題歌候補として制作されていたのかもしれない。そう思わせるほど、二曲は世界観が似ているのだ。しかしこの二曲は作詞がそれぞれ「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は岡野さん、「THE DAY」は新藤さんであり、まるで同じ世界をそれぞれの視点から描いたかのような歌詞になっている。

 「THE DAY」ではまず「このろくでもない世界」が提示され、そこから「踏み出す一歩一歩が変えていけるさ」と歌う。「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」もまた、「警鐘が鳴り止まない街」が提示され、そこから「進んでく」「世界を切り開け」「今日を超える明日へ行こう」と歌う。また、どちらの楽曲にも「明日はどっちだ?」(「THE DAY」)、「道を選べ」「転ぶ先はどっちだ?」(「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」)と、進む先が確定していないような描写も見受けられる。
 どちらも"希望の持てない現状から、進むべき道のわからない現状から踏み出せ"という内容だ。全体を通してのテーマが同じ(あるいはほとんど同じ)なので、曲の世界観が似ているように感じるのだろう。
 他にも共通点は多い。ざっと並べる。
1.「旅人」が出てくる
2.一人称が出てこない
3.テーマのひとつとして"希望の持てない現状を生き抜く"ことも歌われている
  「THE DAY」:果てしない Real survivor 足を引っ張りあう
          生き残った者が勝者で 「FAIR」などは幻想
  「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」:
    世界を切り開け 塗り替えていくんだ 心のままに 生き抜いていくために
4.居場所の曖昧さ、陰と陽の境目
  「THE DAY」:ここは地獄じゃなくて まして天国のはずもなく
         ちょうどそのミシン目のような場所なんだ
  「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」:
    Hey Sister 光と闇はいつも隣り合わせにあって
    そのど真ん中に立っていること 誰も教えてはくれない


 一方で二曲には対照的な相違点もある。
1.二人称
  「THE DAY」は「あなた」、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は「キミ」
2.信じる/頼るべきもの
  「THE DAY」では信じるものが不確かだという内容が歌われる。「LiAR」や「EXIT」などの楽曲も信じるものがわからない、という旨の歌詞が出てくる。新藤さんの歌詞に多いパターンなのかもしれない。
  一方「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」は「道なき道で頼るべきは己から聞こえる声」と歌う。「信じるものは己」というのは、自己を内省する歌詞を書くことの多い岡野さんらしい歌詞だ。
3.運命と主体の関係
 何より一番注目したいのは、運命と主体の関係である。「THE DAY」では「THE DAY HAS COME」つまりその日が来たと歌っているのに対し、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」では「今日を超える明日へ行こう」と歌っている。「THE DAY」ではその日はむこうから「来る」ものであり、「真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ」では明日へむかって「行く」ものである。その日だとか明日だとかを、これからの運命というものだとすれば、それが自分に向かってやってくるのが新藤さんの歌詞で、運命に向かって進んでいくのが岡野さんの歌詞ということになる。この特徴の違いも、とても興味深い。そのうち他の曲も対象に入れて歌詞をより深く見てみたい。

 この二曲の歌詞を比較すると、同じ世界観をそれぞれの目を通して書かれた歌詞を見ているような気分になれる。この二人の歌詞の共通点には「ポルノらしさ」が見え、相違点には「新藤さんらしさ/岡野さんらしさ」が垣間見える。

 

*1:ポルノの歌詞には多分「鍵」と「地図」と「旅人」がよく登場している気がするのでそのうち取り上げて考えてみたい