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来世はペンギンになりたい

今生はジャニオタとして生きる

乗り越えるのをやめた話

NEWS ジャニーズ

 先日、askにこんな質問がきた。

ask.fm

 
 この質問に関連して、補足というか今年の夏前くらいから思っていたことをちょっと書きだしてみようと思う。あくまで主観。すごく主観。

 

 

 私はNEWSについて、4人になってから知ったファンというわけでも、6人時代にもファンだったというわけでもない。どちらでもあるしどちらでもないような気がしている。「Fighting man」直後にNEWSが気になり始めたというものすごく微妙な立ち位置だ。新曲が出たら買いたいと思っていたものの、なかなか出ないので過去を遡ったりもしていたけれど決してリアルタイムではなかった。
 6人になる前のことは知らないことだと言いきってしまえるけれど、6人だったときのことは知っているし、4人になったときのことも知っている。4人の活動を待っていたファンではあるけれど、6人の頃やそれ以前について実体験の懐かしさがあるわけではない。
 6人時代あるいはそれ以前からのファンになれないなら、いっそのこと4人になってからNEWSを知ったファンでありたかった、と思うこともある。だけど私は加藤成亮の10000字インタビューをリアルタイムで読んでこの人のこと好きだなと思って泣いていたし、2人が抜けますということについてNEWSの未来がわからなくて不安だったしよくわからないけどしんどくて泣いたし、加藤シゲアキデビュー作の『ピンクとグレー』を発売日に読んで泣いていたし、「Fighting man」の次のシングルを待ち望んでいたし待ち望んだ結果の「チャンカパーナ」も買っていた。
 過去の映像を見ていても、なんだかしんどくて見ていられないものもある。見るのがあまりにつらくて飛ばしてしまう場面が、少なからずある。
 一方で過去の映像をリアルで見たかった悔しさもある。関ジャニ∞担だった時期もあるから錦戸さんの歌は聞き慣れているし好きなのだが、NEWSでは特に「HAPPY BIRTHDAY」の「君の未来に幸あれ」というパートが大好きで、「このパートを歌う錦戸さんがずるいくらいにいい」という話を友人に散々した記憶もある。だから、このパートを歌う錦戸さんを生で見られなかったことはとても悔しい。「GAME of LOVE」や「Fighting man」など、錦戸さんと手越さんのハモリを聞きたかった曲も沢山ある。とはいえ私がNEWSを気になり始めた頃には既に「LIVE!LIVE!LIVE!」は終わっていたから4人になる前のNEWSのコンサートに行く機会は一度もなかったわけで、悔やんだところでどうしようもないのだが、それでも悔しいものは悔しい。


 もしもの話をしたところでどうしようもないけど、NEWSの「Fighting man」の次のシングルがさくっと出ていたら私は他のグループではなくNEWSのファンになっていただろうかとか、今の4人だから今みたいな姿勢で応援しているのだろうかとか、考えてしまうことはある。NEWSが今のNEWSでなかったらそりゃあ応援の仕方も違うだろう。ここまでのめり込むほど好きにならなかった可能性だって十分にある。でもそれはもしもの話だ。そんなことを考えたところでどうしようもない。考えて楽しい話だったら考えるのもいいけれど、考えて疲れるようなもしもの話はしないほうがいい。わざわざ疲れるようなことをする必要性を感じない。
 だって、どうしようもないことはどうしようもない。思い悩んだところで何がどうなるわけでもない。だってどうしようもないんだから。過去に戻れるわけでも、過去を変えられるわけでもない。私が何をどう思おうが誰かに咎められることでもないし、咎める人がいるならばそれは内なる自分の声ではないだろうか。そんなものに悩まされるのはもうそろそろ飽きた。
 メンバーが自らの意思で決めた脱退について、それを善悪で判断することはできないと思う。正誤の判断も存在しない。自分がメンバーだったら下せる判断もあるのかもしれないけれど、いちファンでしかない私はただの部外者だ。その部外者はどんな基準でだったら判断できるのかと考えても、ない。そこには「脱退した」という事実があるだけでそれ以上でも以下でもない。そこにいろんなことを思ったり考えたりはしても、それはただの個人の感情でしかない。
 元々そこにいたはずのメンバーがいないことについて、痛くもかゆくもなくなることはこの先もないかもしれないというか多分ない。でも別にそれでいい。誰もダメだなんて言ってないし、それでいいと思う。


 24時間テレビ関連で、NEWSが過去を語る機会がいくつかあった。既に知っている話がほとんどだったけれど、そんなこともあったなぁと荒れない気持ちで思うこともあれば、見ていてしんどさを伴うものもあった。
 「脱退」という言葉を聞くと、NEWSに関することだけでなく、NEWSとは全く関係のない傷も痛んでしまう。メンバーが一人減ってもう12年になる、今年17周年を迎えたポルノグラフィティのことだ。私は12年間ずっと、メンバーの脱退を引きずり続けている。そのうち楽になる日も来るんじゃないかと思っていたけど12年も経つというのに時間は解決してくれないし、古傷というよりは現在進行形の生傷なんじゃないかと思うくらい痛むこともある。たとえ本人たちが平気そうな顔をしていて実際に平気だったとしても私は平気じゃない全然平気じゃない。でも、それでもいいじゃん、と最近は思う。

 かつては「全部すべて隅から隅まで好きじゃなきゃファンじゃない」と思っていたこともあった。そのせいで勝手に傷ついたり、勝手に疲れたりもした。どうしても好きになれない部分があったとき、それでも私はファンなのだからたとえ好きにはなれない部分でも無理矢理好きにならなければいけないのか、そうしないとファンではないのだろうか、と考えて苦しかった。そんなふうに無理矢理つくった「好き」を必死に抱え込んでいたせいで疲れてしまって「好き」だと言うことが嫌になってしまったこともある*1
 受け入れられない部分はあっても仕方ない。あるものはあるんだから仕方ない。好きになる努力をしても好きになれない部分もある。自分の主義だったり主張だったりと相容れない部分もあったりする。でも全体として「好き」というしかないんだったらもうそれは「好き」でいいじゃん、と思う。NEWSに関しても、それ以外の好きなものに関しても、好きになれない部分や苦手な部分は少なからずある。しかし彼らに対する気持ちを一言で表現しようとしたら「好き」以外になりえないので、それは好きということなんだろう。
 
 4人になる前のNEWSを知っている私のような人間にも、脱退に関しては乗り越えられない部分があるし、4人になる前からファンだった人は私よりももっと大きく感じられる壁があるのかもしれない。一方で、4人になってからNEWSを知ったという人にとっても乗り越えられない壁みたいなものがあるんだと思う(たまにaskにその手の質問が来ていることから考えるに、そこに乗り越えられない壁みたいなものを感じている人は少なからずいるという印象)。
 でも別に、乗り越えられないなら乗り越えなくていいと思う。無理矢理乗り越えてもそれがいいのかどうかはわからないしそもそも無理矢理乗り越えられるのかどうかわからないし、誰かが「乗り越えなきゃダメ」と言っているわけでもないし、何をもって「乗り越えた」といえるのかもわからないし、それならきっと乗り越えようが乗り越えなかろうが多分そこに大きな違いはない。だったら別に乗り越えなくてもいいじゃん、と思う。壁を感じない人はそれでいいし、壁を感じたとしても無理に乗り越える必要はない。多分。
 私は乗り越えるのをやめた。この先もし乗り越える必要性が出てきてしまったらそのときに考える。とりあえず今は必要性はないし、乗り越えるのをやめておく。
 それに誰かのファンでいることはあくまで趣味の範囲内というか仕事じゃないし誰に強制されてやっているわけでもなく完全に自由意思でやったりやめたりできるものだから法を犯したりファンでいる対象に迷惑をかけたりするのでなければ自分が楽しめるように勝手にファンやったりファンやめたりすればいいとも思っている。ファンの定義なんて誰が決めているわけでもないので、自由に好きなようにやればいいと思う。私はそうしている。

 

 


 ということを24時間テレビの前に考えて記事を下書きしていたので、今回askに来た質問に関連して改めて記事を書き直してみました。
 
 本当に2016年は激動で、ポルノでいえばFCツアーのライブが「1stアルバムを全曲通して演奏する」だったり(MCで脱退したTamaさんの名前も出たりしてた)、ポルノの元プロデューサー本間さんのTwitterにここ数年何してるのか全然わからなかったTamaさんとのツーショット写真がアップされたりした。NEWSでいえば24時間テレビに関連していろんな話が語られた。そのほかにも、私の古傷だったり生傷だったりを抉ることがいくつもあった。とはいえ私の傷が抉れるのは他の誰でもなく私のせいなので、彼らの活動や言動に言いたいことがあるわけではない。だってどれだけ傷ついたところで私はただのファンだから。あまりの痛さにやめたくなったらやめればいいし、それでも続けたかったら続ければいい。彼らに責任はない。私がやりたいようにやっているだけのことだ。私は私のためだけに私の好きなものたちのことを愛している。
 というわけで、乗り越えられないことは乗り越えるのをやめて、これからもやりたいようにファンをやっていこうと思います。

*1:このときは周囲のファンと距離を置くことで心の平穏を保った。ひとりになってしまえば誰と話をするわけでもないので自由に好きでいられるから楽、ということもあった