来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

私のチヨダ・コーキたちへ

 チヨダ・コーキを知っているだろうか。
 彼は辻村深月さんの小説『スロウハイツの神様』に登場する小説家だ。中学生や高校生といった若い世代から絶大な支持を誇っている。『スロウハイツの神様』の主人公である赤羽環をはじめ、きっと多くの人の「生きる手助け」となってくれる小説家。生きるか、生きるのをやめてしまうかは作品に触れた自分自身が決定するべきことだけれど、その決定を「生きる」の方向へ傾ける手助けをしてくれるような作品を書く小説家。読者がつらいとき、「この人の作品があるから生きていける」と思ってどうにか生きていくような、そんなめんどくさい重たさをもって愛する対象。ある種の読者にとって、どうしようもなく胸に響いてしまう存在。
 しかし『スロウハイツの神様』では、チヨダ・コーキは誰もが通る存在でありながら同時に「いつか抜ける」存在としても語られる。十代の精神的につらい時期にはチヨダ・コーキに縋るのに、つらい時期から抜けるのと同時にチヨダ・コーキからも抜ける。でも主人公・環はチヨダ・コーキに救われたことを忘れずに、あるいはチヨダ・コーキの作品に救われ続けながら、彼と彼の作品を愛し続けている。
 小説家ではなくても、チヨダ・コーキ的な存在はいる。誰にでも、これを読むあなたにも、いるのかもしれない。たとえばバンド。たとえばアイドル。私のチヨダ・コーキはポルノグラフィティとNEWSだ。私がつらいときに欲しかったものをくれたこの二組を、私は「私のチヨダ・コーキ」と呼ぶよりほかに言葉がない。

 

 

 十代の私の話をしよう。
 中学生の私は勉強ができる子供だった。生徒数の少ない中学校において、周囲と足並みを揃えられないことは距離を置かれる理由になりえた。でも私のテストの点数は、普段もテスト前もしっかりと勉強をしての成果だ。運動ができるわけではなくこれといった特技もなく他者とのコミュニケーションも苦手な私は、己のアイデンティティの確立のために「勉強ができる」だとか「真面目である」という要素を選んだ。母が褒めてくれる要素であったということも大きい。
 中学校で周囲に馴染めずにいた私は、それでも最初の二年間は大きな問題もなく耐えきった。しかし三年生になって誰もが「受験」というものを意識しだして空気がピリピリしてくると、居場所がなくなってしまった。というかいろんな教科のいろんな先生が私のテストの点数や成績を勝手にバラしていたせいで、受験のための仮想敵のような存在にされてしまった。その結果、嫌がらせに遭った。どう考えてもクラスの誰かがやったことは確かだけれど、誰だかわからない。やった本人としてはいたずらのつもりかもしれないけれど、私にとってはひどく怖いことだった。母に相談したが、私がそのとき最も欲していない言葉をもらっただけだった。
 怒りだか悲しみだかわからなかったけれどとにかく泣いた。今まで頑張ってきたことが全部無駄に感じられた。信じるものが見当たらなくて、どうしたらいいんだろうと何度も考えたが答えは出なかった。
 それからは家にも学校にもいたくなくて、毎日のように遠回りして泣きながら帰った。泣きやむまでふらふらと歩き続けた。私を助けてくれたのは、ポルノグラフィティの音楽だった。当時はまだiPodのような携帯音楽プレイヤーも持っていなかったから、ポータブルCDプレイヤーをこっそり持ち歩いていた。

誰だって それなりに 人生を頑張ってる
時々はその“それなり”さえも誉めてほしい

 「幸せについて本気出して考えてみた」という曲のその歌詞に救われた。私が頑張っていることを認めてくれている気がした。ポルノのことはデビューのときからずっと好きだったけれど、単純に音楽や歌詞がいいと思っていて、特に自分の気持ちを重ねたことはなかった。それまでも学校に馴染めなくてつらかったときは「来月新曲が出るから」だとか「テレビに出るから」ということを糧にして生きていたけど、このとき本当に「私はポルノから離れられない」と思った。ポルノは私の努力を認めてくれる。彼らの歌う「誰だって」にはきっと私も入っている。あのときの私にとってはそれ以上の希望はないくらいに希望だった。
 ポルノグラフィティのギター、新藤さんのエッセイ『自宅にて』に綴られた言葉は私を何度も勇気づけた。ベースのTamaさんが脱退したときのエッセイには「嘘でも前に」というタイトルがつけられていた。

 100%の自信をとり戻すまで「嘘でも前」にだよ。「嘘でも前に」行けるうちは前に行く。「嘘でも前に」行けなくなったそのとき考えよう。そうしてるうちに「明後日か明々後日か一週間後くらい先は、いい日さ」って思えるかもしれない。

 未だに私はこの「嘘でも前に」という言葉を信じながら生きている。華やかな世界で、音楽という夢を仕事にしていて、それでもまだ「嘘でも前に」と思わなければならないことがあるのかと驚いたとともに、だからこの人は私の気持ちに寄りそうような歌詞を書いてくれるのだ、と納得もした。今でもつらいときは「嘘でも前に」進もう、という気持ちでいる。
 週に一度は必ず保健室に逃げ込んだり(毎日保健室に通っていたら親に連絡がいってしまったので週に一度を限度と定めた)しながら、中学校を卒業し、同じ中学からは誰も行かない高校に進学した。担任の先生は、多くを尋ねてきたわけではないが私がつらいことには気付いていてくれて、何かと面倒を見てくれていたが、卒業式の日に「お世話になりました」と感謝を告げて以来一度も会っていない。同窓会にも顔を出したことはない。全てを断ち切ることが、私の「嘘でも前に」進むための方法だった。

 

 ついでに二十代の私の話もしよう。
 高校、大学とそこそこ楽しく過ごした私は就職をしたことで再び壁にぶち当たった。上手くやれなくて、会社を出た瞬間に泣き始めることもあった。会社にいるあいだは絶対に泣かないという気持ちでいたけれど、泣きながら帰ることはやむをえなかった。私を敬えとは思わないしそんなことをしてほしくはないけれど、ちゃんとそこにいる人間として認めてほしかった。働きたいという気持ちで入社したのに置物のようにひっそりとしていることしかすることがなくて、そのギャップにだいぶ苦しんでいた。精神的につらいだけでなく、体に不調が現れることもあった。
 心と頭を殺すことにした。何かを考えるから苦しくなるのであって、何も考えなければ苦しくない。「WHITE」の東京公演に入る直前まで、会社ではただ一日が過ぎることだけを待って、土日には余計なことを考える暇がないくらいに予定を詰め込んで、苦しさから逃れようとしていた。
 10周年のコンサートで愛されることの幸せを教えてくれたNEWSのことは大好きだったけれど、その活動を楽しみにもしていたけれど、今のように何かを発信しようと思うきっかけとなったのは「WHITE」だった。セットリストも演出も「こういう意味があるのでは」と考えたくなることが沢山あった。こんなにも面白いものがあるのに心も頭も殺したままでいるのはあまりに勿体ない。そう思ってしまった。その結果、こうやってブログを始めて、加藤さんの著作についてだったり、NEWSの曲についてだったりMVについてだったり、あーでもないこーでもないと考えてもう一年以上が経つ。
 「QUARTETTO」の広島公演でも、やはりNEWSは私のチヨダ・コーキだった。本編ラストの「ヒカリノシズク」で、つらいと思っている気持ちを誰かに認めてもらったような気持ちになった。どうでもいいものとして扱われる存在ではなく、ここにいることを自信持って主張できるくらい確かな実感があった。

どうにもならない想いもあるだろう
誰にも言えない傷痕もあるだろう

 という歌詞に、つらさを抱えていてもいい、と言ってもらえている気がした。
 そこでようやく自分が何に悩んだり傷ついたりしていたのかがわかった。私は私のつらさを認めたいのに、周りが私のつらさを見透かさないから、表層に現れて誰かが気付かないということはきっと私はまだつらくないのだと思わなければならない気がしていた。
 でも、このつらさは私のものだ。他の誰のものでもない。私の尺度でしか測れない。他の誰かにとってはつらくなくて、余裕で乗り越えられることかもしれない。でも私はつらい。私が私以外の他者の心の内など理解しえないように、私のことは私以外の誰にもわからない。「このくらいのことでつらいなんて誰も言ってない」と思うこともあるけれど私は私であって私以外の誰でもないから私がつらいと思えばそれは私がつらいということに他ならない。私はそれを認めていい。どうにもならない想いがあったっていいし、誰にも言えない傷痕があったっていい。「ヒカリノシズク」を聞いてぼろぼろに泣きながら、そんなことを思った。

 


 チヨダ・コーキ。友達よりも家族よりも近いところにいて、誰よりも遠いところにいる存在。勿論、向こうは私のことなど知りはしない。でも、その作品に触れたり言葉に触れたりすることで、私のことをわかってくれる人がいるような安心感を得られる。錯覚でしかないとわかっていても、その錯覚が嬉しい。明日も頑張ろうと思う元気に繋がる。
 あまり依存的になってはいけないと思うけれど、ポルノグラフィティもNEWSも間違いなく私の生きる楽しみにおいて大きな割合を占めている。もっと気軽に「趣味」として付き合えたらいいのにと思ったこともある。だけど今の私にはまだできそうもない。
 だからといって、現実を見ていないわけではない。現実から逃げているわけでもない。むしろ真逆だ。現実と向き合う勇気を、私はチヨダ・コーキたちからもらっている。大人になった今も。


 きっと本当は、大人になるにつれて心の周りに何層ものバリアを張れるようになる。心に直接触れるものが減って感性のアンテナの感度が低くなる代わりに、強くなれる。チヨダ・コーキがいなくても生きていけるようになる。だけど世の中にはバリアを張れないのか張らないのか、チヨダ・コーキがいないと生きるのがしんどくなってしまう大人もいる。私みたいに。感性のアンテナの感度を失わないままでバリアを張れる人も中にはいるのだろう。でも私は自分にそんな器用なことができるとは思えないし今に至るまでできていない。
 もしかしたら、いつの日か私もそのうち強くなるのかもしれない。感性のアンテナの感度を失う代わりに、上手にバリアを張れるようになるのかもしれない。今のところ私はそれを良しとしていないだけで、実はその気になったら感性のアンテナの感度と引き換えに強くなれるのかもしれない。そのときは私のチヨダ・コーキたちにありがとうとさよならを告げて、今度は真っ当に愛していこう。だけど私はまだ繊細さを保っていたい。傷つきやすい心を晒して、いろいろな感情を受け止めたり発信したりしながら生きていたい。
 私のチヨダ・コーキたちへ。いつか「その日」が来るまで、もう少し甘えさせてください。

 

 別に今すごくつらいとか、そういうわけではないけれど、ふと自分と自分の好きなものたちとの距離を考えて、そんなことを考えた。
 そんなポエミーな夜でした。

 

 

スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)

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スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)

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自宅にて

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