来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

あなたの味方かもしれない彼の話 ―小説家・加藤シゲアキ作品のススメ―

 加藤シゲアキさん、29歳のお誕生日おめでとうございます。29歳のあなたも沢山の人から愛されますようにと願っております。
 誕生日にかこつけてまたもお題(お題「NEWSを知らない君へ」)を使い加藤さんを紹介する記事を書くことにします。多彩な顔を持つ加藤さん、その全てを深く紹介するのはなかなか難しい。どこを切り取って語ろうかと思うと、私は加藤さんの文章にとても惹かれているので「小説家」としての加藤さんを紹介しようと思います。タイトルも「小説家・加藤シゲアキを知らない君へ」と迷いました。
 どうかこの記事が、まだ加藤さんの小説を読んだことのない方々に届きますように。

 

 

 

『ピンクとグレー』(2012年、文庫版2014年)

ピンクとグレー (角川文庫)

ピンクとグレー (角川文庫)

 

加藤シゲアキ『ピンクとグレー』 | KADOKAWA

 

 大阪から横浜へ引っ越してきた小学生の「りばちゃん」は、同じマンションに住む同い歳の「ごっち」と出会う。親友となった二人は中学も高校も大学も一緒だった。雑誌の読者モデルをきっかけに芸能界へと足を踏み入れた二人だが、売れていくのはごっちだけ。気付けば二人の間には埋めようのない溝が生まれていた。やがて二人の仲は決裂してしまう。数年後、同窓会で再会した二人は一体何を想い、どんな行動に出るのか――。
 「芸能界」「渋谷」をテーマとした渋谷サーガ第一弾。二人の青年の苦悩と孤独の物語。

 

 累計発行部数40万部を突破した、小説家・加藤シゲアキのデビュー作。
 文章にはまだ荒削りな部分があるものの、『ピンクとグレー』にはこれを書いていた当時の加藤さんの行き場のない熱が込められている。青春の傷跡から滲み出た膿のような、痛みを伴う小説だ。
 この小説は決して「芸能界の裏側を暴く物語」だとか「アイドルが描く私小説」ではない。芸能界という、誰もがその存在を知っていながらも内部や細部は知らない、近いようで遠い世界を舞台としているが、普遍的に人の心に響くものだと私は確信している。『ピンクとグレー』が描いている本質には、芸能界はさほど重要ではない。二人の青年が抱えたそれぞれの苦悩、それぞれの孤独こそがこの物語にとって重要で、そしてそれらは普遍的に人々が抱えるものでもある。
 りばちゃんのような思いをする人は、きっと少なくない。自分には何もなくて、何もできなくて、必死にもがいても水面はまだ遥か遠くにあって溺れるか溺れないかの瀬戸際にいるような人。何者かになりたいのに、何者にもなれない人。ありし日の、まだ加藤シゲアキになる前の加藤成亮もそうだった。苦悩するりばちゃんの姿は見苦しく、痛々しい。しかしそれでも目を離せないのは、この青年の行く末見届けなければと思ってしまう。それは、彼の抱える想いにどこか覚えがあるからではないだろうか。
 また、りばちゃんとごっちの関係性も、誰しも心当たりがあるものなのではないかと私は思っている。親友同士だった二人。出会ってからずっと、同じ時間を共有してきた二人。
 ダンスの大会中にごっちの姉が大怪我をしてしまい、傷ついたごっちの心を慰めようと、幼い頃の二人は流星群を見にいくのだが、寝てしまったごっちを見ながらりばちゃんはこんな思いを抱いている。

 ふと、父がよく聞いていた吉田拓郎の歌詞が頭によぎる。その<たしかなことなどなにもなく、ただひたすらに君がすき>というフレーズは、あまりにもぴたりと僕の感情と一致した。それは恋とか愛とかの類いではなくて。(p44-45)

 世の中には沢山の「すき」があって、その中には恋愛とは互換性のない「すき」もある。相手のことを大切でいとおしいと思う気持ちは、何も恋愛感情だけではない。きっと、りばちゃんがごっちに、ごっちがりばちゃんに抱いていたのはそういう感情なのだと私は思っている。そういった感情は、珍しいものでも特殊なものでもない。とても普遍的で、誰でも抱く可能性のあるものだと思う。

 一方で、この『ピンクとグレー』の主人公であるりばちゃんとごっちにはこの物語を書いた本人である「加藤成亮」と重なる部分が多い。わざわざ名前を漢字表記にしたのは、加藤さんはこの作品を世に発表するにあたって名を「加藤シゲアキ」と改めたので、これを書いていた時点ではまだ「加藤成亮」だった、という点を強調したいがためである。この作品には「加藤成亮」的な要素が散りばめられている。
 たとえば、りばちゃんは大阪から横浜へと越してくるが、これは加藤さんの引っ越し歴とも重なる。また、りばちゃんとごっちは中学受験をして青学の中等部に進学する。それから高校、大学と青学で過ごす。これもまた、加藤さんの学歴と重なっている。物語にとって「渋谷」が重要なのは、加藤さんが青春を過ごした地が渋谷だからだ。二人が加藤さんと重なってしまうのはそれだけではない。彼らの性格、彼らが抱く想い、それらの端々に加藤さんが見える。
 「加藤成亮」(あるいは「加藤シゲアキ」)という人物が歩んできた道のりを知ったうえで『ピンクとグレー』を読むと、また違った一面が見えてくるだろう。『ピンクとグレー』は普遍的でありながら、とても個人的な部分も併せ持っている。この二面性を是非とも読んで確かめてみてほしい。

 『ピンクとグレー』は行定勲監督・中島裕翔主演で映画化もされている。映画版は原作とは内容が異なる部分が多くあり、オリジナルの展開には賛否どちらもあるとは思うが、映画と原作の比較も楽しめる。映画のDVD/Blu-rayも先日発売になったばかりなので、原作と合わせて見てみるのもいいだろう。

  「気になる作家のどの作品を読むか迷った場合、処女作を読むようにしています」と加藤さん本人が言っているので*1、それに倣ってデビュー作『ピンクとグレー』から読んでみてはいかがだろうか。

 

 <こんな人にオススメ> 
 ・加藤シゲアキをデビュー作から順に読みたい
 ・「青春の痛み」というワードに惹かれる
 ・映画化された話題作を読みたい

 

 

閃光スクランブル』(2013年、文庫2015年)

閃光スクランブル (角川文庫)
 

加藤シゲアキ『閃光スクランブル』 | KADOKAWA

 

 人気女性アイドルグループ「MORSE」のメンバーである亜希子は、同期の卒業や新メンバーの加入で立ち位置が揺らいでしまっていた。そんな彼女が悩みを忘れられるのは大物俳優・尾久田との不倫関係だった。最愛の妻を亡くして以降、パパラッチとして生計を立てている巧は二人のスクープ写真を狙っていた。アイドルとパパラッチ、二人はとある事件で出逢い、思いがけない逃避行が始まる。逃避行の末、二人が選んだ未来とは――。

 

 エンタメ色が強く、スピード感のある物語展開で読みやすい一冊。『ピンクとグレー』は話の展開が重めなので、本を読み慣れていない人ならまずはこの『閃光スクランブル』から読み始めてはいかがだろうか。
 本作では巧と亜希子という男女の物語を描いているが、二人の間にある関係は「恋とか愛とかの類い」であるとは言い切れない部分があるのではないかと思う。もしかしたらこの先そういう関係になる可能性はある。しかし、逃避行をしている段階では、二人は「傷を抱えた者同士」という関係性だった。『閃光スクランブル』は、傷を抱えた二人が傷を舐め合うのではなく、再び生きることと向き合う物語となっている。
 また、この物語では音楽が重要な働きをしている。ピチカート・ファイヴの「東京は夜の七時」、中村一義の「キャノンボール」など、渋谷系と呼ばれる音楽が登場する。単行本発売当時の帯には「死んだように生きてる場合じゃない」というキャッチコピーが書かれているが、これは「キャノンボール」の歌詞「僕は死ぬように生きていたくはない。」「死ぬように生きてる場合じゃない。」*2に由来する。物語のテーマともなっている重要なフレーズとなっている。死ぬように生きていた二人が再び生きることと向かい合う、まさに「再生」だ。

 亜希子は加藤さんと同じく「アイドル」を生業として生きている。亜希子がアイドルとして経験してきたことや考えることの全てが加藤さんに当てはまるというわけではないが、良くも悪くもどうしても重なる部分は出てくる。しかし、加藤さんはそれすら見透かして武器にしているのではないかとも勝手に思っている。
 たとえば、コンサートのシーンで亜希子が見る景色。ステージの上から見えるその景色は、他の誰が描くよりアイドルである加藤さんが表現するからこそ鮮烈で眩しくて美しい。有無を言わさぬリアリティがそこにはある。

 

 <こんな人にオススメ>
 ・角川文庫の夏フェアのカバーが欲しい(今年のフェア対象)
 ・渋谷系とよばれる音楽が好き
 ・エンタメ小説を楽しみたい

 

 

『Burn.-バーン-』(2014年)

Burn.‐バーン‐ (単行本)

Burn.‐バーン‐ (単行本)

 

 加藤シゲアキ『Burn.-バーン-』|KADOKAWA

 

 心を失ってしまった天才子役・レイジ。ある日、彼は魔法使いのようなホームレス・徳さんと広い心を持った優しいドラッグクイーン・ローズの二人と出逢う。二人との出逢いでレイジは人の心を取り戻していく。宮下公園で出逢った三人はだんだんと親しくなり、家族のような愛を抱くようになる。しかし、彼らの幸せは長くは続かない。


 渋谷サーガ第三弾。
 物語は大人になったレイジが演劇界のアカデミー賞といわれる脚本賞を受賞するところから始まる。レイジは天才子役であった二十年前の記憶を失くしており、読者は彼と共に記憶を辿ることで物語が進んでいく。渋谷の移り変わる街の景色、蘇る二十年前の記憶。現在と過去の二つの時間軸を行き来して、どんどん先を読ませるような展開になっている。
 『ピンクとグレー』では友情、『閃光スクランブル』では男女の物語、そして『Burn.-バーン-』では家族を描いている。そこですんなりと「家族愛」と呼ばれるようなものを書くのではなく、レイジ・徳さん・ローズの家族のような愛から大人になったレイジがもうすぐ父親になるという家族の愛を描き出すというところが面白い。単行本発売当初の帯には徳さんの「レイジ、魂を燃やせよ」という台詞が引用されているが、熱い物語にもなっている。
 渋谷サーガを通して言えることではあるが、渋谷の街並みについて詳しくない方は、少し検索して読んでみるのも楽しいだろう(実際、私もさほど馴染みがないので検索して読んだ)。

 本作は「渋谷」「芸能界」をモチーフとした渋谷サーガの第三弾だ。しかし、そのモチーフに拘らずともこの先も小説を書いていけることを予感させる作品となっている。『ピンクとグレー』『閃光スクランブル』では渋谷の街並みや芸能界の描写を軸として物語を展開させている部分もあったように思うが、『Burn.-バーン-』は書きたいテーマと二つのモチーフが丁度いいバランスで混ざり合っている。加藤さんがアイドルであるかどうかは問題ではなく、読んでいるうちに忘れてしまうだろう。いち小説家が書いた小説として素直に受け入れられる作品だ。
 この作品が今までの作品と異なるのは、何より「加藤シゲアキ」という要素が薄いというところにある。『ピンクとグレー』『閃光スクランブル』は確かに加藤さんの分身のような物語といえる部分が感じられた。加藤さん自身、その二作に関しては「通過儀礼」と呼んでいる。通過儀礼のあと、加藤シゲアキは何を書くのか。その答えがこの作品には表れているような気がする。『ピンクとグレー』『閃光スクランブル』と比較して、文章の表現力も技術も格段にスキルアップしている。前二作を読んだ上で比較しながら読むのもいいし、読書が好きで本を読むのに慣れている人であれば、本作から読み始めるのもいいのではないかと思う。

 

 <こんな人にオススメ>
 ・いち小説家として加藤シゲアキを読んでみたい
 ・物語に引き込まれるような物語を読みたい
 ・熱い物語が読みたい

 

 

『傘をもたない蟻たちは』(2015年)

傘をもたない蟻たちは

傘をもたない蟻たちは

 

加藤シゲアキ『傘をもたない蟻たちは』

 

「染色」
 美大生の市村はある日美優という女性と出逢う。彼女のアーティスティックな才能に惹かれ、市村は激しい恋に落ちる。

「Undress」
 主人公・大西は脱サラするために十分に計画を立て、実践してきた。そして退職の日を迎える。彼を待ち受けている非情な運命とは。

「恋愛小説(仮)」
 スランプに陥った小説家は、自分の小説の書き出しが夢に出てくることに気付く。彼は亡くなった初恋の相手を夢の中に蘇らせようとする。

「イガヌの雨」
 主人公・美鈴はイガヌを食べることを禁止されて育った。「イガヌ」とは、突如空から降ってきた宇宙生物で、見た目のグロテスクさとは裏腹に内臓は美味しい。「食」をテーマにしたSF。

インターセプト
 男女の恋愛心理戦を両方の側から描いたサスペンス。背筋がぞくっとするような物語の結末にも注目。

「にべもなく、よるべもなく」
 今作のための書き下ろし。
 海辺の町に育った二人の中学生、純とケイスケ。親友と呼び合う二人は、とあることがきっかけですれ違っていく。思春期と大人になることの葛藤を描いた作品。

 

 加藤シゲアキ初の短編集。バラエティに富んだ六編が収録されている。系統を絞らず、様々なジャンルの話を書くあたり、多趣味な加藤さんらしいともいえる。
 公式サイトを見ると「いまを生きる人々の「生」と「性」を浮き彫りにする6編の物語。」というキャッチコピーがついている。確かに「性」に関しては、過去の作品と比べると性描写は多くなっているものの、特に過激というわけでもないので小説を読み慣れている人にとっては特筆すべき部分ではないように思う。アイドルが性描写を描くという部分では注目したくなるところなのかもしれないが、いち小説家として加藤シゲアキを読む際に意識する必要はないだろう。むしろ、この六編を通して感じるのは「生」のなまぐささだ。物語が終わっても、登場人物たちは生き続けなければならない。それでも生きていくしかない人たちのどうしようもないほどの「生」を描いている。
 発売当初の帯には「生きづらさを抱えた人々の痛みと希望を描く」とあるが、「生きづらさを抱えた人々」も「痛み」もわかるが「希望」についてはよくわからないところもある。きっと読んだ人に委ねられているところなのだろう。個人的には、どんなに絶望しても未来が見えなくても登場人物たちが生きているところが希望と繋がるのだと思う。救いがあるに越したことはないが、現実にどんなつらい状況に陥っても救いが見えないこともある。それでも生きていかなければならない。生きていくしかない。そういうときに『傘をもたない蟻たちは』で自分と同じように悩んだりしている人々を見て共感することは、ある種の希望になりうるのではないだろうか。
 登場人物たちはみなどうしたら自分が生きやすくなるのかを模索して迷路に迷い込んでいるようにも見える。言葉を選ばずに言うと「自分が一番可愛い」というやつだ。しかし、人間とはそういうものだとも思う。私も、とても健全で人間味のある登場人物たちだからこそ、読んでいて胸に響く部分も多い。「生」にしがみつく人々の姿を見て、自分の生について考えることもあるだろう。

 また、本作はフジテレビ系でドラマ化もされている。「インターセプト」「恋愛小説(仮)」「にべもなく、よるべもなく」の三編をもとにオリジナル要素を加えて全四話として再構築したドラマとなっている。DVD/Blu-rayの発売はないが*3、FODで有料配信はされているので、気になった方は是非見てみてほしい。原作・出演・主題歌(NEWS)と、加藤さんが三役を務めていることにも注目。

傘をもたない蟻たちは - フジテレビ

 

 <こんな人にオススメ>
 ・いろいろなタイプの話を楽しみたい
 ・さくっと短編で加藤シゲアキを読みたい
 ・ドラマ化原作を読みたい

 

 

加藤シゲアキ作品の魅力

 物語としての面白さは勿論魅力のひとつだし、アイドル・加藤シゲアキが書いているということもまたひとつの魅力であるのかもしれない。でも、それだけではない。加藤シゲアキの書く作品と小説家・加藤シゲアキはきっと、悩める私の、そしてあなたの味方だ。
 加藤さんの小説には「何者かになりたいけれどまだ何者にもなれない人々」の姿が多く描かれている。『ピンクとグレー』のりばちゃんはまさしくそうだし、『閃光スクランブル』の亜希子や巧もこうありたい自分の姿と現実の自分のあいだで揺れていたし、『Burn.-バーン-』のレイジは賞を受賞したことや父親になるこという「何者かになること」に悩んでいた。現在「週刊SPA!」にて連載中の『チュベローズで待ってる』の主人公・光太も、就活に失敗して何者にもなれないところから始まっている。
 加藤さんの描く主人公たちはみな、自己を確立しようともがいている。加藤さん自身もそういうった悩みを抱えるひとりであったように思う。だからこそ、その悩みがどれほどつらく苦しいものかが、加藤さんの描く世界から伝わってくる。
 何者にもなれないということは誰もが抱える悩みでありながら、誰かに話すべき悩みではないと思ってしまうこともある。同じような悩みや苦しみだからこそ、共感以上につらくなってしまうこともあるし、それぞれが持つ「何者にもなれない」という悩みは微妙に違っていて、いくら話しても互いに完全にわかりきることはできない。誰かに話しても欲しい答えが得られるとは限らない。とても普遍的でありながら個人的な悩みだ。きっと「私」しかその答えを出すことはできない。でも加藤シゲアキという小説家はそんな悩みにも痛みにも頷いてくれる気がする。痛みそのものを分かち合うことはできないけれど、優しく寄り添ってくれる。物語の力で、痛みに苦しむ人々を肯定しているように思える。それでもいいんだよ、と苦しんでいることをわかってくれる。
 何者にもなれない人、かつて何者にもなれなかった人に、そういった悩みを抱えたことのある人には是非とも加藤さんの小説を読んでほしい。どうすればいいかという明確な答えが得られるわけではない。答えは人それぞれ違うから、自分で見つける以外に道はない。同じように悩み苦しむ登場人物たちを見て、痛みを感じてしまうこともあるだろう。でも、そんな痛みのある物語を書くこの加藤シゲアキという小説家は、かつて同じ悩みを抱えていた彼は、何者にもなれずでも何者かになりたくてもがいている人の味方なのではないだろうか、と思えてくる。少なくとも私は、加藤さんの作品たちと加藤さんが味方でいてくれるような気がするから心強く思えている。

 加藤さんはよく「自意識が……」と言う話を口にすることがあるが、それは自分が他者からどう見られているか、「自分」についてとても興味がある人であることの表れだと思っている。加藤さんの描く登場人物たちも、「自分」に対する関心が強い。心理描写や直接的な感情の表現が少ない、どちらかといえばドライな文章でありながら、どこかウェットで人間くさい雰囲気があるのは、登場人物たちの「自分」への関心のせいだろう。みんな自分が大好きで、それと同じだけ自分のことが大嫌いな人たちだ。自分なんてどうでもいいと思いながら、同時にどうにかしたいとも思っている。「何者にもなれない」という悩みも、この「自分」への関心に含まれる。自分についての悩みはきっと一生尽きないのではないかと、私が私である限りこの悩みにつきまとわれて生きていかなければならないのだろうと、自意識の強い私は思っている。
 まさに今「自分」について悩んでいる人たちや、かつて悩んでいた人たちに響く小説なのではないかと思う。もし心当たりがあったなら、ここにあげた一冊でも手に取って読んでみてほしい。もしかしたら、何か響くものがあるかもしれない。

 

 

今後の加藤シゲアキ作品予定

 現在は「週刊SPA!」にて『チュベローズで待ってる』を連載中。就活に失敗した光太が新宿の街を歩いていたとき雫と名乗るホストにスカウトされ、「チュベローズ」というホストクラブで働くという話。7/11現在は5話までで、明日7/12発売号に6話が掲載される。加藤さんの談によれば、年内に単行本化する予定とのこと。
 また、明日7/12に発売される「野性時代8月号」にも、特別読切「おれさまのいうとおり」が掲載される。こちらは加藤さんが現在出演しているドラマ「時をかける少女」にちなみ、筒井康隆さんの原作『時をかける少女』へのオマージュ作品となっている。
 小説家・加藤シゲアキの今後の活躍も目を離せない。

 

 アイドル・加藤シゲアキは勿論のこと、小説家・加藤シゲアキのことも是非知って欲しいという思いでここまで書いてきた。アイドルとしての仕事が忙しくても小説家としても書き続ける彼の小説を、是非一度読んでみてほしい。

 

*1:GQ JAPAN」8月号に寄稿した書評より

*2:キャノンボール - 中村一義 - 歌詞 : 歌ネット

*3:いつかしてくれとはずっとずっと願い続ける