来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

ストーリー・テラーの見た夢 ―「星の王子さま」演出考察未満―

 はじめまして、QUARTETTOコン「星の王子さま」出のシゲ担です。
 加藤さんのことはもう十分すぎるほど好きでいるつもりだったのに、まだまだ好きになる。「星の王子さま」で、また改めてシゲ担になった気がする。そのくらい私には大打撃を食らわすようなソロだった。
 ので、考察と呼ぶほどのものでもない覚書を残しておこうと思う。入った公演は5/28(広島)、6/11と6/12(東京)。号泣していたので記憶が曖昧だけれど、メモ程度に。
 

 ちなみにアルバム発売時に歌詞についてうだうだ考えた記事はこちら。

penguinkawaii.hatenablog.com

 


 今回、バックについているJrは全員真っ黒いタイツのような服で全身を覆っていて顔も見えない。頭の上にはバラ、キツネ、星のモチーフを被っている。今回の加藤さんの世界観に必要なのは「人」ではなくてモチーフとしての要素であることがわかる。なんなら前回の「ESCORT」ではJrそれぞれにキャラ設定がついていても不思議じゃないくらいホテルマンの演技を求めていた感じがしたけれど、今回はその真逆といった感じがした*1きゃりーぱみゅぱみゅのバックダンサーみたいなイメージ。
 ダンスはコンテンポラリーな雰囲気があった。詳しくないはないけれどイメージとしてそんな感じ。そういう雰囲気を感じた。系統でいうと星野源さんの「SUN」や「化物」「SNOW MEN」のMVに近いような感じもする。
 
 白に黒ストライプのスーツ(ダブル)、赤ドットのネクタイ、眼鏡。椅子に座って机に向かい本を読んでいる加藤さん。王子さまが沢山咲いたバラを見たあたり、キツネが「本当に大切なことは目に見えない」と言ったあたりを朗読。そしてイントロが流れ始める。
 椅子に座る加藤さんの周りに最初にいるのはバラ。「日々乱反射していく風景」のあたり(違ったらごめん)でバラに支えられ宙を飛ぶ加藤さん。飛行機的な意味合いにも、宇宙を漂うようにも見えた。
 この最初の部分は加藤さんの周りにはバラ→加藤さんはバラから離れて別のところへ=バラの花のいる星を離れて旅に出た王子さまのイメージなのかな?と思った。だとするとあのときのメインステージのあたりが惑星B-216だったのかもしれない。と思ったけど別にさほど意味もない気もする。
 センステには星がいて、センステに向かう途中でキツネと出会った気がするけどこのあたりあんまり記憶にない(広島ではなかなか見えなかったのと、東京では号泣してたのとで記憶が飛んでる)。もし途中でキツネと出会ったんだとしたら物語をなぞっている感じにも取れる。
 「星の光をいま」のあとに少し曲が止まり、加藤さんが両手を前に持ってきてふっと息を吹きかけると、それまで制御で消えていたペンライトが一斉につく。
 私はしつこいくらいに「ペンライトはボタン電池で光る星」(ボタン電池で光る星 - 来世はペンギンになりたい)であると書いている。Twitterでもブログでも、何度も書いている気がする。このとき、加藤さんはペンライトを星の光に見立てていた。
 そして最後、バックダンサーたちがはけていき、センステに加藤さんが一人残り、また朗読。サン=テグジュペリの『人間の土地』と言う本に出てくる言葉を引用する。「王子さまは言いました、“愛しあうということは見つめ合うことではなく、同じ方向を見つめること”。君なら、わかるだろ?」
 (加藤さんの朗読部分は曖昧なので雰囲気だけ感じ取ってください)
 
 この演出の意味するところは、はっきりとわかったわけではないけれど、なんとなく「ストーリー・テラーの見た夢」という言葉が思い浮かんだ。加藤さんが演じる(どこか衣装にサン=テグジュペリを感じる)ストーリー・テラーが「星の王子さま」の世界にいざなってくれる感じがした。それはまるで夢のような、不思議な世界。最後には夢からさめて、バラもキツネも星もいなくなる。一人残った加藤さんは「君」に語りかける。なんとなく、そんなふうに思った。
 最後の引用も、『星の王子さま』からではないのがなんとなくストーリー・テラー加藤シゲアキだなぁと思ったし、これからのNEWSとファンのことを言っているようにも思えた。ソロの前の曲「チェリッシュ」では「見つめるたびに恋」と歌う。見つめるような恋をすぎて、同じ方向を見る=愛し合う段階にきた、ということかなと思った。NEWSの見る未来を見たいと願うことが同じ方向を一緒に見ることになるのなら、私はNEWSの見る未来が見たい。
 
 2番が省略されているのでポエトリーリーディングの部分がないのだが、「星の光をいま」で一斉にペンライトがついたとき、「In one of the stars I shall be living. In one of them I shall be laughing.」のあたりを思い出した。『星の王子さま』でいうと「ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ。だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ」(26章、p156)という部分。
 今回の加藤さんの演出はドームでこそ映えると思ったのだが、その最大の理由がこのペンライトの演出だ。
 55000のペンライトの光はそれぞれが星の光。そのどこかに「君」がいる。東京ドームにいるすべての人々を見るのは叶わないかもしれないけれど、どこかに「君」がいるから、星がみんな笑っているように見えるよ、なんて。そんなふうに思えた。
 加藤さんのソロ演出には、あまり「君」がいない。少なくとも、自分が生で見た「Dreamchatcher」「ESCORT」に関してはそう思った。でも、「星の王子さま」はそうではなかった。ペンライトを使うということもそうだけれど、そこに「君」がいることがちゃんとわかって、なんだかすごく嬉しかった。


 
 
 
 加藤さんのソロはいつも、ちょっとわかりにくくて難しい。ソロ1曲という短い時間の中で表現するには、わかりやすいほうがわかりやすい。わかりやすく恰好良いとか、わかりやすく可愛いとか、そういうわけでもない。“加藤シゲアキ”であることはわかりやすいけれど、一度脳を通さないと理解できない演出がふんだんに盛り込まれている。
 私も最初に見たときはわからない部分が多かった。席がアリーナだったのでセンステが高くて見づらいということもあり、なかなか全容を把握しきれなかった。何がやりたいのかはなんとなくわかった気がするけれど、それが伝わっているかといったらまた別の話で、やりたいことはわかるけれどそれを掴みきれなくてもどかしかった。自分に芸術に詳しくないことを悔しく思ったし、中途半端に知っている部分があることも悔しく思った。
 きっと加藤さんのソロは、一回見ただけでは足りないのだと思う。一度脳を通さないとわからない部分が多いから、一回では足りない。前回の「ESCORT」はホテルマンというわかりやすい設定がついていたけれど、今回はそういうわけでもない。サン=テグジュペリの「星の王子さま」をモチーフとしていることしかヒントがない。
 それに加藤さんのソロは映像的な思考回路で作られている気がして、だからこそ細部が見えないとなかなかわからない部分がある気がした。広島で見た後も、加藤さんのソロは映像で作ったほうが伝わるようなつくりをしているんじゃないかという話を同行の友人としていた。でも、今回のオーラスの「星の王子さま」では、わかるとかわからないとかそういうことではなかった。加藤さんがやりたいことも伝えたいことも「わかる」「伝わる」という段階を飛び越えて心とかそういうところに飛び込んできた感じがした。
 私の個人的な趣味の話だけれど、大きな会場をめいっぱいに使った演出が好きだ。Whiteで言えば増田さんソロの「Skye Beautiful」。光と映像で、増田さんはたった一人でドームを圧倒していた。目の前の増田さんを見る以外のことができなくなった。増田さんの「圧倒する」はそういうことだった。
 広さを武器にした演出が大好きだから、今まで見た加藤さんのソロの中では一番「星の王子さま」が好きだ。オーラスは本当に涙が止まらなかった。加藤さんが表現したいものが、この広い空間に溢れている。加藤さんの「圧倒する」は思考を奪うことではなくて、思考に飛び込んでくるような感じがした。わかるとかわからないとかそういうのを飛び越して、涙が止まらなかった。これが加藤さんのソロ。これが「星の王子さま」。泣きながら、また改めてシゲ担になった。
 ドームで、加藤さんのソロに圧倒されるのが夢だった。その夢が果たせて、私はとても嬉しい。

 加藤さんのソロは、多くの人がいろんなことを考えることができる。ここはこういう意味があるんじゃないかとか、あのシーンはこういうことなんじゃないかとか、見た人の数だけ楽しみ方がある。私は加藤さんのソロのそういうところが大好きだ。
 
 でもやっぱもう一回見ないとわからないから今年は早く映像化してください!!!それまで「ESCORT」見て楽しみます!!!!!

 

  

*1:それにしても、この曲の世界観のために顔も見せないでダンサーに徹するのすごい