ピーターパン、あるいは永遠に失われることのないきらきらについて

お題「ジャニヲタになったきっかけ」

 

 丁度よく書きたかったテーマと関連するお題があったので乗っからせていただきます。
 私のジャニヲタ人生が始まったときの話と、私をジャニヲタにしたグループの話。
 
 母がSMAP木村担であり、幼少期の最も古い記憶のひとつとして「ワイドショーで見た森くんの脱退会見」が焼き付いているほどに、私の人生はジャニーズと共にあった。姫ちゃんのリボン赤ずきんチャチャもリアルタイムで見ていた。
 一方で、小学生の頃、母やクラスメイトのアイドルに対する熱狂ぶりを見て、冷めているのが恰好いいと思っていた私は一時期「アイドル」というものに対して拒否反応を示していた。私が初めて能動的に音楽を聞こうと思ったのがポルノグラフィティという「バンド」であったこともその理由の一端だったかもしれない。
 でもバラエティ番組やドラマではアイドルを見ていたし、こっそり嵐やTOKIOの曲を聴いていたし(嵐はみんな聴いてるし、TOKIOはバンドだからOK!という謎理論)、SMAPの曲は記憶や生活と密接に関わり合っていたし、アイドルとは無縁の生活を送っていたとは言い難い。しかし、ここまでアイドルを中心に生活を回すことになるとは、あの頃は思ってもいなかった。CDも買ったことがなかった。みんなJEからCD出してるんだと思ってた。雑誌だってあんなに沢山あるとは知らなかった。友達が持っている切り抜きは全部JUNONに載っているものだと思っていた。

 

 明確な転機となったのは、「光GENJI」の存在だ。
 もし、光GENJIをリアルタイムで追いかけていた方々がこの記事を見ていたら「それは違う」と言いたいこともあるかもしれない。私は彼らが現役でアイドルだった頃をほとんど知らない。全く知らないと言ってもいい。あくまで、後追いで光GENJIという素晴らしいアイドルに出会った私の主観で彼らの素晴らしさを語りたい。
 
 2009年、私は大学生になった。
 大学生になった私は、人生で一番楽しかった校生活が終わったことへの悲しみに暮れていた。仲のいい友達とも離れ離れになったし、大学の人達はみんな眩しくて目が痛かった。ついこのあいだまで同じ高校生だったはずなのに、差がものすごかった。受験のストレスで何を思ったか突如切ってしまった似合わないショートカットで、男子に間違われながら大学生活を送っていた。
 毎日が曇り空だった。どんよりにも程がある日々。サークルにも入ったが、当初は上手く馴染むことができず、あまり行っていなかった。バイトに行くかカラオケに(勿論一人で)行くかで時間を潰していた。
 そんなある日、高校時代の友人から「今光GENJIにハマっている」という話を聞いた。
 なぜ今。今2009年だよ!?という驚きが隠せなかったが、よく一緒に遊んでいた3人のうち私を除く2人が光GENJIにハマっていた。これは私もハマらなければ友人たちとのつながりが失われてしまうのではと焦った。もしハマれなかったらどうしよう、と不安を覚えながらも、友人にオススメの曲を尋ねた。
「とりあえず、STAR LIGHTを聴くといいよ!」
 何がとりあえずなのかわからなかったが(後にこれがデビュー曲であると知る)、「STAR LIGHT」を聴いてみた。
 やばい。
 学校へ向かう道を歩きながら聴いて、突如立ち止まってしまったことを覚えている。曇天続きの私の大学生活に光が射し、いやもう光が射すというか雲を割って隕石が落ちてきて、ジャニヲタとしての私が誕生した瞬間だった。
 あの透明感のありすぎる大サビの「胸に住んでる君のこと」の少年は誰!?と友達にすぐメールした。赤坂くんだよ!とすぐ返事が来た。
 他の曲もたくさん聴いた。なんかもう全体的にやばい。名曲すぎる。なぜ今までこんなにすごい曲があることを知らなかったのか。驚きと興奮が脳内を占めていて、それ以降は講義なんてろくに頭に入らなかった。

 

 光GENJIに関する情報は、ネット上にはさほど多くはなかった。というか、彼らがアイドルであった頃の情報はなかなか探しきれなかった。インターネットの普及とは恐ろしいものだなと思いながら検索してみると、どうやら「明星」というアイドルの雑誌があるらしい。神保町の古本屋で買い漁った。CDもレンタルがみつからなかったので買い集めた。必要に迫られて、アイドル雑誌の存在を知り、CDを集めるようになった。一気にジャニヲタ街道をひた走った。若干逆行しながら。自分でも「私はどこへ向かっているんだ……?」と思いながら足を止める気はさらさらなかった。めちゃくちゃ楽しかった。
 雑誌などで写真を見ると、やたら肩パッドの強いジャケットを着ていたりやたらサイズが大きいだぼだぼの服を着ていたりやたらショートパンツで露出が多かったりと、今見ると「それはかっこよくはないだろ」と思ってしまう服装が多いのだが、七人は圧倒的に輝いていた。時代の変遷による服のダサさなど関係ないくらいに恰好よかった。圧倒的な輝きの前では服とか意味なかった。
 光GENJIがデビューし、社会現象を巻き起こすほどの人気を博し、そして去っていった時代のことを、私は知らない。リアルタイムでの光GENJIの記憶は、忍たま乱太郎の主題歌「勇気100%」と挿入歌「0点チャンピオン*1ひらけ!ポンキッキのカセットに収録されていた「クレヨンで描いたタイムマシン*2くらいしかない。というか、当時大好きだった「クレヨンで描いたタイムマシン」を歌っているのがSAY・Sだと知ってものすごく驚いた。メンバーも、諸星さんくらいしか知らなくて、よくこんなすごいアイドルを知らずに今まで生きてこれたなと驚いた(母がSMAPが好きすぎて光GENJIはあまり好きではなかったということも理由かもしれない)。
 メンバーの中では、光(年上の二人)が特に好きだ。内海さんの圧倒的な脚の長さは何度見ても飽きずに見惚れていた。大沢さんの顔がものすごく好きで、当時の映像の粗さでも伝わるあの整った濃いめの男前具合をひたすら眺めていた。全員運動神経が良く、難易度の高いアクロバティックな動きも難なくこなす様子が恰好良かった。

 

 全員が全員、冗談じゃなく輝いていた。まるでこの世のものではないみたいで、どこか遠い世界の王子様みたいだった。遠い国ではなく遠い世界。ファンタジーの異世界に住んでいる存在を垣間見るような、そんな気持ちだった。
 idolとは、偶像を指す英単語である。
 光GENJIは、「アイドル」が正しく「偶像」の意味だった時代の最後のアイドルだと思う。その偶像さが、私が光GENJIに対して見ていたファンタジーの異世界感だ。
 彼らの存在そのものもそうだし、歌っている楽曲も現実とは離れたきらきらした遠い世界のことを歌ったものが多い。デビュー当時だけでなく、解散間際までそういった楽曲が多いように感じる。
 SMAPが「リアル」を売りにするアイドルとなったことも頷ける。「偶像」として、光GENJIはやれることをすべてやってしまって、いけるところまでいってしまったのだ。この先、光GENJI以上に「偶像」であるアイドルはもう二度と現れないと思う。ネットが普及し、どんな情報でも得やすくそして発信しやすくなってしまって「偶像」を作り上げにくいということもあるけれど、「偶像」としてやれることをやろうとしたらそれらはすべて光GENJIの二番煎じにしかならないだろう。超えることは、きっとない。
 それだけのことをしてきたのに、光GENJIの活動期間は10年もない。大沢さん、佐藤さんの2人が抜けた以降(光GENJI SUPER 5)を含めても1987年から1995年の8年間だ。今やアイドルの10周年や15周年、20周年という言葉が聞こえるなかで、彼らは8年間を駆け抜けた。
 光GENJIはピーターパンだったのかな、と思う。ピーターパンだったのなら、あれだけきらきら輝いていたのもなんだか頷ける。大人になることを拒んだのは彼らではなくて、彼らを取り巻く状況や環境だったのだろう。「リアル」を売りにしたSMAPは、アイドルがアイドルのまま大人になることを示してみせた。SMAP以降のアイドルがアイドルのままで大人になれるのはSMAPが前例を作ったからではないだろうか。


 なんだかちょっとしんみりしてしまったが、彼らがいかにきらきらしていたか、楽曲の面からも語りたい。というかオススメ楽曲を紹介したい。聴いて!
 光GENJIの楽曲は儚さとファンタジーと透明感で出来ている。
 デビュー曲の「STAR LIGHT」も明るくて元気というよりは、少年の儚さや刹那性を思わせる楽曲だ。リリースを重ねるにつれて少年性は次第に薄れていくものの、透明感は変わらない。それぞれが歌うと個性が出るのに(すごく個性出る)、七人の声が合わさると柔らかくて優しい透き通った歌声になる。
 初期の曲だと「Graduation」の儚さと透明度がずば抜けている。ファーストアルバムに入っているので、音源の歌声が若い。若さという儚さと透明感が全編にわたって展開される。先日のミュージックステーションでアーティストのラストステージを特集していたが、この曲を歌い終えてローラースケートを置いて去っていく映像があって思わずちょっと泣いた。
 私が光GENJIで最も好きな楽曲は「BRAVO!Nippon~雪と氷のファンタジー~」だ。リレハンメルオリンピックの曲で、爽やかさと儚さと刹那性と透明感と壮大さが共存する素晴らしい曲。要素過多すぎて共存するかよと思ったらとにかく一度聴いてください。共存してるから。
 「BRAVO!Nippon~雪と氷のファンタジー~」は、初期の光GENJIらしさもありつつ、成長した七人の恰好良さも引き立たせる楽曲だ。ちなみに歌詞*3にはタイトルに使用されている単語は一個も出てこない。オリンピックらしさを出すためにこのタイトルなのだろうと思うが、特に曲とは関係ない。でもそんなことどうでもいいくらい名曲。
 また、歌詞検索サイトで光GENJIの楽曲をどれでもいいから適当にいくつか開いてみればわかると思うのだが、全体的に歌詞がファンタジックだ。「B.C.物語」とかすごい。Before Century。アダムとイヴとかノアの方舟とか出てくる*4。「THE WINDY」も「幻の国から神話を連れ出したよ」*5という歌い出し。「荒野のメガロポリス」もすごい。荒廃した未来を歌うSFソング。何かのアニメのタイアップかと思うけど別にそうではない。特に何もないけどファンタジック。理由なきファンタジック。「365コの夜」も好き。ゴシックでファンタジックな世界観の好きなジャニヲタはきっと好きなはず。
 こういったファンタジック楽曲が多いのも、光GENJIが遠い異世界に住んでいるような感覚と繋がっているのかもしれない。光GENJIが持つ「偶像」のイメージは、楽曲によって更に色濃く作り上げられている。

 

 アイドルをコンテンツのひとつと捉えたとして、そのコンテンツを売りだすにはイメージは重要だ。YOU&Jの3組の 白=SWEET=NEWS/黒=COOL=KAT-TUN/カラフル=POP=関ジャニ∞ というイメージを考えるとわかりやすいかと思う。同時期のグループとして印象が重ならないように上手く分けられていたし、三組とも今もそのイメージを纏っている。ただし、これらのイメージはある程度の自由さがある。シンプルなコンセプトだけを定めて、そこに何かを足したり時には少し逸脱したりして様々にカスタマイズできる。
 しかし、光GENJIが背負っていたイメージは汎用性が高くなかった。よその星から来たような少年、漫画の中から出てきたような少年、大人にならない少年、そんな現実離れしたイメージ。いつか終わる「少年」のイメージを大々的にアピールしすぎたのかもしれない。だから、それ以外のイメージを上手く付けることができなかった。
 しかしそれゆえに、彼らは楽曲や映像の中にきらきらと輝く永遠の少年の姿を残している。大学生になりたての、曇天の日々を過ごしていた私は、間違いなくそのきらきらに希望を見出して、救われた。
 別に彼らのファンになったからといって私がきらきらできるわけではないけれど、きらきらしている彼らの姿を見るだけでなんだか元気になれた。どこか素敵な世界へ連れていってくれるような感覚で、やっぱりピーターパンみたいだと思った。気付いたら、サークルの人たちともまともに喋れるようになって、大学に向かうことが苦ではなくなった。初めてのオフ会にも参加してみたり、だんだんと世界が広がっていった。


 光GENJIは既に解散していて、追える情報にも限界があった。やがて、光GENJIという物語を読み終えてしまった感覚がやってきた。寂しさと悲しさを勝手に覚えていたけれど、それでも彼らの曲を聴くとあのきらきらを感じて元気になる。
 ほどなくして、現在進行形でアイドルとして続いていて、以前から知っていた嵐に興味の目が移ることとなる。その時にはもう、ジャニーズのCDを買い集めることにも雑誌を買うことにも抵抗がなくなっていた。
 あのとき光GENJIと出会わなかったら、私はジャニヲタになることもなかったし、曇天のままの日々を過ごしていただろう。そこから連れ出してくれたのは、ピーターパンの如くきらきら輝く永遠の少年たちだった。

 

 母の影響もあってSMAP以降のアイドルしか知らないで生きてきたので、THE偶像ともいうべき光GENJIの姿はとても新鮮だった。思うに、SMAPが「アイドル」に「エンターテイナー」「なんでも屋」といったような意味を付加したことにより、SMAP以前と以降では「アイドル」の意味が違ってくる。 
 そして、SMAPが作ってきた「アイドル」に、それより後のアイドルたちが新たな意味を加えていく。現役アイドル小説家加藤さん、建築アイドル伊野尾さん、キャスターアイドル櫻井さん小山さん、他にもたくさんいるし、この先もたくさん出てくるだろう。これからも「アイドル」の定義は更新され続けるだろう。
 その歴史の中で、光GENJIがもっていたあのきらきらは永遠に失われることはない。
 アイドルは大人になる。ピーターパンはもういない。だからこそ、輝きの国から夢を運んできた少年たちは、刹那的で瞬間的なものでありながら、同時に永遠でもあるのだ。