来世はペンギンになりたい

好きなものを好きと言うために生きてる

“もう一度「再生」するための魔法”の先に ―『閃光スクランブル』考察―

 

 『ピンクとグレー』を再読したので、なんとなく『閃光スクランブル』も読み返してみました。特に考察として何かを書くことはないかな、と思っていたのですが、読んでいたら書きたいことがざくざく出てきたのでまた考察メモを残しておこうと思います。
 



 

0.はじめに
 前作『ピンクとグレー』と『閃光スクランブル』の最大の違いは、小説家が書いたかどうか、だ。
 『ピンクとグレー』を書いていた時点での加藤さんは小説家ではなかった。しかし『閃光スクランブル』の執筆に取り掛かる頃にはもう『ピンクとグレー』の出版が決まっていたか既に出版されていたかしていただろうから、つまり『閃光スクランブル』を書いたのは小説家・加藤シゲアキということになる。
 『ピンクとグレー』では加藤さんという人間を二人に分けたような描き方がされていた。今回も巧と亜希子という二人の主人公を中心として話が展開するが、巧のほうには加藤さんの内面が反映されているようには見えない。ただし、亜希子に関しては、女性ではあるもののアイドルということもあってか加藤さん的な部分が垣間見える。
 また、性別が女性であることで、加藤さんの内面が反映されていたとしても、現実の加藤さんとは違う部分も色濃くなる。前作はあえてノンフィクション寄りとして書かれていたように思うが、『閃光スクランブル』はフィクションの度合いが強くなっていて、いわゆるエンタメ寄りの作品に仕上がっている。勿論、『ピンクとグレー』が私小説だとは思っていない。あくまで度合いの話だ。
 
 エンタメの度合いは増しているが、それでもまだ登場人物に託して書かねばならない加藤さんの思いがあったのかもしれない。そんなことを思ってしまったので、もしそこに込められた思いがあるとしたら読み解きたいと思ってしまう。もしかしたらただの勘違いかもしれないけれど、書くか書かないかだったら書かないなんてないかなって思ってしまったので、この文章を書いている次第である。
 
1.「魅力」
 巧と亜希子、二人のうちでより『加藤シゲアキ』的な人物はどちらかと言ったら、亜希子のほうだろう。アイドルという職業だけではない。亜希子の身に起こる出来事や、そのたびに亜希子が思うこと・取る行動、それらが加藤さんを想起させる。
 
①職業が「アイドル」 
 
②魅力って何?→答えられない

「お前の魅力ってなんだ。顔か? 歌か? ダンスか? どれか一つでも秀でているものがあるのか?」
 ジャックはこんな風に現れてはアイドルとしてのアッキーを否定する。もちろん他のメンバーには見えていない。(p40)

(事務所のえらい人に相談しに行ったときの話)
――なんて言われたの?
「厳しいことをいっぱい。いちばん、グサッときたのは、“自分の魅力って何?”って聞かれたことだった」
――なんて答えたの?
「答えられなかった。でも、答えられないから、俺は立ち止まってしまったんだってわかった。(…)」(Myojo 2012年1月号)

③同情、気を遣っていると思えてしまう声援

 自分に憧れている人間が存在するなんて、どうしてもイメージできない。さっき私の名前を呼んでいた人も、本当はきっと私のファンなんかじゃないだろうと、つい思ってしまう。気を遣ってくれてるだけなんじゃないかって。(p47)

(「シゲが三番目に好き」といううちわについて)
加藤さん「たぶん俺三番目ぐらいだと自分で思うわけ、確かに」
小山さん「いやいやちょっと待って、お前を一番だって人も沢山いるんだからさ」
加藤さん「いる。いるけどそれはもう、優しさ」
小山さん「それはネガティブすぎるって!」
加藤さん「いや、優しさ。愛情。愛情じゃない、同情」(NEWS LIVE DIAMOND MCより)

④一度活動休止し、再始動する
 
 ざっと挙げてこれだけ重なっている部分があると、何かしらの意図をもって重ねてあるような気もしてくる。
 FREECELL(特別号16)のインタビューで、「亜希子=加藤シゲアキ説」というインタビュアーの発言に、加藤さんは次のように答えている。

「いやいや、確かに亜希子の中には僕はいると思うんですよ。でも完全にそうではないというか。亜希子はMORSEを抜けますけど、抜ける人の気持ちを理解したい気持ちもあるのかもしれません」

 亜希子という人物を書くうえで、加藤シゲアキ的な要素はやはり抜きにするわけにはいかない。しかし、加藤シゲアキ的な要素からずらされてもいる。亜希子はミズミン卒業のあとに自分もグループを抜けることになる。亜希子はグループに残された人間でもあったが、グループを抜ける人間にもなる。

・「有用性」
 ここで「有用性」という言葉を使いたい。抽象的な言葉なので色々な意味を含むと思うが、ここでは「何か(作中でいえば「社会」)に対して自分が役に立つかどうか」というような意味合いで使用する。
 『マルドゥック・スクランブル』(冲方丁早川書房)*1という小説がある。この小説の中では「有用性」という言葉が繰り返される。主人公の少女・バロットは元々は娼婦であったが、騙されて死にかけたところを、事件の証人として生きるために本来ならば禁止されている技術を用いて(超高性能な、すべての電子機器に干渉できる人工皮膚)一命を取り留める。そういった、本来ならば禁止されている技術を用いる者は、社会に対して「有用性」を示さなければ存在することが許されない。『マルドゥック・スクランブル』は、バロット達のような「有用性」を示さなければ存在を許されない者たちが、自分の「有用性」を見出す物語である。*2

 なぜこの「有用性」という言葉を引っ張ってきたかというと、ただ単に私が『閃光スクランブル』を読んでいてこの小説を思い出したということが理由だ。ジャックが亜希子に問う「お前の魅力ってなんだ」は「お前の有用性ってなんだ」と問うているのと同じことだと思ったからだ。「存在意義」というような言葉とも似たものかもしれない。
 『マルドゥック・スクランブル』のように大袈裟な話ではなく、現実の世界も、「有用性」を証明できない者は生きていけないのではないだろうか。何かの役に立ち、存在することのメリットを示す。
 芸能界はとりわけ、「有用性」を示さなければ生き残れない場所なのかもしれない。容姿が美しいこと、素晴らしい演技力を持っていること、魅力的な歌声をしていること、体を張って何にでも挑戦すること、そういったことも「有用性」のひとつといえよう。

 「魅力って何?」と問われて答えられなかった加藤さんは自分には有用性がないと思っていたように見える。有用性のなさはそのまま自信のなさとして表面化する。そしてコンプレックスにも繋がる。

(デビュー時のことを振り返って)
「みんな、キャラクターがあって、すごく魅力的だった。手越は、まだ経験が浅くて踊れなかったけど、歌が抜群にうまかった。みんな、それぞれの色を持ってた」
――自分の存在価値を見出せなかったんだ。
「うん。それに結成当初のNEWSは“人数が多くて、個々のキャラクターがかすむ”ってよく言われて。俺は、“間引くなら俺だろうな”って思ったんだよね。俺は足を引っ張ってる。自分は、なんて罪なことしてんだろう。俺がいなければ、NEWSはもっと上にいけるはずって」(Myojo 2012年1月号)

 活動休止後、6人として再スタートを切ってからも、他のメンバーには個人の仕事があるのに自分にはないという状況になる。「なんで俺にはがんばる場すらないんだって。」*3という言葉からも、加藤さんが有用性を示す機会がなかったことが伺える。
 メンバーの個々の活躍を見て、そこに「NEWSに対する有用性」を見出していたのだろう。「メンバーのがんばりを素直によろこべない時期もあって。個々の活躍がグループのためになるってことも頭ではわかるのに」*4と語る「グループのためになる」ということを、加藤さんはNEWSというグループに所属するための条件であるように捉えていたように思う(少なくとも、自分に対しては)。だからこそ、加藤さんは自分の有用性を模索していた。
 そして、加藤さんは小説を書くことになる。
 小説を書くことで、グループを引き留めようとしていた。グループの中に小説を書いている奴がいたら面白いだろう、と。グループで活動していたいな、と思わせる何かになろうとしていた。「小説を書けること」自体を自分の「有用性」にしようとしていた。
 加藤さんにとって、小説を書くことは「手段」だ。最初からそうだった。二人を引き留めるための手段だったものが、自分を通してNEWSを知ってもらうための手段に変わっただけで、手段であることに変わりはない。作品としての正当な評価よりも、ジャニーズのアイドルが書いた小説という色眼鏡を伴ってでもいいから、自分たちの存在を世の中に知らしめようとしていた。
 NEWSに貢献したいという思いを小説を書くことで実現できたという話を+act mini(vol19)のインタビューの中でしていることからもわかるように、小説を書くことは加藤さんにとってNEWSでいることの罪悪感を払拭することでもあった。きっと、他の誰より自分に言うための理由が欲しかったのではないかと思う。加藤さん自身が「ここにいてもいい理由」を作らなければ、そこにはいられなかった。「小説を書ける」ということは、加藤さんにとって、NEWSのメンバーであるための「有用性」を確立する手段でもあったのだ。
 
 亜希子は、巧との逃避行の中で気付いた自分の魅力を「覚悟」と名付ける。彼女の「有用性」は、沢山のものを見て聞いて考えて知った、アイドルとしてステージの上に立つという「覚悟」だ。
 亜希子が巧と過ごした時間は、加藤さんでいえば『ピンクとグレー』を書いていた時間にあたるのかもしれない。そうした時間を経て、加藤さんが獲得した「小説を書ける」という「有用性」は、自信となって表れているのではないかと思う。他者に「有用性」を示すということは、「自分にはこれができる」というものを、自信を持って相手に示すということだ。必然的に、そこには自信が伴う。加藤さんの場合、「小説を書いたこと」だけでなく、「小説を書いた自分」に対する自信にもつながっているように見える。
 もう誰に(特に自分に)言い訳することもなく、NEWSの加藤シゲアキでいられるという自信。「加藤シゲアキ」という存在に対する自信。今、彼の「有用性」はその自信にあるのではないだろうか。
 今もし「魅力って何?」と尋ねられたら、彼はきっと答える言葉を持っているだろう。どう言うべきか迷ったとしても、答えられないことはない、そんな気がする。ジャックに何も言い返せなかった亜希子が、自分の魅力を「覚悟」と言い切ったように。
 
2.やめられない人たち
 『ピンクとグレー』、『閃光スクランブル』、どちらの作品にも共通して「やめられない」人たちが出てくる。白木蓮吾であることをやめられないごっち、芸能界から離れることができないりばちゃん、写真に携わることをやめられない巧、アイドルであることをやめられない亜希子。

 りばちゃんと巧の「やめられない」の姿勢は似ている。りばちゃんはどんな些細な形でも芸能界と関わっていようとしていたし、巧は作品としての写真を撮ることは捨てたがパパラッチとしてカメラを構えることをやめられなかった。一番望んでいたかたちではなくとも、「それ」に関わらずには生きていけないのだ。ぼろぼろになりながらも、しがみついていなければ生きていられない。
 ごっちと亜希子の在り方も似ている。彼らは周りの意見に合わせて「白木蓮吾」「アッキー」を作り上げていた。そうやって完璧な存在になることを、己に求めていた。りばちゃんや巧とは違い、望んでいたかたちのレベルを下げたら「それ」はもう望んでいたものではなくなってしまうと考える人たちだ。
 そして、そういった「やめられない人たち」を描いてきた加藤さんもまた、彼らと同じく「やめられない人」だ。

 巧と亜希子の「やめられないもの」に対する姿勢は、加藤さんが取ろうと思っていた姿勢と実際に取っていた姿勢、と読むことができるに思う。
 増田さんの1万字インタビューの中で、加藤さんについて触れられている部分がある。

――脱退発表から『チャンカパーナ』のリリースまで、約9カ月あいたよね?
「完全に僕のワガママです。3人、とくにシゲは“すぐにコンサートをやろう”って言ってたんです(…)」
 
「コンサートをやりますって決まったときに、僕は東京ドームでやりたかったんです。シゲは“小さいとこでいい、とにかくすぐに始めて這い上がっていこう”って言ってて。(…)」(Myojo 2015年8月号)

 巧の、作品としての写真を撮ることはやめてもパパラッチとして写真を撮っていた姿は、加藤さんが取ろうとしていた姿勢と重なる。
 しかし、実際は十分な楽曲制作期間を設け、クオリティの高い楽曲「チャンカパーナ」を引っ提げて、NEWSのイメージである「白」「王子様」をより強調するかのような衣装で、我々の前に姿を現した。6人から4人になったことでクオリティが下がることはないということを証明してみせた。この姿は、亜希子と重なる。亜希子はグループを抜けることになるが、アイドルとしての規模やレベルを下げた様子はない。
 亜希子は実際の加藤さんと重なる部分があるように描かれているために、加藤さんが実際に取った道が重ねられているのかもしれない。(ソロでの復活、グループでの復活という差異はあるが、その理由は1章で述べた)
 巧には「ifの世界の自分」を脚色して重ねているが、巧もまた再び写真を撮れるようになるほどに救済されている。加藤さんは、実際の自分もありえたかもしれない自分も、どちらの姿勢も間違いではなかったと証明しようとしたのかもしれない。

 性質としては、亜希子はごっちに近いということを先程述べたが、二人の最も大きな違いは亜希子は生きていてごっちは死んだという点だろう。近い性質を持った人物が「一度死んで」(=ごっち)「また生き返る」(=亜希子)という構図になっていることは、とても興味深い。それに、『ピンクとグレー』『閃光スクランブル』のどちらにも、主要人物である二人が星を眺めるシーンが印象的に使われている。特に亜希子は、夜空の星以上の星をステージに見たからアイドルになろうと思ったのだと語る。

 空間一面に輝く無数のペンライトを見つめて亜希子は思う。
 最高だぁ。これが私にとっての星空。
 ステージに上がる度に亜希子はそう思う。この景色に憧れて亜希子はアイドルになった。(p36)

 亜希子は「星をめざして」アイドルになったのだ。
 加藤さんは「それこそピチカート・ファイヴを小説でカバーする、みたいな」*5とインタビューで語っているが、『閃光スクランブル』は「星をめざして」をセルフカバーしたもののようにも読み取れる。

 
 加藤さんは2012年秩父宮でのコンサートの前に亜希子の復活コンサートのシーンを書いたそうだが、「NEWSのライヴをやることになって、書き直すことになるかなと思っていたんですけど、思ってた通りの風景がステージから見えて」*6と語っている。きっと、加藤さんの見たかった景色は文章にそのまま表れていて、それをそのまま見ることができたのだろう。

「やめればよかったのに」
「誰だってやめられませんよ、ステージからの景色を見たら」(p224)

 アイドルをやめられない理由を、亜希子はこう語る。加藤さんも、そう思っている部分があるのかもしれない。だとしたら、彼がステージから眺める幾千の星のうちのひとつや、彼が受ける大きな声援の一部分になれていることが、たまらなく嬉しい。
 
3.まとめ
 『ピンクとグレー』は「一度 死んで また生き返る そんな 魔法を かけられていた」*7NEWSが、もう二度と死なないようにするために書かれたという側面を持っていた。しかし、6人のNEWSを維持するには間に合わなかったのだが、それでも『ピンクとグレー』にはなんらかの「魔法」がかかっていたのだと思う。魔法をかけたのは、加藤さん自身だ。誰かがかけてくれた魔法はもうないのだから、自分でかけるしかなかった。
 いうなれば、“もう一度「再生」するための魔法”。死なないための魔法にはなり損なってしまったが、4人になったNEWSにおいて加藤さんが『ピンクとグレー』を執筆し出版に至ったことは大きな意味を持つことだった。
 しかし、死なないための魔法になり損なったことは、加藤さんの中に残り続ける。去りゆく二人の背中を決して忘れないという意志、覚悟。

「どっか自分が、自分がもっとがんばってたら、もっとメンバー同士をつなげられたんじゃないかなって後悔かな。僕がめんどくさがったり、つらくて逃げたから、こうなったのかなって。自分を責めたりもして。(…)」
 
「(…)僕、あえて、引きずってるんですよ。忘れようと思ったら忘れられる。ふつうに仲よく接することもできると思う。でも、あの日のこと、あの日思ったこと、俺がもっとしっかりしてたらって思ったこと忘れちゃダメだって」(Myojo 2015年7月号)

 巧の背中や、亜希子の腕のように、目に見える傷ではない。しかし、加藤さんが自ら抱えようとしているのは間違いなく「傷」だ。痛みを伴うものだ。過去の後悔を忘れないために、忘れることのできる痛みも忘れない。それでも彼はアイドルをやめられないから、あるいは、アイドルでいるために、痛みを抱えたままで前に進んでいく。

 『閃光スクランブル』は、『ピンクとグレー』という「魔法」を経て、加藤さんが再びNEWSというグループに所属するアイドルとして我々の前に姿を現す頃に書かれていた。そのせいか、この物語には「再生」の色が強い。二人の主人公が「再生」する様子を、「再生」しようとして「再生」に至った人が描いているのだ。

「お前は何も変われちゃいねぇ。人間ってのはそういうもんだ。二度あることは三度ある、ってな」
「変われるわよ」
 亜希子は力強くジャックに言った。
「いつだって、人は変われるわ」(p271)

 Myojo 2015年7月号のインタビューも、前回のインタビュー(4年前)との違いを問われ、

「自信がついたかな。それはなんでもできるってことじゃなくて。僕にもグループのためにできることがあるっていう自信。(…)」
――人って変われるんだね。
「きっと誰だって変われる。いつだって変われる。今は、そう思います」

 という言葉で締めくくられている。
 
 『ピンクとグレー』が何かを変えるために書いた小説だったとしたら、『閃光スクランブル』は何かが変わったから書くことができた小説といえよう。
 
 



 
 ここまで書いたら残り2冊も何か書くかなと思ったんですが、『Burn.-バーン-』以降と『閃光スクランブル』までは明らかに違うので、特に『Burn.-バーン-』は加藤さんを絡めた考察をする必要はないんじゃないかと思っている次第です。でもまぁまた別方向で何か書くかもしれないです。

 

 

*1:Amazon.co.jp: マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA): 冲方 丁: 本

*2:これもとても面白いので是非とも加藤さんに読んで欲しい作品である。ちなみにアニメ映画版もあるよ

*3:Myojo 2012年1月号

*4:Myojo 2012年1月号

*5:FREECELL 特別号16

*6:FREECELL 特別号16

*7:星をめざして - NEWS - 歌詞 : 歌ネット