ジャニヲタ文芸部 第0回お題「担当」

ichigonokimi.hatenablog.jp

 面白そうなものがあったので乗っかってみようと思います。形態は「随筆」で。

 とはいえ参加できそうな形式が随筆くらいだな……と思いつつ、随筆っていつも書いてるのと何が違うのだろう……と思考錯誤しつつ、いつもとは若干趣向の違う文章にはしてあります。

 


 

 担当。
 それを意識したのはつい最近のことである。6月、東京ドーム最終日にて、私は「担当」という感情を知った。
 その日まで私は「担当」というのは「一番好きな人」という意味合いだという理解で使っていた。その「一番好きな人」は(グループの中で)だったり(事務所の中で)だったりいろいろなカッコ書きをつけることが可能で、つまりその時々によって指し示す範囲が違うフレキシブルな言葉として捉えていた。未だにその概念は自分の中に残っているので、担降りという制度は導入していない。恋愛とも違う気持ちであることは自覚していたため、浮気という概念も当てはまらず、かといって掛け持ちというほど掛け持ってもおらず、非常にふんわりとした立ち位置にいた。
 今年の6月の時点の話であれば、私はNEWSが一番好きなグループで、加藤さんが一番好きな人だったから、「(事務所の中で)一番好きな人」という意味合いで「担当」という言葉を使っていた。私の中では狭義の意味合いで「担当」と言っていたことになる。
 そして、緑の服を着て、緑のアイシャドウで化粧して、加藤さんのうちわを持って、コンサートに臨んだ。
 アンコールで歌われた「愛言葉」。一階席だったし、決して近くはなかったが、私の視界が最も捉えやすい位置のリフターに加藤さんがいた。目の前というほど目の前ではないが、加藤さんが私のいるブロックの方を向いていて、私も加藤さんのほうを向いている、という状態ではあった。この時点でまだ、私の「担当」の意味は「一番好きな人」だった。
 その時は、前触れなどなく突然に訪れる。
 歌っているパートではなかったように思う。加藤さんが、両手を広げた。輝くペンライトの光に託されたファンの思いを、一身に受け止めているかのようだった。その様子を目にして、まるで時が止まったように、頭に雷でも落ちたかのように、胸が痛くなった。涙が止まらなかった。時間にすればそれはわずか一秒にも満たない出来事だったろう。
 胸に押し寄せる、わけのわからない感情。それは確かに私の中で生まれたものでありながら、私の心だけでは受け止めることができないほどのエネルギーを伴っていた。心だけでは受け止めきれないその感情が、涙となって溢れ出る。

 2012年、「もう自分最後のコンサートは終わっているかと思った」という内容を、複数の媒体で聞いた気がする。そこまで思っていた彼のコンサートに来て、彼に声援を送って、それが彼の支えになる(かもしれない)と思ったらなんかもう嬉しいやら幸せやらでよくわからん涙が止まらなくなってしまった。

 以前書いたコンサート覚書の記事*1で、こんなことを語っている。この「嬉しいやら幸せやら」という、得体の知れない、心地よくもあり、胸を締め付けるようでもある感情。

 これは「担当」という感情なのだ。
 他の言葉では代用できない。これはきっと、彼にだけ抱く特別な感情だ。恋をした相手に抱くのが恋愛感情であり、友達に抱くのが友情であるなら、まさしくこれは、「担当」に対して抱く、「担当」という以外に呼びようのない感情ではないのか。
 あの日以来、私の中での「担当」の意味が変わった。今でも、説明が面倒なときには「一番好きな人」の意味合いで使うこともある。しかし、「担当」という概念についてじっくりと考えるとき、あのとき胸に押し寄せた感情のことが思い浮かぶ。

 なお、私が「担当」という感情をかみしめた涙について、当日同行していた大学時代の先輩(コンサート初参戦)が「これといって何があった場面でもない気がしたのに横見たら泣いてた」とコメントしている。私があれほど「担当」というものを悟った瞬間でさえ傍から見たら「何でもない場面で突然泣き出した危ない奴」である。そりゃあ人によって「担当」の概念が違って当然だろう。私の中でもまた概念が変わる時が来るのかもしれない。

 とりあえず、また概念が変わるその日まで、私にとっての「担当」は、“「担当」というよりほかに言いようのない感情”を想起させる人のことだ。