誰より大好きだった人が結婚したときの話

 2008年の秋、私は高校生だった。当時、誰より大好きだった人が結婚した。

 ポルノグラフィティ新藤晴一さん。
 相手の方も芸能人だったということもあり、朝からテレビ番組の芸能コーナーで報道されていた。やがて友人から、「大丈夫?」という内容のメールが届いた。大丈夫wwwと返した。実際の文面は忘れたが、そんなに切羽詰まった感じではなく、草を生やすようなノリで返したことは覚えている。そのままなんともなく学校へ行って、メールをくれた友人の顔を見て、なぜかそこで急に泣き出す私。焦ってハンカチを差し出す友人。友人の席が最も入口に近い席だったために、向かいの教室からも別の友人がきてくれた。
 その日は一日中、友人のハンカチをべっしょべしょにしながら泣き続けた。授業中もぐすぐすと鼻をすすっていた。今思えばあの日授業を担当されていた先生方、同じ授業を受けていたクラスメイト達には非常に迷惑だっただろう。本当にすみませんでした。
 ハンカチを貸してくれたのとはまた別の友人が、傷心カラオケにといくらか小銭を握らせてくれた。平日の昼料金で2時間くらい歌うのにちょうどいい金額だった。授業が終わり、私は泣きながらカラオケに向かった。「空想科学少年」「デッサン」シリーズ、晴一さん作詞の失恋系ラブソングをひたすら歌い、少し落ち着いたところで、最後に「ロマンチスト・エゴイスト」を歌い、「僕の前じゃ無理して笑わなくていい」という歌詞でまた更に泣いた。誰のせいで泣いてると思ってるんだ!!!と逆ギレしながら泣いた。あの日ほど、ロマエゴの歌詞が響いたときはない。
 家に帰れば家族がいて、家族に泣いているところを見られるのは恥ずかしいと思ったので、泣きやむまでぶらぶら歩いて時間をつぶした。家に帰ったらすぐに顔を洗って、泣きすぎて腫れた目をごまかした。
 
 おめでとうなんて思う余裕は少しもなかった。周りの人が言う「おめでとう」を見るのも聞くのもダメージをくらった。応援している人の幸せを素直に喜ぶことができない自分が嫌で、なんて心が狭いんだろうと思ってそれに対しても涙が出て、最終的には何に泣いているんだかわからなくなっていた。
 新藤さんのことは、あの頃も今も大好きだ。が、当時だって別に自分が新藤さんと結婚できるとかそういうことを思っていたわけではない。疑似的な恋愛感情を抱いていなかったといえば嘘になるし、今私がアイドルに抱いている「恋」みたいなものよりも普通の「恋」に近かっただろうとは思う。いかんせん、私も若かった。でもやっぱり、自分が新藤さんと付き合うとか結婚できるとかそういうことは思っていなかった。ただ、新藤さんに憧れていたのだ。あの人のような言語センスが欲しかったし、あの人のように文章を紡ぎたかったし、あの人のように物事を考えてみたかった。憧れの人が誰かのものになってしまうのだから、そりゃあ寂しい。当時はべしょべしょに泣きながら「これが失恋か……」なんて思っていたけれど、多分違う。私はただ、寂しかっただけだ。
 10年近く応援してきた憧れの人が結婚してしまうのが寂しかったのだ。
 同じ年のはじめくらいに岡野さんも結婚していて(相手が一般の方だったため、FC会報にて発表があった)それもちょっと寂しかった。どちらかといえば私は新藤さん寄りのファンなので、新藤さんの結婚は岡野さんのとき以上に寂しかった。
 当時は、ワイドショーであれこれ勝手なことを言われるのにも腹が立った。というかワイドショーなり朝の情報番組の芸能コーナーなり、そういったところで取り上げられること自体に腹が立っていた。その番組で知った、ポルノグラフィティにも相手の方にも普段さほど興味のない人たちが、ちょっとした話の種に新藤さんの結婚を出すのが耐えられなかった。これも、新藤さんに憧れていたがゆえのことなのかなと今になってみたらわかる。憧れの人の、人生において重大であろう結婚というものを軽々しく語らないで欲しかったのだと思う。
 
 憧れの人が結婚してしまったら、そりゃあ寂しいよな。素直におめでとうって思えなくても仕方ないよな、とあの頃の私に言ってやりたい。何に苦しんでるんだか自分でもわからないまましばらく引きずっていたあの頃の私に。
 
 それからいくらか経って、当時の私は「“新藤晴一”というひとは結婚してしまったけど、“ポルノグラフィティ新藤晴一”というひとへの愛なら私、多分奥様にも負けない」という結論を出した。結果、この考え方は割と効き目があった。新藤さんは結婚後、FCに対して号外のお知らせがあって以降、結婚や家庭の話はしていない。おそらく意図的に何も言わない。新藤さんがファンの目に触れるところにいるときは、“ポルノグラフィティ新藤晴一”なのだ。おかげでポルノグラフィティの作る音楽も素直に受け取ることができた。ひっかかりはありながらも、おめでとうと思えるようになった。
 数年間は奥様の名前を見るだけでもあのときの寂しさを思い出してしまうのでなるべく避けていたが、最近は奥様のメディア露出も増え、ついに今年半ば、CMで奥様をまじまじと見てしまうこととなった。というか、奥様を避けていたがために奥様についてどういう人だったかが曖昧になっていて、「誰だこのきれいな人は……」とCMに見入ってしまい、途中で「奥様だ!!!」と気付いたという顛末である。そのとき、不思議とあの寂しさはなかった。およそ7年ほど経って、ようやく受け入れられるようになったらしい。
 受け入れるどころか、あんなに美しい奥様がいる新藤さんを羨ましいとさえ思った。CMに見惚れるなんて滅多にない。奥様美しすぎだろ。
 奥様の美しさに気づいてから、なんだかすっきりした気持ちになった。私も少しは大人になったのかもしれない。
 
 でも、もし自担が結婚したら、すぐさま会社を早退して新幹線に飛び乗ってなんか西の方とかどこか遠くへ行くんだろうな!!!!!