本を読むならこんなふうに

 2018年は本を沢山読んでいます。読書の秋なので、私の本まわりのグッズ等々の話など。興味があればおつきあいください。

 

今週のお題「読書の秋」

 

 

ブックカバー

 あんまり使ってなかったんだけど、図書館で借りてきた本だと表紙のバーコードのところに図書館の名前が書いてあるからどこに住んでいるかバレちゃうな……と思って導入。あと年季の入った本だと表紙も弱くなっていることが多く、カバーをつけないと鞄の中に入れておくのが不安なので。

 

・文庫用

 自作のブックカバーは汚れてしまったのでお休み中。今は4つのカバーを気分で使い分けている。

 

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 ①革のブックカバー。今年の誕生日に夫に買ってもらった。本当はもっと暗い色が良かったんだけど在庫がなくて……でもこの色も気に入っている。実はブックカバーではなくほぼ日手帳カバーなので機能的にも優れている。栞紐が2本あるの便利。
 ②PVC製のブックカバー。友達の結婚式の二次会でもらった。新郎新婦が大学の読書サークルで知り合った(私も同じサークルにいた)ので読書グッズが豊富なビンゴだった。PVC、つまり合皮なので布や紙より汚れにくいしぐしゃっとなりにくいところが気に入っている。
 ③加藤さんの舞台「グリーンマイル」グッズのブックカバー。自担がグッズでブックカバーを出してくれるのありがたすぎる。なくしたと思ってたけど本棚に普通に入ってた。
 ④Suicaのペンギンブックカバー。15周年なのでいちごちゃん仕様。EPCOTIAオーラス翌日が誕生日で、なんかくれってねだりまくってたらうなさんがくれた(ありがとうございました!)。このなかで唯一布っぽい素材なので、さわり心地が他と違って気に入っている。布だけどぐしゃっとならないところもいい。鞄の中がきれいではないので、ぐしゃっとなるかならないかは重要なポイント。

 

・ハードカバー用

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 こないだ買ったばかり。友達の結婚式でもらったブックカバーが使いやすすぎるので、同じシリーズのハードカバー用を購入。色は文庫版と揃えようかとも思ったけど緑にしてみた。汚れにくいし、一般的な厚さのハードカバーなら大抵入る。ちょっと厚いやつは難しいかもしれない。京極夏彦さんの作品は無理だと思う。

 

読書管理ツール

読書メーター

 本を読んだ記録をつけたくて使用。前から登録はしていたが、今年は読んだ本にすべて感想を書いている。255文字までしか入らないから、簡単に書けるので読んだ直後の感想を書いておけるところも気に入っている。コメント機能で追記も可能。私は気に入った台詞や表現があったらコメント機能でメモしている。
 読書メーターで個人的に一番重要なのは、本に★による評価をつけなくていいところ。誰かにとっての★★★★★は他の誰かにとっては★☆☆☆☆かもしれない。ざくざくと人が死んでくスプラッタ要素強めのミステリがあったとして、優しい日常系ミステリを好む人が読んだらあんまりおもしろくないと思うかもしれないし、テンションが上がってヒャッハー!と思いながら読む人もいるかもしれない。要は、その人の好みの問題だ。それらの平均をとったところであんまり意味はないと思っているのだけれど、平均的な星の数が視覚化され、その本の評価となる。それがあんまり好きじゃないので、星の数で評価しないで済む読書メーターを愛用してます。
 本を読むぞと気合を入れる前から使っていたので、2018年に読んだ本をまとめたくて「本棚」という機能も使っている。本をカテゴリー分けすることができるので、2018年に読んだ本は「2018」という本棚に突っこんでいる。この本棚の冊数が今年読んだ数になるので把握しやすくて便利。
 ちなみに昔は使いにくすぎて発狂しそうだったアプリ、ものすごく改善されています。めっちゃ使いやすくなってる。その点も込みでおすすめです。

bookmeter.com

 

読みたい本の見つけ方

 以前、「本は読みたいと思うけれど、何を読んだらいいかわからない」という方からどうやって本を探したらいいかという質問をされたことがある。
 「なんとなく気になる本はあるが、読むかどうかどうしようかな」を「読んでみよう」に近づける方法ではあるけれど、なんとなく気になる本を先ほど紹介した読書メーターブクログなどの読書記録をつけられるツールで検索し、レビューを読んでみるというのはひとつの手だと思う。
 本屋でちょっと気になる本を見つけたり、どこかで見かけてなんとなくタイトルが頭に残っている本があったとする。でもどんな内容なのかはよくわからない。そんなときに読書メーターブクログで検索すると、既に読んだ人のレビューが出てくる。読書メーターとかブクログとかを使う人ってだいたい本好きしかいないので、それなりに本を読んでいる人のレビューが見られる。Amazonとかだとたまに梱包状態などのレビューもあるので……内容についてのレビューを見たいのであれば読書管理ツールで検索すると良いと思う。
 アプリをDLしなくても、「○○(書名) 読書メーター」「○○(書名) ブクログ」とかでweb検索したらweb版のページが出てくるよ!

 私は上の方法で探すこともあるし、Twitterで「私に読ませたい本を教えてくれ」って訊くこともあるし(単純にオススメを訊くよりも好みの本に出会える率が高い)、本屋で「これは!」と思った本を手に取って気付いたらレジにいることもある。
 


読書はいいぞ

・共通の話題になる

 私の周りには本を読む人が多いので、共通の話題になる。それに面白い本を薦めてもらえたりもする。自分ではなかなか手を出さない分野や作家の本だったり、それらも手に取るきっかけになる。薦めてもらった本は基本的に読もうと思っているので(利用している図書館にあるものに限られてはしまうけれど)、今まで読まず嫌いだった作家さんの本も面白いということに気付いたりした。
 それに、「この本のこの登場人物をこの人に演じてもらいたい!」という話題で盛り上がることもある。漫画だと既にビジュアルがついているけれど、小説はビジュアルがついていても暫定的というか、「こういうイメージ」に留まる場合が多い。なので誰に演じてほしいかいくらでも想像できちゃう。めちゃくちゃ楽しい。


・世界が広がる

 自分が恋愛小説をこんなに面白く読めるなんて思っていなかった。江國香織さんの小説に出会って(これも友達から勧められた)、めちゃくちゃ引き込まれて、その結果自分の中にあった恋愛的な感情を素直に認めることができるようになった。意固地になっていたのはなんだったんだ!?ってくらい。いやまだ若干ぐぬぬ……ってなる部分はあるけど、フィクションとしてとてもいいなって思った。恋愛っていいね。恋愛が多くの人の会話の種になるのもなるほど感。こんな面白いものの話してたんだね……知らなかったよ……
 ちなみに私が恋愛にびびびっときてしまったのは江國香織さんの『東京タワー』がきっかけ。これを読まなかったらこんなに恋愛に興味持たなかっただろうなと思う。この本をきっかけに他の江國香織さん作品もどんどん読んでいるし、他の作家の恋愛小説も読むようになった。
 誕生日にブックカバーとともに穂村弘さんのエッセイをいただいたことでエッセイを読むきっかけにもなった。まだ読んだ数は多くないが、今までほとんど読まなかった身なので成長したなぁと思う。別にエッセイ読まないと成長できないわけじゃないけど、今までよりも読む本の間口が広がったのは確かだ。いろいろなものを受け止められることは成長だなと思う。


・自分が深まる

 同じ本でも、読んだときの精神状態や体調、おかれている環境によって感想は変わる。やっぱり面白いなあと思うこともあるし、こんなに面白かったっけ?と思うこともあるし、逆に物足りなく感じてしまうこともあるかもしれない。そういった感想は、今の自分がどんなことをどんなふうに考えているのかを捉えるヒントになるかもしれない。就活のときに色々と余裕がなくなって本を読む時間がとれなくなってしまって以来数年間あまり読んでいなかったのだけど、もしかしたら自己分析の面で役だったりしたのかなぁと思ったり思わなかったりしている。
 あと単純に、昔読んだ本を読み返すと「あのときわからなかったことがわかる」ということがたまにある。ITの職に就いたら森博嗣先生のS&Mシリーズに書かれていることがわかるようになったりした。面白いよね。

 

 皆様も読書の秋をお楽しみください。

ダンシング非日常パーリナイ圧倒的“祝祭”「夜よ踊れ」

 NEWS楽曲大賞2003-2018にて、堂々の第二位に輝いた「夜よ踊れ」。
 この曲がいかにやばいかは以前の記事(ギャップが凄まじいシングル NEWS 「BLUE」 - 来世はペンギンになりたい)で少し触れたつもりだったけれど、読み返したら何言ってんだって気しか起きなかったので改めて書きました。
 言語的にも音楽的にも専門的な知識は一切ないし100%の主観です。

 

 

歌詞がやばい

 ぱっと聴いて歌詞の意味がわからない。どんな意味なんだろう?と深読みするのもいいけれど、しないのもひとつの楽しみ方だ。ただただ耳に聞こえる「音」として捉えるというのも、楽曲の楽しみ方のひとつといえよう。だって、こんなセンスに溢れた言葉の並び、楽しまなくっちゃ損でしょう。全編にわたってパワーワードのみで書かれたような歌詞だよこんなの。

 改めて歌詞を聴いてみると、気持ちよくなれちゃう言葉の並びのオンパレードだ。「窮屈すぎる摩天楼」「天井桟敷ダンスホール」「秘密は守りません」「勇者はネンネしな」「絶好調ピンストライプ」「犯罪的なロマンスナイト」「音階外れたセレナーデ」「裏切り者のチークダンス」ね、もう気持ちいいでしょ。この気持ちよさを分析してしまうなんて野暮なんだけど、野暮だってわかっていながらもなんで気持ちいいのか私の感覚で言葉にしようと思う。

 

①意外な言葉の組み合わせ

 先ほど「全編パワーワードのみで書かれたような歌詞」と述べたが、まずはパワーワードとはどういうものかというところから。曖昧な意味の言葉なので私の解釈にはなってしまうが、ここではパワーワードを「(決して珍しくないはずの)複数の言葉の組み合わせたら意外性や勢いを持つ結果となった言葉」としたい。「爆破セレモニー」とか「無人在来線爆弾」とか。爆破はセレモニーにしないでしょ普通。在来線は無人じゃないし爆弾にもならないでしょ普通。そういう「普通」という概念をぶっ壊すパワーを持った言葉がパワーワードなんじゃないかと思う。
 で、この曲の歌詞はそういう「普通」という概念をぶっ壊すパワーを持った言い回しだらけなのだ。「秘密は守りません」とか「Good Night 勇者はネンネしな」とか、普通に考えたらそれじゃあダメじゃんって言葉たちの意外性もそうだ。普通、秘密は守るものだし勇者はネンネしてたら世界を守れない。でもあえてそういう言葉を並べて違和感を出していて、しかも耳馴染みのいいメロディに乗っているから受け入れられてしまうというか。
 そもそもこの曲のタイトル「夜よ踊れ」もそうだ。「夜に踊れ」とか「夜と踊れ」とかまだなんとなくわかる。でも「夜よ踊れ」。「海よ 俺の海よ」の「よ」と同じ用法、呼びかけの「よ」だ。夜に対して「踊れ」と言っているわけ。「夜」も「踊れ」も意味はわかるけれど「夜よ踊れ」と言われたらなんだか「ん?」となる。タイトルからして意外性のある言葉でできている楽曲、「夜よ踊れ」。

 

②耳に引っかかる言葉

 普段聞き慣れない言葉とか、歌詞によくある言葉ではない言葉とか、周りの歌詞と親和性の高くない言葉とかをあえて入れることでフックを効かせるみたいなテクニックがありまして。
 「天井桟敷」ってまさにそれだなぁと。普段よく聴く言葉ではまずない。それがサビで出てくるっていう意外性。ぱっと聴いた感じ、天井桟敷という言葉を知らなかった人(=私)なら、英語ではないことはわかるし「てんじょうさじき」って言っていることはわかるけどどういう字でどういう意味なんだろう、と考える。天井桟敷という言葉の意味を知っていても日常的に出てくる言葉ではないしこれまでの歌詞にそれっぽい言葉が出てくるわけでもないから意外性がある。「チークダンス」とかもそうかな。日常ではあんまり聞かないし、最近の曲の歌詞でもあまり見かけない。
 そういう耳に引っかかる言葉を上手く使っているので、それも歌詞の気持ちよさの一因だろう。

 

③現実感のなさ、掴みどころのなさ

 リアルを連想させる言葉や状況を説明するような言葉が全然なくて全体的に掴みどころがないのも、この曲の歌詞の気持ちよさに繋がっている気がする。全然現実的じゃないしどういう状況かもわからないから、現実を忘れられる。
 この曲の歌詞はそこかしこが省略されている。「真剣勝負で臨みたい」のが誰なのか、何に臨むのかも明らかではないし、「じれったい熱帯夜のよう」だからなんなのかも描かれない。
 一人称も出てこない。台詞内に「君」、英語で「You」はあるものの、一人称に相当する言葉はない。一人称がないと、「誰が何をした」というような文章が作られにくいのでリアルか否か以前に状況を説明しづらい。体言止めが多用されているのも、状況をふわふわさせる要因となっている。その単語がどういった意味を持つのか、明言を避けている。
 全体的に「誰が何をどうした」が明かされない掴みどころのない歌詞になっていて、何を言いたいのかという明確なメッセージもなさそうで(多分メッセージソングではないだろうし)、聴き手が重たく受け止めなくていい。この現実感のなさと掴みどころのなさというのも、気持ちよさを構成している。
 終わりが体言止め「あの夜のナンバー」なのも、その先に何が続くのかを想像させるような余韻があって好き。

 

④聴いていて音が気持ちいい

 聴いて気持ちのいい言葉っていうのは確かにあって、感じ方は人それぞれだからこの言葉がそうですとは言いにくいのだが、コヤシゲの楽曲「言いたいだけ」もおそらくそういう類の楽曲だと思う。なんとなく伝わって欲しい。「美女木ジャンクション渋滞」、ここにどんな背景があって~って意味を求めるよりもただただ単純に気持ちいい、「美女木ジャンクション渋滞」という言葉が。「モイスチャーミルク配合」とかもなんか気持ちいいし、「我孫子」「祖師ヶ谷大蔵」もわかる。
 それと同じように気持ちいいのが「滑稽で実際大変」とか「Side by side総員退避」とか「爆音容赦無しスピーカー完全開放ROAR」とか。その言葉自体がどんな意味をもっているかを考えるより先になんかいいなって思う。

 という感じで、意味よりもその気持ちよさに身を委ねちゃえばいいじゃんと思うのだけれど、だからといって全く意味のない言葉を並べているわけでもない。
 「夜よ踊れ」というタイトルから連想されそうな、「夜」に関するワードだったり「踊る」に関するワードが頻出している。イントロから漂うジャジーな雰囲気と「裂けたドレス やりすぎのルージュ」などの歌詞から、いい子に踊る感じじゃないんだろうなという気がしてきて、「秘密は守りません」「勇者はネンネしな」あたりでやっぱりいい子なわけじゃないなと確信する。「正しい恋などありゃしない」のだから、きっとこの曲で描かれているのは一般的に正しいとされるような恋ではないのだろう。浮気なのか不倫なのか知らないし、そういうものじゃないのかもしれないけれど、なんとなくそういう類なのかなと想像できる。「犯罪的なロマンスナイト」「裏切り者のチークダンス」などのあやしい単語もその想像を後押しする。だけど歌詞が全然感傷的な感じがしないから、もしかしたら一夜限りのものなのかもしれない。などなど、想像は広がる。
 聴いていて気持ちいい部分とそれだけではない部分のバランスがとてもいい。作詞の篠原とまとさんマジですごいんでこの先もどんどんNEWSに歌詞書いてください。いつかシングルもお願いします。

 

 

音がやばい

 散々歌詞の話したけど音もやばい。言葉の気持ちよさも最高だが、音の気持ちよさも最高なのである。やばい。最高でしかない。歌の入っているバージョンもいいのにオリジナルカラオケ版も楽しい。音楽のことは全然わからないから詳しい話ができなくて恐縮ですが好きに喋ります。

 

 全体を通して低音のキーボードの音がいっぱい入っているのがオシャレ。イントロから聴こえていて怪しげな雰囲気を醸し出している。何が始まるんだろうってどきどきする音だ。
 「Feel your pulse!~」のあたりからは軽いキーボードの音で、「ハッタリかまして~」からは低音なのも、手越さん加藤さんパート/小山さん増田さんパートのそれぞれの性質を際立たせている感じがして好き。NEWSのお兄さん組の色気を引き立たせる低音のピアノ……!

 

 ブラスが活躍する曲って音が派手になるイメージ。こういう曲のブラスってものすごく熱気を帯びるので、歌詞のなかで唯一季節を示唆する言葉「熱帯夜」を裏付けるような雰囲気をもたらしている。他にどういう曲から熱気が感じられるかっていったらポルノグラフィティのMugenとかかな。スカパラとかもそうかも。
 随所でトランペットが活躍していて、サビでは歌声の合いの手みたいに入ってくるのがすごく恰好いい。4人の歌声との相乗効果で疾走感が出る。テンポが上がったわけではないのにどっと押し寄せる感じがする。
 この「押し寄せる」という印象が私の中では「祝祭」というイメージと繋がっていて、たとえばディズニーシーのファンタズミックで最後に花火がどかどか上がっているのとかもそうだし、ディズニーに限らずパレードみたいなのもそう。テレビで見たスペインのトマト祭りみたいなのもそうだし、年の初めに福男を決める神社のイベントも。そういう、人々が狂乱の渦に飲み込まれるみたいな、日常では決して起こりえないその場限りの非日常に対して、なんとなく「祝祭」って言葉を使いたくなる。

 

 最後の終わり方もすごくいい。なんか巻き戻しみたいな音がして、歌詞も歌い方も余韻を残しているのに音だけは余韻を許さない。このギャップがめちゃくちゃ良くて、なんだか置いてきぼりにされた気持ちになってもう一度聴きたくなってしまう。やばい。この終わり方じゃなかったらもっと中毒性が和らいでいたかもしれないのに、こんな最高の終わり方をするから……また聴いちゃう……!

 

 

歌割り/歌い方がやばい

 で!!!!それをNEWSが歌っているのが!!!!やばい!!!!
 四者四様、それぞれの歌声の持ち味が全然違う。全然違うので「この人のここの良さにスポットを当てよう」と思うと他を活かしきれない場合も往々にしてある。しかし、この「夜よ踊れ」においては全員の良さが出まくっている。全員主役だし全員エースだし全員最終兵器。とてもアーティスティックな曲でありながら、グループの全員が歌う「アイドル」だからこそやれる曲でもある。

 

 イントロから手越さんのフェイクが心地いい。もうここから夜っぽい雰囲気が漂ってくる。歌い出しの手越さんのけだるさ!手越さんにスポットの当たっている歌って沢山あるし、いろんな歌い方を聴いてきたはずなのにそのどれとも違う。NEWSに限らず、アイドルって比較的ハキハキと歌うイメージがあるし、普段の手越さんも歌詞が聞き取れるように歌っているけれど、「窮屈すぎる摩天楼さ」「だるいジャズの繰り返しで」のあたりはネチっとけだるく歌っていて色気がすごい。
 「お楽しみはこれからじゃない?」の突き抜けていく感じも最高。前々から手越さんの歌声はトランペットみたいにぱーんと響くタイプだと思っていたけれど、実際にトランペットが鳴っている場面で高らかに歌い上げると相性が良すぎて最高としか言えなくなる。邪魔するものをなぎ倒していきそうな勢いのある声で、「お楽しみはこれからじゃない?」という歌詞をそのまま表現しているような歌い方だと思う。説得力がすごい。

 

 増田さんは最低2人はいる。もしかしたら3人くらいいるかも。「裂けたドレス~」は手越さん同様けだるい感じで歌っていて、ちょっとネチっとした感じの発音がやばい。特に「bijouterie」「鈍い斜光」。「ジュ」とか「しゃ」とかの発音が味わい深い。
 と思ったらラップパートはリズム感の良さが炸裂していて「ハートに刻んだセンスはキレキレ」のキレがすごい。「Brilliant choice」のr何個あるんだってくらい巻いてるBrrrrillant choice。さっきのけだるさはどこへ。
 と思っていたら今度は百獣の王の如き咆哮「爆音容赦無しスピーカー完全解放ROAR!!!!」。の次の瞬間には甘く優しく囁くような「照明落としてキスをしようよ」で、さっきの百獣の王どこいったの!?ってびっくりする。そっと照明を落としてる。この曲、増田さん4人くらいいますね。

 

 加藤さんのセクシーさも際立っている。「飾られた虚構」のあたりはソロ曲で多用しているような肩に力の入っていない脱力セクシーな歌い方って感じで、わかるわかる加藤さんこういうの得意なんだよねって頷きたくなる。こういう曲にはそういう歌い方が合うよね~って思っていたら突如やってくる「Feel your pulse!」。セクシーだけじゃなくてかっこいい加藤さんもいる。ラップというか台詞というか、こういう勢いのあるパートでインパクトを残すなら加藤さんだよねって感じ。でもそれだけじゃない。このあとにアレがあるんですよ。問題のアレが。
 「君の、君の美貌が僕を狂わせた」。
 ただ「君の美貌が僕を狂わせた」だけだったらここまで問題ではなかったんだけど、「君の、」があることによってやばいオブザイヤー受賞。あまり感情をのせずさらっと囁くのもやばい。この感じはきっと、めちゃめちゃ理性あって言ってるか全然余裕ないかの2択ですよ、どっちがいいですか。どっちもいいですね。

 

 小山さんのラップは滑舌の良さがすごい。キレキレ。言葉の粒がひとつひとつしっかり立っていて、それなのになめらかさも感じられる。高級炊飯器で高級ブランド米を炊いたらこうなるのかなって感じ。特に「You'd have definitely vaporize」はサビの後にくるからキレが際立つ。「その場だけで巡らせて悪知恵」のあたりも、キレとなめらかさのバランスがすごい。小山さん、bとかpとかの音がめちゃくちゃにいいので「絶好調ピンストライプ」とか「bang on」とか、勢いがある。増田さんと声が似ているけれど、小山さんのほうが管楽器吹いたときにタンギングが上手そうな感じがするな~って思う(伝われ)。増田さんはレガートが上手そう(伝われ)。
 「ハッタリかましてMOVE ON」、チャラいけど嫌みのない感じ。チャラさと爽やかさって両立するんだなと小山さんの歌声を聴いていると思うんだけど、その極みかなって感じがする。だんだん上がっていく「MOVE ON」とともにボルテージも上昇って感じ。
 最後の「微かに残ったあの夜のナンバー」もやばい。「ナンバー」の吐息たっぷりな感じが、歌詞だけを考えても余韻が残るのに更に余韻を与えている。それまでキレ重視って感じだったのに、ここにきて余韻。

 

 という具合に四者四様にソロパートがやばくて、しかしやばさはソロパートだけにとどまらない。複数人が一緒に歌っているパートもやばいのだ。
 手越さんと加藤さんのオクターブユニゾンの「Side by side総員退避」とか、気持ちいい歌詞が気持ちいいメロディに乗って気持ちいい歌声で歌われていて、そりゃあ聴いてて気持ちいいよなって気しかしない。
 増田さんと小山さんの「照明落としてキスをしようよ」からのオクターブのユニゾンもやばい。増田さんの優しく囁くようなかわいらしさもある歌声と、小山さんの艶って感じの妖しい低音。合わさると化学反応でやばいことになる。小山さんと増田さんの声は似ている部分もあるから、ソロパートの入れ替わりがスムーズなのも好き。
 サビの全員で歌っているところはブラスの華やかさも加わってもう音の洪水って感じ。伊勢海老と神戸牛とトリュフとキャビアと松茸とその他高級食材がてんこもり。熱狂する饗宴。秩序ある狂気。圧倒的祝祭。

 

 

 で、それぞれを独立して考えてもやばいのに歌詞/音・メロディ/歌い方のすべてが合わさると更にやばいことになる。
 たとえば最後の「微かに残ったあの夜のナンバー」。歌詞だけでも余韻を含んでいるし、小山さんの吐息を残すような歌い方が更に余韻を感じさせ、なのに曲はさっぱりと終わる。この余韻とさっぱり終わる感じを総合すると、私の気持ちはまだ夜のなかにあるのにさっきまで一緒に踊っていたはずの相手はもうどこにもいないような、狐につままれたような、もしかしたら私が夢を見ていただけだったんじゃないかとか、そんな雰囲気になる。
 こういう相乗効果が至るところにあって、全部が最高。あまりにも良すぎて気が狂いそう。

 

 音についての項でも書いたけれど、この曲の非日常が押し寄せる感じが「祝祭」というイメージ。夢を見ていたかのような終わり方もこの曲の非日常感を強めている。ダンシング非日常パーリナイ圧倒的“祝祭”、そんな曲だなって思います。

 


 最初から最後まで、歌詞から音から歌い方まで気持ちよさたっぷり。テンションがばかみたいに上がる。まるでお祭りの最中みたい。でも突き放すように終わる、この寂しさ。だからか、この曲を聴いてイメージするのは「祝祭」という言葉だ。こんな楽しい祭りには乗らなくちゃ!集え!踊れ!ようこそ非日常へ!
 というわけで、今のNEWSだから持てる最強の武器「夜よ踊れ」の話でした。

 

 

BLUE(通常盤)

BLUE(通常盤)

 

 

 

#読書週間だからRTされた数だけお勧め本プレゼンする

 読書の秋です。読んでますか?私は元気に読んでます。
 Twitterでやったタグの本紹介、長くなるのでブログに書こうと思います。なんとなくジャンル別にしています。よければ読む本を選ぶ際の参考にどうぞ。全17冊です。

 

 

タイプライターズ出演作家さんの本

 毎回面白い作家さんを紹介してくれるタイプライターズ。出演したすべての作家さんの本を読めているわけではないけれど、読んだ中で特にいいなと思った本を紹介します。

 


『ままならないから私とあなた』朝井リョウ

 記念すべき第一回ゲスト、朝井リョウさんの作品。「レンタル世界」と表題作「ままならないから私とあなた」が収録されている。
 人間って全然わかりあえないなぁと思う2作品が収められている。「自分はこの人のことをわかっている」とどんなに思ったって、その人本人ではないんだし、すべてを知っているわけではないのだと突きつけられる。誰かのことを想うとか誰かのことを理解するとか、めちゃくちゃ傲慢で、そういうのって結局エゴでしかないんだろうなと思ってしまう。あなたのためにと思ったことが、全然あなたのためじゃなかったり。そういうことってきっと日常に溢れている。
 他者のことなんてわからない。私の思い通りになることなんてない。つまり、「ままならない」。そんな私とあなたのわかりあえなさこそが、私とあなたがそれぞれ違う人間であることを際立たせ、人間を人間たらしめているのかもしれない。
 もっと優しい朝井リョウさんから読み始めたい人は是非『星やどりの声』を!

 

ままならないから私とあなた

ままならないから私とあなた

 

<こんな人にオススメ>
  ・人と人との関係性に思うところがある人
  ・きれいごとじゃない物語を読みたい人

 


『何もかも憂鬱な夜に』中村文則

 レギュラーメンバーである中村さんの作品。文庫版の解説はピースの又吉さん。
 とにかく暗く、鬱々とした描写が続く。表紙と同様に、ずっと雨が降り続いているかのような雰囲気。ただの紙のはずなのに、ページをめくるのがひどく重たく感じられた。しかしその暗さゆえに、ラストに射すひとすじの光を、美しく受け止められる。
 登場人物の内面に近づくことは、自身の内面に近づくことでもある。どんどん内面に潜っていくような小説なので、静かな環境で読むのがいいかもしれない。
 何かが劇的に解決したわけではない。状況が一変するわけでもない。けれど、今この瞬間確かに光が射している。そう感じられるような終わり方だ。個人的な読後感としては、映画「そこのみにて光輝く」を見た後の気持ちと似ていると思った。映画も小説もエンタメ性の強いものを好みがちなので、どちらも貴重な体験だった。

 

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

 

<こんな人にオススメ>
  ・暗い話が好きな人
  ・静かな日に読みたい本を探している人

 


『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』島本理生

 最新回(10月放送)のゲスト、島本理生さんの本。まだそんなに沢山読めているわけではないけれど、この本がとても気に入ったのとこの本が刺さる人って結構いるんじゃないかなと思ったので紹介したい。
 主人公の恋愛を主軸に置きながら、主人公の友人たちが抱える悩みも掘り下げられていく。何についての悩みかと言うと、概ね「人生」について。この先どうやって生きていこうか、ということについて。多分どうやったって生きていけるけれど、それでも悩みは尽きない。私もそうだし、私以外の多くの人もそうなんじゃないかと思う。
 そんな悩みを抱える女性たちと、美味しいごはんと素敵な旅先の物語。美味しいものを食べるって、多分生きることと繋がっているんだろうなっていう気がしてくる。ちゃんと食べようとする人たちを見ていると、この人たちは悩みながらも生きることに前向きなんだなと思えるし、美味しいものが食べたいなと想像している今の私も、少なくとも生きることに後ろ向きではないなと感じられる。

 

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

 

<こんな人にオススメ>
  ・美味しいごはんが出てくる本が読みたい人
  ・作中の女性たちと同世代=アラサーの人

 

 

しんどい夜に読みたい本

 あるよね、しんどい夜。別に夜じゃなくてもいいけど。どう言葉にしていいかわからない夜。そんな夜に寄り添ってくれるような作品です。

 


『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬まる

 彩瀬まるさんの本はどれも、悩みを抱えていたり思うように生きられない人たちを描いている。その中でも『桜の下で待っている』とこの作品が好きで、どちらにしようか迷って、こっちにしてみた。生きている誰もがもっている「からだ」についての連作短編集。
 私は外見のコンプレックスが強い。顔や肌もだけれど、身長もあまり好きではない。今はそこまででもないが、小学生のころはひとりだけ大きいのが嫌だった。けれど周りから見たら羨ましいと思われる部分でもあるし、その程度の身長で何を言うのかと思われる部分でもあるのだろう。だけど、私にとってはひどく重たい悩みだったし、身長が高かったことが引き起こしたある一件について、悩みに悩んだ気持ちは消えない。
 からだの悩みは、他者とわかり合うのが難しいのかもしれない。抱えている悩みは似ていても、からだは目に見えてわかるものだから些細な違いが浮き彫りになる。似ている悩みだとしても、同じではない。誰かと比べたらそのぶんだけ、その人のからだはその人だけのもので、その人固有の悩みであることが際立つ。
 だから、誰ともわかり合えない分、本を読んでみるのもいいんじゃないかと思う。彩瀬まるさんの小説は、今まで自分が気付かないふりをしてきた傷を照らし出す。暗いままなら見えなかったのに、そこにライトを当ててしまう。でも、そうやって傷を意識することは、自分を大切にするための一歩だともいえる。

 

眠れない夜は体を脱いで (文芸書)

眠れない夜は体を脱いで (文芸書)

 

<こんな人にオススメ>
  ・自分の外見、からだにコンプレックスがある人
  ・自分に対して優しい気持ちになりたい人

 


『ぼくのメジャースプーン』辻村深月

 『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞した辻村さんの初期の作品。『かがみの孤城』もしんどい夜にオススメなのだけれど、今の私の気分的には『ぼくのメジャースプーン』かな、と思ったのでこちらを選んだ。
 主人公は小学4年生の男の子で、「Aをしなければならない。そうしなければBになってしまう」と言葉にすると相手にAをさせる(あるいはAをしなかったことでBという結果になる)能力をもっている。ある日、彼の通っている小学校で飼っているうさぎが殺される。それを見た主人公の友達・ふみちゃんはショックで心を閉ざしてしまう。ふみちゃんに元に戻ってほしくて、主人公は力を使いうさぎ殺しの犯人と戦うことを決意する、というような内容。
 主人公は事情を知っている大学教授・秋山に協力してもらって力の使い方を勉強していく。子供にはそんなことは理解できないだろう、と思うような概念も出てくる。犯人と戦うということがどういうことなのか。罪に対する罰とは。法ではなく、自分の手で罰を下すとはどういうことなのか。秋先生は子供だからといって手は抜かない。対等に、ひとりの人間として接する。ネット上では簡単に誰かを断罪できてしまう時代だから、秋先生の言葉をよく考えたいな、と思う。
 読んでいてつらい場面もあるけれど、そのつらさをも包み込んでくれるような何かに出会えるかもしれないし、誰かを想うということについての理解が深まるかもしれない。そんな意味で、しんどい夜にオススメしたい。

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

 

<こんな人にオススメ>
  ・罪とか罰について、人を裁くということについて考えたことがある人
  ・『子供たちは夜と遊ぶ』『名前探しの放課後』を読んだことがある人

 


『傘をもたない蟻たちは』加藤シゲアキ

 NEWS担の皆様におかれましては別に薦められなくても読んでいるだろうけれど、でもどうしても入れておきたい本。しんどい夜に読むに相応しい、しんどい夜を過ごす人たちの物語が収められた短編集。
 どの短編も、突き詰めていえば「自分」について悩んでいる。自分と他の何かの、その関係性についてと言うべきか。登場人物たちは決して模範的ではなくて、誰も彼もエゴが見え隠れしている。でも、エゴとか自分勝手な部分って、自分をおろそかにせず大切にするために重要な部分だ。しんどい夜を過ごしていると、自分から遠ざかりすぎて見えなくなったり、あるいは近づきすぎて自分しか見えなかったりする。この作品を読んでいると、登場人物たちが自分に向き合うところを通して読み手も自分と向き合う機会を得られる。そして、ちょうどいいバランスが取れそうな気がしてくる。
 悩んだり迷ったりする登場人物たちは、それでも「生」を投げ捨てない。生きることを前提として生きている。悩んでも迷っても苦しくても悔しくても、生きている。ほとんどの場面では「生きるべきか死ぬべきか」ではなく「生きていかなければならないなかで、どうやって生きていくか」が問題となっている。彼らが生きていることは、同じようにつらさを抱えている人にとっては、もしかしたら希望となりうるのかもしれない。
 悩むことも迷うことも苦しいことも悔しいことも、決して珍しいことではなく、ありふれたことなのかもしれない。だけど「みんなそうだよ」と言われたところでつらさが和らぐわけではない。だってつらいものはつらい。だから、つらいことをちゃんとつらいと思って、悩んで苦しんで、それでも生きていく登場人物たちを見ていると、私だって自分のつらさを認めていいんだと思えてくる。頼りない夜に、ひとつの光が灯る。

 

傘をもたない蟻たちは (角川文庫)

傘をもたない蟻たちは (角川文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・自分と向き合う時間を過ごしたい人
  ・まだ加藤シゲアキ作品を読んだことがない人

 

 

伏線回収が秀逸な本

アヒルと鴨のコインロッカー伊坂幸太郎

 内容について触れようとするとネタバレになってしまいかねないのであまり深くは語れないのが難点。読めばわかる、としか言いようがないのだけれど、頑張って紹介する。
 物語はふたつの時間軸で進む。現在と2年前。一見つながっていないように見える2つの話がリンクして、真相がわかった嬉しさと物語に秘められた虚しさで、なんとも言えない読後感を味わうことになる。ミステリとしては読んでいて「なるほど~!」となる気持ちもあるのだけれど、それ以上に胸がしめつけられるというか。
 『重力ピエロ』は爽やかでどこかすっきりした気持ちで読み終われるけれど、この作品は爽やかだしすっきりするけど埋めようのない虚しさもある。冬の済んだ空気みたいな感じだろうか。空気が澄んでいるから、作中に何度も出てくる「風に吹かれて」のメロディがいつもよりきれいに響く。
 映画化もされていて、そちらもオススメ。

 

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・まだ伊坂幸太郎作品を読んだことがない人
  ・冬の冷たく澄んだ空気のような読後感を味わいたい人

 

魍魎の匣京極夏彦

 分厚すぎてまるでレンガのような本になってしまうことでおなじみの京極先生の本。なかでも私が一番好きなのがこの『魍魎の匣』。拝み屋・中禅寺(通称:京極堂)、探偵・榎木津、小説家・関口、刑事・木場らが登場するシリーズの第2作目である。1作目は『姑獲鳥の夏』。シリーズものとして最初から読みたいのであれば1作目から読むことをオススメするけど多分ここから読んでも大丈夫ではある。すごくざっくりと内容を説明すると、女の子が何者かに線路へ突き落とされる事件が起きたり連続バラバラ殺人事件が起きたり箱を祀る新興宗教の話が出てきたりする感じです。
 京極先生の作品は伏線回収が鮮やかなのでわかりにくいという印象はあまりない。これだけの文章量でありながら、ラストで事件の真相が明かされるときに「あの部分が実はこうだったのか」というのがわかりやすい。一見無関係に見えるものも、だんだんと繋がっていく。伏線の張り方も、回収の仕方も、どちらもすごく上手いのだと思う。京極先生、絶対めちゃくちゃ頭いい。分厚いので読み切ったときに「読み切った!」という感もあるし、なんだかぞわっとする終わり方もいいし、とにかくいい。ちなみに分冊文庫版では上中下の3巻です。
 ところで加藤さんか小山さんに久保を演じてほしいんですけどどうですか?

 

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・分厚い本/長い話が読みたい人
  ・ぞわっとするミステリが読みたい人

 

 

女の子たちの本

 女の子たちが活躍したり、女の子たちが悩んでいたりする本が好きです。

 

『あとは野となれ大和撫子』宮内悠介

 架空の国・アラルスタンを舞台にした物語。国名からわかるように中央アジアあたりにあることになっている。割合穏やかな日々が続いていたが、ある日国の偉い人が撃たれてしまい、無政府状態になる。役人はみんな逃げ出してしまって、こうなったらもう後宮(女の子たちの教育機関となっている)の女の子たちが臨時政府をつくりどうにかするしか……!という話。後宮に集う女の子たちの過去やアラルスタンの政治的事情など、設定としては重めの部分もあるものの、女の子たちの会話のテンポがいいし文章も決して硬すぎないので、気負わずに読むことができる。各章のあいだには日本人旅行者のブログがあり、それもまたこの作品にいい意味での軽さをもたらしている。
 主要な登場人物はほとんど女の子なのに、まるで少年漫画のような世界観。読めば読むほど、どこかで連載しているんだったっけ、という気分になってくる。女の子たちが国を動かそうとする様々な発想は多分もともといたおじさんの政治家たちでは出てこなかったものなんだろうなと思う場面も多々あって、そういうのもなんだか漫画っぽい。コミカルとシリアスのバランスが絶妙だし、女の子たちのキャラクターもいい。みんなかわいい。めちゃくちゃ重たい状況でありながら、女の子たちが明るくてかわいくて、決して諦めていないところがいい。
 芥川賞直木賞にダブルノミネートされたことで、本を読む人たちのなかでも注目度が高そうな作家さんでもある。

 

 

あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

 

 <こんな人にオススメ>
  ・強くてかっこいい女の子が好きな人
  ・ラノベや漫画的に読める本が読みたい人


『終点のあの子』柚木麻子

 最近は女の子の話というと柚木麻子さんを挙げたい。
 女子校に通う女の子たちの、やわらかくて脆い心を描き出した作品。スクールカーストだとかグループだとか、そういう単語にピンときた人にオススメ。刺さります。
 特に好きなのが「ふたりでいるのに無言で読書」。クラスの派手な子と地味な子が夏休みに図書館で交流する話で、ふたりは仲良くなりました!というわけでは全然ないところが逆にいい。学校の外であれば交流ができる可能性がなくはない人たちが、同じ場所に集められていることで断絶する。それが教室なんだよなと思った。
 私はスクールカーストやグループの意識があまり強くない学校にいたけれど、それでもうっすらとしたカーストやグループというものはあって、あるとき全然違うグループの明るくておしゃれでかわいい子に履いていた靴(コンバースのハイカット、黒地に街の模様が描かれているもの)を「それ、かわいいね」と褒められて以来、ぼろぼろになるまで履き続けていた。多分彼女はそんなことを言ったことさえ覚えていないだろうけれど、私はずっと覚えている。そんなことを思い出すような、自分が高校生だった頃を振り返ってしまう作品だった。
 この作品はそこまで明るいわけではないので、もっと明るい女の子の話だったら『王妃の帰還』を是非。

 

終点のあの子 (文春文庫)

終点のあの子 (文春文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・スクールカーストという言葉がチクっと刺さる人
  ・女の子の友情についての話が読みたい人


青年のための読書クラブ桜庭一樹

 女の子の本を挙げるのに桜庭一樹さんを紹介しないなんてないので。
 桜庭さんの書く女の子はどことなくグロテスクだ。視覚的な話ではなくて、彼女たちの心の中の話。可憐さと暴虐さが両立している。異様なものが両立する様子は、グロテスクとしか言いようがない。この『青年のための読書クラブ』は、そんなグロテスクな女の子たちの、歪で愛おしい物語だ。無邪気さも残酷さも醜さも「少女」という器に入れば許されてしまうというか、無邪気で残酷で醜いものこそが「少女」というか。少女であることは、まだ大人ではないし、制限も多い。しかしその閉塞感こそが彼女たちの無敵感とも繋がっている。
 聖マリアナ学園というお嬢様女子校の異端児が集まる「読書クラブ」。彼女たちが綴る、さまざまな年代の物語が詰まっている。物語自体は全然リアル寄りではないけれど、少女たちが抱えている退屈とか閉塞感とか暴れたい気持ちとか無敵感とか、そういうものには覚えがある。高校生の頃は今考えたら全然面白くない遊びで盛り上がっていたが、そのときの気持ちはこの物語に描かれる少女たちが抱えている気持ちと似ている気がする。なんだかわからないけれど何にも負けない気がしていた。舞台の中心に躍り出るような人間ではなかったけれど、そんな私でも無敵なんじゃないかと思える瞬間があった。読書クラブの乙女たちを見ていると、なんだかそんなことを思い出す。
 さまざまな少女たちが、溢れんばかりどころか溢れまくっているパワーでエネルギッシュに時代を闊歩し、そしていつしか去っていく。ちょっとめんどくさくて痛い女の子たちの生きざまを是非。
 昨年新潮文庫nex版が出ました。表紙は志村貴子さん。最高。

 

青年のための読書クラブ (新潮文庫nex)

青年のための読書クラブ (新潮文庫nex)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・ねじまがった方向にパワフルな女の子が好きな人
  ・少女だった頃に閉塞感や無敵感を感じていた人

 

 

ジャンル分けできなかったけどオススメしたい本

 さまざまなジャンルで紹介してみたけど、ジャンル分けすると入らなくなってしまう本たち。でもオススメしたい。

 


『僕の好きな人が、よく眠れますように』中村航

 タイトルがもう好き。このロマンチックさに惹かれた人には是非手に取ってほしい一冊。
 こんなかわいいタイトルで、出てくるカップルもすごくかわいくて、あぁこの二人の恋が上手くいったらいいのになと思うけれど、そうもいかない理由がある。はるばる北海道から主人公のいる大学の研究室へやってきたゲスト研究員の女の子は、既婚者だった。
 いわゆる不倫なのだけれど、ドロドロした雰囲気は一切ない。ただただめちゃくちゃに互いに愛し合っている。付き合うまでの過程も、互いに惹かれ合っていた、の一言に尽きる。多分言葉にできることじゃないんだと思う。その言葉にできない部分を、丁寧に言葉にしている。
 言葉にしたら「バカップル」になってしまうのだけれどなんていうかとても文化的なバカップルで、相手のことをどれほど愛しているかをいろんな言葉で言い合ったりとかカップルの敵とは何かを考えたりしている。かわいい。でも彼女には夫がいる。
 人によっては煮え切らないと取れてしまうかもしれないラストだけれど、答えのない問いに対する答えのひとつとして、私はすごく好きだなと思う。中村航さんの書く、優しくてずるい男の子の優しくてずるいところが全面的にでている。単純に二人の恋が成就しないことに対する切なさとはまた違う、名付けようのない気持ちになる作品。

 

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・恋愛小説を読みたい人
  ・人を好きになることについて考えたい人


『求愛瞳孔反射』穂村弘

 歌人・エッセイストとして有名な穂村さんの詩集。以前、紀伊國屋書店で開催された「ほんのまくら」フェア(本の書き出ししかわからない状態で売られている)にて、「あした世界が終わる日に一緒に過ごす人がいない」という書き出しで売上1位になった作品。私もこの書き出しに惹かれて買った。
 詩集というものをまともに読んだことがなかったけれど、この本は折に触れて読み返している。小説よりは圧倒的に情報量が少ないなかで、一体どんな状況を表しているのだろうと考えてみたり、この詩の背景には何があるのだろうと想像してみたりする。与えられた物語を読むというよりは、自分の想像力で物語を広げていくような感覚で読んでいる。
 らぶらぶな詩もあれば、寂しさの漂う詩もあるが、収められている詩はどれもロマンチックでどこか変態的な愛が満ちている。多分、ロマンチックなことと変態的なこととは表裏一体というかほぼ一緒なんだろう。誰かを愛するということは、ロマンチックなことでもあるしちょっと気持ち悪いことでもある。

 

求愛瞳孔反射 (河出文庫)

求愛瞳孔反射 (河出文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・誰かのことを好きな人
  ・その「好き」の気持ちがちょっと変態的だなと気付いている人


『ロボット・イン・ザ・ガーデン』デボラ・インストール

 このかわいい表紙を見て心を掴まれてしまう人も少なくないだろう。この!愛らしいロボット!タングっていいます!超かわいい!表紙を手掛けているのは酒井駒子さん。
 うじうじしていたら妻にも愛想を尽かされてしまったダメ男・ベンの家の庭に、突如小さな古いロボットが現れる。「タング」と名乗るそのロボットは、古さゆえに壊れている部分があった。彼を修理するために、タングを作った人を探しにあちこち旅をする、という物語。
 タングが何かの役に立っているかといったら全然で、むしろわがままで言うことをきかずにベンを困らせることもある。しかし、そんな子供のようなタングと一緒だからこそ、ベンはだんだんと成長してダメダメな人間から脱却していくことができるのだ。わがままを言うこともあるけれど、タングのほうもだんだんと成長していって、読み進めるたびに愛しい存在になっていく。
 翻訳モノではあるが比較的読みやすいので海外作品に手を出してみたい人にもいいかも。続編の『ロボット・イン・ザ・ハウス』も是非。

 

ロボット・イン・ザ・ガーデン (小学館文庫)

ロボット・イン・ザ・ガーデン (小学館文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・かわいいロボットが好きな人
  ・海外作品を読んでみたい人

 

 

加藤さんにオススメの本

 私は加藤さんの友達じゃないんでオススメできる立場ではないんですけど、それでもオススメできるならしたいな~という作品たちです。本を読んでいるとたまに「加藤さんも好きそう」「加藤さんがこういうの読んだらどう思うかな」と思ってしまう作品に出会ってしまってどうしようもない気持ちになるので、ここで発散します。

 

『ドレス』藤野可織

 幻想小説と呼ぶのか、不気味さと狂気に満ちた短編集。気持ちSF風味かもしれない。狂気って言葉を使いたくなるけれど、それは作品の外側から見ているからで、あの中の世界にいたらそうはならないのかなぁと思ったりもする。わかったと思えるほどわかるものではなかったけれど、全くわからないわけでもない、不思議な読後感だった。SF的なモチーフが多めだが、物語の根底は純文学といった感じ。
 最初の短編「テキサス、オクラホマ」はドローン専用の保養所で働く女性の話。まずドローン専用の保養所というアイディアからしてちょっと怖い。機械に意思が芽生えていることが怖いというよりは、機械に芽生えた意思についてどういう仕組みなのかがわからないところが怖い。「マイ・ハート・イズ・ユアーズ」はチョウチンアンコウがモチーフで、女性が出産するときは男性が女性に同化しなくてはならないという生殖の仕組みになっている。似たテーマの話は他でも読んだことがあるけれど、中でも不気味だなと思った。表題の「ドレス」はドレスという名前のブランドのアクセサリーに魅了される女性たちの話。全体的に女性が物語のメインとなっている。
 加藤さんがこれ読んだらどう思うんだろう、という感想を抱く部分が沢山あったので読んでみてくれたら嬉しいなぁ。どっかで加藤さんがこの本と出会ってくれますように。

 

ドレス

ドレス

 

 <こんな人にオススメ>
  ・不思議な世界観に浸りたい人
  ・純文学を読んでみたい人

 

『800年後に会いにいく』河合莞爾

 どう見てもタイトルがネタバレなのにセンスありすぎて優勝。
 恋愛・ミステリ・SFがごちゃ混ぜになったような小説。ちっとも先が読めないというか、ネタバレみたいなタイトルをしているのにどうなるのか全然わからない。こうなんじゃないかな、と思っても鮮やかに裏切られる。いやまさかそんな発想が出てくるとは!みたいな驚きがあって、でもその驚きが物語から浮いていない。物語性も、驚きも、どちらも楽しめる。
 就活がうまくいかず、なんだかあやしいIT企業(社員は3名)で働くことになった主人公。クリスマスの夜に800年後からのメッセージが届いて……という話。全体的にとても壮大な話になっていくのだが、それでも主人公が文系だからかSF的な要素は噛み砕いて説明してくれるのでわかりやすい。話の筋がSFに偏っているわけではなく、恋愛とミステリとSFがそれぞれ三本柱でどーんとあって、どれもバランスがよく配置され、結果的にとてもロマンチックなものに仕上がっている。壮大さとか純真さとか、そういうものをひっくるめてのロマンチック。
 個人的な読後感は『チュベローズで待ってる』を読んだときの気持ちに近い。『チュベローズ~』も予想だにしなかった展開が繰り広げられて終盤は驚きまくるし、あまりに話が広がりすぎなんじゃないかと心配にもなるけれど、広げた風呂敷はちゃんと畳んで終わっている。そういう物語が好きだったら是非。

 

800年後に会いにいく (幻冬舎文庫)

800年後に会いにいく (幻冬舎文庫)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・SFを普段読まない人
  ・タイトルを見て気になっちゃった人

 


『未必のマクベス』早瀬耕

 香港あたりを舞台としたビジネス・クライム小説でもあり、壮大な恋愛小説でもある。デビュー作から22年経って発売された第2作目という珍しい作品。
 タイトルにある「未必」とは、必ずしもそうなるわけではないけどなるかもしれない、的な意味で、「マクベス」とはシェイクスピアの「マクベス」のこと。主人公はマクベス王となるのかどうか、この物語はシェイクスピアの書いた「マクベス」の筋書きを辿るのかどうか、という部分が物語の軸となる。マクベスについて知らなくても大丈夫だけどWikipediaくらいは読んでおくとわかりやすいかもしれない。
 クライムノベルの趣もあり、銃も出てくるしオシャレなお酒(主に「キューバ・リブレ」というカクテル)も出てくるし、ハードボイルドな雰囲気が全体に漂っている。それでいて初恋の人を想い続ける恋愛小説でもあって、そのバランスがいい。さまざまな謎が明かされていく終盤は叫び出したい気持ちを抑えながら読んだ。
 同じ作者の『プラネタリウムの外側』も加藤さんに読んでほしい。こちらはSF恋愛小説といった感じで、淡々としていながらもウェットな部分がある小説。物語としてのギミックも面白い。

 

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

 

 <こんな人にオススメ>
  ・初恋が忘れられない人
  ・ハードボイルドな世界観に触れたい人

 


 前にも似たようなのやったなって探したら一昨年の記事が出てきた。去年やってないってことはきっと忘れてたんでしょうね。来年も覚えてたらやりたいです。
 17冊紹介したら10000字超えました。誰かがここに出てきた本たちを読んでくれますように!

penguinkawaii.hatenablog.com

しまなみロマポルライビュ感想、あるいは彼らと生きてきた19年間について

 10/20、ポルノグラフィティ初の試みである「しまなみロマンスポルノ'18 ~Deep Breath~ THE LIVE VIEWING」に行ってきました。あまりにも良すぎたのと、思うことがありすぎたので、感想を残しておきたいと思います。

 ※「しまなみロマンスポルノ'18 ~Deep Breath~ THE LIVE VIEWING」の内容について触れているので、ディレイビューイング参加までネタバレを控えたい方はこの先を読まないことを推奨致します

 

 

 開演予定時刻の16時を少し過ぎた頃、空撮の映像がスクリーンに映し出される。その場に足を運んでこの目で実際に見たことはまだ一度もないのに、私はこの景色を知っている。因島だ。
 建物の屋上に人影が見える。岡野さんの声がして、だんだん人影にカメラが寄っていく。ポルノのお二人の姿だった。ちょっと眩しそうにしながら、10月20日のしまなみの景色を見せてくれた。そしてこのライビュが9月8日の映像と因島から中継するプレミアムライブで構成されていることと、タオルを回したり歌ったり手拍子したり普段のライブのように盛り上がって欲しいことを伝えて、映像が始まる。

 9月8日の映像、すごく良かった。しまなみテレビで新藤さんが「横のモニターの映像だから顔のアップが多い」と言っていたけれど本当に顔のアップ(というか胸より上)が多い。映画館のスクリーンに映るお二人のアップ。当時43歳、圧倒的に顔がいいので眼福でしかない。
 それに、彼らが故郷を自慢する表情が見られて本当によかった。誇らしげというか、嬉しそうというか。私は生まれ育った実家から車で15分程度のところに住んでいるので、「遠く離れた故郷」という感覚がよくわからない。だからこそ、二人がしまなみの景色を自慢する表情が眩しく思えた。

 途中で、SONGSの映像が入る。2005年の因島ライブの映像、そしてライブで歌うはずだった「愛が呼ぶほうへ」をカラオケで歌っているところ。そして、映像が切り替わる。因島高校の生徒たちの前に立ったポルノのお二人の姿が映し出される。
 きっと沢山練習したであろう、しっかりと揃っていて声もよく出ている合唱。岡野さんは笑顔で、新藤さんは生徒たちと同じように手を振って揺れながら歌っていた。その光景がすごく良かった。本当に、すごく良かった。
 2005年の因島ライブのとき、中学生だった私はなんであの島の子どもに生まれなかったんだろうと悔しく思っていた。生まれる場所なんて選べないけど、もし選べるなら私は今いるここじゃなくてあそこがよかったって思っていた。なんで東京の中学生なんかに生まれたんだろうって嘆いていた。
 けれど、「愛が呼ぶほうへ」を歌う高校生の子たちを見ながら、これがあの子たちにとっていい思い出になったらいいなぁと素直に思った。ポルノと歌ったことも、学校のみんなと歌ったってことも、いい思い出とか青春の一幕として彼ら彼女らの胸のなかに残っていてほしいなぁと思った。この先、この子たちの未来にいいことがたくさんあって、幸せであってほしいと願った。そう思ったら涙が止まらなくて、べしょべしょに泣きながら見ていた。悔しいとか羨ましいとかそういう気持ちは全然なくて、ポルノが楽しそうに歌っているのを見て幸せな気持ちになった。
 そんなふうに思うようになったのは、私が大人になったからに他ならない。中学生や高校生の私だったら、2005年と同じような感情を抱いていたかもしれない。そう考えると、私の成長のそばにはポルノグラフィティがいるのだと強く実感する。奇しくも20日は2005年のツアー「SWITCH」のドクロTシャツを着ていて、13年ぶん私も成長したんだって思って、ずっとそばにいてくれたポルノへの感謝の気持ちがぶわっと溢れてきて、もう何に泣いているんだかわからなくなりながらも泣いていた。

 続いて、因島市民会館の外からの演奏。いい感じに夕暮れの景色で、たぶんこのあたりで二人が「多島美が素晴らしい」って言っていて、最初は「たとうび」をうまく漢字変換できなかったけれど島がいくつも浮かぶ海を見てなるほどと思った。いつかこの景色を自分の目でも見てみたい。
 そんな景色と、近くの公園から聞こえる子どもたちの声が、彼らの愛する地元なんだなぁとほっこりした。遠くには秋祭りの太鼓の音も聞こえる。私の故郷じゃないのに、勝手に郷愁というのはこういうことなのかなと思ったりした。そして披露される「Aokage」。音源や2011年のライブではサビの高音がファルセットだったのに、今回は普通に声が出ていて進化を止めないボーカルモンスター岡野昭仁の恐ろしさを思い知った。
 続いて、「邪険にしないで」を披露。気づいたら康兵さんがスタンバイしていた。キーボードがイントロを奏で始めて、しかしすぐに止める岡野さん。びっくりする康兵さん。康兵さんを紹介し忘れたので止めたらしい。この思わず笑っちゃうような流れも非常にポルノグラフィティを感じた。そういうところ、むしろ永遠になくしてほしくない。

 ここからまた9月8日の映像に戻る。
 今回はライビュだからか歌詞が出るようになっていて、「サボテン」の歌詞を見ながらポルノの歌詞で初めて知った言葉だらけだなぁと考えていた。
 聞き慣れた言葉にも漢字をあてることができるということ。「どこ」に「何処」という字をあてることができると知って感動したのを覚えている。「どこ」というのは疑問を表す場所だから「何」という字が入るのもわかるし、「処」が場所を表すということも知っていたから、なるほどと思ったし他にもこういうのがあるのかなとわくわくした。「出会う」に「出逢う」という字をあてることができるのも最高だなと思った。「出会う」という言葉は知っていたけれど、「出逢う」と書くと途端にロマンチックになる。「顧る」という言葉は「省みる」と同じ読み方だが、そもそも「かえりみる」の意味をいまいち理解していなかったので辞書を引いて調べたりした。
 当時小学4年生だった私は小説を読むのが好きだったこともあって文字や言葉に関心が強く、漢字検定の本を買ってもらって受けはしなくても練習して満足する子どもだった。そんな子どもにとって、歌詞はいい遊び相手だった。書き写してみると、この言葉にはこの漢字をあてることもできるのかという気づきがたくさんあったし、知らない言葉がたくさんあった。本来ならその読みではない字をあてているところもあるし、とにかく楽しかった。
 歌詞を見ながら岡野さんの歌声を聴いていたら、ポルノの歌詞で初めて覚えた言葉ばかりだということに改めて気づいて、10歳の私がその向こうにいる気がしてまた涙が出てしまった。あの頃小学生だった私は18年の時を経て社会人になって、変わらずこうしてポルノのことを見つめている。変わらずその歌詞や表現に驚かされている。それって簡単なことじゃないし、奇跡みたいにすごいことだと思う。

 その後、ゆるキャラが出てくる「Century Lovers」までが映像で、大勢のゆるキャラとポルノの味わい深さを感じていたら生中継の映像に切り替わった。今度はバンドスタイルで、さっき一緒に歌っていた高校生たちを前にライブを行う。まずは「ミュージック・アワー」で、ポルノの後ろにはスクリーンがあって9月8日の映像が映し出されていてすごく贅沢な画面になっていた。高校生たちも楽しそうで、見ていてこっちもにこにこしてしまった。

 次は「そらいろ」。その前に岡野さんが、この曲ができた背景を語り始める。
 何年前って言っていたかは忘れてしまったんだけど(この曲が収録されているアルバム『PORNO GRAFFITTI』が2007年にリリースされているのでそのあたりではあると思う)、昔夜中に地元の幼なじみから電話がかかってきたのだという。仕事はどうだ、というような内容だったそうで、岡野さんは特に考えず「好きなことをやっているので楽しい」というような言葉を返した。そしたら岡野さんの友人はそれを聞いてすっきりした、と言ったのだそう。仕事でいろいろと悩んでいて、こんな気持ちのまま家族の待っている家に帰ることはできないと思って車のなかで岡野さんに電話をかけて、お互い仕事が大変だねという話をして落ち着こうとしていたのに岡野さんが「楽しい」と答えたことで、逆にすっきりしたのだと。自分も仕事を楽しいと思えるくらいに好きになろうとか頑張ろうとか、そんなふうに思ったらしい。そんな話から、この「そらいろ」が生まれたのだと話していた。
 ポルノのことは大好きだし楽曲も概ね好きだけれど、どうしても全然琴線に触れないどころか好きではないというよりも強い感情で「どうして」と思う曲がいくつかある(あくまで好みの問題であって楽曲そのものの価値の話ではない)。そのうちのひとつがこの「そらいろ」だった。その後に出たベストに入った理由も、私にはいまいちわからなかった。
 でも、20日にこの曲を聴いて、あんまりにも胸にしみて涙が出た。自分でも驚いたけれど、おそらくライビュ冒頭の因島の美しい景色や市民会館前からの景色がすごくきれいだったこととか、岡野さんが演奏前にしていた話が響いたからだろう。
 私は実家から車で15分のところに住んでいるから遠く離れたふるさとというものがよくわからないし、それでいて小学校・中学校の頃の知人とは縁が切れているため連絡を取り合える友達というのもいない。高校時代からの友達はいるけれど、私の高校は東京の各地から人が集まっていたから、地元の友達という感じではないし。だから、私は「そらいろ」が歌っているものがなんなのか、身をもってわかっているとは言えない。でもその代わり、この曲を聴くことで追体験することができた。岡野さんと幼なじみの友人の関係がとてもいいものだなぁと思ったり、遠く離れたふるさとを思う気持ちって素敵だなぁと思ったりしていたら、「そらいろ」が胸に響いた。
 そんなふうに思えるようになったのも、私が歳を経た証拠なんだろう。楽曲がリリースされた当時は高校生だったし、実家で暮らしていて地元の友達もひとりもいなくて、そんななかで故郷を懐かしく思うのは少し難しい。今だからこそ、この曲の良さがわかるようになったのだ。
 本来ならわかるはずのないものを、楽曲を通して疑似的に「わかる」と感じられることって、すごく幸せだとも思う。

 その後、段取りを間違えて一曲分とばして説明し始めてしまう岡野さん。しかも「ビールケース」と言おうとして何度も「ビール瓶」を繰り返してしまう。もう何がなんだか。でも楽しい。
 それと、どのあたりだったか忘れたけれど、新藤さんが「各会場に4、5人入るくらいかと思っていたら全国で25000人もの人が見てくれているからカメラ目線を多めにしないと」みたいな話もしていた。カメラ目線を多めにしたいがために喋っている岡野さんの後ろに映り込もうとして邪魔!って言われてるの、時々出てくるいたずらっ子はるいちくんだ~!と思って圧倒的恋だった。人生最初で最後、唯一のリア恋枠の新藤さんには今日も恋でした。

 おかわりがたくさんの「ハネウマライダー」、全国で合唱する「アゲハ蝶」、そして最後は「ジレンマ」。
 たぶんジレンマだったと思うんだけれど、岡野さんが「北海道のみなさん!」から始まって「東北のみなさん!」「関東のみなさん!」って各地方の名前を挙げていって、それがものすごくぐっときた。「全国各地」という言葉だとぼんやりしているのが、岡野さんが各地方の単位でひとつひとつ挙げていくことで、少しずつはっきりしてくる。あちこちで、今、この映像を見ている人がいる。同じように盛り上がっている人がいる。それってすごいことだ。奇跡みたいにすごいことだ。それがじわじわと実感できて、思わず泣いてしまった。もう泣いてばっかじゃん。
 それと、高校生たちが顔を見合わせて笑っている場面も、ちらっと映った。それがなんていうか、すごくよくて。全国各地とつながっている大きくて広い愛と、隣の人と顔を見合わせて笑っている小さな愛。それが両立しているこのライブビューイングという空間はすごいことなんだって実感した。こんなのすごいんだって、すごいとしか言いようがない。奇跡みたいな、って言ったけど奇跡だったのかも。そしてその奇跡の中心にいるのが、ポルノグラフィティだ。

 


 9月のロマポルは夫の休みが取れなかったために遠征を諦めた。そのかわりWOWOWあたりで中継があるだろうからそれは絶対に見るから、と夫にも宣言していた。そんなところに舞い込んだ、9/9公演はライブビューイングを行うというニュース。それなら私も行ける。嬉しすぎてチケット申し込みの日を心待ちにしていた。
 ライビュ会場となる映画館に向かう途中で、中止の知らせを見た。すごく悲しくて、それなら一人でも無理しても9/8に行っておくんだった、と後悔した。それから数日後、ライブビューイングでしまなみロマポルを届けようとしていることが公式から伝えられた。20日はもともとはディズニーに行く予定でチケットも買ってしまっていたのでどちらも行くことになったのだけれど、それもいい思い出だ。ディレイを待ちきれなくて20日に行っておいて良かった。本当にいいライブだった。

 

 めちゃくちゃ楽しかったし、思うことや考えることもたくさんあった。しまなみの景色を見られたこともそうだし、ポルノがここまで重ねてきた19年という歳月についても、いろいろと考えた。
 9歳のときに「アポロ」と出会って衝撃を受けるとともに「ポルノグラフィティ」という名前を知って、音楽というものを聴くようになって、中学生のときも高校生のときも大学生のときも社会人になってからも初めて恋人ができたときもその人と結婚したときも、つらかったときも楽しかったときも、ずっとポルノがそばにいた。だから、曲を聴くとそれにまつわるいろんな記憶が蘇ってくる。この曲にはこんな思い出があり、あの曲にはまた違う思い出がある。ライブで聴いたときの感動もあれば、自分の人生と密接に関わっているものもある。同じ曲でも、昔聴いたのと今聴くのでは全然印象が違うこともある。それは私が成長したからだ。
 そんなふうに成長を感じられるものって、滅多にないと思う。実家はマンションだから柱に身長を残せるわけでもないし、子どもの頃のものなんてほとんど手元に残っていない。だけど、ものじゃなくて音楽とそれに結びついた記憶ならたくさんある。今更ながら、それに気付いた。
 あのころ小学生だった私は、全然立派じゃないし大人といえるほど大人でもないけれど、ポルノの曲とたくさんの思い出を抱えながら、今日も生きています。

 

 19年間、私のそばにいてくれてありがとう。そして、20年目のこれからもよろしく。まだまだあなたたちといろんな景色が見たい。どこまでも一緒に歩いていけるって、そんな気がしている。

 

立ち上がれLiving dead ―「Zombies are standing out」感想―

 「Zombies are standing out」
 9月25日、急に発表された配信限定シングル。9月28日より配信されています。今回はこの曲の感想記事です。100%の主観です。聴きすぎてゾンビ化しているので支離滅裂かもしれません。でもゾンビ化しているから仕方ないです。なにせゾンビ化していますので。

 

 わけがわからないほどかっこいい曲です。騙されたと思ってまずは試聴してください。話はそれからだ。iTunes Storeはじめ各種DLサイトからもできると思うしYoutubeにショートバージョンのMVもあるので。

 


ポルノグラフィティ 『Zombies are standing out(short ver.)』

 

 聴いた?聴いたていで進めます。

 あなたの知ってる「ポルノグラフィティ」って「アポロ」「サウダージ」「アゲハ蝶」「メリッサ」「ハネウマライダー」、最近だと「オー!リバル」「THE DAY」、CMで聴いたことがあるだろう「ブレス」、このあたりではないだろうか。それを踏まえてこの「Zombies are standing out」を聴いてほしい。全然違うから。全然違うのにポルノだから。
 聴いてみると、きっと「こんなポルノもあるんだ!」って思うと思う。私も思う。「アポロ」からポルノを聴き続けてなお、「こんなポルノもあるんだ!」って思う。そのくらい衝撃的な新曲です。

 

 

・「哀愁」

 音の話をしたいのに詳しくないからあんまり語れないんだけど、重たくて恰好いいということはわかる。いろんな記事を見ると「骨太なロックチューン」って書いてあるからそうなんだと思うけど、そんな短い言葉で表現できてる気がしない。今までも多分「骨太なロックチューン」と呼べる曲はポルノにもあったはずで、それらとは全然別物というか、今回は「骨太なロックチューン(強)」みたいな感じ。
 そんな(強)みたいな曲、一度聴いたらお腹いっぱいになってしまいそうだけど全然ならない。もっともっとおかわりしたくなる。その要因のひとつとして、ポルノの曲がもつ「哀愁」があるんじゃないかと思う。今までに出してきた曲のなかにも漂っている「哀愁」みたいなものがこの曲にもあって、それが心を掴んで離さないんじゃないかと思う。こんな「骨太なロックチューン(強)」なのに、「サウダージ」とか「アゲハ蝶」みたいな楽曲のもつ「哀愁」と共通したものがある。

 歌詞の面からいうと、タイトルの通り「ゾンビ」をモチーフとして扱っている。ていうか曲がこんなに強くて歌詞のモチーフが「ゾンビ」だったらもう「ゾンビ怖い」みたいな内容の歌詞だって全然成り立つのにそうじゃない。1番までは「ゾンビ怖い」だけど、2番に入ると「ゾンビ悲しい」みたいな要素が出てきて、あぁこの哀愁がポルノグラフィティ……ってしみじみする。
 「ここじゃ誰も眠ってはならぬ」は、おそらくオペラ「トゥーランドット」のアリア「誰も寝てはならぬ」を引用しているのだろう。とはいえオペラには明るくないため歌詞やあらすじを検索してみると、よりゾンビの哀愁が色を濃くする。
 そして何がやばいって「光がその躰を焼き 灰になって いつか神の祝福を受けられるように」という歌詞。この部分があるからこのゾンビは死ぬことを望んでいるのかなぁ……多分キリスト教的な文脈の「祝福」の意味もあるだろうから救いもあるとは思うけどでもやっぱりかなしいな……と思っていたらそのあとに「I still pray to revive」と続いている。revive=生き返る、つまり、このゾンビはまだ生き返ることを祈っている。死ぬことじゃなくて「生き返る」ことを望んでいる。そんなの……そんなのしんどいじゃん……ゾンビが望んでいるのは死ぬことじゃなくて……生き返ることじゃん……そんなの……しんど……「熱い血が流れていたときのことを 思い出そうとしても頭が割れそうに痛む」くせに……!個人的にはここに一番「哀愁」を感じる。このしんどさの正体は「哀愁」ではないだろうか。
 そんな「哀愁」をもつ曲だけれど、この曲が言っていることを一言に集約するなら「立ち上がれ Living dead」なのかなと思う。悲しい曲とか切ない曲ではなくて、前向きかって言われたらちょっと違うのかもしれないけれど、でも絶望の類ではない。生き返ることを祈るゾンビに「立ち上がれ Living dead」と歌うんだから、鼓舞するような意味が込められているんじゃないかと思う。無感覚と無関心が混じる街のなかを無目的に歩くゾンビを、醜態を晒し続けるゾンビを、何を探し彷徨っているのかもわからないゾンビを、それでも支えるような、そんな歌なんじゃないかと思う。
 そう思ってしまうのは、頭も心も殺して毎日何も考えずに感じずにただ死んだように生きていたかつての自分がゾンビに重なってしまうからかもしれない。そこからいろいろあって生き返ることができたので、このゾンビにも未来を信じてほしくなってしまう。祈りは届くよと思ってしまう。人生のうちでゾンビにこんなに感情移入するなんて多分この先もうないだろうな。

 

 

・「ポルノグラフィティ」の「シングル」

 私はとにかく、この曲が「ポルノグラフィティ」の「シングル」として出てきたことが正直やばいと思っている。だってやばいでしょこんなの。
 「ポルノグラフィティ」として、これを、配信限定とはいえ「シングル」という位置でリリースするの、やばくない?ポルノってどちらかといわずとも大衆向けという意味でポップというか、人々に受け入れられやすかったりわかりやすかったりする楽曲が多い。
 まずタイトル。ポルノの楽曲のタイトルって基本的には短いカタカナのことが多い。上に挙げた代表曲と呼べるような曲もほとんどカタカナで、かつ1~2単語でできている。
 これまでのシングル、両A面含めて全52タイトルがどういう構成でできているかを調べてみると、最も多いのはカタカナのみの20(「・」などの記号が使われているものも含む)。アルファベットのみのタイトルは9あり、「Mugen」「ROLL」「DON'T CALL ME CRAZY」「Winding Road」「Love too, Death too」「EXIT」「THE DAY」「LiAR」「Montage」。基本1単語でできているものがほとんどで、長いタイトルは「DON'T CALL ME CRAZY」「Love too, Death too」の2つのみ。で、今回は「Zombies are standing out」。「Zombies are standing out」。1文じゃん。こんなタイトル今までなかったじゃん。こんなロックロックしたロックバンドみたいな……と思って聴いたらロックロックしたロックバンドの曲で……ちょっと待ってこんなのしんどい……ポルノグラフィティがロックバンドであることを20年目にして押し出してくる?やばい。やばいんだってば。
 でも、「Zombies are standing out」は確実にポルノの曲だ。岡野さんの「名前が書いてある声」で歌えばポルノになる感もあるけれど、捻くれつつも伝わりやすい歌詞もまたポルノだし、こんなの初めてだけど隅から隅までポルノ。これが「シングル」って呼ばれるのやばいし、きっといつか盤としてリリースされるであろうシングルにもこういう曲が、いやこの曲をも上回る曲が来るんだろうなって思うとわくわくがとまらない。

 

 今年のポルノのリリース作品はこれで3作目になる。順に貼るんでとりあえず見て。
 まずは3月の、薄暗く不穏なイントロから始まる「カメレオン・レンズ」。不倫を描いたドラマ「ホリデイラブ」主題歌で、歌詞の世界観もMVも非常に大人でシックなものに仕上がっている。

 


ポルノグラフィティ 『カメレオン・レンズ』(Short Ver.)


 続いて7月には爽やかで明るく背中を押すような曲「ブレス」、ポケモン映画主題歌。沢山の子供たちが遊んでいたりカメラを持って撮影したりする風景のMVでは、お二人のパパな顔を見ることができる。子供と目線の高さを合わせたり、優しく微笑んだりする様子はまさしくパパ。合法的にお二人のパパしている表情を見られる最高のMVだ。

 


ポルノグラフィティ 『ブレス』(Short Ver.)


 そして9月、この「Zombies are standing out」。ゴリゴリに恰好いい。MVの色合いも最高。ゾンビメイクのダンサーがぐねぐねと踊っていてなんだか怖い。船のなかで撮られたということで、絶妙な閉塞感があるのもいい。
 という3曲で、ポルノグラフィティって四季とともに移ろうものなの?ってくらい振り幅が大きすぎる。冬にまだ何か来たりしない?来年2月くらいをめがけてシングル出したりするのでは?今度は壮大で純でラブなバラードだったらどうする?確実に四季とともに移ろってるじゃん……
 今気付いちゃったんだけど前作「ブレス」と作詞作曲編曲の組み合わせが全部一緒なんだけどどういうことなの?同じ組み合わせで全然違う曲が生み出されてるの、すごくない?岡野さんの作る曲の幅は広すぎだしどんな曲でも歌いこなすし、新藤さんは曲の呼ぶ詞を書くといいながらがっつり「新藤晴一」のハンコ押してるし、なんなの……?今更ながら私はすごい人たちを好きでいるんだな……


 しかも「Zombies are standing out」はソニーウォークマンとのタイアップでもある。これもまた企画がでかい。CMは勿論のことインタビューやCMメイキングもあったり、パンフレットに写真が使われたり、つまり全国の家電量販店などでもポルノがどどんと押し出されることになる。やばやばのやば。こんな恰好いい曲とこんな恰好いいビジュアルの二人がお近くの電器屋さんで観られるなんて!この調子でコラボモデルのヘッドホンとかも売ってください!


 この曲が配信限定だったことで、iTunes storeでランキング1位だったのを見ることができた。すごいねあれ、ランキングを検索して「¨」を押したらもう買えちゃう、そんな場所にいるの、ポルノグラフィティが。最高だね。普段はCDで買っている人もいるから分散するし、私も先行配信のときしかDLはしないから、多分そんな感じではランキング上位にはなかなか入ってこない。でも今回は配信一択だからみんな配信を買い、その結果ランクインする→気になった人が試聴する→脳が溶けて買う、の流れができる。すごい。
 配信ばっかりになってCDは廃れていくのかなぁと思うとコレクション欲のある身としては寂しく感じてしまうけれど、こんなふうに沢山の人の目にとまるんだったら悪くないのかもしれない。

 ポルノがすごいことなんて重々知ってて、知ったうえで好きでいたつもりだったんだけど、あの人たちは私が思っている以上にすごかった。知ってるつもりだったんだけど、「つもり」だっただけみたい。こうやってまだまだそのすごさで殴りかかってきてほしい。全力で受け止めたい。あぁ〜〜〜20年目のポルノグラフィティにわくんくしかない!楽しい!

 

 ポルノグラフィティの最高地点(10/3現在)「Zombies are standing out」、是非。

 

Zombies are standing out

Zombies are standing out

  • provided courtesy of iTunes

 

 

・一人称は誰を指す(2018/10/08追記)

 日本語では一人称が出てこないのであまり考えていなかったけれど、ふと気づいたことがあるので書き留めておく。
 「蠢いている My head」「I still pray to revive」「Zombies remember me」、この曲で一人称が出てくるのはこの3箇所。一体これらの一人称は誰のものなのだろうか。もちろん歌詞なので聞こえたときに良い感じになるように並べたりということはあるだろうから必ずしも意味があってその単語が選ばれているというわけでもないとは思う。だから最初はゾンビの一人称なのだろうと受け止めていたのだけれど、ゾンビについては「zombies」と表記しているのでもしかしたらまた別の何かなのでは?という疑問もあった。「蠢いている My head」「I still pray to revive」は「I/My」がゾンビを指していると考えても当てはまるのだけれど、「Zombies remember me」は当てはまらない気がしていた。この「me」とは誰のことなのか。
 私は「脳裏に残っている朧げな記憶」や「Glory days」「赤い血が流れていた時のこと」といった歌詞で表されている、「ゾンビがまともに生きていた頃」がこの一人称の正体なのではないかと思っている。ゾンビの中にある、ゾンビではない部分というか。「過去」に人格があるのかという疑問もあるが、「愛」を擬人化する人が書く歌詞なのでそういうこともあるのかなぁと思う。
 過去もゾンビの一部ではあるので「蠢いている My head」という歌詞も当てはまる。自分の頭が蠢いていることを思考できる、思考できている。ゾンビは感情や目的を失いただ歩くだけの存在として描写されているので、ゾンビより上の段階にいる存在が思考していると考えることができる。この曲の歌詞は第三者的な視点で描かれているのかと思っていたが、もしかしたらゾンビの中にある過去の記憶の一人称で歌われているのかもしれない。
 「Zombies remember me」=ゾンビは私を覚えているという。そのあとに「夢見た日を」と続くので「me」と「夢見た日」はイコールで結べそうに見える。思い出せない過去の日々(まともに生きていた日々)は、ゾンビにとっては「夢見た日」なのかもしれない。そんなふうに考えると、この曲はまた違った顔を見せる。つくづく思うけど新藤さんの歌詞って本当にすごいな……

 

過ぎし日は青春、終わりなき青春 ―シングル「生きろ」感想―

 発売週ウィークリー1位&20万枚突破おめでとうございます!いつもなら発売週のうちに書く記事なのですが、Anniversary boxが来るのを待っていたのと15周年ブログを書きたかったのとゼロに踊らされまくっていたのとで遅くなってしまった。けれど後で読み返したときに「生きろ」だけないじゃんってならないために書いておきます。

 

 

「生きろ」

 加藤さん主演ドラマ「ゼロ一獲千金ゲーム」主題歌。ドラマが終わるいいところにイントロが入ってきて何度もぐっときた。ドラマとの相乗効果がすごかったし、発売前にも関わらず曲が体に染みついていた。これが主題歌か……
 曲のタイトルはかぎかっこを含んでいる。なので本来なら『「生きろ」』と表記するのが正しいのだが、まぁそれはそれでうるさいなって気がするので「生きろ」と表記します。かぎかっこがついているということは誰かの台詞として発せられている言葉ということになる。歌詞のなかでは何度か出てくる言葉だが、タイトル同様にかぎかっこがついているのは手越さんソロの部分だけだ。そういう細かいところも見ていくと面白い。個人的には、他の「生きろ」という言葉は自分のなかから聞こえてきたもので、かぎかっこの部分だけは外から(=他の誰かから)聞こえてきたものなのかなと考えている。直前の加藤さんのソロパートで、この曲唯一の「君」という歌詞が出てくるので、もしかしたらこのかぎかっこ付きの「生きろ」は「君」の言葉なのかなと。だからかぎかっこ付きであるタイトルも、自分のなかから聞こえた言葉というよりは誰かに伝えるための言葉なのかなと思っている。かぎかっこがあるかないかで色々と考える要素が出てくるってすごい。作詞家ってすごい。更に手越さんの歌い方がいい。生で聴くと、叫ぶように歌っている。どれほどの気持ちがそこに込められているのだろう。声に乗り切らない思いさえ伝わってくるような、そんな歌い方だと思う。
 個人的には、2番の歌詞がすごく好き。増田さんの「解いてもまたきっと結びついてく」という歌詞は、「解けても」ではないところがいいなと思う。偶然に「解けて」しまったのではなく、故意に「解いて」しまって、それでもまた「結びついてく」。もしかしたら嬉しいことではないのかもしれない。故意に「解いて」いるのだとしたら、また「結びついてく」ことは望んでいないのかもしれない。それでも、人と人の関係性って脆い部分もあれば強い部分もあって、「解いてもまたきっと結びついてく」ものだよな、と思った。もしかしたら、一度解いたら次は自分にとってプラスになるものに変わっているかもしれないし。そういうものだと思う。
 加藤さんの「守りたいものがあるだけで強くなっていけると思った」も、続く小山さんの「笑えるほど愚かで泣けるほど愛しい 終わりなき青春」もいい。私の好きな人たちは自分のいるところを「青春」と呼ぶことが多いので、「終わりなき青春」とか言われるとうっかり泣いちゃうし、ここの小山さんの歌声が音源にも関わらず感情のこもり方がすごい。もっとやわらかく歌うこともできるはずだし、音源だから聴きやすさを重視することもできたはずなのに、小山さんの歌声は胸に迫る。すごく好きだなと思った。
 MVでは、「絆」は己を縛り付けるものでもあり、誰かと誰かをつなぐものでもある、ということがテーマとなっている。自分でもそれを強く感じる経験があるので、MVを見ては「ほんとそれ」という気持ちになる。結びつきは煩わしいこともあるし邪魔になることもあるけれど、つながっているからここにいられる、という部分もあるよねって。最初にそれぞれがいる部屋だったり、子供たちの映像だったり、細かな設定がありそうなMVだなぁと。ドラマ同様、物語の想像の余地があるMV
で、あれこれ考えては楽しんでいる。

 

 

Bring Back the Summer

 圧倒的オシャレとかっこよさ。
 最近のNEWSが得意としているソロパートで歌い繋いでいく構成。歌い出しの加藤さんの声の心残りがある感がすごく好き。なんていうか……ふっきれない歌が似合う声だなって思う。どことなく影があるというか、振り返る感じの声。伝われ。
 誰の歌声もめちゃくちゃいいんだけれど、個人的に一番推したいのは小山さん。「波のリズムがleading」、やばい。最近は重要な低音要員として大活躍している小山さんのファルセット。小山さんのファルセットってなんだか切ない響きで、戻らない夏を願うのにぴったりすぎる声で胸がいっぱいになる。小山さんパートの切なさがすごい。
 増田さんの柔らかい歌声も、去った夏を想うような感じがして好き。夏のばちばちに熱い日射しではなくて、ちょっとやわらいできた日射しみたいな。そんな声で「戻れないんだパラダイス」って言われるの、切なくて好き。ていうかここの歌詞が1番と2番で加藤さんが「戻りたいんだ」、増田さんが「戻れないんだ」なのめっちゃいい。わびさび(?)を感じる。
 手越さんの歌声は太陽のごとく輝いているというか、まだ夏の名残がのこっている感じがする。手越さんの歌声だけ夏が過ぎていないというか、「このままじゃ終われない夏」のなかにいるというか。サビ部分が手越さんの声なの合いすぎてる。明るくてぱっと光る声。手越さんの歌声って、もちろん歌い方でいろんな表情を見せる声なんだけれど、根本は明るいとかあたたかいとか熱いとかそういう雰囲気が感じられる声だから、「このままじゃ終われない夏」がなんだか似合う。夏を引き留めようとしているというか、まだ夏の尻尾を掴んでいるというか。
 なんていうか、最も夏から離れた歌声が加藤さんだとしたら、まだ夏が残っている声が手越さんで、歌い出しからサビに向けてそのグラデーションが感じられるところが曲とも合っていていいなぁと思った。

 

 

希望~yell~ -Represent NEWS mix-

 初回Bのみ収録。
 正直こんなにリピートするなんて思っていなかったくらい気に入っている。それもこれも加藤さんのせいです。加藤さんの「Hands up」があまりにも良すぎて聞かざるをえない。やばい。
 元バージョンの加藤さん(16)の「hands up」は、まだレコーディングにも慣れていない感じがする。「Hands up」って言わされている感というか、その頑張っている感じがかわいいんだけど。でもRepresentの加藤さん(31)は、もう「Hands up」をモノにしていてやばい。超絶恰好よくて、まさかこんなに「Hands up」が恰好いいなんて思っていなくて混乱した。めちゃくちゃ恰好いい。最初の「Hands up」はもちろん、真ん中を過ぎたあたりのところとか超やばい。やばやばのやば。他にもいいなって思ったパートいくつもあるのに「Hands up」の話しかしたくないくらいやばい。
 16歳の加藤さんの「Hands up」しか知らない人、是非ともRepresentの「Hands up」を聴いてみてください。
 

 

エンドレス・サマー -Represent NEWS mix-

 初回Bのみ収録。
 今のようにNEWSのファンになる前から元々の曲を好きで聴いていたので、改めて4人の歌声で聴くとなんだか不思議な気持ちになる。このシングルを含めてRepresent NEWS mixの曲は8曲あって、その中でリアルタイム(に近い)タイミングで原曲をよく聴いていたのがこの「エンドレス・サマー」が初めてだからかもしれない。あの頃の気持ちがぶわっと蘇るのを感じた。
 加藤さんと小山さんの声の変化がすごくよくわかるので、聴き比べると面白い。小山さんは声の深みが増していて、特に「胸に残し」の「し」が最高。原曲では比較的平坦なのだけれど、Representではそこに山を持ってくる歌い方になっていて、きっとこの8年間のあいだにたくさん練習して成長したんだろうなということが感じられる。でも昔のちょっと舌ったらずな歌い方もすごく好き。
 で、加藤さんなんですけど。私がたまに話題に出す「私が好きになった頃の加藤さん」と呼んでいるのが「シャララタンバリン」の頃なので、原曲が収録されているアルバム『LIVE』と比較的近い。好きになった頃の歌い方というか、あの頃の加藤さんがここにいると、原曲を聴いて改めて思った。ちょっと鼻にかかった歌声というか、今よりずっと尖っているというか。Representの歌声は、すごく優しい。前に比べると、いらない力が抜けて軽やかになったというか。加藤さんのもつ少年性が好きだと思っていたけれど、ひとはこうして大人になっていくんだなぁと感じた。なんだかちょっと寂しいような気もするし、嬉しいような気もする。そんな不思議な気持ちになった。

 

 

LVE

 通常盤のみ収録。
 前シングルのカップリングで好評を博しまくった「夜よ踊れ」制作陣による楽曲ということで、次はどんなものが来るんだろうとわくわくしていたら予想を斜め上に裏切りまくる凄まじい楽曲だった。
 歌っているというか、ほぼ喋っている。喋るというか叫びというか。メロディがついているのはサビ前の一部だけで、サビは喋り続けるわだんだん速くなるわで初めて聴いたときの衝撃がとにかくすごかった。私が知っているなかでこういうタイプの曲と近いのは筋肉少女帯かな。
 歌詞が「生きろ」を踏まえた感じになっているのも面白い。鎖や絆といったワード、「今を生きる」という歌詞はそのままだし、「一人じゃないんだ」というのも関連しているように見える。あと「愛がなくては生きていけない」=「LIVE-I=LVE」というタイトル。最高。こんなオシャレで簡潔で美しくてエッジの効いたタイトルなんて最高すぎる。
 それに歌割りが天才的すぎるのでこの話ちょっと長くなります。加藤さんの声はこういうタイプの曲にすごく合っている気がするし、何よりちょっとざらついた感じの声が重たいギターの音と合っていて最高。そんな加藤さんの声から始めるの、大正解すぎる。「全くそんなことはない」の言い方とか最高だよね。
 この歌詞をこの人に当てるのかよって思う最高さもある。2番のはじめの「答えのない焦りばかりが~」のところは、なんとなく『ピンクとグレー』執筆時の加藤さんのことを連想した。他の人のパートだったらきっと違って聴こえていたんだろうなと思う。あとNEWSのイエスマンとも呼ばれる小山さんに「頷いてばかりじゃ退屈過ぎて死んじまうぜ」って言わせたのあまりにも最高なのでは?手越さんのパートでは「絶え間ない攻撃に怯むな」「直面する現実から逃げるな」というマイナスの行動を否定するような命令(自分に言い聞かせている)が並んでいるところがそれっぽいというか。増田さんの「今を生きる」とか「忘れるな、抗っていけ」の強さもすごく好き。
 個人的な趣味としては、喋る曲はあまり得意ではない。というのも、そうした曲には「怒り」が込められていることが多いからだ。私はメンタル的に引っ張られやすい人間なので、「怒り」の強い作品を見るとその「怒り」をどうすることもできないことに申し訳なくなってしまったり、あるいはその「怒り」が自分に向いているような気がしてしまうのであまり好きこのんで聴くことはない。だけどこの曲は違うというか、込められているものが「怒り」だったとしても、少なくとも私に向けられているものではないと確信できる。どちらかといえば、私はこの曲に守られるところに立っている。どういう意味と受け取っているのかを詳しく語る気はないけれど、他の「怒り」を歌った曲とは違って私はこの曲によって傷つけられることはないなと感じている。
 すごく挑戦的で、こういった楽曲も歌いこなすことができるというのがNEWSの魅力だなぁと改めて感じた。NEWSの音楽スタッフの人がこういう曲を発注したんだとしたらすごいな……信頼できる……そしてそれに応える楽曲制作陣のことも圧倒的信頼……いつかこの制作陣で作った曲がシングル表題曲になる日も来るのではないかと期待しています。

 

 

Strawberry

 Anniversary boxのみ収録。
 4人それぞれで歌詞を書いたもの。テーマは「記念日」。互いの書いているところを知らない状態で書いていたので個性の強さが目立つが、そこも含めて愛おしい。
 どこもすごく好きなんだけど、特筆するなら小山さんの歌詞かな。「ありふれた出会いに感謝して 目の前に君がいる 意味あって必然だね」という部分。この「ありふれた出会い」がどういう意味なのか小山さんの考えていることを把握することはできないけれど、なんとなく私が考えていることと近いのかなぁと勝手に思っている。私は、ファンがアイドルに出会うことは「ありふれた」ことで、でもそのどれもがひとつ残らず特別だと思う。私が私の好きなアイドルに出会ったことも、他の誰かがその人の好きなアイドルに出会ったことも、そんな出会いはどこにでもあふれているけれど、みんな等しく特別なこと。アイドルである小山さんから見ても、たくさんのファンと出会うことはありふれたことだろう。でも、そのひとつひとつを特別に思ってくれているのかなって。私もその特別のひとつなのかなぁ。だったら嬉しいな。全然ファンのことを意識せずに書いた可能性もあるけど、勝手にそう思っておきます。勘違いでもいいって思っちゃうくらい好きだよ!
 加藤さんは「9月のイチゴ」「午後3時のベル」「4合わせの庭」などなど加藤節全開というか、こういうの好きだよねって言われている気もするしそういうの好きだよって応えちゃいたい気もする。そんななかに素直な「ありがとう!愛してるぜ!!!!」って言葉があって、コンサートの会場にいるみたいな気持ちになって「ばかやろう、俺のほうが愛してるよ」って返したくなっちゃう。びっくりマークも4つにしちゃってさ。好き。
 手越さんの「これからも泣いて笑って 君に伝えるだろう」という言葉を見ると、「Share」の「君と出会い 泣き笑いする表情も すべてが僕の宝物」という歌詞の続きみたいに思える。いつも強気だし笑顔でいてくれる手越さんだけど、アイドルだって人間なんだし、勿論泣くこともある。また、「ここにいるのはなんで 愛する人のため」という部分の重さを見ていると、自分自身のために生きてよって思うけど、そっちが「愛する人のため」なんて言ってくれるんなら受け止めたいなと思う。重たいところごと好きだよ。
 増田さんの言葉はふんわりしててかわいい。「この手に愛とありがとう」「届くかな 届くといいな」というあたりからはなんとなく「愛言葉」に関連するものを感じる。「届けっ、愛の言葉」と歌う増田さんの笑顔が思い浮かぶ。あと「チョコレートのボコボコ」って語彙がかわいくて好き。物事は見方次第でどうにでも変わるなら、優しい方を選んだっていいよね。そういう増田さんの優しさが好きだな。

 


 個人的には初回BにはRepresent NEWS mixを入れて初回A・通常合わせてカップリング新規曲は2曲、というスタイルだとバランスがいいなと思う。新規曲が少ないことで1曲ずつに力を注げるだろうし、Representで既存楽曲の新たな魅力を発見できるのも嬉しい。この曲のRepresentが来たら「とうとう来たか」って思う曲はあるんだけど、それでも聴きたいか聴きたくないかでいったら全然聴きたいし、Represent=聴けるバージョンの選択肢が増える、と捉えているので個人的には沢山聴きたいなと思っている。

 


 なんとなく、このシングル全体のテーマが「青春」なのかなと思っている。「生きろ」には「過ぎし日は青春」「終わりなき青春」と出てきて、「Strawberry」には「繰り返す青春を」と出てくる。「エンドレス・サマー」の「イノセンス」も「青春」の言い換えのひとつかもしれない。
 彼らの「青春」まっただ中に始まったNEWSというものが、まだ続いている。続いていく。振り返ったらそこにある日々は青春だし、この先にずっとあるものも青春で、終わることなく、笑ったり泣いたりする日々を繰り返していく。
 私も、その端っこに乗っかっている。決して長い時間ではないけれど、彼らのことを見てきた。楽しいこともあったし、助けられたこともあったし、助けになれたかなと思うこともあった。これからも、こんなふうにいられたらいいな。変わるところは変わって、変わらないところは変わらないままで、この先も青春を過ごしていたい。

 

 

「生きろ」 (通常盤)

「生きろ」 (通常盤)

 

 


 次のシングルはさすがに来年かな!楽しみにしています!

ミツルのスピンオフも最高すぎてしまった #ゼロ一獲千金ゲーム

 9月23日配信のスピンオフ後藤ミツル編(後編)をもって、3ヶ月ほど楽しんだ「ゼロ一獲千金ゲーム」が終わってしまった。めちゃくちゃ寂しいけど、とりあえずミツル編の感想を書くことで毎週書いてきたドラマ感想記事を一旦終わりにしたいと思います。

 

 

後藤ミツル編・前編

大親

 もし私がNEWSについて何も知らないでこのドラマを見ていたら……というのはifの話でしかないのでできないのだけれど、でも私はNEWSをよく知っていて、ゼロを演じる加藤さんとミツルを演じる小山さんが17年来のつきあいでずっとシンメで親友で、というのを知ってしまっている。いやいやしんどい。前の記事にも書いたけど、ゼロとミツルはコヤシゲだっていう、その事実が何よりしんどい。はぁしんどい。
 ペンションを経営するミツルと、そこに毎年星の研究をしに訪れるゼロ。ここの二人の親しそうな様子を見ていると「親友」という言葉に嘘偽りはないんだなと感じる。ミツルの恋人である恵も含めて、楽しそうに笑っている三人。
 このスピンオフを見る前に本編の「俺の前から消えろ」と叫ぶミツルや思い詰めた表情のゼロくんを見ている状態で、この仲の良さそうな3人を見るの、あまりにもしんどい。
 なんとなくだけれど、「毎年限られた期間を密に過ごす」というスタイルはゼロが誰かと仲良くなるのにベストな条件だったのではないかと思う。それに、ゼロとミツルの目指す分野が全く違ったことも大きいのではないか。たとえば常に顔を合わせるような環境で、目指すものが同じで、それこそ学校のような環境にあったら、カズヤのように自分とゼロを比べてしまっていたかも。ゼロがカズヤにアンカーを譲ったことを「優しさ」と思っていたのだとしたら、常に一緒に過ごす環境ではその「優しさ」に出会う可能性も高く、ゼロとミツルのように親しくなることはなかったかもしれない。宇宙物理学と写真では比べようもないから、どちらがすごいかを競うこともない。だから、対等な関係性を築くことができた。
 ずっと一緒にいるのではなく、一年のうち限られた期間を親しく過ごしていたからこそ、ゼロとミツルは互いを親友と呼べる関係性になったのだろう。

 

・地獄

 ミツル編の何が地獄かって、ミツルにもゼロにも悪意や悪気がなく、ていうか誰も悪くないのにひたすら事態が悪い方向へ転がり続けていくところだ。この大親友という関係性の二人を地獄に突き落とす恐ろしい脚本。最高。
 ゼロの撮った恵の写真は、忘れ物をしたミツルに対する愛しさが溢れた笑顔で、つまりあの笑顔を引き出したのはミツル。でもミツルはそれを知らない。
 コンクールで賞を取ったときの「おめでとう」も、悩むミツルに対しての「もっと自信もてよ」も、「愛しき君へは本当に俺が撮ったものなのか」という問いかけに対しての「当たり前だろ」も、自暴自棄になるミツルに対しての「まだ何も失ってない」とか、そう言った慰めの言葉たち。ゼロがミツルを思って放った言葉が、ミツルを傷つけ、そしてミツルを傷つけたという事実がゼロへと返っていく。
 ミツルが浮かれていたのは確かだと思う。夢が叶うと思って舞い上がっていた。もしかしたら、「愛しき君へ」以外の写真も評価されていたら、ペンションを経営しながらカメラマンへの道を目指せたかもしれない。このままではダメになってしまうかもという焦りが、ミツルを追いつめたのかもしれない。
 何より一番地獄だなと思ったのは、ミツルがコンクールに応募した写真を自分が撮ったものかどうかわからなかったこと。そのとき沢山撮っていたからとか、自分のカメラに自分以外の人が撮った写真が入っているなんて思わないとか、恵がミツルに向けるような笑顔だったとか、いろんな要素はあるにしても、プロのカメラマンを目指しているのに自分の撮った写真かどうかもわからないなんて、しかも自分が撮った写真ではないものだけが評価され、そのほかは全然ダメだなんて、そんなの地獄だ。芸術や創作への憧れを持っている身だから、その地獄がなんとなくわかる。自暴自棄になっても仕方がない、と思ってしまう。「ゼロの嘘のせいで何もかも失った」と、そう思わないとあのときのミツルはやってられなかったのかもしれない。本心からそう思っていたのかどうかはわからない。でも、未来が一気に崩れ去り、もしかしたら恋人さえ奪われてしまっていたのかもしれない、それも親友に、なんて思ったら自暴自棄にもなる。ミツルのことを自業自得と言ってしまうのは、あまりにもつらい。才能がないことを罪というのは、そんなの、かなしすぎる。
 「嘘でも夢が叶えばいいと思った?」「俺の夢をなんだと思ってるんだ」という台詞があんまりにもつらい。このころのゼロは、相手の思い描く理想の形が実現するのなら、その手段が自分の手のなかにあるのなら、それを選べてしまう人だったのかもしれない。カズヤにアンカーを譲ったのが、本当に譲っただけだったんだとしたら、カズヤの理想の形を最短距離で実現させたわけなのでそういうふうな考え方を持っていた可能性もある。「夢」を実現させるには、自分の力でそこにたどり着かないと意味がないということを、このときのゼロはわかっていなかったのかもしれない。自分ができることがあるならしたいと思っていたのかも。でもそれって相手を思う気持ちの現れであって、だとしたらもうそんなのめちゃくちゃつらい。誰も悪くない。相手が幸せになってほしいって気持ちだけしかもっていないのに。つらい。もしかしたら、ミツルの言葉を聞いてゼロは過去にしてきたことを思い出していたのかもしれない。しんどい。

 

・相手の心に残り続けること/相手を心に残し続けること

 真っ暗な山のなかで怪我をしたミツルと恵を見つけたゼロが、恵の怪我の状況を把握して逡巡したうえでミツルに駆け寄ろうとしたことで、ゼロにとってミツルと恵のうちどちらが大切かが表現されているように見えた。しかし、ミツルがそれに気づく余裕はない。でも、「早く恵を連れて行け」という台詞からはミツルの優しい部分がにじみ出ていたのかなとも思えた。自分よりも恵が助かることを優先してほしかったのかな。
 ミツルは自分が姿を消すことがゼロに対してできる唯一の復讐だと思っていた。しかし、それは自分の心に傷を負うことでもあった。相手の心に残り続けるということは、自分の心にも残し続けるということでもあり、どちらも同じような苦しみを背負い続ける。ミツルがかけたのは、自分も相手も苦しみ続ける呪いだ。「俺の前から消えろ」と言っておいて、消えたのはむしろミツルのほうで、あんなひどい怪我をして、もはや執念ともいうべき感情で地面を這ってでもその場を離れようとするなんて、あんまりにも地獄すぎる。
 今のゼロと昔のゼロが全然違って見えるのは、ミツルとの一件で変わってしまったからなんだろう。昔のゼロは至って普通というか、表情がよく動いて、にこにこしていて、正直なところこの事実だけでもうだいぶくらっている。じゃあ今までドラマで見てきた宇海零って誰だったの?と。その答えは「一度死んだ宇海零」で、働いている塾で子供たちに「ユーレイ」なんてあだ名をつけられてしまうような男で。
 きっと、ミツルの4年間も決して明るく楽しいものではなかったのだろう。ミツルはミツルで苦しんでいた。しかし、時が経つごとに冷静な気持ちも取り戻してきたのか、ゼロのせいだと思う気持ちは薄れていったように見える。あるいは、自分よりも姉のほうがゼロを恨んでいたから冷静になれたのだろうか。
 本編の最終回でゼロが呪いを解いて、二人の仲は今までに近いものに戻った。前と同じものにはもう戻れなかったとしても、わだかまりのない関係になれたように見える。救うことで救われたかったゼロと、救われることで救いたかったミツルというか。二人を縛り続けた鎖が二人を繋ぐ絆に変わったというか。二人が地獄から救われてくれて、本当に良かった。

 

 

スピンオフ後藤ミツル編・後編

 後編の配信前に本編は完結したし、想像の余地は残していても続きは配信で!というタイプの終わり方ではないので、一体どんな話になるのかと思っていたけれど、あまりに良すぎる恋愛映画だった。恋愛を主軸としたストーリーとしてもすごくいいし、人生を主軸としたストーリーとして見てもすごくいい。

 

・和解から一ヶ月後のゼロとミツル

 ドリームキングダムでの死闘から一ヶ月後の時間軸の物語。ゼロくんがダサベストをやめてしまったことによって爆イケ具合が増し増しで「うだつのあがらない塾講師」という設定がどこかにいってしまったのだけれど、もう塾講師をやめて自分の人生をしっかりと生きることを選んだからなのだろうか。それともドリキンに連れて行かれた日が手持ちのなかでも一番ダサい服の日だったのか……。
 本編最後の一年後の時間軸ではミツルの姿はなかったので、ゼロがミツルと親しくしているようでまず安心した。あの握手から先、また親しい関係を築くことができたんだね……ゼロくんがタメ口で普通に喋る相手なんてミツルしかいないから……ミツル二はこの先もずっとゼロくんの親友でいてほしいよ……これは遠くからゼロくんのことを応援している身としての感想です。
 二人の仲は回復したとして、でも二人にはまだ解決していない問題がある。恵のことだ。恵は事故の影響からか、過去の記憶を失っていた。と思うと、ゼロくんは4年間のあいだ行方不明のミツルと記憶喪失の恵を背負って生きていたのかと思うと……つら……
 恵は事故で頭を打ったから記憶を失っているのか、それとも無意識下で過去のことを思い出したくないから思い出せないのか、その説明は特になかったけれど、もしかしたら後者の可能性も強いなぁと思った。婚約者に本当のことを言い出せなかったせいで傷つけてしまったことってきっとつらいだろうし、傷つけてしまったという事実が恵を傷つけてもいただろうから……つらい……地獄……

 

・素直さと愚かさと、隠れた才能

 恵が写真館で働いていることを知って、自分もそこで働きたいと言ってしまうミツル。これまでのミツルを見ていると、とっさに口から出てしまった言葉、という感じがした。ここで働こうと考えていたようには見えなかったし、恵と一緒にいられるならという気持ちがあったのかもしれない。ミツルがどんな4年間を過ごしてきたのかわからないけれど、カメラとは関わらないような生活をしていたんじゃないかな、となんとなく思う。あんな出来事があって、もうカメラを持つのも怖くなってしまっていても不思議ではないし。と勝手に思っていたので、あの場でミツルが「カメラマン募集してないですか」「撮れます」と言ったことが嬉しかった。
 なんていうか、ミツルってすごく素直で、その素直さって愚かさとイコールでもあって、だからスピンオフ前編を見ていてもミツルに対して愚かだなぁと思う場面がいくつもある。「カメラマン募集してないですか」という台詞は、ミツルの愚かさがいいふうに出た結果の言葉だなぁと思った。
 そうやってカメラマンとして写真館で働くことになって、ミツルは決して写真の才能がなかったわけではなかったんだな、と思った。かつてミツルが撮っていたのは風景を中心とした写真が多いように見えたし、前編でインタビューされているシーンでは「自然のなかで育った」「大自然」というのがキーワードになっていたし、ミツルが出版社(新聞社?)の人に見せていた写真も風景の写真ばかりだった。でも、本当はミツルは人物写真を撮るのに向いていたのだろう。相手の笑顔を引き出すことができる。そういった写真は、写真家として写真集を作るには向かないのかもしれない。でも、誰かにとってとても大切な一枚になることは確かだ。ミツルはそういった写真を撮る才能なら、あの写真館の主であろう遠坂よりもずっとあるという描写もされていた。ミツルが写真を始めようと思った原点が「恵が笑顔になってくれるから」だということも併せて考えると、笑顔の写真を撮る才能はあったんだなと思って、個人的に救われた気持ちになった。
 ミツルが自分には才能がないと写真を諦めてしまうのではなく、かといって昔のようにプロの写真家を目指すのでもなく、でも写真に携わって誰かの笑顔を引き出す仕事をして自分も笑っていることが、すごく嬉しい。

 

・からっぽ

 婚約者としてではなく同じ写真館で働く同僚として親しくなる恵とミツル(偽名:サトシ)。恵は過去のことを思い出せないことや、一緒に事故にあって死んだ(と聞かされている)婚約者について何も感じないことで、自分のことをからっぽだと言う。4年前のミツルが「何もかも失った」と言っていたことと重なって、彼女がからっぽではないことを、自分が知っている過去の彼女のことを伝えようと決めるミツル。その決心をゼロに伝える場面がめちゃくちゃつらい。でもきっとあの4年間を通して「何もかも失った」わけではないとミツルが気づけたからこそ、恵に彼女がからっぽではないことを伝えようと思えたんだろうなと思うと、これがミツルの優しさなんだなって……つらい……
 ミツルが恵のために用意した写真は、どれもいい笑顔で笑っていた。ゼロが撮った「愛しき君へ」のように芸術的ではなかったけれど、日常を過ごす愛しさが溢れていた。写真を前に恵の過去を話す声も、感情を抑えようとしながらもちゃんと伝えようとする気持ちが伝わってきて、すごく切ない。ミツルは、ゼロや恵が「愛しき君へ」がミツルの撮ったものではない=伝えづらいことを伝えなかったことで傷ついた。だから、同じことはしないようにと思ったのかもしれない。伝えにくいこともちゃんと、相手に伝わるように話すこと。それがミツルの選んだ、相手を大切に思うやり方なんだなぁと思うと、ミツルのこと好きだなぁとさらに思う。
 あの事件のときには互いにうまく伝わっていなかった、互いを大切に思う気持ち。ミツルが恵のことを大切に思う気持ちは、今度はちゃんと恵に伝わった。うまく伝わらない場面を見ていたせいで、二人の気持ちが通じ合った場面が愛おしい。あまりにも良すぎて、これがHuluでしか配信していないスピンオフだということを忘れて、美しい映画を見たような気分になる。
 そして最後には、二人でゼロの写真を撮る。スピンオフ前編の最初のほうのような、仲の良さそうな雰囲気が戻ってきていて、ゼロの心に引っかかっていたものは全部取り払われたんだろうなと思った。
 ていうかこのときの「笑って!にーって」っていう小山さんのダブルピースの笑顔、さくらガールじゃん……ってなって唐突にコヤシゲ出てきてしんどい……

 

・100%なんてない

 ミツルと恵は再び親しくなっていったけれど、ミツルは「愛しき君へ」の話はしていない。恵の記憶も戻っていない。なにもかもが解決したように見える、ハッピーの兆しが見えるラストだったけれど、きっとこの二人にはまだ問題が降りかかるだろう。だからといって、このハッピーの兆しがまやかしというわけでもない。
 人生って、そういうものだと思う。何もかもすべて100%幸せなんてことはないし、逆に何もかもすべて100%不幸せなんてこともない。いろんな幸せといろんな不幸せが積み重なっていく。何もかもの問題が解決して手放しでハッピーな状態なんて、もしかしたら一瞬だったらあるのかもしれないけれど、決して長くは続かない。
 だからきっと、この二人にもこの先、いろんなことが起こるだろう。「愛しき君へ」の話をして、ミツルも恵も傷つくかもしれない。恵が忘れていることとミツルが覚えていることのギャップに、二人とも苦しむかもしれない。苛立ったり、悲しくなったりするかもしれない。大喧嘩をするかもしれないし、傷つけあうこともあるかもしれない。もしかしたらこの先うまくいかなくなって、二人は離れることになってしまうかもしれない。そうだったとしても、少なくとも今この二人は幸せに向かって歩き出したところで、そういう終わり方なのが良いなと思った。人生ってそういうものだよね。「ゼロ一獲千金ゲーム」という物語を締めくくるのにふさわしい物語だったと思う。


 

 ところで小山さんの演技良すぎない!?今頃小山さんに純愛映画のオファー来まくってるんじゃない!?何撮る?いつ公開?個人的には中村航さんの小説を推したいです!
 あと想像の余地がめちゃくちゃあるのもすごく面白いなって……だってミツルがなんであの若さでペンション経営しているのかとか全然わからないし……在全グループにかくまわれていたときに「他に頼る宛てがない」というようなことも言っていたからご両親はもう亡くなっていて、ご両親が遺したものなのかなとか、後藤家の長女(であろう)「峰子」の名前は山が好きなご両親がつけたのかなとか……いくらでも想像の余地があるところが楽しい。ドラマが終わってもまだまだ考える余地があって楽しめる。

 

 本当にこの3ヶ月楽しかった。加藤さんのゴールデンプライム枠初主演ドラマが「ゼロ一獲千金ゲーム」で本当に良かった。素晴らしいドラマを作ってくださった出演者・スタッフのみなさん、本当にありがとうございました!