きみはスクリーンの向こう ―オススメ菅田将暉作品― #にわか楽しい #おたく楽しい

 今年は突如として菅田くんにハマりました。いや予兆は8年前からあったんだけど。本腰入れようと思ったのが今年の10月なので超絶にわかです。でもハマったばかりの熱量だから語れることもある。そんな気持ちで書く、おたく楽しい&にわか楽しい参加記事です。

adventar.org

 忙しい人は「はじめに」を読み飛ばしてください。まったく問題ありません。ていうか忙しい人はこんな記事読んでないで菅田くん出演作品を観てください!!!

 

 

 はじめに

 特撮おたくではないものの、特撮番組を観るのが当たり前の家庭に育った。
 すべては母が「仮面ライダークウガ」の記者会見の映像でオダギリジョーさんに一目惚れし、日曜の朝になると絶対にチャンネルをテレビ朝日に合わせていたことに始まる。それ以来、なんとなく特撮を観る10年間が続いた。そして菅田くんデビュー作である「仮面ライダーW」も観ることとなった。大学生になり、日曜に早起きできなくなったこともあって当時は飛び飛びでしか観ていなかった(し、高校のときはみんな観てたのに大学に行ったら全然特撮観てる人がいなくなってしまった)ということもあったが、菅田くん・桐山くんのことはずっと気になっていた。というか、特撮を1年間観ると特撮に出ていた俳優がその後別の番組で活躍していると「お~~~久しぶり!」みたいな気持ちになるのである。特に菅田くんの場合はしばらく役名で呼ぶ癖が抜けず、ずっと「フィリップ」と呼んでいた。世間的にフィリップの知名度菅田将暉知名度になってきたころ、自然と菅田くんと呼ぶようになった。
 比較的映画を観るほうの人間(しかもほぼ邦画オンリー)なので、菅田くんをスクリーンで観る機会も増えた。というか、映画を観るかどうか考える際にいつの間にか「菅田くんも出てるし」を判断基準に加えていることに気付いた。でもなんとなく、年下の男の子のファンであることを認めることはちょっとだけ勇気がいることだった。私にはまだその勇気がなかった。
 今年、「仮面ライダーW」の続編となる漫画「風都探偵」が始まった。Wの世界がまた広がっていくのが嬉しくて、さらには主演の二人が雑誌の表紙を飾ることが嬉しくて、ついAmazonで配信されている「仮面ライダーW」を全話観てしまった。ちょうどおたくとしてのもやもやを抱えた時期だったため、ずぶずぶにのめり込んだ。1週間で49話を駆け抜けた。
 その流れで、菅田くん主演映画「あゝ、荒野」を観に行った。あまりにも良すぎて、この人を推したい、と思った。この人のファンになりたい。この人のファンになったら、きっといい作品に巡り逢える。おたくとしてのもやもやの、答えに近いものが「あゝ、荒野」にはあった。この作品に出逢えたことの感謝の気持ちも込めて、私は菅田くんのファンになることを決めた。映画を観る理由が、「菅田くんも出てるし」から「菅田くんが出てるから」になった。
 そんな感じで菅田くんのファンになって2か月です。

 

オススメの菅田くん出演作品

 映画・ドラマなど。公開順に並んでいます。レビューというより感想です。

 

仮面ライダーW」

 菅田くんデビュー作。当時16歳、ほっぺがかわいい。
 平成2期の一発目である今作は架空の都市「風都」を舞台とした探偵モノ。主人公・翔太郎はハードボイルドを自称する(が優しすぎてハードボイルドになりきれずハーフボイルドと呼ばれる)探偵で、誰より風都を愛している男。そんな彼の相棒、探偵でいうところの頭脳担当が菅田くん演じるフィリップである。探偵といえば街のヒーロー、探偵といえばバディ……そんな要素と「仮面ライダー」がいい感じに融合している名作である。ギャグ要素もシリアス要素もあってバランスがよい。セリフもいちいちかっこいい。仮面ライダー=子供向けという印象はあるかもしれないし確かにそういう面もあるが、大人が見てもものすごく楽しめる。
 個人的にオススメなのはWの二人のバランスが崩れる回(何度かある)。ファング登場回、エクストリーム登場回、そして47話~最終回。
 続編である「風都探偵」はビッグコミックスピリッツで連載中!これで決まりだ!

<菅田ポイント>
 フィリップには自分がどんな人間だったかという記憶がなく、ずっと外界との接触を絶たれていたため非常識な面もあり、最初はあまり人の心を解さないところがあった。しかし主人公・左翔太郎(桐山漣さん=ドラマカサアリの純ちゃん)の相棒となり探偵事務所や風都の面々とかかわりを持つうちにだんだんと人間らしくなっていく。その様子が、だんだんと演技に慣れていく菅田くんの感じとばっちりシンクロしていてめちゃくちゃ良い。初回と最終回では身体的な面でも演技でも成長していて、顔が全然違う。最終回の「やぁ翔太郎」って言ったときの表情が最高だから見て!!!あとほっぺがすごくかわいい!!!
 ちなみにオーズとフォーゼがメインの映画版「MOVIE大戦MEGA MAX」にもフィリップ出演。髪が短いのに無理やりクリップでとめているところがかわいい。


そこのみにて光輝く

 決して明るい映画ではないし、ラストで物語が好転しているわけでもない。むしろ映画冒頭よりも状況は悪化しているし、さまざまな問題が描かれるけれど何一つ解決していない。けれどそれでも完全な絶望ではなくて、暗かった世界に光が射している。この先の幸せなんて保証されていないけれど、それでもこの世界に光は射す。そういう映画だった。
 物語と映像が相互作用で活かし合う、映画だからこそこの良さが出るのだと納得する。重いしつらい場面もあるけれど、とてもいい映画なので重くて暗い映画が嫌いではない人は是非一度観てみてほしい。
 物語の外側にいる私は映画の中で起こるすべてを知っている。だから登場人物たちに「こうすればいいのに」とか「こうなればいいのに」とか思ったりする。けれどそれは映画の中には届かなくて、勝手に物語は進んでいく。そのもどかしさもまた、映画だからこその良さだと思った。
 映画の中にいる人たちは、勿論役者が演じている=現実にそうやって生きている人たちではない、ということなのだけれど、物語の中で「生きている」ということを切実なほど感じた。この映画を作った人たち(役者や監督たち)も生きているし、原作者もまたこの話を書いたときには生きていた。そしてこの映画を観る私もまた生きている。こんなに薄暗い映画なのに、「生」が詰まっている。いや、薄暗いからこそ「生」のにおいがするのかもしれない。

<菅田ポイント>
 菅田くんが演じるのは仮出所中の男の子・拓児。主人公である達夫(綾野剛さん)と姉の千鶴(池脇千鶴さん)を出会わせる重要な存在。根元の黒い金髪、ヤニで黄色くなった歯、バカそうな感じがいかにも伝わってくるけれど、でもいい子なんだなということはすぐにわかる。そして終盤にも大きな役割を果たすことになるのだけれど、そのときの拓児の目がすごくいい。バカだけど、でも優しい。菅田くん、色々な哀愁を背負った役が似合いすぎる。バカだし優しいけれどすごくいい子で、それなのに研ぎ澄まされたナイフのような鋭さもある。
 クールな役や穏やかな役もいいなと思うけれど、菅田くんの真価が発揮されるのは「自分ではどうすることもできない大きな力に振り回されてしまう、でもどうにか抗おうとする」という役どころなのではないかと思う。あとほんと……バカだけど本能的に聡い感じ……すごく良い……


『そこのみにて光輝く』予告

 


「ピンクとグレー」

 公開期間は2か月ほどだったけれど劇場で観た回数は人生で最多の9回。というのも私は原作者・加藤シゲアキさんのおたくだからだ。原作と映画の内容の違いから原作ファンの間では賛否両論だったが、私としては嫌いな映画ではなかったので自分の中で「どこが面白かったのか」を明確にするために映画館に通っていた。でも多分、菅田くんがメインキャストだったことも映画を観る要因のひとつだったのだろうと思う。好きな俳優が出てなかったらさすがにそんなに観られないだろう。
 「仮面ライダーW」では、新人の菅田くん演じるフィリップと既にキャリアのあった桐山さんの対比が必要だった。それと同様に、この「ピンクとグレー」では映画初出演にして初主演の中島くんと映画出演経験が豊富な菅田くんという対比がどうしても必要だった。それに気付いたときは「W」のときとは逆の立ち位置にいる菅田くんに少し驚いたけれど、その立ち位置に見合う姿になっていることになんだか勝手に感慨深くなった。中島くんと菅田くんの対比を巧みに利用した映画になっているので、それも含めて楽しんでほしい。

<菅田ポイント>
 前半と後半の差。後半でボコボコに殴られて笑っているところが本当に最高。菅田くん演じる「成瀬」というキャラクターは映画オリジナルなのだけれど、つまり原作を読んでいても彼の素性は全くわからないのだけれど、キャラクターに奥行きがあるのは「成瀬」というキャラクターとして映画の中で生きる菅田くんが演じているからだと思う。


映画『ピンクとグレー』予告編

 


ディストラクション・ベイビーズ

 とても軽くて重い映画。物語らしい物語があるようには見えなくて、そういう映画って観た後に何も残らないことが多いのだけれど、この作品は観ている最中も観終わった後もどことなく不快な衝動が胸の奥に残った。多分それが暴力的な衝動とかそういうもので、でも私の中の暴力性の導火線は理性という水で湿っているので火がつくことはない。菅田くん演じる高校生・北原は、柳楽くん演じる泰良と出会いさえしなければ導火線に火がついてしまうことはなかったのかもなぁと思った。かわいそうだなって思う気持ちと自業自得だよって思う気持ちでぐるぐるしてしまう。
 そして何より柳楽くんがとにかく化け物じみていてすごい。やばい。最初に出てきたとき、カメラのほうを振り向いた瞬間、あぁこいつはやばいやつだと本能が理解するレベルのやばさ。私の出身地も治安悪かったけどここまでやばいやつはいなかった。でも下位互換にあたる人たちはいたので、そんなに遠い世界の話でもないのかもと感じた。
 最後まで誰ひとり感情移入できなくて、誰に対しても「やめなよ」って気持ちにしかなれなくて、でも映画は止まったりしない。多分それが若者が持てあます暴力というものなんだろう。終始「やめなよ」「だからやめなよって言ったじゃん」って気持ちがぐるぐると胸に渦巻いて、でも私の気持ちなど映画の中には届かなくて、この断絶がたぶん不快さの要因のひとつなんだと思う。
 あと映画「ピンクとグレー」を楽しんだ身としては柳楽くんと菅田くんが肩を並べているところを見るとなんだかぐっとくるものがあった。良かったね成瀬!
 余談だがエンタメ主義の私がこういう映画を観られるようになったのは加藤さんのおかげだと思う。ありがとう加藤さん。

<菅田ポイント>
 血まみれになって死ぬとこ。菅田くんは結構な確率でひどい感じに死ぬ役をやっているので、推しの死に様フェチとしては非常にありがたい。現実では死んでほしくないからフィクションで死んでる姿を見せてほしい。

 


【映画予告編】『ディストラクション・ベイビーズ』出演:#小松菜奈 #柳楽優弥 菅田将暉/監督:真利子哲也

 

あゝ、荒野

 個人的2017年ナンバーワンの映画。人生のなかでもベスト3には入る。寺山修二の小説を原作としていて、設定の変更が多々あるので「古い小説」という雰囲気はない。今、菅田くんの出演作品の中でオススメするなら私は「あゝ、荒野」を選ぶ。
 詳しくは別の記事で書いています。

penguinkawaii.hatenablog.com 

<菅田ポイント>
 まず新次の「父は自殺し母に捨てられ施設で育ち、成長して詐欺グループの一員となるも仲間に暴行を受けたせいで捕まることとなり、数年ぶりに塀の外に出てきて自分をボコボコにした男に会いに行ったらボクシングやっててめちゃくちゃ強くてやられてしまいその男を殺したいという気持ちで自分もボクシングを始める」って設定がめちゃくちゃに似合う。こんな役、今やるなら菅田くんしかいない。しかも新次には対になる存在・建二がいる。「仮面ライダーW」のイメージがあるからかもしれないけれど、「対になる存在との対比」として描かれる人物を演じるのが上手いなぁと思う。自分も相手も活かすの、すごい。
 この役のためにボクサーの体型になっているので、「役者が演じている」というよりも新次としてそこにいる感がすごく強い。ボクシングの試合をまともに見たことがない私からすれば、映画の中の試合シーンはすごくリアルに見えた。特に建二との試合は圧巻。
 私は菅田くんの泣く演技がすごく好きなのだけれど、この映画での涙もすごくよかった。どうにもならないことばかりが新次にふりかかり、まるで子供みたいに泣く場面。映画の外にいる私では新次の孤独には寄り添えなくて、胸の奥がじんわりとつらくなる涙だった。菅田くんは物語の中にとけこみながら、物語の外にいる人へ訴えかけてくる力がすごくあると思う。物語の中と外の壁を壊すのではなく、そこにある壁をよりはっきりと意識させることで訴えかけるというか……とにかくすごい。
 あと、建二のことを「兄貴」と呼ぶ素直な顔がめちゃくちゃ可愛いし、ずっと「兄貴」と呼んでいるところもいい。菅田くんはバディの弟分役が似合うなぁと改めて思った。


菅田将暉×ヤン・イクチュン、孤独をブチ壊せ/映画『あゝ、荒野』予告編


「火花」

 又吉さんの小説を映画化したもの。現時点で公開されている菅田くん出演作品の中では最新作。まだ映画館で見られます!
 私は夢を諦めた側の人間なので、「夢を追う物語」は眩しすぎてどこか苦手に思っている部分があって、割と避けがちだった。「火花」も、菅田くんが出ていなければ観ていなかっただろうと思う。だからこそ、菅田くんのおかげで「火花」を観られてよかった。この物語は、夢を追う者だけでなく夢にやぶれた者や夢を諦めた者にも優しい。一瞬でも「夢」を抱いたことのたる者にとっての救いのような物語だった。2時間程度の映画の枠の中では、おそらく神谷(桐谷健太さん演じる「天才」的な芸人)と徳永(菅田くん演じる芸人)が過ごした10年を描くのは難しいのだろう。けれど、2時間程度しかないとは思えないくらいに10年間がぎゅっと凝縮されていた。それに、時間が足りないぶん、この映画を撮ったのは板尾創路さんという芸人であるというところにも意味があるのだと思う。単純に物語をまとめる力というだけでなく、芸人だから描きたい/描ける部分もあるのだろうと感じた。
 物語として決して派手ではないけれど、そのぶん「どこかにいたかもしれないスパークスとたうコンビ」の姿が描かれていて、かつてお笑いにハマっていた時期のある身としては心に刺さることもあった。あの頃応援していたけれどもう今はいないあのコンビも、全然ウケないこともあったけれど今も頑張っているあのコンビも、それを見ていた私にさえも、きっと意味はあったし、ある。そんなふうに思うような物語だった。
 笑える場面も泣いてしまう場面も、苦しさも楽しさも詰まっている素敵な映画なので是非劇場へ! 

<菅田ポイント>
 今回は桐谷健太さん演じる神谷との対比として、その「弟子」である徳永という役を演じているのだけれど、ここでも菅田くんの弟分感が遺憾なく発揮されている。最初は犬みたいに「神谷さん神谷さん!」とついて回っていた徳永だが、徐々に関係性が変わっていくところがすごくよかった。切なくて寂しくて、でもそういうことってあるんだよなと胸に迫る。時が流れ、時代が変わり、二人も変わり、二人の関係性も変わっていく。
 そして今回も菅田くんの涙がめちゃくちゃいい。まだ公開中だから詳しくは語らないけど、言葉にならない思いがたくさんあって、その部分が涙として溢れているんだろうなと思うような涙だった。


映画『火花』予告

 

 

オススメの菅田くん楽曲

 菅田くんは楽曲もリリースしています!2018年にはライブもあります!

 

ばかになっちゃったのかな

 菅田くんソロデビューシングル「見たことのない景色」カップリング。正直、表題曲よりもこっちを聴いてほしい。大層な物語を描いているわけではなくて、ただただ恋をしてしまっただけの普通の男の子の歌(男の子じゃなくても当てはまる部分はあると思う)。こんな「どこにでもいる男」を描いた歌を、全然どこにもいそうにない菅田くんが歌うとめちゃくちゃハマる。単純なメロディと単純な歌詞だからこそ菅田くんの声の良さが活きる。

 

 

呼吸

 セカンドシングル。菅田くんも作詞に参加している、黒いコンバースを買いたくなる曲。
 Aメロのテレテレしてる感じのギターがさぁ……あまりにも私が慣れ親しんだ邦楽ロックっぽい音がして……今はアイドルやポップ寄りの曲のほうが好きでそっちを多めに聴いているけどこういう邦楽ロックもめちゃくちゃ聴いてたなぁと懐かしい気持ちになった。歌詞も音も、菅田くんの歌声も、なんとなく邦楽ロック感があるので、「俳優が歌ってる」なんて色眼鏡で見ているといい曲に出会う機会を逃しちゃうかもしれない。気になったら是非聴いてみてほしい。

 

 

灰色と青

 米津玄師さんとのコラボ曲。米津さんにしては歌詞も音もわかりやすくて、でも菅田くんと歌うならこういう曲にしたくなっちゃうよね……そりゃあ菅田くんが歌うなら愛だの恋だのよりも今はここにいない友のことを思うような曲にしたくなるよね……わかるわかる……みたいな気持ちになるくらい名曲。
 一番を米津さん、二番を菅田くんが歌っているのだが、二人の声の寂しさの種類がなんとなく違うところがすごくいい。米津さんの声の寂しさは諦念、菅田くんの声の寂しさは未練って感じ。二人の声が重なるところがないっていうのが……この曲の描く状況と合っていて物語が浮き上がってくるような感じがする。なんかもうとにかく超いいから聴いてほしい。


米津玄師 MV「 灰色と青( +菅田将暉 )」

 

 

菅田くんの魅力

 沢山ありすぎるし私が語るのもおこがましいくらいだけれどあえて語る。魅力、というか好きなところを。
 感情を剥き出しにする場面は菅田くんの魅力のひとつだと思う。なかでも私が好きなのは怒る場面と泣く場面。菅田くんは内に秘めた怒りを表現するところもすごくいいけれど、思い切り叫ぶ場面がさらに好き。映画館でも、菅田くんが怒鳴る場面では思わずびくっとしてしまうくらい声に迫力がある。あとこれ言ったらアレだけど単純に顔がいい……耳から顎にかけての輪郭のラインが最高。眉毛も最高。

 長くジャニーズのおたくをやっていると「ネット配信で出演作品が観られる」ってすごいなと単純に思う。ジャニーズの方々が出ているものは観られないことのほうが多いので。ここに挙げた作品のうちいくつかはAmazonプライムビデオなどで観られます!

 それと、様々なタイプの作品に出演するところも魅力。「銀魂」のような漫画実写化作品、「そこのみにて光輝く」のような重厚な作品、「火花」のような話題の文芸を原作とする作品、などなど。この人についていけばいろんなものが観られる。今年は特に「あゝ、荒野」を劇場で観ることになったのがとても大きかった。菅田くんが出ていなかったら観に行っていなかったと思うけれど、おかげで人生の中でも五本の指に入るくらいの映画に出会えた。これからも面白い作品に出会わせてほしい。
 でも一番は、「何にでもなれるところ」だと思う。菅田くん出演作品のオールナイト上映のタイトルが「菅田将暉、お前は誰だ!」なのもなるほどという感じ。そう言いたくなる気持ち、すごくわかる。誰なんだろう、菅田将暉って。なんとなく見ていた8年では全然わからなくて、ちゃんと見るようになった2か月でも勿論わからない。
 菅田くんが演じた役を並べてみても、すごく幅が広いということしかわからない。まだ若いから弟(だったり弟子だったり、二人並んだときの年下のほう)的な立ち位置の役が多いということはあるけれど、「溺れるナイフ」のコウちゃんのような他者を寄せ付けない力もある。前科者の役も似合うし、小市民の役も似合う。また、バカな弟という役柄でも「そこのみにて光輝く」のときは前科者だけど家族思いで根は優しい感じで、一方「泣くな、はらちゃん」では姉の漫画を勝手に売ったりするけれどどこか憎めない感じがするし何より前科者にはなりそうにない感がすごく出ている。どちらも「バカな弟」なのだけれど雰囲気が全然違う。
 演技の良し悪しはわからないから好みの話になってしまうけれど、菅田くんの演技の好きなところは「どの役も“その人”としてそこに存在することができる」というところ。顔立ちがはっきりしているからどんな役でも「菅田将暉」だとわかるのに、物語にとけこんでいて全然浮いていない。物語の中で、たとえば「あゝ、荒野」だったら新次として生まれて新次として生きている新次の姿にしか見えないし、たとえば「火花」だったらスパークスというコンビで芸人をやっている徳永という男にしか見えない。映画やドラマで描かれるのは登場人物の人生の一部でしかないけれど、これまで彼がどうやって生きてきたのか、この先どうやって生きていくのかを物語の受け手に想像させる力がある。菅田くんが演じる役にはきっと映画やドラマで描かれなかった部分があるのだろうと思わせる力がある。こんなふうに物語にとけこむ役者ってすごいなぁと、演技のことは全然わからないなりに思う。カメレオン俳優なんて言われるけれど、さまざまな役を演じるたびにガチャピン方式で中身入れ替わってるんじゃないかと思いたくなるくらい別人なのに、でも芯の部分には確実に「菅田将暉」がいる。ほんと、誰なの、菅田将暉
 誰だか全然わからない。だからもっと知りたい。もっとわからなくなるとしても、知りたいという欲求が膨らんでいく。そして何より、この人を追っていたら面白い物語と出逢える確信がある。というわけで今日も明日もこの先も、菅田くんに注目していきたいと思っています。

菅田くんをもっと知りたい人へ

 こんな雑誌も出てます!!! 写真もインタビューなどの記事もすごく良い!

別冊カドカワ 総力特集 菅田将暉 (カドカワムック)
 

 

 

変わりゆくきみの2202日 #にゅすほめ #しげほめ

 2202日経った。2011年11月22日、あなたが加藤シゲアキになった日から。
 生きている人なのだから、変わっていくのは当たり前のことだ。2202日前と今では私だって変わったところはあるんだし、けれどあまりに変わっていくから時々自分の中で何かがぶれてしまうこともある。ここ数か月はそのぶれを抑えようとする日々だった。そんな日々を終わりにしたくて、「変わる」ということをテーマとして加藤さんのことを褒めたいと思います。
 2202日というのはただの数字でしかなくて、そこに意味があるわけではない。加藤さん本人にとって区切りとなるのはあの日じゃなくて別の日だっただろうし、私もそこまで意識しているわけではない。ただ、「変わる」ということにおいて目印となる日であることは確かだと思うので、2011年11月22日を例に出しました。
 私が見てきた、変わりゆく加藤さんの話です。

 

・小説家になった

 2202日前、「加藤成亮」というひとりのアイドルが「加藤シゲアキ」と名前を改めることを発表したと同時に、小説を出版することも発表した。
 デビュー作『ピンクとグレー』は粗削りなところもあるけれど、そこを直してしまったら良さが失われてしまうくらいに<初期衝動と熱量>に溢れていた。デビュー作でしかできないことが詰まっていたし、それでいて次に書くものがどんなふうになるのか、小説家・加藤シゲアキの今後を期待させるものだった。そして続く『閃光スクランブル』は期待を裏切らない作品だった。明らかに小説家としてステップアップしていて、普段から意識的にことばに向き合っているんだろうなということがわかった。そうなると、どうしても次のハードルも上がってしまう。しかし三部作最後の『Burn.-バーン-』はそのハードルも軽くクリアしてしまった。というかあまりに軽々とクリアして私が思っていた以上に「小説家の書く小説」になっていたことに驚きを隠せなかった。
 「芸能界」「渋谷」という題材を扱った三部作「渋谷サーガ」。『ピンクとグレー』から『Burn.-バーン-』にかけてどう変わったかは、あまり言いたくはないのだけれど「読めばわかる」としか言いようがない。私がどれだけ言葉を尽くして語ったところで、実際に読む以上のことはない。『ピンクとグレー』は加藤さんの分身のような物語で、「芸能界」と「渋谷」でなければ書けなかったのではないかと思う。物語が、「芸能界」「渋谷」というもののうえに成り立っているようなイメージだ。それは加藤さん自身の物語が「芸能界」「渋谷」を抜きにしては語れないこととニアリーイコールで結びついているともいえる。『閃光スクランブル』は「芸能界」と「渋谷」以外の世界も開けつつある物語だった。そして『Burn.-バーン-』では、その二つは完全に物語を構成する要素となっていた。物語が、「芸能界」「渋谷」を内包しているのだ。その上に物語が成り立つか、物語がそれを内包するのか。物語に支配されるのか、物語を支配するのか。加藤さんの小説は、明らかな進化を遂げていた。
 一年に一冊出した三冊の本で、こんなにも加藤さんは変わっていく。次に発売された『傘をもたない蟻たちは』では短編集にも挑戦した。加藤さんのドライながらも人間のなまぐささが描かれる文章は、短編も合う。言いたいことが簡潔にまとまっている短編というスタイルは加藤さんに合っているような気がした。「芸能界」「渋谷」から飛び立っていった物語は、美大生/脱サラした男/小説家/近未来SF/恋愛心理学/思春期の中学生などなど、さまざまなところに着地する。
 そして次、12月12日に発売になる『チュベローズで待ってる』は上下編に分かれている大作だ。短編が似合う文体だなって思ったのに!でもきっと、長編も似合うなと思ってしまうのだろう。加藤シゲアキという小説家はまた進化を遂げているだろうから。

 「小説家である」ということは、加藤さんにとって大きな自信になったのだということは、傍から見ていてもわかる。何もないと思っていた加藤さんが、努力をして手に入れた武器だ。加藤さんの書いた小説は映画化やドラマ化(出演、主題歌)、それに「タイプライターズ」という番組、さまざまな仕事につながっている。小説そのものもそうだし、小説を書くアイドルであること自体が、加藤さんの武器なのだ。
 『ピンクとグレー』発売時に書店で流れていたインタビュー映像ではうつむきがちにぼそぼそと喋っていたけれど、今は違う。『傘をもたない蟻たちは』発売時ののインタビュー映像もだし、映画「ピンクとグレー」舞台挨拶のときも、加藤さんは自信をもって喋っている様子が感じとれた。うつむいてぼそぼそと喋る姿が懐かしく感じられるほどに。変わっていく姿を目の当たりにしていると実感する姿だった。

 

・過去について

 かつての加藤さんは、2人が脱退したときのことを「あえて引きずっている」という話をしていた。治そうと思えば治せる傷を、あえて治さずにいるような加藤さんの言葉に、それで本当にいいのだろうかと思うとともに安心もした。現在進行形で傷を抱えているのは私だけではなく彼もまたそのひとりなのだと、その事実にどこか安心していた。
 2017年6月のシゲアキのクラウドにて、加藤さんは「過去は参考にするもの」と言っていた。2人が脱退したときのことについてではないけれど、加藤さんはそういうふうに考えるようになったのだなと思った。ひとは変わっていく。後ろを向いてばかりだった加藤さんが、過去というものについて前向きにとらえていることが、私にとっては嬉しくもあり寂しくもあった。なんとなく置いていかれた気持ちになってしまった。そんなの勝手な気持ちなので、加藤さんには全然関係ないのだけれど。
 だけど今は、前を向いている加藤さんが過去を参考にするのだから、そんなの最強じゃないか、なんて小学生みたいな語彙力で思う。

 勿論、こんなことを言っているのは私の勝手であって加藤さん本人には関係のないことだ。私から見た加藤さんについてのことであって、加藤さん自身のことではない。他の人から見たらそんなふうには見えないことだってあるだろう。こんな自分勝手な視線に晒されてもアイドルを続けてくれることがありがたい。


 他にも、歌やダンスが上手くなったこと、演技の仕事がコンスタントに来るようになったこと、ソロ曲の演出のレベルがどんどん上がっていくこと、沢山の変化がある。ひとつひとつ挙げていったらきりがないくらいに。きっとこれからも変わっていくのだろう。

 

 


 なんとなくだけれど、加藤さんを見ていて大きく変わったなと感じるタイミングが何度かあった。そのうちのひとつが2014年春の舞台「中の人」だった。自分の殻を破る=自分の中の人を曝け出すということがテーマになっている物語だったということもあるだろうし、同じぐらいの時期に自ら「渋谷三部作」と名付けた3作の最終作『Burn.-バーン-』が出版されたことも大きく影響しているのではないかと思う。
 根拠のない自信を持てない加藤さんは、自信のあるふりをするのではなくて、自信をもちうるだけの根拠をつくりあげた。あの春をこえた加藤さんは、顔を上げて前を、未来を見るようになった。過去を引きずりたがる加藤さんのことも好きだけれど、自信をもった顔をしている加藤さんを見ていたら今の加藤さんも好きだなぁと思うようになった。今の加藤さんにとって、「過去は参考にするもの」なんだものね。

 変わったところが沢山あるけれど、変わらないところもある。変わったところも変わらないところも、大好きだし大嫌いだなと何度でも思う。加藤さんのあれやこれやに心を揺さぶられるたびに、ひどく疲れる。けれどそれが楽しい。楽しいのに、言いたいことが全然まとまらない。変わっていく姿にどんどん慣れて、昔のことがだんだん薄れていく。記憶とはそういうものだとは思うけれど、それが嫌だなと思ってしまう。だから変わらない加藤さんを見ては少し安心する。私が大好きで大嫌いだと初めて思ったときの姿を確認しては安心する。そして変わっていくところを見てはまた大好きで大嫌いだと思い、気持ちが増大していく。

 今年は私の中にもさまざまな変化があった。このまま加藤さんのことを好きでいられるか不安に思うことがなくなった代わりに、加藤さんが好きすぎるあまりに加藤さんに対しても他の色々なものに対しても気に入らないことが増えてしまった。でもそれはただ私が気に入らないだけで、決して加藤さんに起因しているものではない。なんでこんなに気に入らないの、なんで、どうして、と自分に問い続ける日々だった。ここ数か月、私が悩んでいたのは私自身の変化についてだった。沢山考えた。考えすぎて何について考えているのかわからなくなるくらいに。
 加藤さんに対して、大好きで大嫌いなことは変わらない。嫌いなところをなかったことにして切り捨てるのは、自分の感情にも加藤さんにも失礼な気がするから、大好きも大嫌いも全力であることが私の誠実さの表明だ。加藤さんに対して抱く感情を何一つ切り捨てたくない。どんな気持ちになったとしても、その気持ちごと愛していたい。いとおしくて抱きしめたいと思う感情も、牙を剥き出しにして怒る感情も、すべて等しく愛していたい。面倒だし、とても疲れる。けれどその疲労感すら愛していたい。「加藤さんのことを愛していたい」という私の気持ちは私のものであって、どんな他者にも侵されたりしない領域だ。そう気付くことができたので、なんだか大丈夫な気がしてきた。そんなふうに、私もまた変わっていく。

 

 変わりゆくきみと変わりゆく私の2202日は、この先もどんどんカウントを続けていく。お互い変わっていきましょう。

 というわけで、今日も私はシゲ担です。

映画「泥棒役者」主題歌としての「応答セヨ」

 要約:新藤さんの歌詞のすごさを知るためにも映画「泥棒役者」を観てください

 

 「応答セヨ」を初めて聴いたときから、新藤さんのいいところの詰まった素敵な歌詞だと思っていた。どことなく丸山さんや関ジャニ∞とも重なるところがあり、しかしポルノファンにも伝わる(むしろポルノファンにしか伝わらない)ギミックも仕込まれていて、本当に素敵な歌詞だと思った。
 でもそれだけじゃなかった。「応答セヨ」は映画「泥棒役者」の主題歌として書き下ろされたものだ。映画の内容を反映していないわけがない。映画を観る前の私は「きっとこの歌詞のように優しく背中を押してくれるような映画なんだろう」と思っていた。それは勿論当たっていた。
 でもそれだけじゃなかった。さっき「でもそれだけじゃなかった」って思ったけど更にそれだけじゃなかった。
 なんなの、新藤晴一、マジでなんなの!?この人本当にすごいな!?あまりにもすごすぎて、映画のエンドロールで「作詞:新藤晴一」の文字を観て泣いてしまった。こんなにすごい歌詞を書く人が、私が永遠に憧れ続ける人であるということが、勝手に誇らしく思えて仕方がなかった。この曲はまさしく映画「泥棒役者」のために書き下ろされたものだった。映画「泥棒役者」を見ることで、「応答セヨ」の最後のピースがはまる。そうしてできあがったものをみて、改めて「応答セヨ」の歌詞のすごさに驚嘆する。
 というわけで、新藤晴一の作詞のすごさを知るためにも映画「泥棒役者」を観てください。
 
 ※ここから先は映画の内容を含めて「応答セヨ」について、いつも通り100%の主観で語っているので、ご了承のうえお進みください。

 

 

 

 

続きを読む

スターゲイザーとスターライダー ―「応答セヨ」感想―

 新藤さんが関ジャニ∞の曲を作詞するときいたときは驚いた。全然信じられなかったけれど、実際に曲を聴いたらすぐにわかった。こんな歌詞を書くのは新藤さんしかいない。
 11/15、CDが発売されて、ようやくフルサイズが聴けた。ラジオでオンエアされていたサイズでも十分新藤さんのハンコが押してあったのに、フルで聴いたらさらにすごかった。でもこの歌詞は、新藤さんがポルノに書く歌詞にはあり得ない。あれだけ新藤さんっぽさ・ポルノっぽさが伝わってくる歌詞でありながら、確かに「関ジャニ∞のために書き下ろした歌詞」だった。そんな歌詞を見て何も書かないなんて無理なのでなにか書きます。いつも通り100%の主観です。特技はこじつけです。

 (応答セヨのAmazonリンク貼ろうとしたけど上手くいかないので後ほど追加します)

 

 

ポルノの歌詞との関連性

 1番は割とポルノっぽさを抑えたんだなぁ(しかしそれでもにじみ出るハルイチイズム)と思っていたら2番ではポルノ感が全開だった。というか、過去にポルノの歌詞で使ったフレーズやシチュエーションを引用しているかのような歌詞になっている。

 

ひとひら

屋根の上で見上げる夜空 変わったろ? あの日の僕と
今だって 地上でもがいているんだよ 飽きもせず

 一番およびサビでもっとも新藤さん濃度が高いのはこの辺かなぁと個人的には思う。「変わったろ?」って言うくせに、「飽きもせず」と続くんだから。
 新藤さんの歌詞は生きるために変わることを否定しない。社会にうまく溶け込むためには捨てなければならないものが沢山あったということを、それはいけないことだったとは言わない。変わらないままで生き抜くことの難しさを、生きるためには変わることを選択する場面もあるのだと、きっと知っている人だから。新藤さん自身が生きるために変わることを選んできた人で、だからこそこういう歌詞が書けるのだろうと勝手に思っている。
 「ひとひら」の歌詞でも「強くあろうと生きてきたから 変わらなけりゃいけなかったよ」という歌詞がある。しかし終盤で「あれは桜舞う春の真ん中で 笑いながら立っている君 同じ笑顔を作れるでしょう あの場所は君を待ってる」という歌詞も出てくる。たとえどんなに変わってしまったとしても、どこかに変わらないものがある。どうあっても変わらないもの、それはきっと、その人をその人たらしめるものなのだろう。「応答セヨ」の僕は「変わったろ?」なんて自嘲気味に言うくせに、でも「飽きもせず」もがいてしまうような人なのだ。

ひとひら ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

 「変わる」と「変わらない」についての話は新藤さんの小説『時の尾』の感想文にも書いています。(変わること/変わらないこと、そして生き抜くこと ―新藤晴一『時の尾』感想文― - 来世はペンギンになりたい
 

「グラヴィティ」「何度も」

猫のあくびが 途絶えた頃には 三日月ライトの 紐をそっと引っ張る
暗闇の中 聞こえる鼓動は モールス信号みたい 自分へのメッセージ

 ポルノっぽさが全開になる2番。まず使われている言葉がポルノっぽい。

ねえ 三日月ライトをそっと消したら
ぎゅっと肩を抱いててね 一人落ちてしまわぬように

 言いたいことは以上です!という感じ。「グラヴィティ」のは暗闇の中で「私」のことを手を叩いて呼んでくれる「あなた」と引き合う柔らかで壮大なラブソングで、「応答セヨ」は自身の心臓の音に耳を澄ましているので状況は違うのだけれど、「三日月ライト」という言葉に関連性を見出してあああ~~~~~~ってうめきながら崩れ落ちるしかない。こういう憎いことするんですよ新藤さんって。

 また、「何度も」という曲もなんとなく「応答セヨ」の歌詞とリンクする部分がある。

楽しげな話が尽きたように黙った月の夜
ロリポロリと髭を弾いてる猫は屋根の上

 「何度も」はアコースティックな音色と新藤さんの美しくて優しい歌詞がそっと響きあう曲だ。正直、いまだに歌詞の真意がわかるかといったら全然わからない。不思議で、でもなんとなく訴えかけてくるものがある曲。
 「猫」と「屋根の上」という言葉に安易に引っ張られているだけかもしれないけれどだったら安易に引っ張られていたいなぁと思う所存。「何度も」にも過去を振り返るような場面があるから、余計に似た雰囲気を感じるのだろう。
 ポルノの名曲の雰囲気をまとわせることで「応答セヨ」がさらに深みのある曲に感じられる、ような気がするので是非聴いてみてください。

グラヴィティ ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

何度も ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

「Search the best way」

応答セヨ 流星 僕を信じてくれた遠い日の僕よ この声が届くかい
君が思うほどは まっすぐに歩いてこれなかったけど いつかまた逢えたら
その背中へと 飛び乗って 僕はスターライダー

 ポルノの歌詞は基本的に新藤さんまたは岡野さんによるものだが、一作だけ新藤さんと2004年に脱退した元ベースのTamaさんが作詞に参加した楽曲がある。それがこの「Search the best way」だ。しかもそれが道を分かつこととなった友とのことを歌ったような歌詞なので、私のようなポルノファンには刺さりまくる曲である。

未来まで待ちぶせしてしまうくらいに
光のにおい する方 走っていくんだ
その先でいつか君に逢えたなら
それが そう ひとつの正解かも…

 曲の疾走感とも相まって、「応答セヨ」のサビを聴いているとなんとなくこの曲を思い出す。「応答セヨ」の「僕」は「君」=流星と袂を分かつこととなったわけではないから、また逢えたらその背中に飛び乗ることができる。もしかしたら、「応答セヨ」の「流星」は今「僕」のそばにいる仲間のことも指しているのかもしれない、なんて思ったりもする。
 「Search the best way」では逢えたことがひとつの正解となるけれど、それ以上のことはない。でも「応答セヨ」はそうではないんだなぁと勝手に感慨深い気持ちになる、気持ち悪いおたくです。

Search the best way ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

「ダイアリー 00/08/26」

さあ早く行かなくちゃ 約束という名の嘘になる前に

 以前別の記事(関ジャニ∞ファンにプレゼンしたい新藤晴一作詞楽曲 - 来世はペンギンになりたい)でも書いたけれど、過去の自分に話しかけるような歌詞だとどうしても「ダイアリー 00/08/26」を思い出してしまう。
 2000年8月26日に新藤さんが思ったことを書いた歌詞で、「近頃じゃTVの中、僕を見かけたりするかな?」というフレーズで始まるこの曲は、1999年9月にデビューして約1年が経った頃の心境を描いている。
 約束は、約束している時点ではまだ現実ではない。約束が果たされて初めて現実となる。果たされない約束は、「約束という名の嘘」なのだ。

夜ごと、君に話してた未来についての言葉は、
いくつかは本当になって、いくつかはウソになってしまった。

 「ダイアリー 00/08/26」の歌詞で、文面で見るとちょっと怖いくらいなのに岡野さんのからっとした声があっさり歌うのでものすごくあっさり聴ける。果たせた約束もあれば果たせなかった約束もあって、後者はまたの名を「嘘」という。きっと、今じゃもうどうしたって果たせなくなってしまった約束なのだろう。勿論果たせた約束もあるから、現状のすべてを憂うことはないけれど、時々果たせなかったほうの約束を思い出してしまうこともあるかもしれない。そういう経験は、別に大袈裟なことだけじゃなくて、誰にでもあることなのかもしれない。
 「応答セヨ」の「僕」はまだ間に合う。さあ早く行かなくちゃ。

ダイアリー 00/08/26 ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 

 

新藤さんの歌詞たる所以

 新藤さんの歌詞のすごいところっていくつもあるのだけれど、この歌詞にもそのすごいところは表れている。すごいところというかもはや好きなところについて語っているだけです。

 

努力を認め、背中を押す

 「応答セヨ」の2番Bメロでは「垂直ジャンプ 0.5秒 20センチ しょぼくてゴメン」と歌いながら、その「しょぼくてゴメン」と言ってしまうような垂直ジャンプでさえ「空に近づいたと言い張っていいでしょ?」と言うのだ。私のような「しょぼくてゴメン」程度のジャンプしかできない人だって、これを聴いたら励まされる。空に近づいたと言い張って、もっと高く飛べるようにと繰り返したくなる。
 また、2番サビでは「いっそ目を閉じちゃって 見たかった世界を心に描こう」と歌う。しんどい現実から目を閉じて見たい世界を思い描くことすら肯定してくれる新藤さん、あまりに心強い。
 めちゃくちゃ個人的な話をするけど、己のポンコツ具合に嫌気がさして「どうしてこんなふうにしかできないんだろう」と毎日悲しくなっているところだった。うまくいかなかったことばかりが重たくのしかかって、またうまくいかないのではないかと怖くなるばかりだった。そんなときに「いっそ目を閉じちゃって 見たかった世界を心に描こう」なんて歌詞を見たら心の支えにならないわけがない。勿論、目を開けたら見たいものは見えないのだけれど、目を閉じたそこにある世界に近づけるように努力しようという気持ちにはなる。少しだけでも前向きになれる。だって理想の世界はどこにもないわけじゃない。目を閉じればあるんだし、そこに近づくことだってできるかもしれない。少しくらいは。
 努力しても届かない頂は、ある。頑張っただけで夢が叶うような世界ではない。だったらきっとすべての人の将来の夢が叶っているはずで、でも現実はそうじゃない。結果を出せなければ努力も無駄かもしれない。でも、それでも、そこにはなんらかの意味が残るんじゃないか、そんなふうな気がしてくる。なりたいものになれなかったけれどそれでも生きている私は、そう思う。

 新藤さんの歌詞は普通に生きている人がその人なりに頑張っていることを肯定するような、そのうえで背中を押すような歌詞が多い。「幸せについて本気出して考えてみた」や「ギフト」、最近でいえば新アルバム『BUTTERFLY EFFECT』収録の「working men blues」もそうだ。中でも「メジャー」という曲が「応答セヨ」と一番近い立ち位置にある曲かなと思う。

自分のメジャーは確かにここにあって
いつだって自己新記録を刻んではいるんだ
派手じゃないけれど 褒められはしないけれど
何度もそれを超えようと もがきながら進んでいく

メジャー ポルノグラフィティ 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 新藤さんの歌詞といえば「アポロ」「サウダージ」「アゲハ蝶」「メリッサ」あたりかもしれないけれど、ファンタジー色の強い歌詞以外にも新藤さんの歌詞のよさは表れているんだよって話です。

 

「流星」「君」「遠い日の僕」

 具体的に結び付ける言葉がなくても歌詞の中でひとつひとつが繋がって物語を生み出しているところが、新藤さんの歌詞のすごさのひとつだ。そういうふうに言葉を配置することにおいて、新藤さんは本当にすごいと思う。私のような素人が真似しようと思ってできることではない。新藤さんの磨き上げられたセンスの賜物なのだろう。
 「僕」が「君」と呼びかける相手が明確に示されないところもこの歌詞の面白いところだ。新藤さんの歌詞にはそういうのが時折あって(先ほど挙げた「メジャー」もそう)、自分自身に呼びかけるようなあるいは聞き手に呼びかけるような箇所にも「君」を使う。だから聞き手の想像が広がる。
 「僕」と対峙する相手として最初に出てくるのは「君」で、次に「流星」で、「遠い日の僕」とつながっていく。この次々に展開していくところがすごく新藤さんだなぁと思う。「僕」の願いを抱いたままの「流星」は「遠い日の僕」とイコールなのかどうかも定かではないけれど、重ねて描かれていることは間違いない。いくつものレイヤーが重なり合って、ひとつの物語を生み出す感じ、ほんと、新藤晴一ってすごいなとしか言いようがない。私が言葉で説明したって野暮なので歌詞見てください!聴いてください!

 

スターゲイザーとスターライダー

 上に挙げたようにポルノの歌詞っぽさを思わせるフレーズが並んでいても、「応答セヨ」が間違いなくポルノの歌詞ではない。それをもっとも強く感じるのは、「スターライダー」というフレーズだ。端的に言えば、ポルノは「星に乗る」というイメージではない。このイメージは、この曲を歌うのが関ジャニ∞だから出てきたものだと思う。

 ポルノの歌詞にも「星」は何度か出てくる。頻出というわけではないが、新藤さんの書くロマンチックな歌詞に使われることが多い。いくつか挙げてみるとこんな感じ。

この場所がどこだろうと見上げれば輝く星
その下で君を思えば 悪くない夜になる
不安を数えた指に温もりが灯る
 「瞬く星の下で」

星降る夜空に朝日の幕が下り
静かに消えたのは甘い幻
 「ワン・ウーマン・ショー ~甘い幻~」

開けはなったままの天窓に 煌めいてる星々は決して
ひとつとこの手に落ちない それならばそっと窓を閉めましょうか
 「瞳の奥をのぞかせて

一度壊れた愛は戻らないと
綻びのないルールがある
星が全部ほら空から落ちる
 「ルーズ」

 ポルノの歌詞に出てくる新藤さんの「星」は、主人公を見守るものであると同時に決して手が届かないものでもある。届かないというか、届かないことは悲しいことだけれど、届かないからこそ優しく見守り行く手を示してくれる存在であるように見える。決して触れてはならない神様のような、そんな存在なのではないだろうか。だから星が落ちてこない「瞳の奥をのぞかせて」も、星が落ちてくる「ルーズ」も、どちらも明るくはない。
 ポルノの歌詞に「星」が出てくるときに「星に乗る」というようなイメージは使われない。なんとなくだけれど、ポルノが星を見上げて歩いていく二人だからではないだろうか。新藤さんは「自分は普通だ」「自分は中途半端な常識人だ」と語る。普通だという認識があるから、星には手が届かない=星を見上げて、一歩ずつ歩いていく人というイメージになるのではないかと思う。新藤さんのエッセイ集『自宅にて』や15年目のライブ「ラヴ・E・メール・フロム 1999」のオープニングでも描かれているように、そしていまだに新しい挑戦をし続けているように、ポルノは今も夢を見続けている。そんなところも星を見上げるというイメージと重なる。
 「幕張ロマンスポルノ'11 ~DAYS OF WONDER~」というライブのロゴには、星空の下を歩く二人が描かれている。きっとこんなふうに、星を見上げながら歩いていく二人だから、「星に乗る」というイメージは今まで使われてこなかったのだろう。

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 ていうかもうこれはイメージの話なので言葉を尽くして解説したところで伝わらない人には伝わらないから仕方ないんだろうけど……ポルノって自分たちのことをとても客観的に冷静に見ていて、そうやって地に足つけて、でも星をめざして夢を見ながら、そんなふうに歩いていく人たちだから19年目も現在進行形でいられるみたいなところあるじゃん……?そういうことです。ポルノグラフィティスターゲイザー
 一方で、関ジャニ∞というのは強力なアーティストパワーを持った存在(と新藤さんがラジオで語っていた)である。関ジャニ∞という勢いのあるアイドルが歌うということを考えたとき、流星に飛び乗る「スターライダー」というイメージが当てはまったのではないかな、と勝手に思っている。勢いがあって、輝いていて、星にだって手が届いて飛び乗っていけるような。おそらく今回も曲が先にあったのだろうし(ポルノは常に曲先で歌詞を書いている)、この曲のもつ疾走感や爽やかさとも合うイメージが「スターライダー」だったのではないかと思う。

 

 これほどにポルノっぽさをもっていて、新藤晴一のハンコが押されていながら、でも絶対にポルノではない。そういうバランスでもって歌詞が書けるのも、新藤さんのすごいところです。本当すごい。
 何がすごいかってこれだけポルノっぽさを出したりポルノでは出てこないであろう表現を使って「他アーティストへの提供」という部分を強く意識させたりする歌詞でありながら、おそらく(というか絶対)映画「泥棒役者」の内容を反映した歌詞になっているところ。まだ観ていないから具体的な話はできないけれど、新藤さんがドラマやアニメや映画のタイアップの歌詞を書くときの寄せすぎず離れすぎずのバランスが良すぎるので、おそらく今回もそうだろうということ。そちらはいずれ書くかもしれない映画の感想に含めたいと思います。

 

 

 そんなすごい新藤さんのすごい歌詞はポルノの新アルバム『BUTTERFLY EFFECT』でも発揮されているので是非!個人的なおすすめは「MICROWAVE」「夜間飛行」です!

 

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#ポルノグラフィティマイベスト15

 

 私もやってみました。

 

www.kansou-blog.jp


 シングル以外の曲からの選曲です。ここ三日ほど悩んで十回ほどむ考えるのやめようと思ったんですがどうしてもマイベストでプレイリストを組みたかったのでめちゃくちゃ悩みに悩んで選び抜きました。

 

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01.ライオン(作詞:ハルイチ/作曲:シラタマ)
  アルバム『ロマンチスト・エゴイスト』収録

 どうしてもこのドラムの音からアルバムを始めたかったから15曲選んだみたいなところ、ある。いくつか一曲目候補がいくつかあったけれど、でもやっぱりこの曲がいいなというところに落ち着いた。このイントロで始まるアルバムなんてどうせ名盤に決まってるし、最初に聞こえてくる歌詞が「世界中の臆病者は きっと僕に味方する」だなんてどうせ名盤に決まってる。そもそもポルノの曲からマイベスト組んでるんだから私にとっては名盤以外のなんでもないけど。
 たとえば『ロマンチスト・エゴイスト』の「Jazz up」とか『雲をも掴む民』の「敵はどこだ?」とか、アルバムの一曲目以外に持ってくる場所がないくらい一曲目でしかない曲たちだけれど、それに匹敵する力がある曲を既に一曲目になっている曲以外から探すとしたらやっぱり「ライオン」がいいな~ってことで選曲。

 

02.グァバジュース(作詞:ハルイチ/作曲:シラタマ)
  アルバム『foo?』収録

 いくつか候補がある中で「ライオン」に続けて何を並べようかと悩んで、しっくりきた曲がこれだった。
 フラれたことをこんなにぐるぐると皮肉ってるくせに「プライドはおきざりで/君にすがるのもいいねぇ」って続くの、そんなめんどくさいこと言ってるからフラれるんだよって言いたくなってしまう。でもそこがめちゃくちゃ好きな曲でもある。
 「ライオン」ともども初期の新藤さんの歌詞の特徴が出まくっている感じがしてあまりに最高。

 

03.空が青すぎて(作詞作曲:新藤晴一)
  シングル「オー!リバル」収録

 最初に聴いたときはスルーしていたけどライブで聴いてすごくいい曲だなと気付いた曲。背景がほとんど描かれていないのになんとなく状況はわかるし、物語の奥行きがいくらでも想像できてしまうところが新藤さんの歌詞のすごさだと思う。
 「一人では空が青すぎるのさ」なんて、そんな美しい言葉ある?曲を聴いたらこんなにも晴れた奇麗な空が見えるのに、こんなにも清々しい気分になるのに、あまりにも寂しい。

 

04.Swing(作詞作曲:岡野昭仁)
  シングル「ヴォイス」収録

 岡野さんの歌詞で最も好きな曲。「空が青すぎて」がからっとしつつもウェットな雰囲気だとしたら、「Swing」はじっとりしつつもドライな雰囲気って感じ。詳しくは別の記事で語っているのでご参照ください(ポルノグラフィティのこの歌詞がすごい・昭仁編 - 来世はペンギンになりたい)。
 今気付いたけど歌詞が失恋に偏ってるね……。まぁいっか……。

 

05.ヴィンテージ(作詞作曲:岡野昭仁)
  アルバム『WORLDILLIA』収録

 何がどう好きなのか言葉にするのが難しいけれど、でもめちゃくちゃ好きな曲。マイベストを作るなら外せなかった。

 

06.MICROWAVE(作詞作曲:新藤晴一)
  アルバム『BUTTERFLY EFFECT』収録

 何を基準に15曲選ぼうかと考えて、ファン以外の人にもポルノの良さを味わってもらえるような曲をというのをコンセプトにしようと思った。勿論「マイベスト」なので自分が好きなのが一番なんだけど、まぁ同率何位みたいな曲がいくらでもあるので、その中から決めるのが大変だったから無理矢理コンセプトを決めたみたいなところもあるけど。で、そういうコンセプトであれば絶対に外せないのが「MICROWAVE」。19年目の新しいポルノグラフィティです。聴いてください。

 

07.ルーズ(作詞作曲:新藤晴一)
  シングル「カゲボウシ」収録

 「MICROWAVE」の後には静かな曲を並べたい気持ちがあったのでこの曲を。これも本当に歌詞が美しい。新藤さんの歌詞の美しさを凝縮したような歌詞で、酔っちゃいそうなくらいに良い。

 

08.バベルの風(作詞作曲:岡野昭仁)
  アルバム『RHINOCEROS』収録

 いや~~~絶対入れるでしょ!こんな強い曲!あのおかしいほどの照明、ライブの衝撃が忘れられない。「ルーズ」でちょっと重たくなった気持ちを、「バベルの風」のガンガンくるイントロで吹き飛ばす。

 

09.月飼い(作詞:新藤晴一/作曲:Tama)
  シングル「メリッサ」収録

 5周年の赤青ベストに入らなかったことをめちゃくちゃ恨んだのでここでマイベストに入れて成仏します。

 

10.ハート(作詞:新藤晴一/作曲:Tama)
  アルバム『雲をも掴む民』収録

 ラインナップから新藤詞Tama曲が好きなのが滲み出ているけど仕方ない。マイベストだから許して。だって好きなんだもん。
 「ハート」の歌詞も本当に良い……Cメロで「ほら」って言われたって、何がほらなのよって思うけど、でも「ほら」以外の言葉では駄目なんだと思う。そういう「この言葉じゃないと絶対駄目」みたいな言葉で作り上げられた歌詞で、最初から最後まで心を掴んで離さない歌詞。

 

11.カルマの坂(作詞:新藤晴一/作曲:ak.homma)
  アルバム『WORLDILLIA』収録

 宗教上の理由でこの曲を外すことは禁じられているので入れました。

 

12.Ohhh!!!HANABI(作詞:新藤晴一/作曲:岡野昭仁)
  アルバム『RHINOCEROS』収録

 ポルノのもつポップな部分も入れなきゃベストにならないでしょ!ということで。ポルノのポップのある種極みみたいな部分がある曲だと思っていて、絶対に入れたいと思っていた曲。「カルマの坂」でどん底に沈んだところからの緩急を楽しむ曲順です。

 

13.365日(作詞作曲:岡野昭仁)
  シングル「俺たちのセレブレーション」収録

 アルバムのどこかしらには日常系あったかソングが入っていてほしいので選曲。ポルノ史上最も可愛い曲なのではと思うくらいに可愛い曲なのでいつかライブでやってほしい。それかニコニコ動画MMDにこの曲で踊らせた動画が流行ってほしい。イメソン力の高い曲だと思うのできっとどこかに需要があるはず。

 

14.グラヴィティ(作詞作曲:新藤晴一)
  アルバム『m-Cabi』収録

 もう何も言うことはないくらいに可愛くて幸せで最高な曲。一秒と千年の間に違いなんてない。この曲を入れたことにより、バランスを考え「ロマンチスト・エゴイスト」「何度も」を泣く泣く外しました。

 

15.むかいあわせ(作詞作曲:岡野昭仁)
  シングル「瞬く星の下で」収録

 わかる。わかるよ、他にも最後の曲になりそうな曲があることは。でも私はどうしても「あなたに出会いたい」という岡野さんの声だけが残るこの曲でアルバムを終わりたい。岡野さんの「あなたに出会いたい」で終わるアルバムなんて絶対最高でしょ。それ以外の音が何もなくて、ただそれだけが響いて終わるアルバムなんて最高以外にない。
 岡野さんの書く歌詞にたまに出てくる自己内省ソングのなかでもめちゃくちゃいい曲だと思うし、最後に自分自身と向き合うような曲が入ってるのもいいような気がする。そしてこの曲が終わってまた一曲目の「ライオン」に戻るとまた良いんだなぁこれが。

 


 めっちゃ失恋に偏った!!!笑
 でも曲のつながりとかもなんとなく意識したので続けて聴くといい感じです。

ひとはみな、孤独ないきもの ―映画「あゝ、荒野」感想―

 そんなに熱心な映画好きというわけでもないのだが、比較的観るほうではある。その程度の映画好きだけれど、感動するとかしないとかの枠の外側で人生に刺さる映画に出会った。私の中で今年一番の映画になることは間違いない。せっかくなので、「あゝ、荒野」を観たあとのこの気持ちを文章にしておこうと思う。
 できればもう一度、後篇だけでも観たいのだけれど、時間的な余裕があるかどうかわからないので今の気持ちを書き残しておく。

 

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kouya-film.jp

 

 前篇は渋谷で観て、これは新宿で観たい映画だなと思ったので後篇は新宿で観た。それも雨の新宿。あまりにもぴったりな環境で観られたことを幸せに思う。客層はどんな感じなんだろうと想像がつかないまま観に行ったけれど、私のようなOLも大学生であろう男性もいれば会社帰りのおじさんや定年したらしいおじいさんもいて、普段は割と客層が固定されている映画を観に行くことが多いのですごく不思議な感覚だった。
 寺山修司については「書を捨てよ、町へ出よう」とか「毛皮のマリー」の人、ということしか知らない。「あゝ、荒野」もタイトルは聞いたことがある程度の知識しかなかった。もっと著作を読んだり言葉を知ったりしていたら面白い部分が多いのだろうなぁと思う部分はあって、ちょっとだけ悔しく思った。のでとりあえず原作である『あゝ、荒野』を読みたいと思う。

 

 前篇が起と承、後篇が転と結といった感じで、展開がわかりやすくて見やすい映画だった。登場人物たちの関係性も混乱するようなことはなかった。集中力のなさに自信がある私だけれど、前篇後篇ともに飽きることなく見ることができたから、やはりわかりやすいつくりをしていたのだと思う。しかし、展開がわかりやすかったからといって映画そのものがわかりやすいものだったかといえば違う。多分私はこの先何度この映画を観ても絶対に「わかった」と思う日は来ないだろう。だけどまるっきりわからないわけではない。わかるとかわからないとかを超えたところで、心に何かを叩きつけられたような感じがした。
 私の目には、新次と建二というふたりの男がボクシングをする話に周囲の人々の様々な思いが絡み合う物語、という構図に見えた。世間狭すぎるだろと思ってしまうくらいに登場人物たちの人間関係がとても密接なのだけれど、そこにリアルを求めるタイプの映画ではないように思えた。この映画が語ろうとしているのはそこではない。
 前篇で登場人物たちがどんな思いを抱いているのかを描き、後篇でそれらの思いが絡まりあっていく。建二のモノローグにもあるけれど、後篇では「繋がり」をテーマとして描いていた。血の繋がり、精神の繋がり、肉体の繋がり。
 新次は相手を憎むことが勝つために必要なことだと言う。より多く憎んだほうが勝つのだと。それだけ強く憎むということは、相手と主体的に関わることだと思う。興味のない人のことは憎みようがない。憎むということは「執着する」ということになるわけで、それは愛することとほとんど同義なのではないだろうか。新次はすごくエネルギーに溢れた人のように見えたけれど、それはきっと彼が相手に「執着する」人間だからなんじゃないかなと思った。親友と呼んだ建二がジムを辞め、恋人である芳子が姿を消し、新次が泣く場面があるのだけれど、どうして彼の人生はこんなにもままならないのだろうとこっちまで泣きそうになってしまった。泣き方がどこか子供っぽくて、涙はただの涙でしかないけれど、それだけで多くを語っていた。沢山の「ままならない」が積み重なったものを、私たちは人生と呼ぶのかもしれない。
 一方、建二のほうはおどおどしていてエネルギッシュとは程遠い。彼はモノローグで「僕は憎むことができなかった」と、そして「愛されたい」とも語る。誰かを強く想いたい/誰かに強く想われたいという気持ちがあるのに、それが叶わない建二を見ているのはとてもつらかった。
 終盤、新次と建二の試合シーンは、試合というにはあまりに生々しい「命のやりとり」だった。血を流し殴り合う二人にしか伝わらない何かがあって、それは試合を見ている人たちにも映画を観ている私にもわかることはない。全力でぶつかりあう当事者にしかわからないもので、傍観者がいくらわかろうとしたってわからないことなのだろう。けれど、二人から溢れるものは伝わる。「わかる」というよりももっと漠然と「伝わる」。
 ラストシーンが何を意味しているのか、わざとぼやかしているので触れるのは野暮かなとも思うのだけれど、建二が生きてても死んでてもどっちもいいなと思った。どっちでもいいのではなくて、どっちもいいなって感じ。どちらであってもこの映画はいい映画だと思う。どちらにせよ、建二が新次と「繋がりたい」と思った気持ちは届いたのだ、と確信している。

 

 多分、ひとは本質的に孤独なのだと思う。
 新次と建二に関わる人たちがそれぞれの思いを抱えながら試合を観戦している。同じものを見ているのに、多分全員に違うものが見えているんだろうなとも思った。だって全員が違う思いを抱えているから。それぞれが勝手なことを考えているから、そしてそれは譲れないものだから、みんなで仲良く手をつなぐ世界なんてやってこない。繋がりたい人とうまく繋がることができない、きれいごとでは生きていけない人たちだった。でも、きっと彼らが特別なのではなくて、私の中にも彼らのような要素はあるのだと思う。
 私が愛してやまないギタリスト・新藤晴一さんのエッセイ集『自宅にて』の中に「人は”完全”にわかり合えることはない」というタイトルの回がある。私とあなたが違う人間である限り100%わかり合うということはない、という話だ。多感な思春期に新藤さんの言葉に触れまくったせいなのか、あるいはもともとそう思っていたのか今となってはわからないけれど、私はこの「人は”完全”にわかり合えることはない」という言葉を信じている。”完全”にわかり合うことができないから誰かと繋がりたいという気持ちが芽生えるのだろうと思うし、”完全”にわかり合うことができないから孤独なのだろうと思う。
 その孤独を浮き彫りにした映画だったから、孤独を心に叩きつけるような映画だったから、こんなにも刺さってしまっているんだろう。

 

 この映画は最後にすべてが解決するタイプの映画ではなくて、解決されない問題が沢山残されるタイプの映画だ。でもきっと生きていくってそういうことだよなと思う。別にこの映画の登場人物たちみたいにドラマチックな何かを背負っているわけじゃない人(たとえば私)でも、胸の奥に消えないわだかまりみたいなものはあるし、何もかもが解決することなんてない。何もかもが解決しなくたって、この映画を観終えたって、私は生きているし、生きていく。
 こういう映画は普段はあまり観ないけれど、菅田くんが出ているからという理由で観てみたら想像以上に良いものを観ることができた。素晴らしい映画と出会わせてくれてありがとう。

 

 余談だけれど、大学時代のバイト先が新宿だったために4年間新宿に通っていた。馴染みがあるというほどあるわけでもないけれど、ないわけでもない。朝と夜の混みようは嫌いだったけれど、人が沢山いるのを見るのは嫌いではなかった。景色を覚えるのが苦手だし行動範囲と微妙に被らないところもあって映画で出てきた場所に懐かしさを覚えることはなかったけれど、知っている光景もあった。たとえばコクーンタワーはわかる。大きくそびえ立ち目を引くあの建物が見えると、新宿だ、と感じる。あの大きな建造物も、猥雑な路地も、このちっぽけな私も、何もかもを飲み込む雑多な街、新宿。いろんな人のいろんな人生が交錯するにふさわしい舞台だと思った。

 

 

 ここ最近、何に悩んでいるのかわからなくなるくらい悩んでいる。現在進行形で。多分、いくつもの事柄が複雑に絡み合って悩んでいるので私自身にもよくわからなくなっているのだろうけれど、その絡み合っている悩みのひとつは「わかりたい/わかってほしい」という欲求のことだと思う。
 一体どうしてこの人はこんなことを言うのだろうと不思議に思うことがある。それがいくつも積み重なって、ものすごく苦しくなってしまった。自分が直接言われたわけではない言葉もあるけれど、それらの言葉があちこちで放り投げられている場所で息をするのは、私にとってはとても大変なことだった。
 それと、これは多分この先も一生考えてしまうことなのだろうけれど、私は「この人にさえわかってもらえていればいい」と思っていた人にわかってもらうことができなかった。「お前はこういう人間だ」と決めつけられても、違うよと声を上げることすらできなかった。その人も、私が何も言えないことをわかっていて、それでも言ってしまうのだ。それほどにわかっているのに、その人は私のことが少しもわからない。でも、私もその人のことが少しもわからない。私はその人が愛として差し出したものを愛として受け取れなかったし、その人は私が愛として差し出したものを愛として受け取れなかった。愛したいし愛されたいし、愛してるし愛されてるのに、きっとこの先もすれ違ったままなのだろうと半ば確信している。そのことを考えては、寂しくて虚しくて、どうしようもない衝動に駆られることがあるけれど、でもやはりどうしようもない。胸いっぱいのどうしようもなさを抱えて、時にしぼんだり膨らんだりするそいつを抱えていくしかない。
 先日、舞台「グリーンマイル」を観たときにも「わかり合う」ということについて考えた(君と僕だから分かり合えない ー舞台「グリーンマイル」感想ー - 来世はペンギンになりたい)。わかり合えないことの悲しさを乗り越える術を持たない私が必死に考え出した策が、わかり合えないということだけでもわかっていたいという強がりだった。わかり合えないということがわかるのは、相手のことをわかりたいと思い自分のことをわかってほしいと思うからだ。そんなことを考えていたときに、映画「あゝ、荒野」に出会った。
 この映画を観たからといって私の悩んでいることが解決したわけではない。相変わらず私の中には「わかりたい/わかってほしい」という欲求が消えない。そろそろそういうのやめようよと思う自分もいるけれど、やめられない。私ではない誰かがそこにいて、少しでも関わってしまったら、わかりたいと思うしわかってほしいと思ってしまう。そういう気持ちを抱くことが「生きている」っていうことなのかもしれないし、全然違うのかもしれない。
 だけどひとは孤独ないきものだからと思うと、少しだけ楽になる。「わかりたい/わかってほしい」という欲求も、それが叶わないことも、それはひとが、私が孤独だからだ。諦念にも似ているのかもしれないが、納得はできる。この映画に出てくる人たちがみな孤独だったように、私も孤独で、私ではない他者もまた孤独なのだ。だからわかりたいし、わかってほしいし、わからないし、わかりあえない。

 

 

 ひとはみな、孤独ないきものだ。孤独ないきものたちが生きていくこの世界は、間違いなく荒野なのだろう。

ポルノグラフィティという色 ―『BUTTERFLY EFFECT』感想―

 ポルノグラフィティ2年ぶりのアルバム『BUTTERFLY EFFECT』が発売されました。19年目も現在進行形で最高な二人が放つ最高なアルバムなので、このアルバムがすげーんだって話を聞いてほしいんでブログに書きます。いつも通り100%の主観です。

 

 

M1.THE DAY

   作詞作曲:新藤晴一/編曲:江口 亮、Porno Graffitti

 アルバム一発目にシングルをもってくるって今までポルノはやってこなかったと思うけれど、アルバム一曲目にふさわしい勢いをもった曲。勢いと強さとインパクトを兼ね備えていて、ジャケ写の炎ともなんとなくイメージが合っている。多分、「THE WAY」でイントロが流れたときにシンクロライトが真っ赤になっていたのを思い出すからだろう。


M2.Working men blues

   作詞: 新藤晴一/作曲:岡野昭仁/編曲:江口 亮、Porno Graffitti

 今までのポルノにはない曲調なのに、新藤さんの歌詞で「あぁめっちゃポルノ」って納得してしまう。
 こういう曲をアルバムのプロモ曲として先に出したりできるところがポルノグラフィティだなぁと思う。たとえば前に「幸せについて本気出して考えてみた」や「ギフト」みたいな曲が響くのも多分ポルノだからだ。新藤さんが「自分はロックになりきれない中途半端な人間」みたいなことを言っていたり、『ルールズ』の主人公が普通であることに悩んでいたりするけれど、そういう「普通」なところがある限りポルノはこういう曲が似合うんだろう。ロックバンドでありながら、彼らはこっちがびっくりするくらい謙虚で、歯車として働く人々のことをフラットな目線で尊敬しているんだなというのが感じられる。それってすごいことだなと思う。
 私は別に仕事をバリバリに頑張っているわけではなくて、やりがいみたいなものは仕事の他にあるので仕事ではなるべく余裕が持てるようにということだけを考えている。一時期はめちゃくちゃ働きたかったけど社内ニートを数年経たらこうなった。そんな感じの働き方なので「お前がやらなきゃ誰がやる?」なんて強い言葉で歌われてもという気持ちになるときもあるんだけれど、それでも私がやらなきゃどうにもならないことってあって、そういうときはこの曲が沁みわたる。
 「感謝の言葉など必要としていないんだ」と歌うことで、それは普段誰からも感謝されない人たちへの感謝の言葉になる。私のやっている仕事なんて誰にも感謝されないけどポルノがそうやって歌ってくれるならまだやれるかななんて思ってしまう。滅多に忙しくない仕事なのに今日めっちゃ忙しかったから頭の中でこの曲を歌いながら頑張りました。

 余談ですが9月にしまなみテレビで初披露された際は弊ツイートを新藤さんが読み上げるという死ぬほど嬉しい出来事がありました。名前のところには「綴」って書いてあるけどどう読んでいいかわからなかったのか、(おそらく)アイコンとID名から「ぺんぎんかわいいさん」と読まれたことは一生忘れません。今後ポルノ関連で何かあったらぺんぎんかわいいという名前で送ります。


M3.君の愛読書がケルアックだった件

   作詞作曲:新藤晴一/編曲:立崎優介、田中ユウスケ、Porno Graffitti

 架空の映画「君の愛読書がケルアックだった件」の主題歌、というていで作った曲。すごく爽やかできらきらしている。新藤さんこういう曲好きだよねぇと言いたくなるくらいのハルポップ。ピアノの音がかわいいし、きらきらした音がするし、サビ後半でリズムが縦になるところがすごく爽やか。ポップに弾ける青春のにおいがする。
 Wikipediaを軽く読んだだけでもケルアックを読む子=「平凡なんて望んじゃいないだろ?」になるのはなんとなくわかる気がする。新藤さんのそういうところ好きだなぁとしみじみ思う。「ロード」とか「ハンドル」はケルアックの作品の中でも有名な『オン・ザ・ロード』からきているものかな。今度ちゃんと読みます。

 ぼく(山崎賢人)は成績も運動神経も平均的で「THE 特記事項なし」ともいうべき至って普通の高校三年生だ。窓際の席に座るクラスメイト(上白石萌音)、彼女もまた「THE 特記事項なし」の至って普通の女の子で、ぼくはなんとなく親近感を覚えていた。だけどある日、ぼくは知ってしまった。彼女にはとっておきの秘密があることを――。
 みたいな予告編のナレーションが聞こえてきてしまいそうなくらい映画の主題歌としてぴったり。いっそのこと映画「君の愛読書がケルアックだった件」を作ってみてはいかがでしょうか。彼女の読んでいる本がケルアックと知ってなんとなく興味をもって読み始めたぼく、ケルアックを共通点として親しくなっていく二人、実は自分でも小説を書いている彼女、小説書けるなんてすごいね読ませてよと頼み込んで読ませてもらうぼく、あまりの才能に圧倒されたぼくは彼女の名前で勝手になんらかの文芸賞に応募してしまい、その結果新人賞を受賞してしまった彼女はデビューすることになるのだが、「普通の子と違う」という理由で中学時代にいじめられていた彼女は高校生で小説家デビューなんてしたくないのになんで勝手なことをしたのよと大喧嘩、君は本当にそれでいいのかと問うぼく、果たして彼女は「普通」を捨てて平凡ではない明日を選ぶのか?そのときぼくは?みたいな感じのストーリーでどうでしょうか。

 
M4.I believe

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:立崎優介、田中ユウスケ、Porno Graffitti

 なんとなくだけど尾崎豊とかの時代を思わせるメロディ。ちょっと昭和?っぽいような感じのするゆったりとしたバラード。
 「あなたらしくあれ」「あなた自身を愛してあげなよ」という歌詞が岡野さんだなぁという感じがする。岡野さんの歌詞って広く優しく肯定してくれる。そのままであることを認めてくれるし、認めてあげたほうがいいよって言ってくれるところが、いつも「胸張っていけ!自信もっていけ!」って言ってくれる人だもんなぁと思わせる。


M5.LiAR

   作詞作曲:新藤晴一/編曲:tasuku、Porno Graffitti

 もっと知ってほしい名曲。新藤さんの歌詞のテクニックが詰まっていて、聴くたびにこういうのだよ~!!!って気持ちになる。この曲の歌詞がめっちゃいいって話は別の記事でもしているんだけど、同じことをもう一回言いたいからコピペする(以下コピペ)。
 「赤い血」「金の花粉」「白い仮面」と色を示す言葉散りばめられていて、曲調の鮮やかさとの相乗効果で更に鮮烈な印象を聴き手の頭の中に思い起こさせる。サビで二度「赤い血」「金の花粉」という豪華な色合いを想起させておきながら、最後のサビでは「白い仮面」で終わる。赤や金といった豪華な色彩が最後には白に塗り替えられるところが、「あなた」だけでなく「僕」もまた嘘つきだったというこの歌詞の結末の哀しさを彩る演出になっている。細部にまで美しさを散りばめた歌詞だ。


M6.Fade away

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:江口 亮、Porno Graffitti

 この曲だけで元が取れる。シングル候補になっていたというのも頷ける曲。「ラック」の再来、いやそれを上回るくらいのインパクトを持っている曲。今からでも遅くないからシングルになってほしい。こういうポルノを世間にかましてほしい。曲順的にここまで割と「ポルノグラフィティ」って名刺が似合う曲が並んでいたので(特に前の曲がラテンの「LiAR」だし)、こういうポルノもありますけどって背後から殴られた感じ。殴ってくれてありがとう。待ってた。
 二番のくだりを聴いていると歌詞は新藤さんかなと思ってしまったけれど、よくよく聴いていると言葉の選び方が岡野さんだなとわかる。というか今回のアルバムはそれぞれの作詞作曲の良さも活かされながら「ポルノグラフィティ」であることの良さがめちゃくちゃ出ている気がする。どっちが作った良さみたいなのは勿論あるんだけど、それ以上に「ポルノグラフィティ」が前に出てくるというか。
 この曲については好きとか嫌いとかではなくて、いやすごく好きなんだけど好きとか嫌いとかの評価とか意味なくて多分そんなものは超越してしまっていて、ポルノグラフィティからこの曲が出てくるということが心底嬉しい。


M7.クリスマスのHide&Seek

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:江口 亮、Porno Graffitti

 大人っぽいイントロ。冬っぽさもあって、タイトルや歌詞を見なくとも冬の曲なんだなということがわかる。冬クールのドラマの主題歌に使わなきゃ勿体ないくらい冬感が溢れている。アレンジがオシャレでかわいくて、でも歌詞は切ない。「Hard Days, Holy Night」に代わる新しい定番かと言われたら違うような気はするけれど、こっちが聴きたい!というときって絶対あると思う。
 Bメロ、岡野さんのファルセットのコーラスがうっすら聴こえるんだけどこれがめちゃくちゃオシャレで聴いていて心地よい。サビの伸びもすっとしていて気持ちいいし、でもなんだか寂しさが胸に残る。歌詞だけじゃなくてアレンジとメロディもどことなく寂しい。もっと聴き込んだら思うことも沢山あるんだろうなぁと思うんだけど、この手の冬の曲が大好きなのでポルノにこういう冬の曲ができたことが嬉しくて仕方がない。
 この曲のオシャレなギターソロが好きすぎて早くライブで聴きたい。


M8.MICROWAVE

   作詞作曲:新藤晴一/編曲:トオミヨウ、Porno Graffitti

 この曲だけで元が取れる。ポルノ史上最高にオシャレな曲。デビュー19年目でこんな曲が出てくるポルノグラフィティ、心底すごいと思う。この人たち多分まだまだすごいことになる。
 イントロから「この曲はアレンジがやばい」って感じさせる。音楽に疎いのでどういうジャンルなのかは全然わからないけど、聴いていて心地いい。オシャレで大人で、今までになかったポルノだ。
 アレンジもさることながら歌詞もやばい。電子レンジや冷蔵庫冷凍庫、台所にいけばだいたいある家電をモチーフにしている。自分の頭の中を冷蔵庫の中身に見立てて「捨てればいいのだけど なんにもない空っぽより少しはマシ」って言っちゃうのやばい。きっと主人公は夜中に冷蔵庫を開けてそこにどうしようもないものしかないことに気づいて、でも「なんにもない空っぽより少しはマシ」とか思っちゃうんだろうな、なんて勝手に想像してしまう。「EXIT」などの歌詞でもわかるけれど、新藤さんの歌詞は現実に見えている光景と心の中の様子をオーバーラップさせるのが超絶うまい。その良さがこの曲の歌詞にも活かされている。言葉数は全然多くないしどういう状況なのかを詳しく語ったりしないのに「きっとこんな感じだろう」って想像させる力がすごい。これが新藤さんの歌詞の力だ。
 このアルバムには随所に「ポルノグラフィティ」を感じるという話をさっきからしているのだけれど、これも「ポルノグラフィティ」の極みのひとつになりうるものなんじゃないかと思う。私はポルノを二人組バンドだと思っているけれど、でもまぁベースとドラムがいないので実質としてはバンドではないわけで、じゃあバンドではないポルノができることってなんだ?って考えたらそれはベースとドラムがいない分いろんな手法の音楽ができるってことではないかなと思う。多分、この曲はポルノがバンドという形態ではないからできる曲だ。


M9.夜間飛行

  作詞作曲:新藤晴一/編曲:宗本康兵、Porno Graffitti

 この曲だけで元が取れる。イントロのピアノがきらきらしていて、かといって満天の星空というわけではなくて、まばらに星が瞬いているような、東京の冬の澄んだ星空を思い浮かべる。どことなく「ワン・ウーマン・ショー~甘い幻~」を思わせる。新藤さんのこの手の歌詞って本当にいい……いつも思うけれど状況を説明するような言葉なんて全然ないのにどういう二人なのかわかってしまうのってすごい。新藤さんのこういうところ本当に好き。
 サビでは視覚も聴覚も触覚も使っていて、最後のサビで嗅覚が出てくるのすごくずるい。最後に「私好みじゃないパフューム」で締めるところがもうとにかくずるい。緻密な計算とテクニックが詰まっているこういう歌詞を見ると勝手に「やられた~~~!」って気分になってしまう。今回も私の負けです。できることなら永遠に負け続けたい。なんの勝負か知らないけど。
 こういう曲にこういう歌詞をのせたらそんなの岡野さんの声が似合うに決まっているし、新藤さんの歌うようなギターの音色がゆったりと響くのなんて最高に決まっている。二人のいいとこをぎゅっと詰めてあって、ポルノグラフィティポルノグラフィティたる所以みたいなのを感じる一曲。


M10.真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:江口 亮、Porno Graffitti

 「夜間飛行」からの緩急が!すごい!こういうことができるのがポルノの強み!
 このアルバムに入っている「ゴリゴリしてるなぁ」と感じる曲の編曲はだいたい江口さんがかかわっているので、多分江口さんがそういうのが得意でポルノもそれをわかって江口さんとやってるんだろうなという感じがした。恥ずかしながら今まで編曲のすごさってぼんやりとしかわかっていなかったんだけど、あぁこういうことかって理解させてくれるのがこのアルバムだった。


M11.170828-29

   作詞作曲:新藤晴一/編曲:tasuku、Porno Graffitti

 ポップかつロックみたいな感じ?歌詞の重みをメロディで少し軽く見せているというか。キャッチーなメロディのおかげでいくらか歌詞の重みを羽ばたかせている感じがする。曲まで重いトーンで来られたらちょっと怖くて聴けなくなりそうだけど、いいバランスで安心して聴ける。思っていたよりも全然説教くさくなくてカッコイイ。
 ギターが疾走するところが恰好よすぎて、なんとなくだけど布袋さんの曲とかそういう系統みたいなイメージ。
 サビの終わりに「ピースピース」をもってくるのが新藤さんって感じだし、特に最後の「ピースピース」が良すぎる。ここが「ピースピース」だからこそポルノグラフィティなんだよなぁと思った。


M12.Montage

   作詞:岡野昭仁/作曲:新藤晴一/編曲:篤志、Porno Graffitti

 子供向けアニメだろうが容赦ないポルノグラフィティ。何も知らない子供に戻ってパズドラクロスを楽しみに見てそこで初めて「ポルノ」って言葉を知りたい人生だった。大体似たような感じではあったけど。私の場合は「ヒトリノ夜」でした。
 この曲も打ち込みが多用されていて、ライブではどうなるのか楽しみな曲。私はシンプルなバンドの音よりもあれこれ盛り込んである音のほうが好みなので、こういう打ち込みの曲がもっと増えても楽しいなぁとも思う。
 大サビの感じがとても好き。この歌うようなギターから岡野さんの歌声に繋がっているところが心底最高。そして岡野さんの歌声のあとにギターソロがきてそれが終わったら今度はラストのサビでまた岡野さんの声、ってメインの戦慄がギターと歌でリレーしている感じがポルノグラフィティって感じがして好き。
 あと「I bilieve]もそうだけど岡野さんの歌詞は航海しがちである。「Montage」を繰り返す部分が新藤さんっぽいなと思ってたら新藤さんの指示だったのちょっと笑った。


M13.スパイス

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:tasuku、Porno Graffitti

 ポルノのファンを18年やっていて、18年もやっているとこの人たちについていっていいんだろうかと思った時期もあったし親の仇レベルで憎い曲もあったりするんだけれど、そこまでではないものの「どこにでもある日常の一幕」みたいな歌詞を優しいメロディに乗せた感じの曲ってあまりしっくりこなかった。ざっくりと歌詞をみた時点ではこれもそういった曲のひとつなのではないかと思ったけれど、全然違った。えっ私この曲好きなんだけどって戸惑いを覚えるくらい。
 カントリー調の曲に、何気ない日常が描かれている。10代後半から20代前半の私は普通の日常なんてくそくらえみたいな気持ちで生きていたので(かといって破天荒な日常を過ごしていたわけでもないが)、ごく普通の日々を描いた歌詞には特に惹かれなかった。けれど20代後半になって結婚もして、そのあたりで自分がいかに駄目かということに気づき、くそくらえと思っていた普通の日々を生きることの難しさを知って、ようやくこういう普通の日々を描いた歌詞が響くようになった。
 こういった日常系の曲を受け入れられるようになったのはそんなふうに私が大人になったからなのかもしれないし、この曲がもつ魅力のせいなのかもしれない。無理矢理につくったカントリー感というわけではなくて、自然とこうなったんだろうという感じがする。「スパイス」というタイトルで歌詞がひたすら甘いところも好き。


M14.キング&クイーン

   作詞作曲:岡野昭仁/編曲:立崎優介、近藤隆史、田中ユウスケ、Porno Graffitti

 いつもならアルバムの最後ってしっとりした曲やメッセージ性の強い曲を配置しがちなのに、今回は終わりもシングルで締めている。アルバムの最初にポルノ的な疾走感をもったロック「THE DAY」を配置し、アルバムの最後に爽やかでポップな応援ソング「キング&クイーン」を配置する無敵の布陣。
 この曲のプロモーションが今までにないほど気合が入っていたため、感謝の意を込めてグラチャンバレーをそこそこ見たのだが、会場でこの曲が流れているのを聴いてとても誇らしい気持ちになった。ストレートな歌詞と爽やかで明るい曲調。スポーツなんてろくにやったことないからわからないけど、長い試合で疲れた選手たちにもこれなら届くのではないかという気がする。わからないけどね。でも少なくとも、見ている側としては届いているのかもしれないなという気持ちにはなった。
 「限りある人生 たとえ満たされても 留まることを選ぶより/また次の一歩を刻む いつでも挑戦者でいよう」という歌詞がすごく好きで、これがポルノだなぁと聴くたびに思う。ポルノは全然止まる気なんかなくて、デビューからまる18年経ってそれでも今も挑戦し続けている。その挑戦のあらわれがこのアルバムなんだろうってわかっちゃうくらい、新しい風が吹きまくっている。「MICROWAVE」なんて完全に今までのポルノにはなかったポルノだ。アポロからもう18年以上が経ったのに、まだまだ新しいポルノグラフィティが出てくる。きっとこの先もまた新しいポルノグラフィティに会えるんだろうなと、期待と希望で前向きな気持ちになる。私、この人たちのファンでよかった。
 

 


 ざっと聴くとバラエティに富みすぎていて全然まとまりがなさそうな曲が並んでいて、岡野さんが9月のしまなみテレビで「僕らの曲は多彩だから」というようなことを言っていた意味がよくわかった。そりゃあこんなアルバム作っちゃったら自分でも多彩って言ってしまうよね。コンセプトの強いアルバムも聴いてみたいけれど、さまざまな色をみることができるのがポルノの良さでもある。前回のアルバムがロック寄りの多彩だったら、今回はどこにも寄らずただただひたすらに多彩。そんな多彩な曲をまとめているのは岡野さんの声だなと思った。岡野さん自身、納得する歌が歌えたという話をしていたけど、正直どういう感覚なのかはわからないけれど、でも軸とか芯みたいなものとして歌声が機能している感じがした。今までだってそうだったんだけど、今回はそう思う部分が多いというか。さすが声に名前が書いてある男。
 シングル曲が割とポルノらしさみたいなものが強めの曲が多いので、バランスをとっているのかアルバム曲には「ポルノグラフィティ」感はそこまで強くない。というか、全体的に振り幅がすごい。「Fade away」と「君の愛読書がケルアックだった件」が同じアルバムに入っていることなんてある?と思ってしまうくらい。歌詞においても平凡ではない世界を望むんでしょうと問いかける「君の愛読書がケルアックだった件」と平凡な日常を歌う「スパイス」が同じアルバムに入っていて、でも全然矛盾している感じがしないところがポルノの良さだなと思う。
 これだけ多彩でありながら、でも確かに間違いなく、どの曲からも「ポルノグラフィティ」のにおいがする。ポルノらしいとからしくないとかを飛び越えて、すべてを「ポルノグラフィティ」に染めてしまう。多彩であることこそがポルノグラフィティなんだろう。
 デビュー19年目、これがポルノグラフィティの色だ。
 
 音楽という大きな海に一滴の雨を落とすような、というところからバタフライ効果へとつながり『BUTTERFLY EFFECT』と名付けられたこのアルバム。いやもうバラフライ効果どころか、という感じしかしない。

 

 「working men blues」と「君の愛読書がケルアックだった件」を聴いた時点で「あ~このアルバムこの2曲で元取れたわ」って思ったけどそのあとどんどん「この1曲でもう元取れたのでは!?」って曲が出てきまくるので実質無料なんてとっくに通り越している。ちゃんとお金払わせてください。
 初回限定盤を買うと3月に台湾で行われたライブの音源がついていたり、台湾ライブメイキング映像やPVがついていたりもするのでお買い得です!みんなが大好きなアポロサウダージハネウマメリッサあたりが入っています!

 

BUTTERFLY EFFECT(初回生産限定盤)(DVD付)

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